第32話 黄昏の前哨戦

 



 廊下の向こうから迫りくる化物たちの群れは、数日前に令愛と一緒に遭遇したときより明らかに“強化”されていた。


 外の化物同様、こちらも進化したということか。


 見知った化物もいれば、まだ遭遇したことのない未知の化物も存在している。




「あれだけの量を全滅させなければいけないわけか」


「あれ真恋、ビビってるの?」


「その言葉、そっくりそのまま貴様に返そう!」




 軽く煽ると、真恋は自ら群れに突っ込んでいく。




「地獄への道でもお供するよ、真恋!」




 もちろん日屋見さんもそれに続いた。


 一方で私は令愛に声をかける。




「スマホ渡しておくから、作戦通りにね」


「わ、わかった。がんばって!」




 真恋たちに少し遅れて、私も走り出す。


 戦闘前にやることはやっておいた。


 ステータスを振る余裕もあまり無いと考え、残っていたステータスPも使い果たしてある。




倉金くらがね 依里花えりか

【レベル:41】

【HP:60/60】

【MP:60/60】

【筋力:30】

【魔力:20】

【体力:20】

【素早さ:32】

【残りステータスP:0】

【残りスキルP:3】




 魔法をギィに任せられるようになるので、主に前衛として戦うための筋力と素早さを上げておいた。


 体力もキリのいい20まで振って、ある程度のHPを確保してある。


 これならさらに進化した化物にだって勝てるはずだ。


 あとは数の暴力にさけ対応できれば、だけど。


 前方ではすでに戦闘が始まろうとしていた。


 群れの先頭を走るのは、腕を六本も生やした大型のスケルトン。


 それぞれの手には細長い剣が握られており、いかにも近接戦を得意にしています、みたいな見た目をしている。


 その後ろには、進化前の姿と思われる大剣を持ったスケルトンウォリアーや、ぶくぶくに太ったグール、さらには空中の浮かぶ巨大な生首フローティングヘッドなど、目を背けたくなるような醜い異形が並んでいた。




「まずは私が相手の出鼻をくじく! 得意分野だからねえ、こういう大勢の相手は!」


「頼むぞ、麗花」




 巨大なガントレット――ギュゲスを右腕に装備した日屋見さんが前に出る。


 そして群れの戦闘と衝突する寸前に飛び上がり、地面を殴りつけた。




「激動のハートビートッ!」




 地面が激しく振動し、迫る化物の群れの姿勢を崩す。


 ゾンビやゾンビリーダー程度の敵はそれだけで肉体を砕かれ、全身から血を噴き出しながら戦闘不能に陥る。


 しかし相手はスケルトンウォリアーの上位種だ。


 見たところ、日屋見さんのあの攻撃は範囲は広いが威力は低い。


 強力な敵相手には、せいぜい足元を揺らして動きを止めるのが精一杯だ。


 だけど彼女はだってそれはわかっているはず。


 続けて、弓を引き絞るように肘を引くと、ギュゲスが高速震動をはじめる。




「私の情熱はこの程度じゃない! 恋獄のヒィィィトブレイクゥッ!」




 拳を前に突き出すと、ギュゲスの震動が空気に伝わり、蜃気楼のように景色を歪めた。


 そして一帯の温度は一気に上昇し――ゴォオッ! と燃え上がる。


 理屈はわかんないけど、空気同士の摩擦で炎を起こすとか、そういうやつ?


「グギャァァアアッ!」と化物たちは揃って気持ちの悪い断末魔を上げ、焼き尽くされる。


 だが、なおも戦闘の多腕スケルトンは健在だ。


 炎に怯みながらも確実に前進し、ついに日屋見さんの前までたどり着く。


 振り下ろされる刃を、彼女は篭手で受け止めた。


 金属音と共に火花が散り、防いだ腕が押し込まれる。




「なかなかにタフじゃあないか」


「そいつの相手は私に任せろッ!」




 二人の間に、真恋が割って入った。


 目にも留まらぬ速度で刀を振り上げ、スケルトンの腕を粉砕する。


 だがまだ五本も腕がある。


 相手は真恋を最優先の排除対象と定めたのか、その五本の刀で一気に斬りかかった。


 真恋の剣筋に負けず劣らずの素早さ――その斬撃に“技”を感じたのか、彼女はわずかに悔しげな顔を見せた。


 全国クラスの剣士としては、スキルなど使わずに自力だけで防ぎたかったのだろう。


 だがすぐに表情を切り替え、




「甘い――幾望月」




 相手の五連撃を遥かに上回る十五連撃で、攻撃を全て受け止め、かつ敵の肉体を切り刻む。


 よろめき後退する化物。


 けれどなおも倒れない。


 さすがに上位の化物なだけあって、その肉体の頑丈さも段違いだ。




「今だ、かましてやれ麗花!」


「はいよっと。閃光のッ、ラヴァブレイェェィズッ!」




 日屋見さんはノリノリで叫ぶ。


 するとギュゲスが上下にガコンッと開き、その中央から砲身が現れた。


 それを敵の群れに向け――




「シュート!」




 太陽めいた“熱の塊”が、反動とともに放たれた。


 直後、スケルトンの腹に着弾。


 激しく爆ぜて、化物どもを焼き尽くし、吹き飛ばした。




「す、すごい……」


「なんちゅう威力や」




 後ろで見学する令愛たちは呆然としている。


 私も結構驚いた。


 大してレベル差は無いのに、ここまで派手な攻撃ができるなんて。




「先ほどの骨っこの名前はスケルトンソードマスターらしい。ふ、長ったらしい名前だね」


「笑ってないで後ろに下がっていろ。連発はできないのだからな」


「そうするよ、また使えるようになったら前に出る。それまでは姉妹の背中を観察してようかな」




 あの言い方――おそらくは、クールタイムがかなり長く設定されているのだろう。


 でなければ、あんな大技を連発できるなんてインチキだ。


 もっとも、あれだけ派手に群れを燃やしたところで、それはまだ1%にも満たない一部でしかない。


 充満する煙の中から、第二波が姿を表す。




「グゥ……あいつ気持ち悪い」




 ギィに同感だ。


 新手の外見は、グールマザーに無数の手足が生えたようなもので、それを使ってムカデのように走り回っている。


 化物を生み出す腹部の裂け目も健在だ。


 しかもゾンビだけでなく、その上位の化物であるゾンビリーダーやゾンビウルフまでもが産み落とされている。


 放置しておけば、瞬く間に廊下は化物まみれになってしまうだろう。


 私も前に出て、真恋と並ぶ。




「出遅れたな」


「日屋見さんとの仲が良すぎて割り込めなかったの」


「茶化すな」


「事実でしょ。つかこいつは私がやるから、今度は真恋が見といてよ」


「いいだろう、譲ろう」




 私は両手に握ったドリーマーを、こちらに突進してくる化物に投げつける。




「ブラッドピルエットッ!」




 回転する刃は、無数に生えた手足をズシャアァッ! と景気よく切り刻んでいく。


 骨みたいな斬りごたえのない相手より、こういう肉まみれの太っちょの方が相手にしてて楽しい。


 本来、ブラッドピルエットのクールタイムは30秒。


 しかし、今の私はすでに二発目の発動が可能になっていた。




「もういっちょ、ブラッドピルエット!」




 そして次もまた、発動直後にクールタイムが免除・・される。


 四本の短剣に切り刻まれ、化物は「グオォオオオッ!」と野太い声をあげながら苦しむ。


 私の背後では、私のスマホを持った令愛が緊張した面持ちで画面を操作していた。




【ブラッドピルエットLv.5】


【残りスキルP:1】




 要するに、私がスキルを使うたびに、スキルレベルを上げてもらってクールタイムをリセットしているわけだ。


 一時的にしか使えないちょっとした裏技だけど、こういうでっかい敵を相手にするときは都合がいい。




「最後にもっかい、ブラッドピルエットォッ!」




 そしてダメ押しの六本目――もはや相手の肉体はミンチ同然だった。




『モンスター『グールキャリアー』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが42に上がりました!』




 さすが上位の化物だけあって、経験値もかなりおいしい。


 私ですらレベルが上がるんだから、令愛たちは一気に強くなっているに違いない。




「冷却時間のリセット――そういう戦い方もあるのか」




 真恋に感心されて、ちょっとだけ優越感。


 でも倒れたグールキャリアーの亡骸を踏み越えて、新手がまた現れる。


 大剣を担ぎ、鎧を纏った骨の化物。


 スケルトンウォリアーと呼ばれる敵とは戦ったが、明らかにあいつより剣がゴツく、鎧も豪華だ。


 こいつも進化しているのか。




「だが弾切れだろう、下がるんだな」


「リロードしたらいいだけだし。令愛、次のスキルも覚えちゃって!」


「うんっ、作戦通りにね!」




 両手で剣を振り上げるスケルトン。


 当然天井に当たるわけだが、石で作られているのに、まるで包丁で切られた豆腐みたいに簡単に刃が沈んでいく。


 無視してそのまま振り下ろすつもりなのか。




【フルムーンLv.1】


【残りスキルP:1】




 スキルの習得は完了した。


 相手が強力な攻撃を仕掛けてくる前に、先手を取る。


 私が前に踏み出すと、真恋も同時に前進した。


 獲物を盗られてたまるものか。


 そんな対抗心から、互いに前へ前へと進み、眼前の化物にとっておきの技を放つ。




「フルムーン!」


「望月ッ!」




 両手に握ったドリーマーで瞬時に相手を切りつける、両手合わせて十六連撃。


 同時に放った真恋の攻撃は十五連撃。


 敵はその一瞬の間に三十を越える斬撃を受け、一の太刀を振るう前に粉々に切り刻まれ、絶命した。


 化物の名前はスケルトンジェネラル。


 やっぱりスケルトンウォリアーが進化したやつだったか――でもレベルは上がらなかった。


 真恋と半分ずつ倒しちゃったからかな。




「今の技、私のを真似したのか?」


「私の方が一発多かった」


「名前のことだ」


「別に自分で付けたわけじゃないから。考えたやつに言ってくれない?」




 ドリーマーっていうネーミングといい、私には何でこうも辛辣なんだか。


 ちょっとかっこつけて披露したのに恥ずかしいじゃん。




「かっこいい……」




 令愛は感激してくれてるからプラマイゼロ……いや、むしろ余計に恥ずかしい気がする。


 けど浮かれてる場合じゃない。


 背後にはまだまだ化物が控えているのだから。




「依里花危ないっ!」


「真恋、前から来ているよ!」




 令愛と日屋見さんが叫ぶ。


 私の体はその前に動いていた。


 真恋も同様だ。


 直後、私たちの眼前を黒い球が通り過ぎていった。




「後ろの三人も伏せて、今度はいっぱい飛んでくる!」




 私は伏せながら言った。


 令愛たちはとっさにしゃがみ込む。


 その頭上を黒い球体が高速で通り過ぎていき、後ろの方でバンッ! と弾ける。




「ここまで衝撃が伝わってきとる。えげつないもんを飛ばすやな」




 確かに頭が軽く弾け飛ぶぐらいの威力はある。


 目の前に現れたスケルトンメイジはそれを連発できるし――




「今度は同じ化物が大群でおでましみたいだよ」




 量産されてるのかってぐらい大挙して現れるんだから、たまったもんじゃない。


 ここまでは散発的に魔法が放たれただけだった。


 でもタイミングが合えば、弾幕とか、そういう呼び方されるやつになっちゃうんだろう。


 けど1体でも倒せば穴はできる。


 例の地面に沼を作る魔法を使ってこないのが不安だけど――もしかして私が前に踏み出すのを待ってる?


 だとしても、後ろの三人を守るにはやるしかない。


 真恋と日屋見さんも同じ考えなのか、スケルトンメイジとの距離を詰めようとしていた。


 しかしそんな私たちの横を、人影が追い越していく。




「令愛!?」


「スキル覚えたから、あたしがやってみる!」




 無数の黒球が放たれる。


 もはや止めることはできなかった。


 令愛がうまくやってくれることを願うしかない。


 彼女は自らの身を守るように盾を前に突き出すと、大きな声で言い放った。




「リフレクションシールド!」




 盾が光を放ち、透明な壁が廊下を埋め尽くす。


 黒球はその壁に衝突すると、キンッという甲高い音と共に跳ね返され、逆にスケルトンメイジたちを襲った。


 その球体は体に当たった瞬間に爆発する。




『モンスター『スケルトンメイジ』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが43に上がりました!』




 廊下は瞬く間に無数の黒い爆炎に覆われた。




「やったっ、うまくい――」




 その暗幕の向こうから、令愛の頭を狙って黒球が飛んでくる。


 私はナイフを投げてそれを撃墜した。




「ひゃあぁっ!? あ、ありがと依里花……」




 驚きのあまり尻もちをつく令愛。




「怪我してない?」




 手を差し伸べると、彼女は苦笑いしながら握り返す。




「それは大丈夫。あはは、足引っ張っちゃったね」


「引っ張ってないよ。おかげで一網打尽にできた」


「依里花の言う通りだ。私たちは後始末をしただけだな」




 炎が消えると、そこには何体もの化物の死体があった。


 どうやらスケルトンメイジ以外も巻き込まれて死んでしまったらしい。


 最後に飛んできたのは、死にぞこないの悪あがきということなのだろう。


 だがその直後、床に散らばった白骨の上をふわふわと浮かぶ新たな化物が顔を出す。


 まるで鎌を持った死神のような外見をしている。


 またスケルトン系の進化した姿なのか。


 その後ろにもまだまだ大量の化物が控えており、フロアの主を守る軍勢は底を見せない。




「これは長丁場になりそうだねえ。真恋、私に微笑んでくれないかな。それだけで頑張れそうだ」


「無駄口を叩く暇があったら戦え!」


「冷たいなあ。しかしその冷気すらも私を奮い立たせる!」




 日屋見さんはクールタイムを終えたスキルを使って、広範囲の敵の足を止める。


 その間に真恋が一体ずつ、日屋見さんが仕留めそこねた敵を片付けていった。




「令愛は落ち着いてクールタイムが終わるのを待って。くれぐれも焦って前に出たりしないようにね」


「わかってる。自分の力がどこで役に立つのか、ちゃんと見極めるからっ!」




 令愛に念を押して、私も化物掃除を再開する。


 真恋と二人で大型の化物にとどめを刺ししていると、後方から奮起する二人の声が聞こえてきた。




「レベル23――同じぐらいの仰木先輩が行けるっちゅうことは、そろそろ俺らも前に出てよさそうやな」


「ギシシシッ、やっとエリカに恩返しできるっ!」




 私たちの戦力も整いつつあるが、それでも化物たちは無尽蔵の物量を押し返すには至らない。


 こちらのスタミナが切れるのが先か、“ホームシック”の備えが尽きるのが先か。


 赤い廊下での攻防はまだ始まったばかりだった。



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