攻撃性症候群
街へ着いた。光学迷彩を使用してしばらく大通りを観察して回ったが、やはりノアの報告どおり臓器が人間と比べ一つ多いようだ。と言うのも、どいつもこいつも腹が出ている単に太っているというわけではなく、決まって臍部のあたりが大きく前に出っぱっているのだ。
そして何より気になったのは本の存在だ。街を歩く奴等は言うまでもなく、露店の店主や、路地で遊んでいる子供、ひいては生まれたばかりの赤ん坊すら本を持っている。まあ赤ん坊は持っているというより、産衣に巻き付けられていると言った方が正しいが。
「ノア。聞こえるか? 通信を再開しろ」
—聞こえています。どうかされましたか?
「街へ潜入した。本についての詳細が知りたい。カメレオンの起動はできるか?」
—可能です
スーツは一瞬の閃光を放ち、俺の姿をアーリア人に変えた。
路地から出た俺は、姿を確認するために露店の鏡を手に取った。
「これが俺の姿か……」
灰色の肌に口と同じほど大きな目、そして何よりこの腹である。
—オズ。カメレオンはあくまで光の屈折と反射を行っているだけなので、実態はありません。アーリア人との物理的接触はくれぐれも避けるようにしてくださいね。
「解っている。ちなみに俺の持っている本のタイトルにはなんと名前を付けた?」
—ディ・サルヴァ、と。アーリア語で良き隣人という意味です。
「良き隣人ね。俺の隣人ってのは誰なんだろうな。さて、これで聞き込みができる。先ずは定石通り子供から攻めせいくか」
俺はしばらく歩いて、できるだけ成体と思われる大きな奴がいない場所を探した。子供だけでいる方が聞き込みがしやすいからだ
「坊や。この辺の子供かい? おじさん隣町から来たんだけどこの辺がよくわからなくってね、よかったら道案内してくれないか?」
「道案内? いいけどオジさん隣町って、もしかしてポベーロ?」
「あ、あぁそうだよ。ポベーロだ」
「僕のお兄ちゃんが住んでいる町だ! オジさん。お兄ちゃんに会ったことある?」
まずい。このガキ隣町のことを知っていやがる。
「ごめんね。君のお兄ちゃんには会ったことないんだ」
「そっかぁ。お兄ちゃん、ポベーロでは有名人なんだけどな」
「そんなことより一つ聞いていいかな?」
「ん〜。いいけどオジサン行きたい場所があったんじゃないの?」
「もちろんそれもそうなんだが、まあ、いいじゃないか。せっかくこうやって出会ったんだ無駄話の一つや二つ。君の本には何が書かれているんだい?」
「え!?」
瞬間。子供の表情から笑顔が消えた。本について聞くのは禁句だったか? 街の連中のが何やらいる本について話しているのを聞いたが、何かルールがあるのだろうか?
「い、いや。なんでもない」
なんでもないよ。ごめんね。そう言おうとした俺の口を遮るように、ガキが奇声を上げた。
「脱本者だー! 誰か助けてーー!」
そう言ってガキが走り出した。するとガキの向かった方から、騒ぎを聞きつけた奴等が我先にと駆けつけてきた。
俺は反射的に反対方向に走り出した。
「クソ。ノア! 逃走ルートを確保しろ! それから本のホログラムはもう要らない。何も持ってないのに手を握り続けるのは疲れた」
これだからガキは嫌いだ、馬鹿みたいに騒ぎやがって。
—その角を右に曲がってください。
「よし。次はどうする?」
急な逃走劇で、息が切れる。
「クソ! めんどくさい! スーツも重いし何時迄も走ってられないぞ!」
—もう少しです。次の角を左に曲がったところで一旦人目が切れます。そこでカメレオンを解除して光学迷彩を再展開します
ノアと会話しながら走っていた俺は、ふと目の前の地面が浮き上がるのを見て立ち止まってしまった。まるで隠し扉のように地面が開いたのである。
—オズ止まらないで!
「君。早くこっちへ来るんだ!」
聞き慣れた声と知らない声の同時の呼びかけに、俺は一瞬混乱した。が、答えは決まっている。考えるより先に足が動いていた。
「ノア。奴について行く。この惑星はまだ何かありそうだ。それに、いざとなったら船をこっちに回して逃げれるしな」
—了解
—地下は映像のモニターが出来ないので気をつけてください。
「あぁ。外の状態に変化があれば知らせろ」
声をかけてきたアーリア人について行くと床下扉の中は階段になっていた。
「すまない。助かった。それにしても、いやに長い階段だな。いったいどこまで続いているんだ?」
「なに、困ったときはお互い様さ。あと八分くらいは降るよ。万が一光や音が上に漏れないように地下五百メートル程下に施設を作っていてね。まあ、作ったというより祖先の作った忌まわしの置き土産をありがたく流用していると言った方が正しいけどね」
「施設? 一体何の施設だ?」
「君は脱本者だろ? この施設は君と同じく本を手放した人たちが暮らす場所さ」
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【地下世界ストールト】
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