第50話 揺れる戦場
ギィから、妙蓮寺が死んだとの連絡が来た。
すでにホテルの近くまで移動していた私たちは、タイミングを合わせて全ての監視カメラを破壊。
そして一気に建物に接近する。
突如として爆発が起きたのはそのときだった。
「うわあぁあっ!?」
「急になんなのだっ!?」
「仲間割れ?」
「いや――たぶん日屋見さんだ」
「お主の仲間か!」
「あっちの二人も一緒に攻めてくれるみたいだね」
再び私が走りだすと、ネムシアと井上さん、そして赤羽さんもすぐに付いてくる。
爆弾のおかげで開いた穴からホテル内部に侵入すると、そこには壁にもたれる日屋見さんがいた。
彼女は私を見るなり「やあ」と白い歯を見せて爽やかに挨拶をする。
「こやつは誰だ? 味方なのか?」
「彼女が日屋見さん」
「姿を消して、裏であたしたちを手伝ってくれてたっていう一年生ね」
「手伝うというよりは、目的が一致していただけさ。依里花先輩、そちらの三人の紹介を軽くお願いしてもいいかな」
そういえばネムシアと井上さんとは初対面ってことになるのか。
まあ、間接的に日屋見さんの存在に気づいてただけで、連絡取り合ってわけじゃないからね。
「金髪の子がネムシア・アドラーク。異世界から来た王女様。魔法を得意としてる」
「よろしく頼むぞ」
簡単に、と言われたので夢実ちゃんの体については今は省いておく。
「こっちが井上芦乃さん。遊園地にいた警察官で、近接戦闘が得意」
「……それでいいの?」
「今はね」
こっちも事情を説明するとややこしいから。
「そしてこっちは赤羽さん。遊園地の職員で、須黒たちに娘さんをさらわれてる。パーティメンバーだけど戦う力は持ってない」
「よ、よろしく頼む」
「よろしくね。一人はまとも、二人とも訳ありだけど味方ってことかな」
「その理解でいいと思う」
「雑な分け方だのう」
不満げなネムシアはさておき。
せっかく相手が混乱しているのだ、できるだけ早く動きたい。
「日屋見さん、赤羽さんと一緒に連れさられた人たちを助けにいってもらえる?」
「構わないよ、そのつもりだったからね。君たちはどうするんだい?」
「私は令愛と大木を探す」
「あたしたちはどうしたらいいの?」
「あいつらの相手、お願いしてもいいかな」
廊下の向こうに現れたのは、学生服姿の男女二人組。
ギィから相手の戦力は教えてもらっている。
白町のパーティメンバーは、戦闘能力の低い大槻さん一人だけ。
須黒のパーティメンバーは、戦闘要員が二人。
おそらく、現れた二人がそうなのだろう。
クラスメイトだし、私がこの手で殺したい気持ちはあるけれど、令愛の救出、そして大木を殺すっていう大事な目的の前には、私が直に殺すかどうかなんて大した問題じゃない。
最終的に化物に変わってみじめな死を迎えるなら、誰だって。
現に妙蓮寺の顛末を聞いて、今の私、すっごく気持ちよくなってるから。
「依里花が“大事な人”を助けに行くというのなら、引き受けるしかないのう」
「言い方に棘がある」
「仕方なかろう、胸がもやもやするのだ。我の中の郁成夢実の感情かもしれん」
「……そっか」
「すまぬ、落ち込ませてしまったな」
「気にしないで。寂しい思いをしてるなら、あとで埋め合わせはするから」
「べ、別に我は望んでおらぬっ! ふぅ……さて井上よ、殺すのが無理ならとどめは我に任せてよいからな」
「問題ないわ。あいつらは化物の皮をかぶった人間もどきなんでしょう? それに人質や緋芦の命もかかってる。戸惑ってる場合じゃないの!」
井上さんはトンファーを構えると、その先端を相手に向けた。
「まずは最初にデカいのをぶちかますわね。ミサイルショット!」
スキルを発動するとトンファーの棒の部分が突如として巨大化し、ミサイルのような形状へと変わる。
そしてジェットを噴射しながら、急加速して敵に向かって飛んでいった。
「あれがトンファーねえ」
日屋見さんが困惑している。
私もまったく同じ気持ちだ。
そしていきなりミサイルを飛ばされた二人もまた、大慌てで防御態勢に入っている。
その様子を見て、私と日屋見さんは目で合図を送り合う。
日屋見さんは赤羽さんの体を抱え、お姫様抱っこで走りだす。
「なぜ僕が抱きかかえられるんだ!?」
「我慢しておくれ。本来、僕のお姫様は真恋だけなんだ」
「何を言っているのかまるでわからない……」
私も彼女と並走して走った。
敵との距離が半分ほど詰まったところで、ミサイルは着弾、爆発。
激しい爆風に邪魔されながらも、たちこめる煙を利用して敵の横を通り抜け、私たちは階段に到達した。
「三人が行ったのなら我の出番だ。オーバーキャスト、トルネードッ!」
彼女が杖をかざすと緑色に光る魔法陣が現れ、そこから渦巻く風が相手に向かって伸びていく。
ネムシアが使用したオーバーキャストというスキルは、次に使用する魔法の消費MPを増大させる代わりに、威力を高めるスキルだ。
だが彼女のMPは一切消費されていない。
もうひとつのスキル、マジックマスターの効果により、一定時間ごとにMPを消費せずに魔法を使用することができるからである。
威力の高まった“トルネード”は、二人の敵が立つ廊下を瞬く間に竜巻で包み込んでいく。
当然、それはただの風の渦巻きではない。
触れた者を例外なく引き裂く、高速回転するカッターのようなもの。
敵だけでなく、壁や床、天井までもをガリガリと削り取っていく。
「ヒュウ、派手にやるじゃないか」
「さすが魔力に特化しただけはあるよね」
既の所で階段を登り始めた日屋見さんは、その圧倒的な威力を見て肩をすくめた。
「と、とんでもないな……ところでそろそろ僕を降ろしてくれないか」
「快適なエスコートができず申し訳ない」
なぜか日屋見さんは謝りながら、爽やかに微笑み赤羽さんを降ろす。
そして三人で二階まで登ったところで――私は頭上から落ちてくる黒い影に気づいた。
「依里花先輩、危ない!」
「待って!」
ギュゲスで迎撃しようとする日屋見さんを、私は手で制する。
落下してきた黒い物体は私の体にべちゃりと張り付くと、すぐに人間の形になって両手でぎゅーっと強く抱きしめてきた。
「エリカ、久しぶり!」
「驚かせないでよ、ギィ」
「ギシシ、サプライズしたかった。やっぱり生のエリカが一番っ!」
「ふふ、お疲れ様。指示通りに動いてくれてありがとね」
「問題ない、騙されて自滅する白町を間近で見れて楽しかった!」
と言いながらも、私と再会できてギィは嬉しそうだ。
私もここまで懐かれると、やっぱり悪い気はしない。
抱き返して頭をぽんぽんと撫でると、ギィは「ギシシシッ」とさらに上機嫌に笑った。
一方で、先を急ぐ日屋見さんは、私たちを置いて階段をのぼる。
「私は先に行ってるよ、依里花先輩、ギィ先輩」
「あ、あの生き物は一体?」
「おじさんも付いてくるんだ、役目を果たすためにね」
「ああ、わかったよ……」
そして赤羽さんとそんなやり取りを交わし、三階へと向かった。
令愛は大木が溺愛しているから、すぐには殺されないはず。
でも人質はどうなるかわからない。
仲間を失い、自暴自棄になった誰かが彼らを皆殺しにしたっておかしくはないのだから。
「センパイ?」
「犬塚先輩の体だからかな」
「ギシシ、アタシがセンパイかあ。ちょっといい気分。イヌヅカを食べてよかった!」
「食べたというか、私が融合したんだけどね」
「そうだった。ありがとエリカ、改めてカンシャ!」
ギィは再び私に絡んでじゃれついてきた。
再会を喜ぶのは嬉しいけど、早く令愛を探さないといけないんだけどな。
そんなやり取りをしていると、廊下の向こうに人の気配を感じた。
ギィも同時に感じたらしく、一旦体を離すと、壁の陰から様子をうかがう。
「シロマチだ」
そこにいたのは――妙蓮寺の成れの果てとの戦いで、傷を負った白町くんだった。
「顔が真っ青。ゲンキない」
「はは……この状況、妙蓮寺を殺した自分が間違ってたってわかってるはずだもんね。落ち込むはずだよ」
「しかも、シロマチは自分の中身が化物だと知った」
「ああ、そっちもショックだったろうね」
「殺すチャンス?」
「あいつが化物になったら厄介そうだけど、ギィにお願いしてもいい?」
「エリカがそれでいいなら」
ギィは『自分で殺さなくていいのか』って気を遣ってくれてるみたいだ。
確かに、夢実ちゃんをさらった実行犯の一人である彼を殺したい気持ちはある。
だが令愛を後回しにすることなどできるわけがない。
「私は問題ないよ。それに白町は、実際に私たちに情報を流した上に、岡田くんまで殺したギィに恨みがあるはず。そういう相手に殺された方が、きっと白町も悔しいと思う」
「ナルホド、確かにアタシは憎まれてる。憎んでる相手に殺されるシロマチ、きっといい顔をする!」
さすがギィ、よくわかってる。
「じゃあギィ、お願いね」
「任されたっ」
彼女は楽しそうに廊下に戻り、白町の前に姿を現す。
彼は目を見開き驚くが、すぐに歯を食いしばり、拳を強く握って怒りをあらわにした。
「犬塚ちゃんだけはありえないと思ってた……なんでだよ。何で犬塚ちゃんみたいなオレらの同類が、裏切ったりするんだよ!」
「ギシシ、アタシはイヌヅカじゃないから」
ギィは口の端に指を引っ掛けると、ぐにぃっと頬を引き伸ばした。
人間では絶対にあり得ない長さまで。
伸びた部分は黒く変色し、スライム化している。
白町くんは目を見開き、その現象を見つめる。
「んだよそれ、化物じゃねえか! 犬塚ちゃんはどこにいった。何なんだよお前はッ!」
「イヌヅカはアタシの中にいるよ、今も『外に出せ』って心地よくわめき続けてる。でも外に出ることは一生無い。アタシに模倣されることはあっても、あいつの魂はアタシのペット以外の価値がない」
「てめえ、よくも犬塚ちゃんをぉッ!」
ギィ、相手を怒らせるのうまいなあ。
別にここで怒らせて何かいいことがあるわけじゃないんだけど。
生粋のサディストっていうか……そういうとこあるよね。
「だいたい、アタシのことを化物って言うけど、シロマチたちも十分に化物」
「んだと……?」
「今のオマエは、ニンゲンの皮をかぶっただけの化物。ニンゲンのフリをしているだけの壊疽」
「違うッ! オレはオレだ。オレだけの心を持った、れっきとした白町蓮っつう人間なんだよ!」
「まあ、死ねばわかること」
「それはオレのセリフだ。ぶち殺してやる! 過ちの贖罪と、失われた命の敵討ち、お前を殺して両方を果たしてみせるッ!」
階段をのぼるほどに、二人の声は遠ざかっていく。
一方で、白町の声に込められた怒りの強さが増していくのもわかった。
そろそろ彼の方から仕掛けて、戦いが始まるはずだ。
「とっとと穴だらけになって死んじまえよ、化物が! ガンズオービットッ!」
「
「はっ、背中からわらわらと触手を生やしやがって。まるっきり化物じゃねえか」
「化物という言葉はアタシへの罵倒にならない。この体のおかげでエリカの役に立てている、だから化物であることは誇り。オマエと違って」
「うるせえな、とっとと死んで黙っちまえよ――フルファイアッ!」
発砲音が響く。
そしてその直後、それを鞭で弾き落とす金属音が鳴った。
両者のスキルがぶつかりあうと、建物全体もそれに合わせて激しく揺れる。
いや、それだけじゃない。
色んな場所で行われる戦いが、このホテルを激震させている。
私は満ちつつある戦場の空気を肌で感じながら、大木が使っているというスイートルームの前に立った。
◆◆◆
依里花がスイートルームに到着する数分前――
ホテルが激しく爆発してからというものの、大木のいるスイートルームも繰り返し大きな揺れに襲われていた。
(依里花たちが助けに来てくれたんだ……!)
ベッドに腰掛ける令愛は、すぐにそう気づいた。
だから彼女は怯えない。
しかし、その様子がよほど大木の癪に障ったのか、彼女は明らかに苛立ちながら部屋を歩き回る。
「大人しくしていれば、曦儡宮様に真なる世界に連れて行ってもらえるというのに。本当に目障りだわ」
「お母さんは、本当にそんな場所があると思ってるの?」
「ええ、現に私たちはこんな異空間に閉じ込められているわ。そして曦儡宮様の本体と出会うこともできた」
「どうして、そんなわけのわからないものに救いを求めるの? 家族で一緒にいれば、それだけで幸せだったはずなのに」
「より幸せな世界を求めるのは自然なことでしょう? この世界では得られない幸福感が真なる世界にはある。“家族で一緒にいれば”なんて前提も必要ないぐらいにね」
いくら幼い頃に出ていった母とはいえ、完全に心からその存在を消し去ることはできない。
令愛は、こうして話していれば、少しぐらいは母親らしい一面が見れるのではないかと思っていた。
だが現実は違った。
話せば話すほど、母は遠い場所に行ってしまったのだという事実だけが積み重なっていく。
もはや、令愛の中に母への情など微塵もなくなってしまうほどに。
「それに令愛、あなたは“こちら側”にいるべき人間なのよ。曦儡宮様の遺伝子を持つあなたは、真なる世界でより高次の存在になることができるの!」
「そんなものはいらない」
「旧い世界への未練がそう言わせているのね。ひょっとしてまだあの男を、父親だと思っているの? それは間違っているわ。だって令愛は、私と曦儡宮様の間に生まれた子供なんだから!」
「だから、もうそういうのはいいって言ってるのッ!」
「わからない子ね。でも経験してみればわかるはずよ。月を使って、あなたをそういう風に育てたんだから。あなたは誰よりも戒世教の幹部になれる素質を持っているし、それは同時に真なる世界で幸せになれるという意味でも――」
「だから言ってるじゃない。もう、あなたの言葉に意味なんて無いの、
その呼び名に、大木の頬がひくりと引きつる。
部屋の空気も一気に張り詰めた。
超えてはいけない一線を超えた――そんな感覚を令愛も感じていたが、それでも止める気はなかった。
「あたしの親はお父さんだけだし、あたしの本当の友達は令愛だけ。大木さんが用意したものなんて何の意味もない」
「令愛、その呼び方をやめなさい」
「どうして? まさか大木さんは私の母親でいたいの? 馬鹿みたい、自分で全てを捨てておいて」
「だからその呼び方をやめなさいって言ってるでしょう!」
「母親でもないくせに命令しないで!」
令愛の強気な叫びが響き渡る。
いつもならここで大木が娘の頬を叩くところだが、今日は違った。
一周回って落ち着いた様子で、悲しげに語る。
「令愛……ああ、令愛。私、わかったわ。あのとき、強引にでもあなたを連れて行くべきだった。幼い頃から戒世教に触れさせて、曦儡宮様の素晴らしさを知らせるべきだった。あの男から引き離しておくべきだったッ!」
過ちを過ちとは認めない。
むしろ、過去の過ちを踏まえた上で、大木はさらに間違っていく。
彼女の纏う衣服の袖から、するりと鈍色の鎖が現れた。
それは腕よりも長く伸びると、じゃらんと床に触れ音を鳴らす。
「ああ、もうこんな方法しか残されていないなんて」
令愛はごくりと喉を鳴らした。
その鎖が大木の用いる“武器”だと理解したからだ。
そして彼女はうつろな瞳で令愛に宣告する。
「今からあなたの手足を潰すわ。ここから逃げられないように。正しい終末を迎えられるように」
あまりに直接的な脅し。
令愛は大木が本気であることはわかっていが、それでも反抗し続ける。
「すぐに依里花が助けに来てくれる」
「そう、ならこれでもそう言えるのかしら――
大木の手から無数の鎖が伸びて、壁に張り付く。
それは壁全体に及び、部屋はすっかり鎖に覆われてしまった。
「物理的な攻撃を弾く鎖の壁よ。倉金がいかなる手段を用いようとも、突破することはできないの」
鎖を使った防御壁。
大木はやけに自信ありげだ。
ただ強固というわけではなく、物理的な攻撃を弾く――つまり概念として、この鎖をナイフが突破することはできない、ということなのだろう。
「それでも来てくれる!」
「強がるわね。そんな風に育てた覚えはないのだけれど」
手を前にかざした大木。
今度はそこから伸びた鎖が、令愛の右腕に絡みつく。
そして強く締め付けはじめた。
「っ、ぐ……うぅ……っ」
「まずは腕から折っていきましょう。一箇所だけでは動けるかもしれないから、片腕につき二回ずつ折るわね」
前腕に強烈な圧力がかかり、ぐちゅりと皮の内側で肉が潰れ、血管が破れる。
「あ、があぁああっ!」
叫ぶ令愛の右腕は内出血を起こし、紫色に変色しはじめていた。
「私だって娘のそんな顔は見たくないわ。お母さん、とっても心が痛いのよ。反省しなさい令愛」
「ぎ、ぐ……ぅ、来る、もん……依里花は、必ず……!」
なおも歯を食いしばって、決して屈服しようとしない令愛。
「本当に来るっていうんなら呼んでみなさいよ。大声を出せば、外にだって届くかもしれないわよ?」
そう言いながら、大木はさらに鎖の力を強めた。
令愛の腕からミシッという音が聞こえてくる。
「う、あ、ぐ……依里、花……」
耐え難い痛みの中で、涙を流しながら、令愛は必死で叫んだ。
「助けてっ、依里花あぁぁぁあああっ!」
◆◆◆
フルメタルエッジ――“あらゆるものを貫く刃”を、スイートルームの外壁に突き立てる。
対須黒を想定して覚えたスキルだけど、堅い敵が相手なら誰にだって使える。
私は力いっぱいに壁を突き刺し、“切り刻む”のではなく、そのぶつかった衝撃により壁をぶち抜いた。
「はぁぁぁぁあああああッ!」
くり抜いた壁を、令愛に向けて鎖を伸ばす大木に向けて投げ飛ばす。
「そんなっ、本当に来たというの!? くっ、
彼女は令愛を解放すると、腕から伸びた鎖をうねらせ、飛んできた壁を受け流した。
私は大木に飛びかかりながら、一瞬だけ令愛の状況を確認す。
彼女は腕に痛々しい傷を負っていた。
あまりにも許しがたい――夢実ちゃんをあんな目に合わせた上に、令愛まで傷つけるなんて。
大木、お前は何度殺したって殺し足りない!
「くたばれ、大木いぃぃぃぃぃッ!」
自然と私は吼えていた。
腹からこみ上げる怒りを、そのまま声に変えたように。
そして大木の心臓めがけてドリーマーを突き出す。
「死ぬものですか――真なる世界にたどり着くまでは!」
慌てて鎖の盾を自分の前に作り出し、それを幾重にも重ねてガードする大木。
壁の破壊でいくらか力を使ってしまったからか、ナイフはその盾全てを貫くことはできなかった。
しかしぶつかった“衝撃”は確実に大木の体にまで伝わり、彼女の体は吹き飛ばされ、背中から壁に激突する。
「ぐうぅ……倉金なんかに、贄ごときに邪魔されるなんて……!」
「依里花あぁぁっ!」
令愛が背後から駆け寄ってくる。
私は振り返り、彼女を受け止めた。
すかさずヒーリングをかけ、腕の傷を治療する。
「ごめん、遅くなって」
「ぜんぜん遅くなんてないよっ! 呼んだら本当に助けに来てくれて……ほんと、夢みたい。ありがとう、依里花。依里花あぁ……!」
感極まった令愛は涙を流し、私の胸に顔を埋めた。
声や、向けられた眼差しに、絶対的な信頼感が込められているように思える。
令愛は私に感謝してくれるけど、連れ去られた時点でそんなに立派なもんじゃない。
だけど、胸に感じる熱や、そわそわするようなむずがゆさ――弁明しても無駄なぐらい、私は令愛にそう思われること喜び、浮かれていた。
自然と頬も緩む。
私の笑顔を見て、顔を上げた依里花は「えへへっ」と幸せそうにはにかんだ。
すると大木が立ち上がり、恨めしそうにこちらを睨む。
「倉金……存在が不愉快なだけでなく、あろうことか令愛のことをたぶらかすなんて。もっと早くに曦儡宮様に捧げておくべきだったわ」
対する私と令愛は手をつなぎ、指を絡め合って言葉を交わす。
「令愛、私と一緒に大木を殺してくれる?」
「うん……やるよ。依里花のためなら、あの人を殺すなんて簡単なことだから」
その言葉だけで、どれだけ大木は傷ついただろう。
「殺す……? 令愛が、私がお腹を痛めて生んだ貴女が、私を殺すっていうの!?」
最愛の娘から向けられる殺意。
嫉妬に狂い、憎しみに満ちた瞳で私を見つめるその表情!
いいねえ、大木。
その惨め極まりない感情の中で死を迎えるのが、お前にとって一番ふさわしいッ!
「許さない。餌程度の価値しかない命の分際で、私から令愛を奪うなんてッ! 罪を償って死になさい、倉金ぇぇぇええッ!」
猛烈な殺意と共に伸びてくる大木の鎖。
私と、再びパーティメンバーとなった令愛は、それぞれの武器を手に殺すべき仇敵を迎え撃つ。
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