自由を求めるネズミたち


 脱本者。先のガキもそんなことを言っていたな。本から逃がれた者か。やはりここ、アーリアは本が生活と深く関係しているらしい。ここは話を合わせておこう。


「脱本者…… という言葉は知らなないがこの国の在り方に思うところがあってな」


「そうだろう。やはり君も脱本者だね。我々は君同様に、この国のシステムに異議を唱える者たちの集まりなんだ。上の世界ではレジスタンスやテロリストなんて呼ばれたりもしているがね」


 国のシステム? どうやら思っているより事は複雑のようだな。果たして俺たち地球人がここに定住する事はできるのだろうか? 何にせよもう少し調査が必要だ。しばらく流れに身を任せてみるか。


「さあ、着いたよ。ここが私たち脱本者が暮らすもう一つの国ストールトだ」

 

 もう一つの国。

 そう言われるのも頷ける。そこには太陽すら無いものの、数十キロ程続いているであろう広い空間に、家らしきものが列を成して横へ上へ連なっている。

中央には上の町同様に露店のよな市があり少なく見積もっても数万の人が暮らしていると予想できる。

 さて、俺が異星人だとバレたら話が進まなくなるな。先ほどの騒ぎで収まるどころでは済まないだろうからな。本について聞くには最新の注意が必要だな。 


「脱本者…… と言ったか、すまないが少し説明を頼めるか? 俺は長い間、隣町の端で世捨て人のように生きてきたんだ、あまり最近の情勢について詳しくなくてね。」


「あぁ、そうなのか。そんな暮らしが出来るなんて余程幸運な本を持っているんだね。どこから話せばいいのやら」


「そうだな、我々が持っている本。いや、もっていたと言った方がいいかな。本に記載されている定めを強いられるようになって数百年。僕等の人生が記されている忌まわしいアレが、何故百年以上もの間、一切の狂い無くこの星のあり方を定義し続けているのか、君は分かるかい?」


 本に人生が記されている? そういえば本の表紙にはそれぞれの名前が記載されいたのだったな。

 

「さぁ、あまり考えた事が無かったな」


「そうだろう。本に従って生きているだけで大抵の人は幸せに暮らせるからね。本に対して疑問を持つような者は少ないし、そもそもそういう風に書かれている。殆どの者からすれば本は自分のアイデンティティーとして疑いすら持ち得ない素晴らしいシステムなんだしかし物事には表があれば必ず裏がある。先ほども言ったように、本というシステムがこの星を統治し出して数百年が経つが、システム不備はこれまで起こった事がないんだそれは、この星の行く末を左右するような重要な役割を与えられた本を持たされる者には、必ずスペアがいくつか用意されているからなんだ」  

 

 待て待て、話が分からなくなってきた。

 書かれている、と言ったな。

 つまりアーリア人は本に記された内容に従い生きているというのか? 

 そしてその内容は統治している者が自分達の都合の良いように書き、それを一人一人に与えていると言ったところうだろうか? さらに誰一人疑うことなく、本に従い生きているんだな。いや疑いを持った者は本を捨て、地下に潜ってネズミの様に生きているのか。


「それの何が問題なんだ? 重要な物のバックアップを作るのはごく自然な防御策だと思うが?」


「それが、露店の店主や一商人ならね。しかし要人はどうだい? 例えば首相や大臣だってそうさ。彼らが選挙で当選するのは生まれた時から決まっている。与えられた本にそう記されているからね。彼らは死んだからって首をすげ替えて終わりっと言うほど簡単な物ではない。要人になるべく生まれたものは相応の教育を受けることになる。この国の根幹に関わる秘密や最重要機密にアクセスすることも容易だ。そしてそれは彼ら要人のスペア本を持つものも同様だ。

 しかしね、チャールズが必要としているのはあくまで役割を演じる役者であって。舞台が終われば劇団が解散するのと同様に、役目を終えたものは抹殺される。口封じのためにね」

 

 知らない言葉が出てきたな。

 ノアの解析不足かそれとも翻訳ミスか? チャールズとは何だ? エッカートの口降りからアーリア人なら知っていて当然のような単語なのだろう まあ、推察するに上を統治している本というシステムそのものかもしくはその媒介者だろうな。

 

 「それで? 幸か不幸か知らないが、チャールズにとって利用価値のなくなった要人のスペアを持っている奴はどうなる? 一生部屋にいろとでも書かれているのか?」


「そこだよ問題は。役割を終えた人はチャールズにとっては不要になる。空白のままだと余計な行動や予期せぬ事態を及ぼしかねないからね。だから、数日以内に事故で死んだり突然死という形で死体が見つかるように本が書き換えられてしまうんだよ」


 なるほど。チャールズにとって予測のできない可能性がある者は不要というわけか。


「なるほどな。つまり記された死を恐れた者や、その者の家族がチャールズから逃れるために本を捨て、地下に籠っているということだな」


「そう、それが僕ら脱本者なんだ。ごく稀に死に直面しなくても、君みたいに思想的に本を捨てる人もいるんだけどね」 


 だんだん解ってきた。

 しかしそこまでの労力を掛けてまで統治をする理由はなんだ? おそらく本っというシステムが作られる以前の歴史が関係しているのだろうが、それを聞くのは流石に怪しまれるか? 世捨て人であろうが自分の星の歴史を知らないなんてのはおかしい話だからな。


「そういえば名前を聞いていなかったな。俺はサルヴァだ」


「あぁ、紹介が遅れてごめんね。僕の名前はエッカート。ここ地下施設ストールトのまとめ役の一人だよ。さあ、着いたここがストールトの本部だよ」

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