第62話 完璧な私にできないこと

 



 私は両手に握ったドリーマーで、全身タイツ男と斬り結ぶ。


 敵の体は硬く、特に両手は密度が高いのか、鋭い刃物を突き立てても貫くことができない。


 胸をめがけて突き出した刃を手で振り払われ、今度は相手の手刀が私の顔を狙う。


 首を傾け回避。


 そして私はその腕を掴むと、もう一方の手で相手の肩を握り、体勢を崩す。


 だが逆にその勢いを利用して、相手は前方に宙返り――その最中、顔で蠢く無数の目から光線を放つ。


 幸い、素早さに特化した私はこの至近距離でも回避が可能だ。


 拡散する光線は一見して抜け道など無いように見える。


 だが跳躍し、体を捻りながら、その“唯一”の道を切り抜けた。


 まあ、ここまで何回も当たって手足焼き切られてるから、さすがに避けてみせないとね。


 片手で着地。


 相手は爪を薙ぎ払いその手を狙ってくる。


 腕の力を使い跳躍、空中でナイフを投擲――すばしっこい敵はその攻撃も避ける。


 そして私に余裕が無いと見たか、ネムシアの方に視線を向ける。


 さっきからこいつ、隙さえあれば彼女を殺そうとするんだよね。


 ずる賢いというか、小物臭いというか。


 けど、ネムシアはそれを待っていた。




「今だ、食らえいッ!」




 攻撃準備はすでに完了していた。


 タイツ男がネムシアの方を見たのとほぼ同時に、ワイバーンレイジが発動。


 真正面から彼に直撃する。


 受け止めようと腕を交差させるけど、着弾と同時に風の塊は爆ぜ、吹き飛ばす。


 さらに、衝撃に耐えきれなかったのか、その腕から黒い液体が剥がれている。


 今がチャンスだ。


 私は強く地面を蹴り、滑空するように敵に接近。


 ソードダンスでさらに加速。


 吹っ飛ぶ男を追い越すのに成功すると、スキルを中断、跳躍。


 相手の頭上からメテオダイブを使って急降下する。


 敵もこちらに気づいてガードしようとしたが、腕は無防備な状態。


 それに気づいた直後、顔中に張り付いていた目ん玉が一箇所に集まり、一つの大きな目になった。


 そこから、とびきり太い光線を放つ。




「依里花、危険だぞ!」




 言いたいことはわかる。


 でもここまで来たら私だって退けない。




「このまま殺せば問題ないっしょ!」




 私は攻撃を中断せずに、メテオダイブでビームとの真っ向勝負を挑んだ。


 ドリーマーに秘められたエネルギーが、相手の光線を弾く。


 一本の大きな帯は、刃により左右に引き裂かれ、私の肩をちりちりと焼いた。


 でも――押し負ける気はしない。


 なにせ、相手は空中で不安定な体勢。


 加えて攻撃を放ったタイミングは、一瞬とは言えこちらの方が先。


 準備が不完全だったのだ。


 ビームはナイフに押し切られ、ついにその刃が眼球に到達する。




「脳みそごと潰れろぉッ!」




 ぞぶりと刃が眼を貫いた、


 落下の勢いで敵の体は地面に叩きつけられ、ズドォンッ! という大きな音とともに周囲ごと地面が凹む。


 だが、男はまだ動いてて、私の手をつかもうとしてくる。


 普通の人間なら死んでるはずなのに。


 この被膜を纏うまでもなく、中身はとっくに人間をやめてるんだろうか。


 私は刃を突き刺したまま、柄を握る手をひねると、ぐちゅりと脳をかき混ぜる感触があった。


 さらに敵の体はびくんっ! と大きく震え、すぐにぐったりと動かなくなる。


 宿主が活動を停止すると、体を覆っていた黒い液体も、まるで死んだかのように溶け、地面に染み込んでいく。




『モンスター『曦儡宮分御霊』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが102に上がりました!』




 ぎらいぐう……わけみたま?


 分御霊ってなんだっけ、どっかの漫画とかで見たことがある気がする。


 あとレベルって100越えるんだ。


 まあそれもそっか、ここまで強くなったって界魚を倒せるほどじゃないんだし、もっと上がってもらわないと困る。




「やったのか……」


「せっかくネムシアが腕んとこ引っ剥がしてくれたのに、結局は頭を潰すことになっちゃったけどね」


「眼球も脆かったのだろう。奥の手を使ったように見えて、捨て身の一撃だったというわけだ」




 目玉を一箇所に集めるあの行為、見るからに弱点を晒してますって感じだったもんね。


 にしても……この黒いの、ほんと臭いな。


 ゾンビで慣れたと思ってたけど、ファンタジーランドがちょっとマシだったし、このあたりは空気が澄んでるから余計にそう感じちゃうのかな。


 その匂いから逃げるように、私たちは教室に向かって再び走りだした。




「ところで、さっきのネムシアも聞いたよね。レベル上がってるはずだし」


「曦儡宮がどうこう言っておったな」


「さっき、大木たちは曦儡宮の召喚にも成功してたって話したけど――」


「こやつらが身にまとっておる黒い液体、あれが曦儡宮だというのか?」


「大木たちも顔にへばりつけてたし、そういう使い方できるんだろうね。まあ、完全に腐っちゃってるみたいだけど」




 元からそういう匂いだったって可能性もあるけど、ギィは甘い匂いするから違いそう。




「曦儡宮は……この世界に呼び出されたあと、界魚に負けてしまったのだな」


「生きてる世界が違いすぎたよね。大量の世界を食べまくる魚と、世界一個を滅ぼすのがやっとの神様だから」


「そう考えると不憫でもあるのう。呼び出されたと思ったら、訳のわからん化物に腐らされて、自分もそいつらの仲間にされてしまうとは」




 哀れなやつではある。


 けど同情の余地はない。


 濁った人間の魂が大好物――なんて言ってる時点でロクでもないやつなんだから。


 ああ、でも二階で津森拓郎の名札を触ったときに聞こえたあの声……『我を味を教えておいてこの仕打ち、人類を許さぬ』とか言ってたっけ。




「しかも魂の味を覚えさせたの、人間かもしれないからね」


「そうなのか?」


「人肉の味を覚えた熊みたいな感じで、餌付けした戒世教の人間が一番悪かったってパターンはありそう。何なら、勝手に神様って呼んでるだけで、曦儡宮は神様なんかじゃない可能性だってあるんだもん」




 私たちが暮らす空間とは、別の場所に暮らしていた新種の生命体。


 人間が接触してくるまでは、その存在すら知らなかった――とか。




「ただ食欲を満たすこと目当てに動いておるだけ、か。であれば、真の世界などという概念も全ては……」


「人間が勝手にでっちあげただけ」




 そういう概念があった方が、信仰を広げやすかった、とかそういう理由もあるんだろうけどね。




「はぁ……その愚か者どもの群れが迫ってきておるな」




 振り返ると、そこには全身タイツの男たちが二桁近くいた。


 全身タイツって言うほどダサくは無いんだけど、他に私は形容する言葉を知らない。


 ネムシアに合わせて走っていると、彼らとの距離は少しずつ詰まっていき――




「迎え撃つか?」


「さすがに数が多すぎるよ。どっか足止めできるとこない?」


「地下に空洞が空いておる場所がある。そこまで誘導して魔法で地面を破壊することができればよいのだが」




 地下の話をしていると、視界の端っこの地面がいきなり盛り上がる。


 気になってそちらを見ると、ひょっこりと真恋が顔を出しているではないか。


 続けて日屋見さんも出てくる。


 しかし、私たちに夢中になっているタイツたちはまだ気づいていないようだ。


 二人は追われている私たちを見ると、さっそく武器を手に、敵の足元を攻撃する。




「真恋、倒す必要は無いよ」


「承知しているッ!」




 日屋見さんのギュゲスから光線が放たれ、群れの足元の地面を破壊する。


 土がごっそりとえぐれ、土埃により視界も悪くなったところで、一瞬だけ足を止めたタイツおじさんに向け、真恋が斬撃を放った。


 狙うは脚部だ。


 “飛ぶ”斬撃を一瞬で複数飛ばし、それで相手の体勢をわずかに崩す。


 時間稼ぎはそれで十分だ。


 すぐに日屋見さんと真恋は私たちに並び、ともに目的地に向かって走りはじめる。




「どーも。敵情視察はどうだった? 楽しかった?」


「気づいていたのか」


「ていうか見てたし」


「ならあれを聞いて――」


「聞いてはない。でもその反応で私に聞かれたらまずい内容だってことはわかった」


「……」




 うつむく真恋。


 軽く突付いただけでこの落ち込みよう、よっぽど聞かれたくない内容だったんだろうな。


 あー、めんどくさそう。聞きたくない。




「戻ったら話すよ。そうだろう、真恋」




 いつになく優しそうな声で日屋見さんは言った。




「ああ……そうなるだろうな」


「聞きたくないって言ったら?」


「聞いてやってくれ。嫌な話だとは思うがな」


「まあいいけど……日屋見さんはさ、瀬田口先生と会えばいい結果になると思ったから真恋を止めなかったの?」


「解決法は二つあると思っていた。三つであってほしかったが、どうあがいても二つしかない。そのうちの一つが潰れた。だから、最後の一つに祈るしかない」




 一つが瀬田口先生に会うことってことだよね。


 消えた一つはよくわかんないけど、この流れだと最後の一つって……私じゃない?




「ところで依里花先輩、どうも教室に戻る道とは少しずれているように思えるのだけれど」


「誘導はネムシアに任せてるから。このあたりでいいの?」


「うむ、やつらとの距離も詰まってきたからのう。頃合いであろう」


「日屋見さんも一緒に地面ぶち抜いてもらっていい?」


「やつらの動きを封じる策があるわけだね。わかった、付き合おう」




 私と真恋の武器は、地形を破壊するのに向いていない。


 適材適所というわけで、ここはネムシアと日屋見さんに任せることにした。


 足止めから復活したタイツマンたちがこっちに迫る。


 先頭の頭部に眼球が並び、こちらめがけて光線を放つ。


 私と真恋は、それぞれネムシアと日屋見さんを狙った光線を、刃で弾いた。




「今だ、ゆくぞ! ワイバーンレイジ!」


「さて、何が起きるんだろうねえ――流星のスターフォール!」




 二人の攻撃は爆破、狙撃、そして粉砕により完膚なきまでに地面を破壊した。


 そして足場は崩落し、男たちは地下空洞へと落ちていく。




「天然の落とし穴があったのだな」


「飛んでくるような感じでもなかったし、これで追っかけてこれないでしょ」


「さすが女王様だね、地の利を活かしている」


「失われた国だ。いくら壊れても問題は無いのだからな」




 そう言って、ネムシアは寂しげに穴を見つめた。


 見ていられなくて、慰めになるとは思ってないけど、私は彼女の頭をぽんと撫でた。




 ◇◇◇




「すごく大きな音がしたよ。大丈夫だったっ!?」




 教室に戻るなり、令愛が抱きついてきた。


 さっきの場所はそう遠くなかったから、他の生存者たちは怯えてるみたいだ。




「あれは私たちが攻撃した音だから。新手の化物に追っかけられてさ、足止めしてきたの」


「アシドメ。倒せなかった?」




 しれっと私の隣にぴたりとくっついたギィが言った。




「数が多かったから」


「4人で戦えば倒せぬ相手ではなかったと思うぞ」


「メンタルが万全ならね」




 ネムシアだけじゃなく、真恋の心も揺れに揺れている。


 とてもじゃないけど、まっとうに戦える状況だとは思えなかった。




「その様子だと、何かわかったことがあるみたいね」




 井上さんが言った。


 彼女は出発する前と変わらず、左右をがっちり緋芦さんと牛沢さんにホールドされていて、身動きが取れなさそうだ。




「色々わかったよ。わかりすぎて頭が混乱するぐらい。それに加えて、真恋たちも何か情報をつかんできたっていうんだから、混乱間違いなしだね」


「ここに来てまだ混乱するようなことがあるっていうの?」


「案ずるな巳剣よ。これで打ち止め・・・・なのだからな」


「打ち止め……最後って言ってるように会衣は聞こえた」


「興味あるかはわかんないけど、界魚とか曦儡宮が何なのか、正体とか成り立ちがわかったって話。真恋たちが掴んできた情報も知りたいし、とりあえずみんなで話し合おっか」




 私たちは形から入るために、みんなで机をくっつけて、簡易的な会議場を作る。


 そして互いに知った事実を、全員に知らせることにした。




 ◇◇◇




 全てを話し終えたあと――いくつものため息が聞こえてきた。


 おそらく現段階では内容を理解しきれていない人もいると思う。


 というか、私も真恋の口から語られた内容が気持ち悪すぎて困惑している、というのが正直なところだ。


 大勢の前で言う必要も無い気はしたけど、散歩と偽って敵に会いにいったのだから、真恋なりのけじめってことなんだろう。


 そんなどんよりとした空気の中で、勇気のある井上さんが口を開く。




「まず依里花ちゃんの話を要約すると、界魚と曦儡宮が同時に出現したせいで、あたしたちの世界はうまく滅びなかったってことなのね。だからこの調子で上の階に向かって校舎から出てしまえば、脱出できる可能性がある。希望が見えてきたわ」


「嬉しい部分だけ抜き取るとそんな感じかな。まあ出るっていうか、牙を壊す必要もありそうだけど」


「しかも曦儡宮は界魚に負けて、腐った状態でこの空間に存在している。その本体を、真恋ちゃんたちは目撃したのよね」




 その話も、曦儡宮を切っては投げ、切っては投げしてる巨大な女の子って要素を端折ってるけども。




「そしてその腐った曦儡宮こそが、この階層の主だろう。まだ出口らしき場所は見つかっていないがな」




 真恋はいつも以上に低い声で言った。


 むしろよくここで発言できたと思う。




「つまりあたしたちは、その曦儡宮を倒すことだけを考えたらいいのよ。そうしたら、今度こそは外に出られるかもしれない。でしょう?」


「そ、そうだねお姉ちゃん。まずはそこを喜ぼう!」




 緋芦さんがフォローに回った。


 隣にいる牛沢さんも「うんうん」とうなずいている。


 しかし巳剣さんなんかは、露骨に納得していない表情をしていた。




「そうね、井上さんの言う通り希望は見えてきたんでしょうけど――正直、他の部分のインパクトが強すぎて話が頭に入ってこないっていうのは本音だわ」


「グゥ……自分たちが生き延びるためにニンゲンを食べるなんて、ロクでもないヤツら!」


「それはそうだけど、あなたもそのインパクトの一部よ? 曦儡宮の一部だったなんて聞いてないわよ」


「でもエリカは知ってたはず」


「そうなの?」




 巳剣さんが軽く睨みながらこちらを見る。


 別に私は悪くないと思うんだけど。




「知ってたよ。でも言ったところでみんなを混乱させるだけだし、ギィが味方だってことに変わりはないんだから必要ない情報じゃない?」


「だったら今も話さなければいいじゃない」


「そうはいかないって。曦儡宮本体と戦ったとき、何か起きるかもしれないし。周知は必要でしょ?」


「心配ない。今のアタシはもう曦儡宮とは完全に分離してる。エリカのおかげで!」




 ギィはどろーんと溶けながら私によりかかってくる。




「私も大丈夫だとは思ってるけどね。こんなにかわいいし」


「そこは関係ないでしょうが。はぁ……まあ、戦わない私が言ったって意味ないんだけど」


「巳剣さんも二階のときに結構経験値入ってるから、それなりに戦えると思うよ」


「……そうなの?」




 巳剣さんの頬がひきつる。


 今さらになって戦える、と言われても困惑する気持ちは理解できる。




「でもほら、戦った経験が無いから……今から急にっていうのは大変だと思うなっ」


「心配いらないよ令愛、別に戦ってもらおうとは思ってないから。脱出までが長引くなら、農業とか機械工作とかのスキル取ってもらおうとは思ってたけど」


「べ、別に戦わないって言ってるわけじゃないわよ! その気になれば……私だって」


「敵は一応うちの学校の先生だからさ。無理強いして、戦いの途中で動けなくなって死にました、とかなったら私の方が申し訳ない気持ちになるじゃん」


「それは……無いとは言い切れないけど」


「でしょ? 牛沢さんや赤羽さんも一緒。レベル上がって、スキルを覚えれば戦えるようになってるけど、今回に関しては戦力としてカウントしてない。補欠みたいなもんだね」




 急に話を振られた赤羽さんは、キリッとした表情で拳を握る。




「僕も、娘に危険が迫ったときに戦える力ぐらいはほしいとは思うけどね」


「お父さん……」




 娘さんを無事に救出できたからか、心なしか強気に見える。


 一方で牛沢さんは、一階にいたからそれなりに死体には慣れてそうだから、出番があれば一番戦えそうではある。




「会衣は、お姉さんと一緒に並んで戦いたい気持ちはある。緋芦のことも守れるし」


「会衣ちゃん、それはあたしの役目だよ。こうしてあたしが生きてる間は、会衣ちゃんにも緋芦にも危険なことはさせないわ」


「ん……」




 ぽーっと頬が赤くなる牛沢さん。


 まあ、彼女の出番が来ることは無いはずだ。




「ところで依里花先輩、まだ共有出来ていない情報があるのだけれど」


「そんなのあったっけ?」




 日屋見さんの言葉に、私は首をかしげた。




「城内にいる生徒の生死だよ。私たちが見た限りでは、教師しか見当たらなかった」


「ああ、それね。私たちも見たのは屠殺・・された死体だけだったよ」




 結局、城内の食料は全部腐ってたから、先生たちは生徒を食べるようになったんだろう。


 おそらくは、戒世教の信者じゃないから――と言い訳をして。


 お誂え向きに、あの黒い液体のせいで体も人間じゃなくなってたみたいだしね。




「はっきり言って全滅以外の可能性が見えないんだけど」


「そうは言っても、生きている可能性のある者がいるなら助けたいだろう? 今までだってそうしてきたじゃないか」


「まあね……ただ、こっから勝負をつけるならさ、一気に決めたいっていうか……」


「奴らは素早い。圧倒的な火力をもって、城ごと潰してしまうのが良いだろうな」




 ネムシアに配慮して言い淀んでいた言葉を、彼女自身が言い放つ。


 吹っ切れた――って言えば聞こえはいいけど、やけっぱちになっているようにも見えた。




「となると、ギュゲスで気づかれないように接近し、火力の高いスキルを全員で叩き込むことになるか」


「ねえ依里花、先生たちにこの教室の場所ってバレてないの?」


「手前で穴に落とせたから大丈夫だと思うけど……」


「方角の特定はできただろうな。時間を与えれば確実にここを見つけてくるはずだ」




 真恋が説明してくれたので、私はそれに便乗してうなずいておく。




「ならこうしよう、私が一人で城に潜入して生存者を探す。相手にギュゲスの能力が知られていない間なら、生存者がいたとしても安全に脱出できるはずだ」


「待て麗花、それは危険だ!」


「本当に危険かな?」




「はっきり言って、大木たちの方が危険だったと私は思ってるよ。能力の多様性もそうだし、知能だって彼女たちの方が上だった」


「同意であるな。奴らは曦儡宮の力を得て戦闘能力だけは秀でておるが、中身はここを楽園と思いこんでおる阿呆どもだ」


「そのくせ飢えて死にそうになったからって、生徒を手にかけるような連中だもんね。頭が回ってるとは思えない」


「断言するよ、この作戦は何事もなくうまくいく。つまらないと感じてしまうほどにね」


「……麗花が無事でつまらないなどと言うわけがないだろう」


「おっと、真恋がそんなにも乙女めいた顔を見せてくれるとは思わなかったよ」


「馬鹿なことを言って……」




 日屋見さん的には嬉しい出来事なのかもしれないけど、雌の顔を見せてる妹を見る姉としてはしんどい。


 すると、令愛が私の耳元で囁いた。




「呆れてるけど、依里花も結構あたしの前でデレデレしてるよ?」




 ……顔が熱い。


 そうか、こういうときの顔か……。




「えーっと……じゃあ、生存者の救出は日屋見さんに任せるってことで。城の間取りはネムシアに聞けばわかると思うから」


「人を囚えられるような場所は限られておる、任せるがよい」


「城の主がいるとこういうとき心強いね」


「そして日屋見さんが戻り次第、戦える人間が自分の持ちうる最大火力で城ごと敵を潰す。そして曦儡宮を引きずり出す……でいいかな」


「かなり豪快な作戦ね、そういうの好きよ」




 井上さんがくすくすと笑う。


 さすが修羅場慣れしているだけあって肝がすわってる。




「でも気になるのは、曦儡宮の元にいた巨大な少女ね。実はそっちが本体でした、なんてこと無いわよね?」


「正直、あれに関しては何なのか私にはわからんな」


「真恋と同じく。何なら曦儡宮より強烈な圧迫感を感じたんだけどね」


「それなら大丈夫でしょ」




 私は軽い口調で言った。




「何か根拠があるのかい?」




 視線が私に集中する。


 みんな日屋見さんの言葉と同じことを考えているんだろう。




「たぶんその女の子、夢実ちゃんだと思うから」


「え、えっ!? 依里花、その子って界魚の核になったんじゃないの?」


「でも割と近くにいそうだし。復讐ついでに、曦儡宮の体をぶちぶち千切っててもおかしくないかなって」


「ついでって……」


「ギシシ、生贄として食べるはずだった女の子にちぎられる曦儡宮。おもしろい」


「確かにその理屈だと安心では……ある、のかな」




 さすがに日屋見さんも困っている。


 でも私は、割と確信があったりするんだよね。


 いや、勘なんだけど。




「わかった。自信があるようなら依里花先輩を信じよう」


「ありがと。なんか出てきたら私が責任取って倒すからさ」


「どちらにせよ、そんなものがいるのなら戦うことに変わりは無いさ。さて、次にやるべきことも固まったところで――決行まで数時間は休んだ方がいいかもしれないな」




 彼女はネムシアと真恋を順番に見て言った。


 体ではなく、心の問題だ。


 根本的な解決には数時間程度じゃ全然足りないのはわかってる。


 だけど休まずに動いてしまうと、どんな致命的なミスが起きるかわかったものじゃない。




「我に気を遣っておるのなら、気にする必要は――」


「ここでそうやって強がっちゃう時点で駄目なんだよ。ちゃんと休もう、ネムシア」


「依里花……」




 私が微笑みかけると、ネムシアはこくりと首を縦に振った。




 ◇◇◇




 休むといっても、何か特別なことがあるわけではない。


 ただ寄り添って、体温を感じながら何もない時間を過ごすだけだ。


 ちなみに、今は令愛とギィも一緒にいる。


 二人よりも三人、四人の方が――なんて根拠のないことを言うわけじゃないけど、やっぱり自分を想ってくれる人がいっぱいいると安心感があると思うから。


 もしかしてこれって、誰かに想われるのに慣れてない私だからそう感じるだけなのかな、と思わないでもないけど。




「お主たちは……過保護だのう」


「めちゃくちゃショック受けてたくせに何を言ってんだか」


「そうだよ。大切な場所や大切な人、みんないなくなっちゃったんだから、辛くないわけがない」


「それを言ったら、主とて母を手にかけたばかりであろう」


「あれは……依里花も一緒だったから。自分の決断で切り捨てたものと、望まずに失ったものを一緒にしたらいけないと思う」




 令愛は、私が思っている以上に落ち込んでいない。


 むしろ母との離別を、前に進む原動力にしている節すらある。


 それを強さと呼ぶかはわからないけど、私は前より令愛のことをずっと好きになった。




「心の準備をする時間は十分にあったはずなのだがのう……我が目を背けたばっかりに……」


「グゥ、自分のものじゃない体に入ってたら、びっくりするのは当たり前。体と心が噛み合わないと、どうしても感情は乱れる」


「やけに詳しいのだな、ギィ」


「ギシシ、経験者は語る」


「もしかして犬塚さんと融合したとき、辛かったとか?」


「グゥ、違う! あのときは嬉しいだけだった。アタシが言ってるのはもっと前――アタシが、七瀬朝魅の抜け殻に入れられて生まれた頃。違う人間の無念がアタシの中にあった。でもアタシは曦儡宮の端末に過ぎない。噛み合わない感情があっても、曦儡宮はアタシたちがどう感じているかなんてどうでもいい」




 島川優也と戦うとき、ギィは七瀬朝魅になりきってたけど――ギィの中に、彼女ってどんな形で存在してるんだろう。


 今の語り口調だと、ただの“記憶”として残ってる、なんてもんじゃなさそうだ。




「だから、心と体の違いは思っている以上にデリケート。自分が平気なつもりでも、フチョウを感じたらしっかり休めた方がいい」


「ふふっ、医者のようなことを言うのだな」


「ギィって頭いいよねー」


「ギシシ……って、アタシを褒めてる場合じゃない。ネムシアを癒やす」


「気にせずともよい、こういった何気ない会話が痛みを忘れさせるものだ。思えば……令愛だけではない、依里花も知りたくない事実を知ったばかりであろう? 辛くはないのか」


「真恋の父親が瀬田口だったってこと? 言われてみれば、不倫してそうな母親ではあったし、私と真恋の扱いの差にも納得できるなって感じ。辛いってより、むしろモヤモヤが晴れた、みたいな?」




 ネムシアはきょとんとした。


 あの話を聞いて、心が晴れたとなる流れがわからないのだろう。




「それだけ我が家に希望を持ってなかったってこと。家中に漂ってた淀んだ空気の最大の原因がわかったから、すっきりしてんの」


「そうか、謎が解けたのなら何よりだ」




 答えたのは令愛たち三人の誰でもなく、真恋だった。


 彼女は私の前に立つと、まっすぐにこちらを見つめてくる。




「真恋だってそうじゃないの? 私と姉妹ってことをあんだけ嫌がってたんだから、半分は違うとわかってすっきりしたんじゃない?」


「貴様が羨ましい。しかし、罪を犯してきたのは他でもない私自身だ。依里花が見返りを受けるのは、今まで受けてきた仕打ちを考えれば当然のことなのだろう」


「当然っていうか、全然足りてないよ? もしかしてこれぐらいで償えたつもりでいる?」


「そのつもりはない」


「もしかして償うつもりなんて最初から無いとか」


「そうするのが正しいのなら――私はそうしよう。しかし、仮に私が依里花に奉仕をしてたとして、貴様の許しを得ることはできるか?」


「真恋の奉仕とか気持ち悪いから無理」


「だろう?」




 得意げにだろう? とか言ってるけど、何の話をしたいんだろう。


 半分しか血が繋がってないってわかったから、気まずくと何かを取り繕いにきた?


 でもそんな変なことやってたら、日屋見さんが止めそうなもんなのに――彼女は少し離れた場所から、何やら難しい顔でじっと私を見ているだけだ。


 何かを期待しているように。


 けれどなぜだか、その瞳にわずかな怒りを宿して。


 理解しかねる。


 ただ、私と真恋のこのやり取りが、おそらく日屋見さんと真恋の二人にとって重要な“何か”なのだろうということだけは伝わってくる。


 だから余計に面倒くさい。


 二人の関係を完成させるために必要なピースを、私から探ろうとしないでくれ。




「別にさ、私は許すとか許さないとかどうでもいいと思ってる。少なくとも真恋に関してはね。一応、気持ち悪い倉金家の被害者なわけだし。ひょっとすると外に出たら気が変わるかもしんないけど」


「そうか……」


「でも真恋は、それじゃ納得いってないんでしょ?」


「……ああ」


「瀬田口に会いに行ったのもそう。自分のルーツを辿っていけば、悩みが解消すると思ってた。でも実際に会ってみたら、思ったようにはいかなかったわけだ」


「わかって、いたのか」


「前から何かを隠して悩んでるなってのは知ってたから。そういう意味でもすっきりしたよ。見た目が全然似てなくて、身長も全然違う謎とかも解けたし。うん、私は大満足だ。でもこれは私の満足。私の納得。同じものを求めたって、真恋が納得できる答えにはならないよ」


「だが――もう依里花しかいないんだ」




 ほら来た。


 わかってたよ、そういう目的だってことは。




「お父さんは何も知らない。お母さんは禁断の恋に酔っているだけだ。そして、瀬田口は自分の都合を押し付けるだけ。どこに答えはある。私は何者で、どこから来て、どこへ行けばいいのか。その答えは、どこにあるというのか」




 私は立ち上がると、無言でドリーマーを握り、真恋の首に突きつけた。




「わかった。じゃあ一回本気で殺し合おう」


「え、依里花っ!?」


「何を言っておるのだ!」




 驚く令愛とネムシア。


 でも、これ以外の劇薬なんて私は持ってない。




「まるで私から提案したみたいになってるけど、それ期待して来たんでしょ?」


「ああ、そうだ」


「言わせるとかめんどくさ……でも考え方によってはちょうどよかったのかも。一階のときは中途半端に終わったからさ。私には真恋を殴る理由が腐るほどある、今度はちゃんと復讐しないと」


「私も本気で行く」


「いいよ、その上から潰して自信へし折ってやるから」




 私たちは教室を出て、外へ場所を移す。




「こんなタイミングでやることではなかろうに……」


「そうだよ、休憩だって言ってたのに!」




 みんな不安はもっともだ。


 正直、私だって今はネムシアにつきっきりでいたい。


 その分の苛立ちもぶつけるつもりでいる。


 でも、だからといって、後回しにはできない問題があった。




「グゥ、でも今しかない」


「……そうなの?」


「外に出たら殺し合いなんてもうできない。何より、迷いを振り切るなら戦いの後じゃ遅い。戦いの最中でセタグチを殺すの、迷ったりされても困る」




 私たちは少し距離を置いて、互いに向かい合う。


 私は両手にナイフを。


 真恋は両手で刀を握り、視線を交わす。


 緑に包まれた草原や、青空がどこまでも広がる光景は、色や形だけを見れば綺麗で。


 しかし風も吹かなければ、草が揺れることもない、不自然な死んだ場所。


 この歪な場所は、歪な姉妹が決着をつけるにはちょうどいいロケーションだ。




「本気の殺し合いのつもりでいく。手を抜けば死ぬぞ」




 まるで自分に言い聞かせるみたいに真恋は言った。


 私は小馬鹿にするつもりで笑いながら返す。




「私に手を抜く理由がない」




 そして真恋が前に飛び出すのと同時に、地面を蹴って駆け出した。



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