第72話 私が神です

 



 人々に寄生していたブラッドシープは、依里花に一瞬にして破壊された。


 支配されていた人間はその場に倒れ、大地と絹織も解放される。


 だが二人とも全身傷だらけで息も絶え絶えだ。


 依里花はすぐさま治療するべく近づこうとしたが――




「絹織いぃっ!」




 それより早く、芦乃が彼女に駆け寄った。


 ヒーリングで傷を癒やしたあと、銃撃で鎖を破壊する。


 そして崩れ落ちるその体を抱きとめた。




「生きてる? 無事!?」


「う、うん……でも、芦乃? え、何で?」


「色々あって生き返ったの」


「いきかえ……? えぇ? わ、私、夢を見てる……?」




 困惑する絹織。


 一方で依里花は、せめて大地だけでもと、彼の治療と解放を行った。




「倉金先輩、おおきにな。ほんま助かったわ」


「遅くなってごめんね、大勢に囲まれてたからスマホ確認するのが遅れちゃってさ」




 界魚の牙を破壊し、屋上が崩壊したあと――依里花たちは、令愛の防壁に守れて無事に元の世界へと帰還した。


 今までと違い、瓦礫と共に数十人もの生きた人間が現れたとなれば、当然大騒ぎになる。


 たちまち依里花たちは自衛隊員に取り囲まれ、ひとまず病院に運ばれることとなった。


 依里花が絹織からのメッセージに気づいたのは、そんなときであった。


 もちろん牛沢絹織なんて人間、依里花は知らない。


 だがその名前を読み上げたとき、近くにいた会衣、緋芦、そして芦乃が反応を見せたのだ。


 それがなければ、内容を確認するのはもうちょっと遅れていたかもしれない。


 メッセージには、現在の状況、居場所、そしてこれを大地が送っていることが記してあった。


 絹織と大地に戒世教の魔の手が迫っている――それを放っておけるはずもなく、依里花は救急車に乗せられる直前、最小限の人員だけ連れてその場を抜け出した。


 テレビなどで中継もされていたはずなので、おそらくは今ごろ騒ぎになっている頃だろう。




「しかも、山に到着した頃にはもう二人とも捕まってたからさ。戒世教のやつらの車を尾行してここにたどり着いたんだ」


「でも入り口が見つからないから、手分けして探したのよね」


「結局、私も井上さんも正攻法では入れなかったみたいだけど」




 壁を切り刻んで侵入した依里花と、天井にミサイルをぶちこんで侵入した芦乃。


 それはこの施設のセキュリティが優れていることを示すと同時に、いかなる守りも彼女たちの前には無意味であることを示していた。


 そうして経緯を話していると、足元から声が聞こえてくる。




「う、ううぅ……」


「千尋っ!」




 絹織は芦乃から離れると、横たわる千尋を抱き上げる。




「な――千尋まで巻き込まれてたの!?」


「私のせいで……ブラッドシープっていうのを体に入れられて、おかしくなってたの」


「ブラッドシープ……」




 依里花は床に散らばる赤い肉片を見て、顎に手を当て何かを考え込む。


 そのとき、大地も倒れた両親を仰向けにして、その体を揺らしていた。




「親父、おふくろ、返事してくれ!」


「戒世教のやつら、親族まで巻き込んでるなんて……!」


「学園の中だろうと外だろうと、あいつらの頭の悪さは変わらないってことだね」


「千尋、大丈夫? 意識が戻ったなら答えて!」




 千尋の目は開いていた。


 だが焦点が合っておらず、目の前に絹織がいるというのに反応が無い。




「う……あー……あ、あ……」




 ただその半開きの口から、意味のない声を吐き出すだけ。


 絹織は連城が言っていた言葉を思い出す。




「ブラッドシープは脳に寄生する……切除しても、破壊された脳は元に戻らない……」


「そんなっ!」


「つまり、親父とおふくろはもう……」


「でも声が出るってことは死んでないんでしょ? ヒーリングで治るんじゃない」




 そう言って、依里花は千尋の前でしゃがみ、魔法での治療を試みる。


 光が彼女の体を包み込み――外傷は無いので見た目にはわからないが――穴だらけになった脳を元の状態に戻していく。


 するとその瞳に光が宿り、視線が絹織を捉えた。




「絹織……?」




 理性を感じさせるその声を聞いた途端、絹織の目にぶわっと涙が溢れた。




「千尋……生きてる……よがったあぁあ……千尋ぉおおおっ!」


「うわっぷ! 苦しい、苦しいって絹織!」




 千尋のことを強く強く絹織は抱きしめる。


 一方、抱きしめられる側は、何が何だかわからなかった。


 なにせ覚えているのは、病院で連城に拘束され、絹織の前で意識を失わされるまでの間だ。


 なぜ自分は、こんな血の匂いが充満する空間にいるのか。


 そして絹織も自分も体には傷が無いのに、服がぼろぼろで、血で汚れているのか。


 何かとてつもないことが起きたのは間違いないのだが――とりあえず、絹織が喜んでいるので、悪い状況では無いらしい、と判断する。




「もう離さないからね。ずっと、ずっと一緒にいようね……!」


「ええ、もちろんよ。だって私、絹織のことが好きなんだもの」


「うん、うん、私も好き! 千尋のこと、ずっと昔から、世界で一番好きいぃぃっ!」




 恥ずかしさなんて関係ない、今はとにかく千尋への想いで胸がいっぱいだから。


 だが――絹織はともかく、千尋は絹織に抱きしめられ視界を塞がれているので、周囲に人がいることすら気づいていなかった。




「よかったわね、二人とも」




 だから、その声が聞こえてきたとき、完全に脳がフリーズした。




「……今のって」




 絹織にとっても、千尋と生きて再会できた喜びが一時的に上回っただけで、芦乃の存在は大きな疑問なままだ。




「うん、芦乃なんだけど……」


「はぁっ!? ど、どどっ、どういうことよ! 本当に芦乃なの!?」




 がばっと絹織を引き剥がし、体を起こす千尋。


 そして芦乃と目が合った。




「久しぶり」


「……夢、見てる?」


「私もそうなんじゃないかと思ってる」


「現実でごめんね。あたしも自分が生きてること、今も夢なんじゃないかと思ってるぐらいだから許してよ」




 絹織と千尋の驚きに対して、芦乃の反応が軽すぎる。


 まあ、芦乃が蘇ってからしばらく経っているし、その理由も理屈も理解しているので、差があるのは仕方のないことなのだが――その現実があまりに現実離れしているので、絹織と千尋は二人して固まってしまう。


 その間に、依里花は島川亮と久美子を治癒していた。


 目を覚ました島川夫妻は、五体満足でそこにいる大地を見て、涙を流す。




「大地、あなた……」


「ほんまに無事なんか。怪我も治ったっちゅうんか!? こんな奇跡が……っ」


「それはこっちのセリフや。親父もおふくろも、無事でよかった!」




 親子三人、感動の再会である。


 依里花はそれを見ながら、「私にはああいうの無いからなぁ」とつぶやいていた。


 結局、脳の損傷はヒーリングで治療できることがわかったわけだが、この場には百人近くの被害者が倒れている。


 全員に魔法を使っているとMPが足りない。


 そこで依里花は天井に向かって呼びかけた。




「ギィ、ついてきるんでしょ! 治療手伝って!」


「ギシシ……」




 スライム状になって、でろんと垂れ落ちてくるギィ。


 騒ぎを大きくしないために、離脱するのは依里花と芦乃だけ――そう決めたはずなのだが、どうやら勝手に付いてきていたらしい。


 悪いとは思っているのか、その笑い顔はいつもより少しだけ申し訳無さそうだった。




「まったく、あとで犬塚さんの両親に説明しないといけないんだからね」


「そっか、アタシってイヌヅカの体だった」




 この先、色んな人が家族と再会を果たすわけだが、当然、犬塚海珠にも家族はいる。


 ギィの見が目が彼女を模している以上、他人とは言い切れないだろう。




「メンドクサイ……」


「その時は手伝うから、今は治療をお願いしていい?」


「わかった、まとめて治す。ヒーリングシャワー!」




 それは曦儡宮との決戦に向けてスキルを習得したとき、ついでに覚えた広範囲治療魔法。


 頭上に浮かんだ光のオーブから、輝く雨が降り注ぎ、範囲内にいる人々全ての傷を治していく。


 脳の損傷により立ち上がることすらできなかったブラッドシープの被害者たちは、一人、また一人と意識を取り戻した。




「ねえねえ絹織」


「なに、千尋」


「やっぱりこれ夢だと思うのよ」


「奇遇だね、私もそう思ってた」




 現実離れしたその光景を前に、絹織と千尋はさらに混乱を深めていく。




「あはは……これは落ち着いた場所で説明しないといけないかな」




 芦乃は苦笑いしながら頭を掻いた。


 一方、島川一家も奇跡を目の当たりにして呆然としている。




「こんなことあるんやな……」


「俺が戦ってたときも不思議な魔法を使っとったけど、そのとき以上やな」


「大地も使えたんか」


「倉金先輩から力を分けてもらったら、やけどな。でも化物たちと戦い抜くには、これぐらいの力が必要だったんやろうな」




 手のひらを開くと、そこに光の雫が落ちてくる。


 触れても手は濡れないが、暖かさだけは残る――そんな不思議な感触だった。


 やがて雨も止まり、治療は完了する。


 そのとき、ふと依里花はギィに尋ねた。




「この魔法ってさ、治療する対象は選べるの?」


「やろうと思えば選べる」


「今は?」


「必要ないと思って無差別に……あ」




 二人の視線が壁を見上げる。


 そこには、ドリーマーに串刺しにされて苦しむ瀬田口博の姿があった。




「がっ、ぐおぉお……!」


「生きてたから治っちゃったんだ」


「フツウ、お腹を突き刺されたら、そのままずるずる下にズレて真っ二つに斬れると思う」


「背骨か肋骨あたりが支えになってるのかな。まあいいや、生きてるなら使おう・・・




 依里花が軽く念じると、ドリーマーが消え、博の体が落下してくる。




「う、うわあぁぁあああっ! ぐぇっ」




 誰も受け止めないので、着地した途端に両足が折れた。


 これで逃げられないのでちょうどいい。


 依里花は彼の前でしゃがむと、その髪を掴んで顔を近づけた。




「顔はあんま似てないけど、意地汚さの部分ではやっぱ親譲りなんだね」


「だ、誰だ……」


「どうだっていいじゃん。まず最初に悲しいお知らせなんだけどさ、息子さん死んだよ。あ、息子でいいんだよね、瀬田口丁って」


「何……なぜ丁のことを知っている!」


「やっぱりそうなんだ。まあ、他人の家族を食い物にしてきた罰が下ったんだろうね。すごくかっこ悪い死に方だったよ」


「お、お前ぇぇええっ!」




 依里花は、掴みかかろうとする博の頬を叩いて吹き飛ばした。




「アイツ、すごく飛んだ」


「つい化物感覚でやっちゃった」




 頬骨でも折れたのか、博は叩かれた場所を手で抑え、「ううぅ……」とうめいている。


 依里花は改めて彼に近づく。




「でもこれぐらいやっていいよね。一体これまで罪のない人間を何人殺してきたの? 曦儡宮降臨の儀式なんてふざけた遊びのために、どれだけの人を犠牲にしてきた?」


「全ては真の世界にたどり着くために……」


「あんたたちの言う真の世界なんてこの世に存在しない」


「そんなもの誰に証明できる! それを知っているのは神だけ――はっ」




 すると、途端に博の目つきが変わった。




「まさかあなたが……神だというのですか」




 依里花は何言ってんだこいつ、と思わず口走りそうになる。




「何言ってんのあいつ」


「頭おかしいんやろ」




 実際、絹織と大地は後ろでそう言っていた。


 誰もが同じことを思ったが――ふいに、依里花の頭に悪い考えが浮かぶ。




「そう、やっと気づいたんだ。いかにも、私は神だよ」




 神だと思いこんでいるのなら、いっそ神になってしまえばいい。


 そんな、バカげた発想だった。


 だが戒世教の信者たちはどいつもこいつもバカげた思い込みの強さをしている。


 例えば――




「やはり! 先ほどの光の雨は、まさに神の所業……」




 この瀬田口博のように。




「やったのはアタシだけど」




 この際、実行したのがギィなのか依里花なのかは、彼にとってはどうでもいいことなのだ。




「我々を真の世界に導くために、ついに降臨なさったのですね!」




 都合のいい理屈の構築。


 素早い自己正当化。


 それを一瞬のうちで脳内で済ませ、依里花にすがりついてくる博。


 だが触れる前に、その腕が突如として切断された。




「ぎゃあぁぁああっ! な、なぜっ、なぜですか神! 曦儡宮様ァ!」


「穢れた手で触れるな、人間」


「申し訳ございません!」


「それに私は曦儡宮ではない」


「え……?」


「曦儡宮は彼女だ」




 突如として巻き込まれたギィは、「ん?」と一瞬戸惑う。


 だがとっさのアドリブでどろりと体の一部を溶かした。




「ギ、ギィ。アタシは曦儡宮。お前たちのせいで人間の味を知り、憎悪を取り込んだことで穢れてしまった、哀れな存在」


「なんと……ではあなたは、神は誰なのですか!」


「まずは事実を認識してもらわねがな。お前たちも知っている通り、曦儡宮は神などではない。人類とは異なる空間で過ごす、形の異なるただの生命体だ」


「そのことをご存知でしたか……」




 瀬田口丁が言っていた。


 神かどうか、事実なんどうでだっていい。


 必要なのは、自分の望みを叶えてくれるだけの力があるかどうか。


 もし彼の価値観が、父親譲りのものだとするなら――博は、曦儡宮が神ではないと知った上で、神と崇拝していた可能性がある。




「元々、世界で初めて曦儡宮を観測した人間は宗教家などではありませんでした、科学者だったのです。彼は我々が住む世界とは異なる空間の存在に気づき、その力を人々の生活に役立てることはできないかと考えました」




 普通に初耳だった。


 だが依里花は知っている体でその話に耳を傾ける。




「ですが異空間の存在に触れるうちに、それが人類よりも遥かに優れた生命体だと気づき、好奇心はやがて信仰へと変わっていったのです。まさにあなた様のおっしゃる通り」


「いかにも」




 ギィが隣で肩を震わせていた。


 正直に言うと、依里花も少し笑いをこらえていた。




「そして私はその異空間すらも統べる正真正銘の神である」


「なんと、さらに上位の――でしたらあれだけの奇跡を引き起こせることにも納得がいきます」


「よいか人間よ、お前たちは大きな過ちを犯した。私はそれを正すために降臨した。決してお前たちに呼ばれたのではない」


「どのような過ちなのですか!」


「お前たちは生贄の名のもとに、あまりに多くの人間を殺しすぎた。許容量を超えた悲しみ、憎しみをこの街に生み出した結果、腐食を司る終焉の神、界魚を呼び出してしまったのだ」




 ここに関しては、ほぼ事実である。




「界魚はあらゆる魂を腐らせ、真の世界などではなく――人間を偽の世界とも呼ぶべき、苦しみと痛みに満ちた世界へと導く」


「偽の世界……!」




 偽の世界って何だろう、と依里花も内心思っていたが、瀬田口が納得したので良しとする。




「そして界魚を呼び出す条件を満たしてしまったお前たちの魂は、すでに腐敗している。ブラッドシープとやらも界魚の力だ。この研究に関わった人間は、より深く腐敗していまっているだろう」


「では……我々は偽の世界に導かれると?」


「そうだ。今のままでは間違いなく、死後その魂は界魚の餌となり、永遠の苦しみを味わい続けるだろう」




 彼の顔がさっと青ざめる。


 元々、真の世界なんてわけのわからない概念に縋るような男だ。


 魂が汚れるとか、死後がヤバイとか、そんなことを言っておけば勝手に信じてくれるとは思っていた。




「どうしたら良いのですか! どうすれば、我々の魂は真の世界に到達し救われるのです!」


「言ったはずだ、真の世界など存在しないと。お前たちに待つ未来は、腐敗と苦痛に満ちた絶望だけだ。普通に生きていれば、まっとうにあの世に逝けたものを」


「そ、そんな……」




 崩れ落ちる瀬田口。


 そんな彼に、依里花は少しだけ優しい声色で語りかけた。




「だが、一つだけ救われる方法がある」


「それは一体!」




 希望に目を輝かせ、瀬田口は顔をあげる。


 そして依里花は笑顔で彼に告げた。




「殺して浄化せよ」




 戒世教の信者たちが振りかざした人殺しの理屈でもある。


 それで無関係の人間を殺したのだ。


 同じ戒世教の人間を殺せない理由がどこにある。




「戒世教の人間は、誤った信仰によって魂が腐敗しきっている。それらを、お前の――お前たちの手で浄化するのだ」


「仲間を、同志を殺せとおっしゃるのですか!」


「今までさんざん人を殺してきただろう。戒世教の人間も同じ人だ、しかも腐りきった、穢れた人間である。殺せない理由などなかろう」




 一応、仲間意識らしきものはあるらしい。


 だからこそより醜いのだが。


 すると、上の部屋から二人の会話を聞いていた信者が、マイクで瀬田口に呼びかける。




『だ、大司教猊下! そのような女が神であるはずがありません、惑わされてはいけない!』


「しかし我々は奇跡を見た!」


『あれも何らかの手品に違いありません。それに我らが信じるべき曦儡宮様は、人の姿を模すような矮小な存在では――』


「アウェイクン」




 依里花は、その場でドリーマーを振った。


 すると遠くにいる、マイクに語りかけていた男の体が上下に真っ二つになる。




『う、うわあぁぁあああっ!』




 叫び声が部屋に響いた。


 瀬田口も目を見開き、その惨劇を目撃する。


 その直後――




「ヒーリング」




 真っ二つに分断された男の体は、魔法によって元の形に戻った。


 まるで時間を戻すかのように。


 そして依里花は、瀬田口に殺意を込めた笑みで告げる。




「これでも神を信じないのか? まだ過ちを繰り返すのか?」


「あ、ああぁ……」


「お前たちの愛した曦儡宮は、私以上の奇跡を目の前で見せてくれたのか」




 目の前の存在は、異なる次元で生きている。


 瀬田口は、そう確信した。


 それすなわち、彼にとっての神である。




「いえっ、あなたが!」




 瀬田口は腕を一本失ったまま、額を床にこすりつけて平伏した。




「あなたこそが我々の信じるべき神でございますうぅぅっ!」




 大司教がそう認めた瞬間、それを見ていた他の信者たちも同じく認めるしかなかった。


 あの少女こそが、真なる神であると。


 それを肌で感じた依里花は、彼らに命じる。




「一人が一人を殺した程度で魂が浄化されると思うな、戒世教の罪人を消し尽くすまで償いは終わらん」


「ははあぁっ!」


「それと……無関係な人間を殺せば当然だが腐敗は進む。誤魔化せば、次に“浄化”の対象となるのは自分だと心得よ」


「我々は神の言葉に従います! 誤魔化すことなど! うひいぃっ!」




 瀬田口のもう一方の腕が断たれる。




「何をちんたらしている、今すぐ行動しろ。その腐りきった魂、本来ならば今すぐにでもこの世から消え去るべきなのだぞ?」


「は、はひいぃっ!」




 立ち上がろうとしても、彼は腕が無いので思うように動けない。


 仕方なしに依里花が両腕を治してやると、博はその偉大なる力に感動し涙を流した。




「お前たち、動け! 我らが神のために、早く!」




 そして施設にいる信者たちに指示を出す。


 戒世教を、自らの手で潰すべく。




「あのおっさんのこと逃がすんやな」


「最後は殺すよ。私は神様なんかじゃないって正直に伝えてからね」


「普通に死ぬよりそっちのがエグいやろ」


「だからやるの」




 大司教と言われても、どれぐらいの地位かはピンとこないが、偉いのは間違いないだろう。


 依里花が自らの手で一個一個潰していくより、そういう人間に自ら壊させた方が効率がいい。




「私たちだって、戒世教がどこまで影響力を持ってるのか、完全に知ってるわけじゃないじゃん?」


「そうね、あたしの知識も六年前で止まってるもの」


「ブラッドシープも戒世教の最新グッズみだいたし、末端の人間は下手すれば存在すら知らない可能性だってあるからね。大司教さんに自滅してもらえば、一網打尽にできるから。裏切ったらそのときは殺せばいいだけだし」




 異能の力を持つ化物ならともかく、地上の戒世教はただの人間だ。


 界魚を殺すために与えられた力は、こうして帰還した今も消えていない。


 この力、人間に向かって使うにはあまりに強すぎる。


 油断ですら油断にならないほどに。




「さてと、そろそろ外に出よっか。問題はどうやってこの人数を運ぶかだけど」


「まさかこんな大勢が捕らえられてるとは思わなかったわね」


「しかも絹織さんは警察に追われてるんやろ」


「そうだった……」


「なんでそんなことになってるのよ。絹織は大地くんを助けただけなのに」


「それが誘拐扱いらしくってさ。千尋たちにも暴行したことになってるし」




 絹織と千尋のやり取りを聞き、依里花は軽くため息をつく。




「ふぅ、警察は頼りにならないってことか」


「エリカエリカ、ならヒヤミに頼ってみたら?」


「日屋見さんに?」


「お金持ちだから、大きいクルマ持ってそう!」




 ギィの考えはあまりに単純だ。


 だが、一番頼れる相手でもある。




「そういや日屋見グループに観光会社あったよね。バスとか動かしてもらえないかな」




 できれば、全員を市外に送り届けたい。


 絹織の容疑を解くのもそれからだ。


 依里花はすぐさま麗花に連絡をした。


 彼女はどうやら、すでに病院に到着しているらしい。




「もしもし、日屋見さん。今大丈夫?」


『平気だけど――生存者が消息不明って騒ぎになってるよ』


「まあどうとでもなるでしょ。どうせ井上さんが戻ってきたらもっと騒ぎになるんだし」


『あと仰木先輩と郁成先輩が心配してる』


「そっちは大変だ……」


『ははっ、手土産の一つでも持ち帰ってくるんだね。それで、何の用事だい?』


「実は戒世教に捕まってた人が100人ぐらいいてさ、どうやって移動させようか悩んでて」


『それで私にバスの手配を? いいだろう、会社の方にすぐに交渉してみるよ』


「話が早いね」


『将来の義姉に恩を売っておいて損は無いからね。ただ、どうもうちの両親が消息を絶ってるみたいで、会社がバタバタしているから、少し時間がかかるかもしれない』


「それぐらいは待てるから平気。ありがとね日屋見さん」


『それと――病院にはご両親も来ているよ』


「ああ……」


『一応、報告だけしておく。それじゃあまた』




 通話が切れると、芦乃が「どうだった?」と尋ねてくる。




「少し時間はかかるかもしれないけど、手配してくれるって」


「それはよかったわ。ならその間に、場所を移しましょうか。ここは血生臭くて気分が悪いわ」




 単純にこの場の空気だけでなく、依里花と瀬田口のやり取りを見て気分を悪くした人もいるようだが。


 施設の信者に案内をさせ、全員を安全な場所へと移動させる。


 一方、依里花は床に落ちたブラッドシープの破片をドリーマーですくい上げると、まじまじと観察していた。


 その背後からギィが抱きつき、肩に顎を乗せる。




「エリカ、どした?」


「これ、たぶん界魚の壊疽の一種だと思うんだけど」




 依里花は、おそらく瓦礫の中から回収したものを、何らかの形で改造して使っているのだろうと考えていた。


 しかし、そこには大きな矛盾がある。




「主が死んでフロアが崩壊したとき、島川くんはお兄さんが守ってくれたから生き残れた。それはわかるんだけど、何でこの壊疽だけが外に出られたんだろうと思って」


「確かに、フロアが崩壊したらエソも一緒に死にそう」


「そうなんだよね、しかもさ――」




 目を細め、何かを思い出そうとする依里花。




「私これ、どっかで見たことある気がする」




 はっきりと連想できるほど大きな関連性があるわけではなく。


 しかし、記憶の何かと関係している。


 その解消できない気持ちの悪い“引っ掛かり”に、依里花は眉にしわを寄せた。



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