第30話
認識阻害を使いながら、無事にチェルルさんが居る宿を引き払った俺は、伯爵邸の自分に宛てがわれた部屋にいる。
コンコンッ
「どうぞ」
「ゼオンくん、ちょっと街を散歩してもいい?」
「護衛初日から、人混みの中を歩くとかハードル高くないですか……?」
「ゼオンくんの強さなら何が起きても大丈夫でしょう?」
「まぁ、多分そうですが……」
「それなら、行きましょう!」
結局、俺はお嬢様に街中に連れて行かれるのだった。
「屋台には本当に沢山の種類の食べ物があるわね」
「あれ? ここにはよく来るんじゃないんですか?」
「いつもは街に来ても、こんなに人が多い場所には行かないわよ。昨日は偶々、フルムートの目から逃れられたからよ」
「そうなんですね……」
このお嬢様はやっぱりお転婆だな……
暫く、色んな物を食べ歩きするお嬢様に付いて行っていると、突然、お嬢様が訊ねてくる。
「あっ! あれ、昨日のヤツらじゃない?」
「あぁ……本当ですね」
お嬢様が指差す方向にはチンピラ三人組が屯していたので、お嬢様は興味本位で近づく。
「ゲッ、アニキ、昨日のアイツらですぜ……」
「あっ……なんかコッチに来てないか?」
「おい、お前ら、そんなこと言ってねぇで挨拶するぞ!」
「ねぇ、貴方たち———」
「「「お疲れ様です、ゼオユーランさん!!」」」
お嬢様が三人組に話しかけようとすると、その言葉を遮り、俺に大声で話しかけてきた。
「……何故俺の名前を知っているんだ?」
チンピラ三人が俺に挨拶をしたことで、周囲の視線が集まって、少し居心地が悪い。
「あー、お恥ずかしながら、あの後ギルドで今回のことを叫んでいたんすけど、それ、Aランク冒険者のゼオユーランさんじゃないか?と冒険者どもが言ったものでさぁ……」
「そうか……」
「ところで、そのガ……子供はゼオユーランさんの女なんですかい?」
「いいや、クラードル伯爵の娘だ」
「ちょっと、ゼオンくん! なに勝手に話してんのよ!」
「えっ! 伯爵様の!? ……昨日は本っ当に、すみませんでした〜」
「「あっ、アニキ、待って下さい〜!」」
チンピラ三人はそう言って走り去って行った。
「そんなに怖がらなくてもいいのに……」
「あー、なんかすみません……」
まぁ、貴族の中には少し平民が失礼なことしたらすぐに斬首刑にするようなヤツもいるっていうからな。
「……今日はこのくらいで帰りましょ」
「分かりました」
この出来事の後は、何事も無く一日が過ぎ去ったのであった。
♢
一ヶ月後———。
「ゼオンくん! 私たち、今日から王都に向かうってっ!」
「そうですね、お嬢様」
「……あれ? 知ってたの?」
「はい。一週間前、伯爵様から伝えられました」
「ふーん。まぁ、いいわ……兎に角、道中の護衛よろしくねっ」
「勿論です」
今日はお嬢様が矢鱈と上機嫌だ。……いや、いつもか
もう慣れたことだが、クラードル家の食卓に混ざって朝食を摂ると、各々が一度自室に戻って遠出の準備をする。とは言っても、クラードル家の皆さんは勿論、使用人たちに準備を任せるのだが。
その後、全員が馬車が用意されている玄関前に集合した。
「「「「「いってらっしゃいませ、皆様」」」」」
屋敷に残る使用人たちが俺たちを見送る中、皆んなが馬車に乗り込む。俺は勿論、お嬢様と同じ馬車に乗る。
因みに、伯爵とクレアフィーネはフルムートさんが御者をしている馬車に使用人と共に乗っている。今回、合わせて二つの馬車で王都に向かう。
やがて、俺たちの乗る馬車はヒュライゼンの北門を通過して、平原に出た。
因みに、領主一行なだけあって、数人の騎士が馬車の護衛を担当していて、客観的に見てかなり物々しい集団になっている。
「……王都までどれくらいかかるの?」
「さっき、フルムートさんが三週間くらいかかるって言ってましたよ」
暫く馬車に揺られていると、お嬢様が話しかけてきた。
「流石に暇すぎるわ……ゼオンくん、何か面白いことないの……?」
「護衛に面白さを求めないで下さいよ」
「そうだけれど……」
「うーん……あっ、俺がお嬢様に魔法を教えるっていうのはどうですか?」
「えっ! 魔法を!?」
「俺、ラキートの街で子供たちに教えたことありますし、それで出来るようになった子もいたので、一応お嬢様にも教えられるかと」
「じゃあ、お願い!」
結果、非常に退屈そうだったお嬢様に魔法を教えることになった。
馬車の中では俺なりの魔法のイメージの固め方を講義し、野営の時には実際に練習させてみることを繰り返す。
ボォォオオオッ!
「やった! また、できたわ!」
「おおー」
休憩中、お嬢様が平原の雑草を火魔法で燃やす。
いくつかの街を経由し、王都に着く一日前には、お嬢様は格闘術(初級)と火魔法(初級)の二つのスキルを得ていた。
ゴォォオオオッッ!!!
「え、ちょっと、火が止まらないわっ!」
「大丈夫ですよ」
俺が勢いを増す火の上から水魔法で大量の水を流すと、火は収まった。
「ほっ……」
「うんうん、これでお嬢様も多少は戦えるようになりましたね」
「私、前にチンピラを倒したじゃない」
「それは圧倒的なレベル差があったからですよ。スキル———技術が無いと、予備動作を観察されて攻撃を躱されますよ」
「そういうものなのかしら」
「そういうものです」
「ところで、ゼオンくんのレベルは?」
「ふふふ、それは秘密ですよ」
「ちぇっ……」
お嬢様が不満気に頬を膨らませる。
この遣り取りも今までに何回かしたんだけどな。
お嬢様に俺のレベルを伝えたら、どうせ「ズルいッ!」とか言うだろうし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます