第33話 お嬢様の婚約者はクズでした


「えっと……どうしてここに?」



 俺はスレグストさんに色街に連れて来られて困惑する。


 その中央の道では、扇情的な服を着た女性たちが客引きをしている。今は昼だが、夜になったらもっと多くの女性が居るのだろう。



「ゼオユーラン、よく聞け。冒険者はな、常に死と隣り合わせの職業なんだ。だから、俺たち冒険者に貯金をする者は少ない。それなら、何に金を使うと思う?」


「……ここの店?」


「そうだ。お前も、冒険者として稼ぐようになれば分かるさ」



 前世と違って、この世界は娯楽が少ないしな……金の使い道は少ないと言える。


 色街を出ると、スレグストさんの案内が終わったらしく、そこで解散することになった。



「———今日は色々教えて頂き、ありがとうございました! 何かお礼を……」


「いいってことよ! だがまぁ、いつかお前が冒険で沢山稼いだ時に食事にでも誘ってくれると嬉しいぜ」


「勿論です!」


「またな」


「はい!」



 それだけ言うと、スレグストさんは俺に背中を見せながら手を振って去っていった。



『おい、あの子供、やっぱりスレグストさんに従順になってしまってるようだぜ』


『一体何があったんだろうな……』



 何処か遠くから俺について話している声が聞こえたが、俺は気にせずクラードル家の屋敷へと歩を進めたのだった。




   ♢



「ただいま戻りました、お嬢様」


「あら、夕食の時間ギリギリじゃない。王都を満喫できたみたいね?」


「ええ、それはもう」



 俺は屋敷に帰ってくると、まずお嬢様の部屋に報告に行った。

 その後、隣の俺が泊まっている部屋で荷物を整理したあと部屋を出ると、廊下でお嬢様が待っていたため、雑談をしながら一緒に食堂へと向かう。



「失礼します……って、あれ? 伯爵様たちは?」


「ダルグート様とクレアフィーネ様はブレイムル侯爵様主催の夜会に出席なされていて、不在でございます」


「なるほどね」



 俺の疑問に、直ぐ様近くに待機している使用人が答える。



「へぇー、冒険者にそんなに親切な人がいたのね」


「そうなんですよ〜、スレグストさんにはいつか食事以外でもお礼をしたいと思ってます」


「それがいいでしょうね」



 結果、その日はお嬢様と二人で席に着いて夕食を摂ったのだった。

 俺がスレグストさんの良さを伝えるのに熱が入って、それにお嬢様が相槌を打つ、という感じだったけれども。




   ♢



 翌朝、俺とお嬢様はガドルカットス侯爵家の応接間で腰を下ろしていた。因みに、お嬢様の侍女の一人は俺たちの後ろに控えている。


 対面に座るのは、ガドルカットス家の令息、グレイン・ガドルカットスだ。

 彼は、赤色の髪をオールバックにしていて、髪と同じその赤色の瞳で俺たちを———否、お嬢様を舐め回すような視線で見ていた。



「本日はお招き頂き、ありがとうございます」


「ふん……お前が俺の婚約者か。久しぶりに会ったが、中々、悪くはない」



 社交辞令に言葉を返すこともせず、不快な視線を隠そうともしない様子。



「……それは恐縮ですわ」



 婚約者とはいえ、仮にも相手は侯爵家の人間。

 お嬢様はグレインの失礼な態度を咎めることをしない。


 既に俺の中のグレインへの評価が落ち続けている。


 ふと、グレインがお嬢様への視線を外すと、俺の方へと向けてくる。



「おい、この子供はお前の男娼なのか? お前の夫となる俺がいつ許可した?」


「いいえ。この子はゼオユーラン、私の護衛ですわ」


「ふんっ! ソイツが護衛だとしても、席に着く理由にはなってないだろうが!」


「彼はAランク冒険者ですわ」


「なにぃ……??」



 そう、最近知ったことだが、Bランク冒険者と比べてAランクはその数が圧倒的に少なく、相当な実力者たちだけがなれるのだ。

 そして、Aランク冒険者はその強さ故、貴族といえど、無下には扱えない。

 よって、一般に男爵程度の待遇を受けるらしい。



「おい、貴様」


「はい、坊ちゃま」


「こんな子供がAランクなんて聞いたことがないぞ。お前は知っているか?」



 グレインが後ろに控えている執事と騎士の内、執事の方に向かって尋ねる。



「……メルシアーネ様の言葉を疑うわけではございませんが、少なくとも私は聞いたことがありませんな」


「おい! この俺に嘘を吐いたな!?」


「嘘ではございません。調べてくださっても構いませんわよ?」


「……」



 お嬢様の自信を持った態度に気を削がれたのか、グレインは追及を止める。

 だが、代わりにとんでもないことを言い始める。



「……まぁいい。それよりお前、この後の時間は勿論空いているよな?」


「……?」


「分かっているだろう? 婚約者の家に来たんだ。ヤる事は一つしかないだろう?」


「「はぁ!?」」



 俺とお嬢様は同時にその意味を理解し、驚愕の声を上げる。


 貴族の一般常識として、男性の年齢に関係なく、婚約者の女性に手を出すのは最低でも女性が15歳———成人した時だ。結婚はその一週間後に行い、その時に初夜を迎えるのが普通なんだ。

 つまりは、この12日後のことなんだが……



「何を惚けた声を上げている。もしかして、緊張しているのか? なに、初めてだからと心配しなくて良いぞ。女どもによると、俺はらしいしな」



 グレインはお嬢様にふざけたことを言うだけでなく、言葉の端々から、複数の女性と関係を持っていることも窺える……



「ふ、ふざけないで下さい! 今日はこれで失礼させて頂きます!」



 案の定、さすがのお嬢様も顔を真っ赤にして怒り、帰ろうとする。



「なんだと、貴様!? この俺がヤッてやると言ってるんだぞ!」



 誰も頼んでねぇだろ……コイツ頭大丈夫か?



「兎に角、もう帰らせて頂きます!」


「ふざけるな! おい、騎士ども! この女を俺の部屋に連れて行け! 俺が調教してやる!」



 グレインがお嬢様に下卑た視線を向けながら言い放つと、後ろの騎士二人が此方に一歩を踏み出した。




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