第47話 名は体を表す

 



 崩れ落ちた井上さんは、目に涙を浮かべ嘆いている。


 幸運にも生き残った赤羽さんも、顔を青ざめさせながら額に冷や汗を浮かべていた。


 私たちには知るよしも無いけれど、彼らと避難者の間には交流もあっただろうから、その悲しみは測りきれない。


 そんな井上さんに戦わせるわけにはいかない。


 キャストは兎じみた脚力でこちらに飛びかかってくる。


 ホールマンたちも障害物をよじ登り、私たちに迫る。


 私とネムシアがそれぞれ武器を構えて迎え撃とうとすると――すっと井上さんは立ち上がり、両手にトンファーを手にした。




「もう……いい加減にしてよぉおおおッ!」




 ドドドドドッ! とトンファーの先端から弾丸が乱射され、空中のキャストを撃墜する。


 さらには銃口はホールマンたちにも向けられ、あっという間に敵は一掃されてしまった。




「はあ……はあ……ふざけないでよ。人間を、あんな姿に変えるなんて……ッ! 生き返らせたり、弄んだり、人の命をなんだと思ってるのよッ!」




 再生し、起き上がるラビラビちゃん。


 井上さんはそこに飛びかかると、側頭部をトンファーでぶん殴った。




「ふざけんなっ、ふざけんなっ、ふざけんなああぁぁぁッ!」




 よろめくラビラビちゃんを、さらに殴り、蹴飛ばし、へし折り、射撃で貫く。


 目にも留まらぬ速さで繰り出される連続攻撃に、私たちの出る幕はなかった。




「怒るのも当然だのう」




 さっきまで唖然としていたネムシアが、しみじみと言った。


 井上さんは、つい先ほど自分が死んでいると伝えられたばかりだ。


 数日前には一緒に過ごしていた人たちを拉致され、そして今は残り少ない生存者を全滅させられた。


 フラストレーションも爆発するというもの。


 だが――どれだけ殴っても、貫いても、叩き潰しても、キャストは何度でも立ち上がる。


 ラビラビちゃんの手の先端から、ジャキッと鋭い爪が生えた。


 振り下ろされたその爪をトンファーが受け止める。




「何なのよこいつ。何で死なないのよ、あんたはぁッ!」




 井上さんは受け止めた方とは逆のトンファーを相手の腹に突きつけ、ゼロ距離でナパームショットを放った。


 ドォォンッ! という爆発音と共に建物全体が揺れ、ガラスもビリビリと震える。


 オレンジ色の爆炎が室内を照らす中、ラビラビちゃんの体は足の先端、二の腕の一部を残して完全に消し飛んだ。


 そして飛び散るその破片の中に、私は光を反射するプラスチックを見つけた。




「そこッ!」




 イリュージョンダガーで肉片を貫き、中に埋もれた物体を分離させる。


 すると、残った肉片がまるでその物体を求めるように集まってきた。




「井上さんっ、その名札・・を!」


「え? わ、わかったわ!」




 彼女はキャストの体内から出てきた名札に手を伸ばす。


 そしてその手が掴んだ途端に、キャストの肉片は活動を停止した。




「死んだの……? この名札を取ったから?」


「他のキャストにも同じものが埋まってたから、まさかとは思ったけど――それが本体・・みたいだね」




 名札を持つ井上さんに、私たちは駆け寄る。


 そこに書かれた名前を目にして、ネムシアは思わず声をあげた。




「赤羽!? なぜお主の名前がここにある。まさかお主が化物の――」


「待ってくれ、僕は知らない! だいたい、どうして僕の名札がそんなところにっ!」


「今朝、鞄を出してたよね。あのとき中に名札が入ってたのを私は見たから、そのあとどっかで落としたんだと思うよ」




 私がそう言うと、赤羽さんは慌てて自分の鞄が置かれている場所に走った。


 そして中を探るが、どうやら名札は入っていなかったようだ。




「だけど、どうして名札を奪っただけでキャストの動きが止まったの?」


「それがキャストの本体だから」


「そのような薄い板きれが化物の本体だというのか」


「私たちだから触れても大丈夫なんだと思うけど、普通の人が触ったらすぐにキャストになっちゃうから、赤羽さんは気をつけてね」


「わ、わかった……いや待ってくれ、つまり先ほどの着ぐるみも人間だったということか!?」


「誰かが落ちてた名札を拾ってキャストに変身した。そしてその人がホールマンを増やし、あっという間に全滅した」




 どのように人間からキャストに変身するのかはわからない。


 ひょっとすると、最初は見た目では区別のつかない程度の変化しかなかったのかもしれない。


 それなら、悲鳴が聞こえてきたのが遅くなったのも理解できる。




「井上さん、それ貸して」




 私は名札を井上さんから受け取ると、机の上に置いてドリーマーを突き刺した。


 しかし名札は刃を無傷で受け止める。




「かったぁ」


「そのナイフで斬れないとは、不思議な力で守られておるのう」


「キャストと戦いながら破壊するのは難しいわけね」




 キャストを撃破したければ、体内からこの名札を抜き取るしかないわけだ。


 しかも、どこに埋まっているのかもわからない。


 ナパームショットで体を吹き飛ばされたとき、わずかに残った破片にこの名札が埋まっていたことから、自由に移動できる可能性すらある。


 まるでギィみたいだ。


 けど、このまま名札を放っておくわけにもいかない。


 今度は「そりゃっ!」と声をだして、パワースタブで突き刺す。


 すると置いていたテーブルの方が先に折れてしまった。


 名札は――壊れていないけど、表面に裂け目が入っている。


 続けて、「ふんっ、ふんっ、てえぇぇぇいっ!」と連続で切り刻む。


 ここまでしてようやく名札は二つに割れ――




『モンスター『キャスト・ハート』を撃破しました。おめでとうございます、レベルが59に上がりました!』




 私は大量の経験値を得たらしい。




「おお、レベルが上がったようだのう」


「あたしのほうも同じよ。三人で協力して倒したって扱いみたいね」


「キャストの戦闘能力自体はそこまで脅威じゃない。倒し方がわかった以上、あとはボーナスタイムみたいなもんだよ」




 須黒と戦う時に備えて、できるだけレベルは上げておきたい。


 妙蓮寺を陥れる準備が着々と進む中、その手立てが見つかったのは非常に都合がよかった。




「だが、なぜ名札を持った人間が化物になってしまうのだ?」


「キャストって、要するに遊園地のスタッフのことだから、そのまんまの意味なんじゃないかな」


「……ではあの着ぐるみたちは、全員が従業員なのか」




 赤羽さんは、切断された名札をじっと見つめながら、声を震わせる。




「そうなるね。でも今から死ぬんじゃない、あの人たちはもう死んでるんだよ」


「ああ……そうだな。着ぐるみの中に誰かが入っているわけじゃない。もう、とっくに……」




 彼の体から力が抜け、ぼふっと椅子に腰掛ける。


 そしてうなだれたまま、その瞳には涙が浮かんだ。




「皮肉なものだ。娘を助けるためにと職場を飛び出そうとした自分だけが生き残るとは」




 光乃宮学園の消滅。


 それに巻き込まれた娘の安否を探るため、赤羽さんはここを発とうとしていた。


 だからこそ、すでに名札を外していたのである。


 それが結果的にキャスト化を回避することになるとは――運が良かったというしかない。




「ただお客様に楽しんでもらえたらと、働いていただけなのにな。なぜ化物になど変えられなければならないのか!」


「奴らに選ぶ意思などはない。ただ無差別に命を貪っておるだけだ」


「化物に変えられた人が特別不運なわけじゃないからね。生き残ってる私たちが幸運なんだと思うよ」


「幸運……そうだな。たまたま自分は生き残り、娘だって連れ去られたとはいえ生き延びている。恵まれた人間が落ち込んでいても仕方ないな」




 立ち直った――ようなことをいいながらも、赤羽さんの浮かべる笑みはぎこちない。


 そう簡単に割り切れるものではないだろう。


 まっとうな人生を歩んで、たくさんの仲間がいた人は特に。




「だから井上さんも、守りきれなかったとか考えて自分を責めたりしないようにね」


「……心を読むようなことを言うのね」


「顔を見たら誰だってわかるよ。まさかレストランの中でキャストが発生するなんて誰も予想できなかったんだから、これは仕方ないことだよ」


「ええ、おかげでキャストの倒し方がわかったんだもの。無駄な死ではなかったと思いたいわ」




 どうせ転がった死体は片付けなければならない。


 外に生えてる木の近くに埋めて、簡易的な墓を作ってもいいかもしれない。


 私がそう考えるのは、別に死者を弔うためではなく、井上さんに少しでも立ち直ってもらうためだ。


 それにしても――キャストの本体は“名札”だってわかったわけだけど。


 だとすると、おかしなことが一つある。




「依里花よ、眉間に皺が寄っておるぞ」


「津森さんの名札はどこに行ったんだろうって考えてた」


「園長の名札かい? 仕事中なら必ず付けているはずだが」


「その言い方だと、死体は付けてなかったのね」




 私はうなずく。


 キャストは名札を元に生まれた。


 そして一般の職員がああいった着ぐるみに変わったのだとしたら――その長である園長は、どう変わるのだろう。


 フロアの親玉になりやしないだろうか、とそう思うのだ。


 いや、むしろ逆なのだろうか。




「そして津森さんの手には、緋芦さんが作ったと思しき折り紙のクローバーが握られてた」


「緋芦が園長さんのところにいたの?」


「井上さんが死んだあと、園長さんは緋芦さんを気にかけてたみたいだから、仲が良かったんだと思う」


「では事務所の外で倒れておった津森を、建物の中に連れて行ったのは井上緋芦なのだな」


「そのときにクローバーを握らせたのかもしれない」


「あれはお守りだから……津森さんが死なないようにって、元気づけようとしたのかしら」


「だが、そこから名札が無くなったことにどう繋がるんだい?」


「津森さんが緋芦さんに名札を渡す理由……津森さんが渡したのか、緋芦さんがほしがったのか……」




 思い出されるのは、事務所の資料室にあった手紙だ。


 緋芦さんから津森さんに宛てられたその文章には、『将来は遊園地で働きたい』、『園長になりたい』と書いてあったはずだ。




「緋芦さんの将来の夢は遊園地の園長だった。津森さんはそれを知ってたから、最期に――」


「形だけでも緋芦の夢を叶えたってこと?」




 名札を渡す理由は、それぐらいしか思いつかない。


 そう、だから井上緋芦は“園長”としてキャストたちの親玉になり――いや、どっちが先なんだろう、まだわからない。


 でもホールマンやキャストが生まれたのが緋芦さんのトラウマが原因だとするなら、そのトラウマをカイギョが参照できない間は、違う化物がここで暴れていたはず。


 それを知っているのは――




「赤羽さん、化物が現れたからお客さんを誘導したって言ってたけど、そのとき見たのってホールマンやキャストだったの?」


「いや、ホラー映画なんかで見るようなゾンビだったり、腐った犬がいたよ。あとは緑の小人、人を食べるぶよぶよの生き物もいたかな」




 それぞれゾンビにゾンビウルフ、ゴブリン、イーターだ。


 やっぱり最初は1階と同じような状態だった。




「井上さんはそういう化物を見た記憶はある?」


「あたしはホールマンやキャストしか知らないわ」


「じゃあ井上さんが生き返ったのは……」


「あの着ぐるみたちが生まれた後、あるいは同時ってことなのね」




 頭の中で時系列を整理する。


 まず、津森さんが誰かに撃たれた。


 そして怪我して倒れている彼を緋芦さんが発見、事務所に運ぶ。


 クローバーを握らせ必死に声をかけるも、津森さんは緋芦さんに名札を渡して息絶える。


 その後、緋芦さんは“園長”としてフロアの主として選ばれ、ホールマンとキャストが誕生。


 それとほぼ同じタイミングで、井上芦乃も蘇った。


 うん、これで繋がった。


 あとは頭と末尾さえわかれば全部解決なんだけど。


 いや、解決したところでこっから逃げられなきゃ意味がない、か。




「今のところ、キャストは遊園地中にまばらに配置されておる。我なら自分の身を守るために、ある程度は固まった戦力を自陣に用意しておくがのう」


「まだ遭遇していないキャストが、どこかに大量にいるってことかしら」


「いや……そこまでたくさんのスタッフはいないよ。外に出たらどれぐらいの頻度で遭遇するのかはわからないけれど、レストランの中から見る限り、あの密度で配置されているのなら、ほぼ全てのスタッフが外に出払ってるはずだ」


「キャストではないが、まとまった戦力がおる施設があるはずではないか」


「ホテルだね」


「うむ、そのとおりだ依里花。あやつらは大きな戦力を持ち、キャストに邪魔をされないという好条件にもかかわらず、この階層からの脱出方法を探そうとしておる節がない。むしろ井上の邪魔をするぐらいだ。はっきり言って、何を目的としておるのかわからん」


「それが緋芦のこととどう関係してくるの?」


「教師たちは儀式が成功し、曦儡宮が降臨したと信じ込んでおる」


「そんなときに、フロアの主みたいなすごいパワーを持った存在と遭遇したら……大木なら、神様だって信じそうだよね」


「何より、気づかぬうちに中身が化物に入れ替わっておるような連中だ。無意識のうちに化物の盾として利用されておっても驚かん」




 本人たちは人間として生きてるつもりで行動してる。


 でも本当は、とっくに彼らはカイギョに支配されてて、主を守るために利用している。


 自分の意思で、神のいるこのフロアに留まっている――そう思い込んで。


 もしそれが本当だったら、素晴らしいことだ。


 井上緋芦がそれを望んだというのなら、なお素晴らしい。


 他者を見下し調子に乗りながら、本当は誰よりも哀れに操られているってところが特に素敵ッ!




「兄上顔になっておるぞ、依里花」


「笑っててもその呼び方されるんだ」


「その顔をする気持ちはわかるがな。しかしどのみち、我らはがやるべきことは変わらぬということだ」


「一石二鳥じゃん。どうせ潰すつもりだったんだから」


「ええ、そこに緋芦がいるのなら、やらない理由は完全に無くなったわ。何としてでも勝って、人質も緋芦も取り戻しましょう」




 取り戻す、かぁ。


 正直、緋芦さんが無理やり連れて行かれたってのはないと思うけどね。


 でも目的が完全に一つに絞られたのはいいことだ。


 私たちはその達成に向けて、レストランの外に繰り出した。


 “キャスト狩り”でレベル上げをするために。



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