同族嫌悪とつゆ知らず、流れる血に抗う愚者
「本部、と言ったか。俺が何者か分からないのに、いきなり地下の中枢に連れて来て大丈夫なのか? ただ上で追われていただけだぞ」
「大丈夫。本を手放しているだけで、僕らが君を歓迎するのに十分な理由だよ。すまないが少しここに座って待っててくれないか? 君に会ってもらいたい人がいるんだ」
「分かった。階段が長かったからな。少し休憩させてもらう」
「すまないね」
そう言ってエッカートは出て行った。それにしてもこの施設は厳重だな。先ほど通った広場や家は窓が多く、開放的だったが、ここは一切窓がない。本部とやらに入ってからこの部屋に着くまで、ずいぶん長い廊下だったし、廊下には左右にいくつも部屋があった。
まるで牢屋のようだ。
「お待たせ」
エッカートは体格のいい奴をぞろぞろと引き連れて戻ってきた。
「これはまたずいぶんな歓迎だな」
「驚かせてすまないが、決して悪いようにはしない。少し話を聞いてもらいたいだけだよ彼らが先ほど話した、ストールトのまとめ役達だ」
「頼りねぇ体してやがるぜ。コイツ役に立つのかよエッカート!」
一番ガタイのいい奴がしゃがれ声で俺を見下ろしながら威嚇してきた。
「モリス。彼は自らの意志で本を捨てたものだ。きっと僕らに賛同してくれるはずだよ」
「にしてもこんなヒョロヒョロじゃぁ銃持って走れねぇだろ!」
賛同?
銃?
コイツら何の話をしてやがる?
きな臭い話になってきたな。
テロリストってのもあながち間違ってないのかもしれない。
「待ってくれ。何の話だ? 俺は本を持っていなくても自由な暮らしが出来ると言われたからここまで着いて来たのだが。そこのでかい奴、銃と言ったか? 争いごとに巻き込まれるのはごめんだぞ!」
「ほらみろエッカート! 体だけじゃなくて心も貧弱だ!」
「まあまあ、モリス少し落ち着きなさい。彼はまだここに来たばかりで、我ら反乱軍のことは何も知らないのですから」
反乱軍だと!?
「おい! お前!」
「お前ではありません。トニーです」
「トニー! 今、反乱軍と言ったか? どういうことだ? ここは脱本者が自由に暮らす場所じゃないのか? まさかお前ら本当にテロリストなんじゃあないだろうな?」
「無礼な! 私たちは崇高たる目的のために反旗を翻したのです。テロリストなどと呼ぶのはやめて頂きたい!」
「モリス。トニー。二人とも少し落ち着いてくれないか。騒がせてすまないね。説明する前に会ってもらいたくてね」
「それはいいが、エッカート。反乱軍とはどういうことだ? 先程までの話と随分違うと思うんだが」
「そうだね。何から説明したものか…」
「最初からだ! 全て話してくれ!」
少し熱く演じすぎたか?
まあ、いい。
いきなりこんな所に連れてこられて、銃だの反乱だの聞かされたんだ。これぐらいのリアクションは不自然じゃないだろう。
「この星は数百年前までは本など無くても、皆、平和に暮らしていたんだ。それがたった一度の過ちでチャールズという組織が生まれ、同時に自由というものが奪われた。残酷とは思わないか? 生まれた時から人生を他人に決められて生きていかないといけないのは。不平等だと思わないか? 与えられた本によって隣人に囲まれる人生もあれば知れずひっそりと死なねばならない人生が有るというのは。理不尽だと思わないか? そもそも自身の生すら他人の意思決定により育まれた物だということが。だからね。僕たちはこの不条理な現実をひっくり返そうと決めたのさ」
つまり現状の国家としてのシステムに不満があるから、力で解決しようってわけか。地下でひっそりと暮らしていれば良いものを、ここでの暮らしが平和すぎて余計なことまで考えるようになったんだな。
「そうです! それ故我々は自由のために蜂起するのです!」
「あぁよく言ったトニー。そのために俺たちは準備して来たんだ」
あぁ。だめだコイツらは。
自分達の身勝手な思想に酔っていやがる。
「確かに俺はチャールズの傀儡の様に生きるのが馬鹿馬鹿しくなって本を捨てた。だからと言って他人にそれを強制するつもりはさらさらないぞ。しかもその手段が銃を使った暴力的解決だと? それではチャールズどもがやっている事と何ら変わりないだろう?」
少し、言いすぎたか?
三人とも怒りを露わにしたのが空気で伝わって来た。
「何をっ! テメェ! 俺たちがあのクソみたいな連中と同じだって言いたいのか?」
大男。確かモリスとか言ったな。
真っ先に口火を切るのはやはりコイツか。
奴がまた叫声を上げた。この男は感情に身を任せて喋るタイプだ。しかも血の気が多いときた。俺の一番嫌いなタイプだ。
「自由の為にチャールズという組織を壊滅させようって魂胆だろ? 自らの正義のために意にそぐわない者を排除したいのなら、お前達の思想はチャールズ共と同じだ。少数の犠牲を黙殺し、集団としての利益を崇高化しているに過ぎない。ましてや解決手段が手を血で染める必要があると言うのなら、残念だが俺はこの話に乗ることはできない。少なくともストールトにはお前らの求めている自由があるのだろ? 上の連中はチャールズという組織、本というシステムに疑問を抱くことなく幸せに生きているんだ、彼らの生活を脅かしてまでお前たちの求める自由とやらに価値はあるのか? いや。上の連中の判然とした幸福を踏み躙る覚悟はお前たちにあるのか?」
折角だ。もう少し煽ってコイツらの本性を見てみようじゃないか。異星友好水準を見極める良い機会だし、コンタクトを取るべき上の連中との話の材料になるかも知れない。
「私たちは本など無くても、生きていけるのです! ストールトがその証明ではありませんか。であれば本という概念はこの世界に必要のない者なのです! にも関わらずチャールズに迎合し、考える事を放棄した上の連中が、己の意志で大地に立っていない連中が、いったい何故、日の光を享受することができ、私達が日陰で暮らさなければならないのですか? この不条理な現状を貴方は疑問に思わないのですか?」
コイツは確かトニーだな。この部屋に入って来た時は知的な雰囲気を醸し出していたがコイツも高飛車だな。上で俺を追いかけ回してきた連中もガキの叫びに敏感に反応して激昂していたし、アーリア人は生来、攻撃的な性格なのだろうか?
「少し落ち着きなさいトニー。彼の言っていることも一理あるんだよ。確かに我々は解決の手段を鉛と火薬に頼ることにした。しかし撃鉄の落ちる音を聞くのはチャールズの構成員だけだ。ほんの少しの犠牲で、僕たちが本当の自由を手に入れるこ事が出来るのであればその犠牲は作為とは思わないかい?」
エッカート。コイツだけは常に冷静だな。先ほどの煽りに一瞬の苛立ちを見せたものの直ぐに頭を冷やし平静を保っている。自分ではまとめ役の一人と言っといていたが、実質コイツがストールトのリーダーなのだろう。
「そうだ、犠牲だ。それはお前達が問題視しているスペアと何が違う? 大義のために少数の生贄が必要だというのなら、やはりお前らはチャールズと同じだ。それに俺の質問の答えになっていない。本という統治を受け入れて暮らしている上の連中の幸福を揺るがしてまで手に入れなければならないお前らの自由とはなんだと聞いているんだ」
「その考えはいささか思慮に欠けるのではないかい? 本というシステムが存在する限り犠牲は永久的に必要になるのに対し、僕らの求めている自由に必要な供物は、チャールズという組織だけでいいんだよ。それは本当に同じことかい? それにトニーが言ったように、自らの意思決定を本に委ねるというのは思考停止以外の何者でもない。考えることをやめたいのなら脳に電極でも繋いで薬漬けになればいい。苦悩や苦痛、後悔すらも、その感情の全てを捨て去ればいいのさ。我々が獣と違うのは唯一、感情を司ることができるからだ。しかし上で安年とした幸福を享受している者達はそれすらも放棄しているんだよ。そのような連中が、我が物顔で陽の光を浴び大地を踏み締めるなど、そしてその影に我々が潜んでいるなどということは、あってはならない事だと僕は思うんだよ」
やはりコイツは別だな。
「すまないが、少し時間をくれないか? なにぶん急な話だ。考えをまとめる時間が欲しい。取り敢えずトイレを貸してくれ」
そう言って俺は立ち上がった。反対意見は言ったものの基本的には賛同する旨を奴らに伝えた後、エッカートの案内で便所へ向かった。
「よく考えてくれ。君はここに来たばかりでストールとの内情も知らないだろうし、僕も些か事を性急に構えてしまったからね。もちろん断ったからと言って君を上に渡したりはしないよ。僕らが大切にしているのは自由だ。僕らの事を上に垂れ込んだりしない限り、ここで暮らしてもらっていい。それに個人的に僕は君のことを気に入っているんだ」
「あぁ。奇遇だな。俺もお前とは意見が合いそうな気がするんだ。少しでいい、エッカート。二人きりで話すことはできないか?」
そう言った俺を見る彼の顔が、ほんの一瞬だけ驚きを見せたように感じた。
「ああ、もちろんかまわないよ。しかしあいにく今日は予定が埋まっていてね。この後僕は会議やら会合やらで一日中眠気と闘わなくてはいけないんだ。すまないが明日にしてくれないか?」
「そいつはご愁傷なことだ。上役になるのも考えものだな」
「全くだよ。今日はここに泊まるといい。ここは上から本を捨て地下に来た者の家が決まるまでの避難所としての施設も兼用していてね」
「そうさせてもらうさ。しかし退屈になったら少し街を見て回っても構わないか?」
「もちろんだ。ゆっくりして行ってくれ。君の目にはここがどう映るのかを聞いてみたいからね」
エッカートとの会話を終え、小便を済ませた俺は、案内してもらった部屋に向かった。
しかしなんで奴は驚いて見せたのかね?
まあ、話の上ではお互い平静を保っていたが、意見の対立は確たる者だったからな。このまま俺が出ていくとでも思っていたんだろう。
「ノア。聞こえるか?」
—はい。通信良好です。
「この惑星はだめだな。上の連中は徹底した管理を望んでいるようだ。それに引き換え下の連中は多少話ができる可能性があるが、エリート思考が強過ぎる。きっとどちらの連中も地球人が植民するのは好まないだろうな。とはいえこの時点で撤退の二文字に声帯を振るわせるのは少しばかりもったいない気がしていてな、一日ここに滞在してみることにするぞ。それからこの星は文明レベルもさして進んでない、オンラインモードに移行して二四時間の監視体制に入れ。我々の電波をキャッチされる心配もなさそうだ」
—了解。それにそても随分と楽しそうでしたね。
「楽しそう? 俺がか?」
—はい。サブカメラの映像をモニターしていました。口にする言葉に棘すらあれど、貴方の表情は常時温かい者でしたよ。そのような顔はプラーク氏との対話以来お見受けしていませんでしたから。
「そうか……」
—貴方は生来他人を愛でる性分なのでしょう。没コニュニケーションの対抗手段として比較的人間に近い会話を可能に設計されている私ですが、所詮はプログラムによる情報の集積とその応用。二進数の生み出す言語には限界があるのでしょうね。貴方にはやはり連れ合いが必要なのです。彼の残した食糧も少しばかりあります。以前から打診していましたが、誰か一人、アストラ体を目覚めさせてはいかがですか?
異星人との会話に花を咲かせるほどに俺は孤独を感じているのか?
しかもそれだけでは飽き足らずAIに諭されるとは俺もヤキが回ったな。
「またその話か。いいか、ノア。俺はな一人が好きなんだよ。もう誰かを失ったり、あんな辛い思いをするのは嫌なんだ。孤独が死に至る病だというのなら、その時が俺の死期なのさ。任務を全うして天に召されるのなら、俺はそれを甘んじて受け入れる覚悟をしてここに立っているんだ。だからな。頼むから俺を唆すのはやめてくれ。お前との会話で俺は十分満足しているぞ。それにな、食糧は余っているに越したことはない。俺の死後、目覚める同胞達にどんな困難が待っているのか想像すらできないが、その時の助けになるはずだ。今の俺に残された力はせいぜいその程度なんだよ」
—それでは余りにも貴方が報われません。アストラ計画に多少の誤差が生じるリスクはありますが、それぐらいの褒賞はあってしかすべきかと。 貴方の労を思えば多少の計画のズレなど……
「いいか、ノア。アストラ計画にズレなどあってはならない。それにな、ピーターパンじゃない限り人はいつか大人になっちまうのさ。夢の一ページを破り捨て、この醜くも美しい残酷な現実と向き合う時がくるものだ。俺はもうジェレミー・サンプターではいられないのさ、だからいいんだ。人類の再建に比べれば俺の孤独感など天秤に掛けるのも馬鹿らしいちっぽけな悩みだ」
—しかし。それでは…
「もうこの話は終わりだ。町へ出るぞ」
AIのらしからぬお節介を受けた俺は街に出た。
あのまま会話を続けていたら悪魔の囁きに耳を傾けてしまいそうな気がしたんだ。
どこに行くでもなくただフラフラと彷徨うように街を練り歩く俺に、地下のアーリア人どもはひっきりなしに声をかけてきた。なんでも地下に脱本者がくることはそうそうあることではないようだ。そもそも上で生活している大抵のものが本を手放そうとすら思わないらしい。それに万が一にチャールズに懐疑的な素振りを見せると、ここにくる前に奴らに捕まってしまうそうだ。そういった騒ぎに対応し、逃走の手助けをするために地上付近毎日見回りをしているようだが、なかなかストールとまで辿り着くものは少ないらしい。
俺がここまで辿り着けたのは中々の幸運を持っているそうだ。まあ、皮肉にも俺はアーリア人ではないのだがな。
そんなこんなで街の連中の人気者になっちまった俺は、口にする事ができない食料や酒のようなものを両手に収まりきれないほど渡され、疲れ果て部屋に帰った。全く収穫の無い調査に対し、とてつもない疲労感に襲われた俺は泥のように眠ってしまったのだ。
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