第49話 始まりの合図

 



 私たちは、その日のうちにかれこれ30体はキャストを倒した。


 体をバラバラに破壊しても、運が悪ければ名札が見つからないこともあり、弱点がわかったといってもそれなりに大変ではあった。


 各自、手足の1本や2本は何度も吹き飛んでいた気がする。


 しかしネムシアもその手の怪我にそこまで動じなかったあたり、アドラシア王国で慣れて・・・いるのかもしれない。




 大量の名札を奪い取ってレストランに戻り、処理を行う。


 記された名前を見ながらケースを貫いていく作業は、まるでかつて従業員だった者たちを弔っているようでもあった。


 スタッフはとっくに死んでる――そう言っていた当人がそんなことを考えてしまうのだから、遠巻きに様子を見ていた赤羽さんの心境はかなり複雑だっただろう。


 なにはともあれ、手分けをしてキャスト・ハートの破壊を終えると、私たちのレベルは一気に上昇する。


 大木たちとの戦いの中ではステータス割り振りをする余裕が無い可能性も考え、今のうちに振れるポイントはほぼ全て使っておいた。




倉金くらがね 依里花えりか

【レベル:81】

【HP:90/90】

【MP:60/60】

【筋力:50】

【魔力:20】

【体力:30】

【素早さ:80】

【残りステータスP:0】

【残りスキルP:0】


【習得スキル】

 ヒーリングLv.3

 キュアLv.3

 リザレクションLv.1

 ファイアLv.3

 バーニングLv.3

 ファイアウォールLv.1

 ウォーターLv.1

 調教Lv.3

 融合Lv.1

 聖域展開Lv.1

 地図作成Lv.1

 デュアルスラッシュLv.3

 ソードダンスLv.3

 ブラッドピルエットLv.5

 デュプリケイトデュオLv.1

 フルムーンLv.1

 パワースタブLv.3

 ハンドルクラッシュLv.3

 ハイボルテージLv.10

 ショックウェイブLv.10

 フルメタルエッジLv.3

 メテオダイブLv.1

 イリュージョンダガーLv.5

 スプレッドダガーLv.3

 スパイラルダガーLv.3

 リコシェダガーLv.3

 フルバーストLv.1

 武器強化Lv.1




 軽いナイフという武器の特性を活かせるよう、スピードを重視。


 一方でスキルのほうは、須黒を相手にすることを考え、連撃ではなく一撃の威力を重視して割り振った。


 さすがにランク6のスキルを習得するかは迷ったけどね。


 ランクっていうのは、スキルに割り振られた強さの指標のようなもので、前提スキルの無いヒーリングやファイア、パワースタブ、イリュージョンダガーなんかはランク1になる。


 そしてランク1スキルのレベルを上げることで習得できるスキルは、“ランク2”――みたいな感じで上がっていく。


 そんな感じでランク5までは、基本的に手前のランクのスキルをLv.3まで上げると次を覚えられるんだけど、ランク6になるとちょっと事情が変わってくるのだ。


 例えば、今回覚えた“メテオダイブ”は、ランク3のハイボルテージをLv.10、ランク4のショックウェイブもLv.10、さらにはランク5のフルメタルエッジをLv.3にしないと覚えられない。


 つまりは20程度のスキルポイントが要求されるわけで、このポイントを他のスキルに使えば、もっと色んなことができるようになる。


 でも覚えるのにコストがかかる分、強力……だと思う。たぶん。


 実際に使ってみないとなんとも言えないけど。


 一方で、ネムシアのステータスは――




【ネムシア・アドラーク】

【レベル:75】

【HP:30/30】

【MP:450/450】

【筋力:5】

【魔力:130+30】

【体力:10】

【素早さ:20】

【残りステータスP:0】

【残りスキルP:0】


【習得スキル】

 ヒーリングLv.1

 ウィンドLv.8

 エアバーストLv.10

 クイックムーブLv.5

 ウィンドスフィアLv.3

 トルネードLv.10

 ストームLv.3

 ワイバーンレイジLv.1

 オーバーキャストLv.3

 デュアルキャストLv.10

 リアクションキャストLv.5

 トリプルキャストLv.10

 ミスティックファミリアLv.3

 マジックマスターLv.1

 魔力強化Lv.3




 清々しいほどに魔法に特化していた。


 回復魔法すら最低限しか取得せずに、風の魔法と、その魔法を補助するスキルだけで全てを固めている。


 ランク6のスキルを二個も覚えているため、かなりの火力を発揮できるはずだ。


 でも体力も少ないし、素早さだってさほど上げてないから、1対1の状況で相手に接近されるとかなり厳しい。


 私、あるいは井上さんが前衛で戦って、後ろから補助してもらう形になると思う。


 それでも頼もしいことに変わりはない。


 ちなみに魔力がプラスで上がっているのは魔力強化ってスキルのおかげだ。


 私の方にも武器強化っていうのがあるけど、もしレベル1につきステータス+10相当の効果があるのなら、次にレベルが上がったら私もそちらを上げるべきなのかもしれない。


 そして最後に井上さん。




井上いのうえ 芦乃よしの

【レベル:79】

【HP:180/180】

【MP:30/30】

【筋力:108】

【魔力:10】

【体力:30+30】

【素早さ:30】

【残りステータスP:0】

【残りスキルP:1】


【習得スキル】

 ヒーリングLv.3

 キュアLv.1

 スネイクブローLv.5

 ビースティングLv.5

 キャプチャースローLv.1

 スウィングブレイドLv.3

 ハンマーブレイクLv.3

 クロスチャージLv.3

 タクティカルアーツLv.1

 リアクトブローLv.5

 ストロングブロッカーLv.3

 ガーディアンズストリームLv.3

 リヴェンジェンスブラッドLv.3

 ガンズトンファーLv.10

 パワーショットLv.5

 ナパームショットLv.10

 ガトリングショットLv.5

 ミサイルショットLv.3

 バスターショットLv.3

 体力強化Lv.3




 こちらは私とは逆に、素早さではなく頑丈さとパワーで相手を押していくステータスのようだ。


 彼女が習得しているスキルを全て知っているわけではないけれど、トンファーを使った近接戦闘が得意なんだろうし、方向性としては正しい。


 ただ、ミサイルとかバスターとか不穏な単語が見え隠れするのがちょっと気になるけど。


 今更だけど、そもそもトンファーって銃弾とか発射するものだったっけ。




「ふぅ、数字と文字ばかり見るのも疲れたのう」


「体は軽くなっても、こういう目と頭の疲れは変わんないよね」


「あくまで戦う力だけを与えるってことなんでしょう。でもよかったのかしら、こんなにステータスを使い切っちゃって」


「確かに生産スキルとやらも気になると言えば気になるのう」


「そういうのは人数が増えてからでいいんじゃないかな。みんなを助けたらそういう余裕も出てくるかもね」




 レベルが80を超えたということは、パーティメンバーは8人まで増やせるはず。


 そうなれば、全員を戦わせるよりは、拠点で色んな物を作ってもらったほうが戦いやすくなりそうだ。


 とはいえ、それは救出作戦がうまくいったら、の話。




「どうか無事でいてくれ、佳菜子……!」




 赤羽さんは席に座り、祈るようにそう繰り返している。


 戦いを前に、さらに娘を想う気持ちは強くなっているのだろう。


 ちなみに、彼も私のパーティメンバーになっている。


 とはいえ、さすがに同僚の亡骸を経験値にしてレベルを上げるのは受け入れられなかったようで、彼をメンバーにしたのはキャスト・ハートの処理のあとだ。


 レベル1の状態でも身体能力はかなり向上しているはずなので、拉致された人々を救出し、誘導するぐらいならできるはず。




「ギィさんからの連絡、まだこないわね」




 井上さんが、テーブルに置かれた私のスマホを見て言った。




「ギィの仕事はもう終わったから、あとは白町がどう動くかだよ。岡田は完全に消したって言ってたし、気づくのに意外と時間がかかるのかもよ」


「今日はもう日が暮れ――てはおらぬが、時間は夜だ。寝てしまってもよいかもしれぬな」


「そうね、キャストと戦って疲れが無いわけじゃない。ホテルを占領してる人たちは強いだろうし、死んでも化物に変わってしまう」


「緋芦さんだっているかもしれない」


「……ええ、あの子と戦うなんてこと、あると思いたくないけど」


「そのときはそのときだよ。姿かたちを見た上で、緋芦さんを救う方法を考えればいい」




 私がそういうと、隣に座るネムシアが耳打ちしてきた。




「そのようなことを言っておるが、本当に助ける手立てはあるのか?」




 私は井上さんに聞こえないよう、小さな声で返す。




「可能性はゼロじゃない。緋芦さん次第かな」


「何か思いついておるのか」


「思いつくというか……祈るというか」




 キャストの生態は奇妙だ。


 ゾンビや、そこから派生した化物たちとは異なり、本体は名札である。


 そして緋芦さんも、名札を受け取った結果として化物になった可能性が高い。


 ならばこのフロアの主は緋芦さんではなく、名札そのものではないか。


 そうであってほしい――と私は思っていた。


 けど、どちらにせよ、本体が消えればこのフロアは崩壊する。


 そのとき、井上芦乃という存在は――




「あたしの顔に何か付いてる?」


「井上さんって何歳だったっけ」




 下手くそに誤魔化す。


 けど井上さんは、普通に答えてくれた。




「26歳よ」


「20歳ぐらいに見えるなと思って。結構童顔だよね」


「それよく言われるのよね……はぁ」


「若いと言われて落ち込むのか、変わっておるな」


「だってあたし、警察官なのよ? 犯人に舐められた終わりなの。いや、それどころか同僚にも舐められてたわね。腕っぷしなら負けないのに」


「僕らを勇敢に守る姿は、まさに警察官の鑑だったよ」


「そ、そうかなぁ……そんなに言われたら照れるわ」




 褒められるのに慣れていない人の反応だ。


 警察官時代は本当に舐められて、苦労していたのかもしれない。




「なぜ井上はその職業に就こうと思ったのだ?」


「私が小学生の低学年のときに、友達が死んじゃったのよね。交通事故って言われてたけど、そのとき一緒に遊んでた別の友達が言うには、あれは事故なんかじゃないって」


「もしかして、戒世教が隠してたの?」


「今になって思えばそうだったんでしょうね。死んだ友達、確か市議会議員の息子とか言ってたから。でも当時は誰一人として信じなかった」


「その謎を解くために警察官を目指すようになったわけだな」


「あくまで理由の一つだけどね。本当は、自分自身があのときみたいな気持ちに二度となりたくないから……ってのが大きかったかも。あたしが誰かを守れる存在になれば、同じことは起きないんじゃないか、って」




 井上さんは遠い目をしながら言った。


 結局、警官になっても、同じことは起きてしまったわけだ。


 しかも、自分が被害者になるという最悪の形で。




「でも結局、あたしが死んで……緋芦はきっと悲しんだ。戒世教が巣食う光乃宮市を変えたりもできなかったし。あのとき、戒世教について調べたりしなければ、今もあたしは生きてたのかな」


「命を危険に晒して無関係の人を守りたいって思える人が、それで納得できるとは思えないかな」


「だよねぇ。どうなったってあたしは戒世教のこと調べてちゃってたんだろうなあ」




 起きてしまったことはもう変わらない。


 井上芦乃は戒世教に殺された。


 アドラシア王国はカイギョに滅ぼされた。


 そして、夢実ちゃんは生贄に捧げられた。


 “理不尽”は一方的に私たちを殴るくせに、自分たちは裁かれない安全地帯でその恩恵を受け続けている。


 裁くにはたぶん、私たち自身が、彼らか奪う理不尽になるしかないのだろう。




「む……揺れが来るぞ」




 ネムシアが反応すると、少し遅れてレストラン全体が左右に揺れはじめる。




「一度起きてからは、頻繁に揺れるようになったわね」


「この遊園地の土台の方から徐々に腐ってたんじゃないかな。だから今までは見えなかった」




 窓から外を眺めると、遠くで観覧車が傾くのが見えた。




「おお、あのように巨大なものが地面に沈んでいくとは。世界の終末でも見ておる気分だのう」




 じきにこの階層も崩れて消える。


 タイムリミットは1日か、あるいは2日か。


 遊具が沈むあの光景を見ていると、さほど時間は残されていないように見えた。




 ◆◆◆




 翌朝――朝食を終えた白町は、ホテルの中をうろうろとさまよっていた。


 そして彼は、中庭でトレーニングをしていた上半身裸の須黒に声をかける。




「須黒ちゃんさ、岡田ちゃん見なかった?」


「見ていない」


「そっかぁ。朝メシにも顔を出さないし、部屋にもいないんだよね」




 鍛錬を中断し、須黒はタオルで汗を拭いながら白町と向き合う。




「他の人間に聞いてみたのか?」


「もちろん! 大木ちゃんと中見ちゃんにまで聞いたよ。えらくない、オレ」


「それは偉いな。だがそれだけの人数が見ていないとなると――」


「外に逃げた?」


「彼が裏切りものならば可能性はある」


「岡田ちゃんがそんなことするかなあ」




 二人はホテル内にあるとある部屋に向かう。


 そこにはずらりとモニターが並んでおり、外の様子を映し出していた。


 妙蓮寺のスキルによって生産された監視カメラは、動くものに反応して撮影を行う。


 須黒と白町は保存された動画をさかのぼり、誰かがホテルから出ていないか探った。


 だが、どこにも岡田は写っていない。




「ほら、やっぱそうだって。岡田ちゃんは外に出てない」


「だったらどこにいる?」


「曦儡宮に食われたとか」


「昨日は大木が娘を連れてエサを与えていたはずだ」


「つかそもそも、あそこに入る理由もないもんね。オレ、もうちょい探してみるわ」


「俺も手伝おう」




 手分けして岡田の行方を探す須黒と白町。


 だがどれだけホテルの中を探しても、彼の姿は見当たらない。


 白町の中で嫌な予感が膨らみ、表情にも苛立ちが出てきた頃、彼は犬塚とすれ違った。




「縁起の悪い顔してるわね」


「犬塚ちゃんか……なあ、岡田ちゃんがどこにいるか知らね?」


「知るわけないでしょう、付き合いだって無いんだから」




 高飛車に突き放す犬塚。


 だがそれは平常運転だ。


 イライラしている白町だが、ヒステリーの権化のような犬塚に当たるほどい愚かではない。




「そうか……」


「何、見つからないの?」


「ああ、須黒ちゃんと一緒に探してるけどどこにもいない」


「いつからいないのよ」


「色んなやつに話聞いたけど、昨日の夕方あたりから誰も見てないってさ」


「でも昨日の夜あたり、妙蓮寺と口論してたわよね」


「は……? 犬塚ちゃん、それマジで言ってる!?」




 白町は犬塚の肩を掴んで追求した。


 その大げさな反応に彼女は困惑して、「え、ええ」と答える。




「妙蓮寺にはまだ話を聞いてなかったの?」


「いや、聞いた。聞いたけど知らないって言ってた」


「じゃああいつ嘘ついてんじゃない」


「口論の内容は覚えてる?」


「牛沢がどうとか言ってたわよ。女でも奪い合ってたのかしら」


「倉金の仲間を? そういやあいつ、勝手に広間に忍び込んだとか聞いたな」




 深夜に妙蓮寺が広間に侵入し、牛沢の寝顔を盗撮した件は、とっくに全員に伝わっていた。


 その前フリ・・・がある以上、妙蓮寺が牛沢を連れ出し、関係を迫っていても不自然ではないのだ。




「っていうか、なんであんた知らないのよ。部屋の場所からして、須黒にだって同じ口論が聞こえてたはずよ」


「須黒ちゃんが……オレに隠してた?」




 血相を変えて走り出す白町。


 その背中を見送るギィは、わずかに口元を歪める。


 彼はまず、三階の広間に向かった。


 牛沢に昨日の件を問いただすためだ。


 白町の勢いに気圧されながらも、牛沢は起きた出来事を全て正直に話す。


 妙蓮寺に急に広間から連れ出されたこと。


 そして二階の倉庫に連れ込まれたこと。


 声をあげたら岡田がやってきて、妙蓮寺と口論をはじめたこと。


 だがその隙に牛沢は逃げていたので、そのあと二人がどうなったのかは知らない、と答えた。


 それ自体・・は嘘ではないので、彼女はどこまでも素直に答えていた。




 ◆◆◆




 広間を飛び出した白町は、今度はホテルの中を歩き回る須黒の元に急ぐ。


 そして彼を見つけるなり、白町はその胸ぐらを掴んだ。




「須黒ちゃん、どうなってんだよ!」


「何があった」


「そりゃこっちのセリフだって。昨日、妙蓮寺ちゃんと岡田ちゃんが口論してんの須黒ちゃんも聞いたって話じゃん」


「誰からそれを聞いた」


「犬塚ちゃんだよ。位置からして、須黒ちゃんの部屋には聞こえてたはずだって」


「……」




 須黒は白町からわずかに目をそらし、ため息を付いた。


 それは隠蔽を認めた、ということである。


 白町の表情にさらに怒りがにじむ。




「何で黙ってたんだよ!」


「聞こえてはいたが、妙蓮寺と岡田の声だと確信を持てていなかった」


「それだけじゃないだろ」


「白町、仮にそれが事実だったとして、今からどうするつもりだ」


「妙蓮寺ちゃんの行動を調べ上げる」


「仮に証拠が見つかったら?」


「殺すに決まってんじゃん! 証拠があるってことは岡田ちゃんを殺しただけじゃない。牛沢ちゃんの好感度稼ぎのために、外に情報漏らしてたってことだろ!」


「その結論が早まりすぎだと思うぞ」


「んなわけねえだろ。妙蓮寺ちゃんは岡田ちゃんの口論のことだって隠してた。あいつ以外に誰がやったっていうんだよ!?」




 須黒は腕を組むと、眉間に皺を寄せた。




「どうにも誘導されている気がしてならん」




 だがその態度は、頭に血が上っている白町の逆なでするだけだ。




「須黒ちゃぁん。それさ、見えない何かにビビってるだけじゃん。妙蓮寺ちゃんが一人が死んだところで、オレらの絶対的有利は揺るがない。そうっしょ?」


「曦儡宮がいるからか」


「ああ、それにオレらが導かれる真の世界に、裏切り者なんて連れていきたくねえよ。膿は、今のうちに全部出しとくべきだ」




 須黒は何も言えなかった。


 そもそも、彼が抱いている不安は勘や予感の範疇を超えない。


 言い返せる言葉など見つかるはずも無いのだ。




 ◆◆◆




 結局、白町は一人で妙蓮寺の部屋へ向かった。




「妙蓮寺ちゃん。いるんだろ、出てこいよ!」




 激しくドアを叩いていると、ゆっくりと扉が開く。


 すると白町は、わずかに開いた隙間に指を滑り込ませ、勢いよくドアを全開にした。




「妙蓮寺ちゃぁーん」




 こめかみに血管を浮かべながら、妙蓮寺の胸ぐらを掴み、体を引き寄せる。




「な、なんだよ白町。僕に何の用なんだっ」


「オレに嘘ついたっしょ」


「何の話だ!?」


「しらばっくれんじゃねえッ!」




 ドスの聞いた怒鳴り声を浴びせられ、妙蓮寺は「ひいぃいっ!」と女々しく叫び、目に涙を浮かべた。




「こっちはてめえが岡田ちゃんと口論してたって知ってんだよ」


「は……あ、あの、それは……っ」


「なんで黙ってたんだよ妙蓮寺ちゃんよぉ!」


「待ってくれっ、確かに僕は岡田と口論をした! だけど断じて彼を殺したりはしてないっ!」


「殺したって誰が言った?」


「へ?」


「まだ誰も死んだとは思ってねえよ。なんで死んだって決めつけてるわけ?」


「だ、だって……状況が……昨日からいなくて、外にも出てないってことはっ、そういうことじゃ……!」


「チッ、下手な言い訳しやがって」




 妙蓮寺は投げ捨てられ、背中を床に強打した。


 そして床に転がる彼を白町は踏みつけ、部屋にあがりこむ。




「隅から隅まで調べらせてもらうぞ、邪魔すんなよ」


「あ、ああ……待ってくれ、少し時間を……」


「邪魔すんなっつってんだろうがッ!」




 白町は己の武器である長銃を呼び出すと、妙蓮寺の顔の目の前を撃ち抜いた。


 前髪が焼け、独特の匂いが漂う。




「うひぃぃっ! ごめんなさいっ、でもどうか、命だけはぁっ!」


「結果次第だ。妙蓮寺ちゃん、お前は部屋から出て一歩も動くんじゃねえ。足音が聞こえたら、壁ごとてめえの心臓を撃ち抜く。いいな」


「わかった……言う通りに、する……」




 がっくりと肩を落とし、部屋から出ていく妙蓮寺。


 白町は手近にあった棚に手を伸ばすと、上に置かれていたネジを手で薙ぎ払い、雑に退かした。




 ◆◆◆




 ギィから私のスマホに連絡があったのは、キャスト・ハートを一掃した翌朝のことだった。


 通知音に反応して、各々体を休めていたみんなが一斉に私の元に集まってくる。


 そして画面に表示されたメッセージを覗き込んだ。




『白町が妙蓮寺に接触した。完全に妙蓮寺のことを裏切り者だと思ってる。死ぬのは時間の問題』




 私とネムシアは顔を見合わせ、互いに笑い合う。




「機は熟したようだな」


「うん、行こう!」




 井上さんと赤羽さんも一緒に、レストランを出る。


 目指すはホテル・フォレストキャッスル。


 ついに令愛を奪還し、大木たちを殺し尽くすときがきたのだ。




 ◆◆◆




 妙蓮寺の部屋に入ってから一時間後、白町がようやく出てきた。




「白町、どうだ――」




 妙蓮寺の言葉を無視して強引に肩を組むと、引きずるように別室に連れていく。




「あ、あの、何か見つかった、のか? いや、見つからないはずだけど、みつかっ……」




 意味のわからない、言い訳ですらない言葉を繰り返す妙蓮寺を、白町は一度だけ睨んだ。


 その瞳に込められた殺意に気づいた妙蓮寺は、喉が凍ったように動かなくなり、声を発することができなくなる。




(終わった……僕、死んだ……あれ・・に気づかれたんだ……)




 連れてこられたのは、いつも話し合いに使っている広めの部屋。


 強引に椅子に座らされた妙蓮寺。


 白町はそんな彼の隣に腰掛けると、スマホの画面をテーブルに向けた。


 ごとりと、明らかにスマホよりも大きな金属の塊が、画面から出てくる。




「妙蓮寺ちゃん、オレあんまこういうのに詳しくないんだけどさあ。何よ、これ」




 たぶん、白町はわかっている。


 その上で、妙蓮寺に話させようとしていた。


 彼は全身から冷や汗が噴き出しており、黒いズボンにまでそれが滲んでいる。


 当然、太ももの上に置いた手のひらも汗で濡れ、握ると気持ち悪かった。




「ばく……だん、です」


「へえ、爆弾か。オレさあ、妙蓮寺ちゃんに戦うためのスキルは覚えさせてなかったはずだよねえ」


「ぼ、僕も、戦いのときに、何か役に立てればと思って……その、覚えた生産スキルで、作れるようになっていたから……」


「で、これ作ったってわけだ。じゃあ、何でオレに隠してた」


「そ、それはっ、その……怒られると、思ったから。だから、その、何かあったときに使って、成果を示してから説明しようと思ってたんだ。本当なんだっ!」


「はい、ウソ」




 白町は突如として銃を持ち出すと、妙蓮寺の右耳を吹き飛ばした。




「は、はひぃぃいいいいいっ!」




 冷静そうな表情とは真逆の容赦ない暴力に、妙蓮寺は絶叫し、失禁する。


 なおも白町の表情は変わらない。




(白町、完全にキレてる……っ!)




 妙蓮寺は知っていた。


 その顔をしたときの白町がどれだけヤバいかを。


 学校で実際に見たことがあるのだ。


 依里花を半殺しにしたときも、同じ顔をしていた。




「ウソウソウソ、ぜーんぶウソ。妙蓮寺ちゃん、いつになったらオレに正直に話してくれんの?」


「本当だって! 僕のことを信じてくれぇ!」


「信じられない証拠がいっぱいあんだよね。ちなみのこの爆弾、用意したの1個だけ? ホテルに仕掛けまくって、いずれオレらを脅すつもりとか?」


「1個? そんなわけない、少なくとも5個は作って、同じ場所に保管してたはず――はっ、まさか盗まれたのか? あのスマホも失くしたんじゃなくて盗られたんだっ。でも僕の部屋に仕掛けた監視カメラには何も写ってなかった……」


「へえ、妙蓮寺ちゃんの部屋って監視カメラあるんだ。初耳だわー」


「だ、だってそれは、ホテル内に設置するのは白町が嫌がったんだろう!? その、女の子とのあれを撮られたくないとかで。だから僕の部屋だけにした。そこは問題じゃないよね?」


「別にいいけど。ところでさっき言ってたスマホってこれのこと?」




 白町のスマホの中から、別のスマホが出てくる。


 テーブルに転がるそれを見て、妙蓮寺は思わず手を伸ばした。




「そうだよ、これこ――」




 ズドン、と伸ばした彼の手首から先が弾け飛ぶ。




「う、うわあぁぁああああっ!」


「勝手に触んなよ、油断も隙もねえな」


「ま、待ってくれ。なんで、なんでそこまで僕のことをぉっ!」


「妙蓮寺ちゃんさ、スマホを失くしたとかオレに言ってなかったよね」


「……だ、だって、言ったら、殴ってたろ?」


「ああ、殴るだけ・・で済んでた。失くしただけならな」


「っ……」


「ちなみにこれ、妙蓮寺ちゃんがあの部屋で使ってるパソコンの中にあった。ご丁寧に隠してあったってわけ」


「だ、だ、誰がそんな手の込んだことを……」


「てめえだろうが妙蓮寺ィィィッ!」


「ち、ちがぁっ! 違うんだ、本当に違うんだってぇえっ!」




 耳と手から大量の血を流し、痛みに震えながら、さらに白町の殺意に怯える妙蓮寺。


 もういっそ殺してくれ、と思うほどの絶望感だった。


 だが彼にはまだ、突きつけられていない“真実”がある。




「た、たしかに僕はスマホを失くした。それで、それを誤魔化すために同じ形のスマホをストックから取り出して使ってた!」


「こっちのスマホでスパイ活動するためにな」


「なんのことだよぉ!」


「しらばっくれんなよ。メッセージは削除されてるけど形跡がしっかり残ってんだよ。妙蓮寺ちゃんが、倉金依里花と連絡取り合ってた記録がさあぁぁああ!」




 妙蓮寺の目の前に、血で汚れた画面が突きつけられる。


 そこには確かに、彼と倉金の繋がりを示す“削除済みのメッセージ”があった。




「知らない、そんなのは知らないいぃぃっ!」


「妙蓮寺ちゃんは牛沢ちゃんに気があった。そんであの子に惚れてもらうために、オレらを裏切って、実は生きてた倉金ちゃん側についたわけだ」


「盗まれたんだ! 監視カメラ付きの部屋だったはずなのに、い、異常なんてっ、ひぅっ、無かったはずなのにぃ!」


「そして須黒のパーティメンバーだった真口ちゃんと力富ちゃんの居場所を教え、殺させた。さらにオレのダチだった灰田ちゃんと細川ちゃんも殺させたァ!」


「きっと、相手は姿を消す能力を持ってるんだぁ! そうに違いない! っ、ぐうぅぅ……そうじゃ無いとぉっ、こんなのはおかしいよぉおお!」


「挙句の果てには岡田ちゃんまで殺しやがった! このクソ野郎が、てめえの下半身からこみ上げる欲望で、一体オレらから何人の仲間を奪うつもりなんだよ!」


「本当に知らないんだあぁぁぁあッ!」




 妙蓮寺は立ち上がりながら、無実を訴え、涙ながらに叫ぶ。


 だがその声が白町に届くことなどあるはずがない。




「ガンズオービット」




 白町のスキルが発動する。


 周囲に銃口を持った衛星のような物体が無数に浮遊しはじめた。




「ま、まってくれ……僕は……僕は……」




 首を横に振りながら、後ずさる妙蓮寺。


 だがすぐにその背中は壁に当たり、逃げ場を失った。




「僕はっ、死にたくなぁぁぁぁい!」


「フルファイアッ!」




 白町自身が持つ銃を含めた、全ての銃口から一斉に弾丸が放たれる。


 その数は、ゆうに100を超えた。


 1発でも脳を貫けば人を即死させる威力を持つ弾丸が、100。


 それらは容赦なく妙蓮寺の体に降り注ぎ、瞬く間に彼の肉体を破壊し尽くした。


 穴だらけになり、開いた穴から血や肉、臓物、脳だったものを垂れ流し、べちゃりと床に倒れ込む妙蓮寺。




「はぁ……はぁ……はぁ……仇ぃ、討ったよ……みんなあああぁ!」




 肩で呼吸をしながら、勝利に酔いしれる白町。


 しかし――死んだはずの妙蓮寺の体が動き出す。




「なんだ……?」




 ぼこりと盛り上がり、中から何本もの腕が生えてきた。


 まるで彼の亡骸を門がわりにして、そこから這い出てくるように、人の腕を足代わりにした巨大なゾンビムカデが姿を現す。


 その先端には妙蓮寺ではない、違う誰かの姿をしたゾンビがくっついている。


 そして腐って今にも零れ落ちそうな瞳で、じっと白町を見つめていた。




「お、おい、なんだよ。なんで死んだ妙蓮寺が化物になってんだよ」




 白町の脳裏に浮かんだのは、死の間際、灰田が叫んでいた言葉だ。




『今、売店で化物に襲われてる! たぶん細川もあいつに殺されたんだ!』




 売店で、化物。


 化物に襲われないはずの自分たちの目の前に、キャストでもホールマンでもない化物が現れ、襲ってきた。


 なぜ。


 何が起きたらそんなことになる。


 その答えが、目の前にあった。




「神に選ばれたなんて都合良すぎておかしいとは思ってた。須黒ちゃんだけじゃなくて、オレにまでこんな化物じみた力が手に入るなんておかしいって! だってそうだろ、あの大木ちゃんが“選ばれた”って教えてくれたんだぜ? あの、人殺しも隠せて、カルトにのめり込んでる、胡散臭さの塊みたいな大木ちゃんがぁ!」




 曦儡宮による死は受け入れた。


 いや――実際はそれすらも、“主”にそう思い込まされているだけだが、少なくともそこに拒否感はない。


 だが、妙蓮寺の末路は違う。




「オレら、死んだら化物になるんじゃねえか。嫌だ、オレは嫌だ、こんな醜い化物になんてなりたくねぇぇええッ!」




 現実を否定するように、白町は妙蓮寺の成れの果てに銃撃を開始する。


 それまで襲ってこなかった化物も、攻撃を受けると反撃しはじめる。


 外にいるキャストや、灰田が遭遇した細川の成れの果てと同じだ。


 彼らは“同類”なのだから、攻撃さえしなければ敵対しないものを――


 巨大な化物は荒れ狂い、交戦する白町の咆哮と銃声が響く。




 ◆◆◆




 須黒は、白町と妙蓮寺が入っていた部屋から、物騒な音がするのを聞いた。


 すぐさまそこに向かおうとした次の瞬間、ズドォオンッ! とけたたましく爆発音が響き渡り、ホテル全体が激しく揺れる。


 天井からは瓦礫が落下し、屋内には爆風が吹きすさび、廊下の奥には灰色の煙が立ち込めている。


「チッ」と舌打ちをした須黒は目的地を変え、急いでモニター室に駆け込んだ。


 部屋に入ると、一足先に中見が到着しており、何も写っていないモニターを見つめている。




「監視カメラ、全て破壊されております」




 彼女が振り返りそう告げると、須黒は再び舌打ちをした。




「おそらく白町が妙蓮寺を殺した。それが俺たちより早く、敵に伝わっている!」




 妙蓮寺がいなければ、建物のカメラも修理ができない。


 それをわかった上で、相手は動いている――須黒はそう理解した。




「どういたしましょうか」


「奴らが来る。迎え撃つ準備を――」




 彼はそう言葉を発する途中で、背後から強烈な殺気を感じた。


 すぐさま己の武器である分厚い鎧を装備すると、気配がする方へ振り返り、体をひねりながら拳を前に突き出す。


 すると壁を貫いて、日本刀を手にした黒髪の少女が現れた。




「お命頂戴するッ!」




 真恋が放つは、障害物ごと敵を穿つ、ただひたすらに高速で相手の命を奪うことに特化した剣術スキル


 対する須黒も、己の持つ最大威力の体術スキルで応じた。




「奪えるものか、アレウスカノン!」




 互いに初手で、現在の“最強の一撃”を放ちあう。


 あらゆる物質を穿ち、相手の肉体に満月を描く“十六夜”。


 そして神の名を冠し、触れずとも衝撃波だけで相手を消し飛ばす“アレウスカノン”。


 二つの力が衝突する直前、中見は危機を察して部屋から脱出する。


 そして次の瞬間、部屋の壁や機器はその存在を維持できなくなり、跡形もなく吹き飛ぶ。


 さらには床さえもえぐれ、生じたクレーターによって腐った大地がむき出しになっていた。



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