第23話 苦い後味
「ちょこまかとしつこいッ!」
私は“浮遊するゾンビの生首”に向かって、イリュージョンダガーを放つ。
投擲された短剣は見事に額に突き刺さり、敵を突き落とす。
まだ初期のスキルだけだけど、少しずつ発動の宣言をしなくても使えるようになってきた。
やっぱり集中力が重要みたいで、戦いの中で完全に使いこなすにはまだ時間がかかりそうだ。
あと上位のスキルになるほど難しいみたいだから、こればっかりは実際に試して身につけていくしかない。
こうして私も戦いの中で進歩はしているけれど、敵の進化スピードも同じぐらい早い。
さっき首を撃ち落としたはずなのに、また別の首がふわふわとどこからともなく飛んでくる。
何が一番厄介かって、こいつらは壁を貫通することだ。
ふわふわと上下左右に揺れながら、決して遅くない速度でこちらに接近する。
撃ち落としてもまた次がどこかで生まれ、もちろん噛まれれば感染してしまう。
「グールマザーの相手だってしなきゃいけないってのに!」
次の生首が来るまでの間に、私は壁に張り付いたグールマザーに攻撃を仕掛ける。
ゾンビを産み落とすこいつらの発見から数十分。
できるだけMPを節約しつつ化物を倒してきたけれど、まだまだ道半ば。
せめて1年E組までの道のりの半分ぐらいは行けば、向こうから進んでいるであろう真恋たちと胸を張って合流できるのだけれど、その途中で新たな化物が出現して、私の進行を阻んでいるのだ。
グールマザー自身は雑魚ゾンビを産むばかりで、攻撃してこないのはいいのだけれど――あまりドリーマーを振ることに集中していると、
「っ、今度は目の前から出てきた!?」
そのグールマザーの体内からぬるっと生首が出てきて、私の首筋に噛みついてくるのだ。
今回は既のところで回避できた。
ガチン、という恐ろしい音が至近距離で鳴る。
即座に目の前の生首に斬撃。
通常の攻撃一発では仕留めきれず、続けて二回ほど斬りつけてようやく敵は消えた。
しかし、スマホの画面には撃破のメッセージは表示されない。
つまりこの首は、“本体”ではないのだと思われる。
するとそのとき、私は背後に冷たい気配を感じた。
振り向いては間に合わない――そう直感し、
「ソードダンス!」
攻撃と回避を兼ねた行動を取る。
背後に迫る何者かの後方に移動し、斬りつける。
そこで私が見たものは、私の身長ほどある巨大な頭部だった。
これがあの生首の親玉ってこと?
私は続けて、残りの三撃をその場で打ち込む。
「うぁあぁあああ……!」
苦しげな声をあげながら振り向くと、そこにはこの学校の生徒らしき顔があった。
白目をむいて、とても正気ではない表情だ。
ゾンビでこの手の顔には慣れたつもりだったけど、さすがにここまで巨大化してると気持ち悪い。
さらに、大きく開かれたその口から這い出るように、新たな生首が生み出される。
「こいつもグールマザーと同じパターン!」
違う点としては、生み出された子を破壊しても何も得るものがないことだろうか。
一方でグールマザーの産み落とすゾンビは、おそらく進化して別の姿に変わるのだろうから、一長一短といったところ。
生まれたての新品生首は、さっそく大きく口を開いて私に噛みついてくる。
その開かれた口に、私はパワースタブでドリーマーを突き刺した。
さらにそのまま、生首を貫通して後頭部から飛び出した刃を、巨大な方に突き立てる。
親子串刺しの後は、突き刺さった先端からの、魔法発射――
「ファイア、ファイアっ、もう一回ファイアッ!」
しかも三連撃。
手のひらだけでなく、持っている武器からも魔法を放てると気づいた私は、さっそくそれを利用した。
つまり敵体内に火球を発射し、炸裂させる内部破壊攻撃である。
ボヒュッ、と一発目でその動きが止まり、ブシュウゥッ、と二発目で穴から血が噴き出し、目から眼球が飛び出す。
そして最後の三発目で、頭蓋骨は内側から壊れ砕けながら吹っ飛んだ。
『モンスター『フライングヘッド』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが30に上がりました!』
フライングヘッド……ねえ。
何から進化したらあんな見た目になるのか疑問だったけど、もしかしてケルベロス?
首を飛ばしてくるってところは共通してるんだよね――有線から無線にパワーアップってことか。
そしてレベルは記念すべき30に到達。
まだまだ上限は見えない。
どこまで上がるんだろこれ。
軽く噛まれた部分にキュアをかけて、私はスマホを眺める。
【
【レベル:30】
【HP:25/30】
【MP:18/60】
【筋力:18】
【魔力:20】
【体力:10】
【素早さ:12】
【残りステータスP:20】
【残りスキルP:7】
【習得スキル】
ヒーリングLv.3
キュアLv.1
ファイアLv.3
バーニングLv.3
ファイアウォールLv.1
ウォーターLv.1
聖域展開Lv.1
デュアルスラッシュLv.3
ソードダンスLv.1
パワースタブLv.1
イリュージョンダガーLv.3
スプレッドダガーLv.1
武器強化Lv.1
ヒーリング――はまだいいや。
でもさすがにステータスは振っときたいな。
ふぅ……ちょっと息も切れてるし、まずは体力をキリのいい数字まで増やして。
【体力:15】
【HP:35/40】
【残りステータスP:15】
よし、楽になった。
あとはグールを引き裂くためにドリーマーの火力を上げとこうかな。
【筋力:20】
【素早さ:20】
【残りステータスP:5】
これで筋力と魔力と素早さが20で同値になっちゃったわけだけど――うぅん、せっかくナイフ使ってるんだし、そっちを活かしたい気もするな。
器用貧乏にはなりたくないし。
【素早さ:25】
【残りステータスP:0】
これでちょっとはそれっぽい数値になったかな。
ただの自己満足だけど。
でもさすがに素早さが13も上がると、露骨に身軽になる。
その場でぴょんぴょんと飛んでみるだけでも、跳躍力が伸びたのがわかった。
さらに、簡単に宙返りだってできるようになっている。
「よっ、ほっ、えいっ! ははっ、私の体じゃないみたい」
体操選手みたいでちょっと楽しくなっちゃった。
着地も全然痛くないし、これは戦いが楽しくなりそう。
あとは――せっかくだしスキルも上げとこうかな。
こっちも他のスキルに浮気してたら器用貧乏になっちゃうだろうから、今回は連撃系統を集中して鍛える。
まずはソードダンスのレベルを上げて、
【ソードダンスLv.3】
【残りスキルP:5】
これで上位のスキルが取れ――あれ?
確かに取れるけど、このスキルの前提、ソードダンスだけじゃなくてイリュージョンダガーもLv.3にしないといけないんだ。
別系統を要求されることもあるなんて聞いてないぞ。
まあいいや、覚えちゃお。
【ブラッドピルエットLv.1】
【複製した短刀を投擲する。短刀は高速回転し、生じた風を刃へと変え命中した相手を切り刻む】
【残りスキルP:4】
言われてみれば、確かにイリュージョンダガー要素もある気がする。
さっそく前方のグールマザーに近づき、生まれたゾンビを巻き込む位置で試し打ち。
「ブラッドピルエット、行けっ!」
スキル説明通り、相手に向かって投げた短刀は途中で高速回転を始めた。
射線上にいたゾンビは、直に短刀に触れるまでもなく、近づいただけでバラバラに切り刻まれる。
そのままグールマザーに直撃。
ぐじゅるるるるるっ! と肉と液体を飛び散らせながら、相手の肉体をぐちゃぐちゃに刻んでいく。
だがずっとは続かない。
数秒も立つと短刀は消え――グールマザーはまだ健在だった。
でもかなり弱ってる。
他のスキルだと連発しないと全然倒せなかったし、威力はかなり高いと見て良さそうだ。
でもイリュージョンダガーと比べると弾速が格段に遅いため、遠い敵を狙っても簡単に避けられるだろう。
「とっとと死んでねー。よーいしょ、っと」
私はぐさぐさとドリーマーを突き刺し、虫の息だったグールマザーにとどめを刺す。
そして続けてスマホを操作し、スキルを習得する。
【ブラッドピルエットLv.3】
【残りスキルP:2】
よし、これでさらに上のスキルが――ん?
あっ、また前提スキルにイリュージョンダガーがある! しかも今度はLv.5!
何でこっちを要求してくるかなあ。
ってことは、あと1レベル上げないと習得できないんだ。
ま、どうせグールマザーはまだまだへばりついてるんだけどさ。
私は次の敵に近づくと、今度はイリュージョンダガー、スプレッドダガー、パワースタブ、デュアルスラッシュと連発して何とか1匹のマザーを倒す。
『モンスター『グールマザー』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが31に上がりました!』
計算通り。
これでスキルポイントが3になったから、新しいスキルを習得できる。
【イリュージョンダガーLv.5】
【デュプリケイトデュオLv.1】
【所持している短刀と全く同じ性能を持つ複製を作り出す】
【残りスキルP:0】
というわけで覚えたわけだけど――スキルの能力、ただ複製するだけ?
「デュプリケイトデュオ!」
まずは使ってみる。
すると書かれていた通り、私のドリーマーが二つに分裂して、空いていた左手に握られた。
要は二刀流にできるってことか。
試しにぶんぶんと振り回してみる。
元々刃物の扱いなんて得意ではなく、たぶんこの力のアシストを受けつつ、何となくで使ってたけど、二刀流でも同じ感じで行けそう。
でもなあ、ただ増えただけじゃあんまり嬉しくないっていうか。
結構なポイントをつぎ込んだんだし、何か特殊な力とかあってもいいと思うんだけど。
そんな愚痴を心のなかでつぶやきつつ、私は前方から近づいてくるゾンビの群れを見据えた。
腰を低く落とし、相手に高速接近。
自分でも驚くほどのスピード感に、まるで影そのものにでもなった気分だ。
ゾンビ程度では私の接近に反応などできるはずもなく、軽く首を刈られる。
くるりと回って倒れ込むゾンビを避け、その後ろのゾンビも斬り伏せる。
そして飛び上がって、頭上から別の敵に二本のダガーをぐさり。
こんな調子で、スキルすら使わずに、群れを一気に一掃。
確かに化物を倒すスピードは上がった気がする。
そして最後に、その群れを吐き出したグールマザーの前に立ち、ちょうどクールタイムが終わったスキルを放つ。
「ブラッドピルエ――ん?」
投擲系のスキルは、投げると言っても本物のドリーマーを投げるわけじゃない。
握ってるナイフが勝手に複製品に入れ替わってて、投げたらすぐ元のドリーマーを握ってる、みたいな感じ。
だけど今、私はその複製品を“両手”に握っていた。
「もしかして、この二刀流って」
説明が不親切なのは今に始まったことじゃない。
私は
すると、その両方が高速で回転をはじめ――グシャァァァッ! と先ほど以上の激しさで化物の血肉をぶちまける。
「おおぉぉ……!」
私は思わずパチパチと拍手をした。
舞い散る血しぶきは花火のように見えないでもない。
でも私が感激したのはそこではなく、つまりこの“デュプリケイトデュオ”というスキル、他の攻撃スキルの攻撃数も倍にできるということだ。
「こういう必須スキル、攻略サイト見ないと見逃したりするんだよねえ」
大量のスキルポイントを使ったかいがあったというもの。
そうこうしているうちに、ブラッドピルエット1発でグールマザーは絶命していた。
新たなスキル習得により勢いづいた私は、さらに加速していく。
◇◇◇
それから私は、かれこれ二時間ほど戦い続けた。
ひたすらにゾンビを倒し、グールマザーを屠り、そして時折現れる見覚えのない化物も踏み越える。
この繰り返しの果てに、私は目の前のゾンビの群れの向こうに立つ人影を発見した。
「依里花、そこにいるのか!」
向こうの方が先に私に気づいたようで、真恋がなぜか嬉しそうに私に声をかけた。
気持ちはわかる。
けど油断してるよね、あれ。
真恋もすぐにそれに気づいたのか、「あっ」と声を出したあとに無表情を強引に作った。
「こいつらを倒して合流するぞ、麗花!」
「素直になれない姉妹だねえ」
「うるさい!」
「照れ隠しされても微塵も可愛くないんだけど?」
「だそうだ。妹ポイントを稼ぎ損ねたね真恋」
「後で本当に斬ってやるからな、覚悟しておくのだな!」
どうやら二人とも軽口を叩く余裕はあるらしい。
残った相手はゾンビだけだしね。
あっという間に化物は撃破され、ようやく私たちは顔を合わせる。
「ふぅ、やっと開通だねえ。一人でここまで来るなんてやるじゃないか、依里花先輩」
ここは保健室と1年E組を繋ぐ廊下のちょうど真ん中。
こっちは一人、向こうは二人なんだから、本来は真恋たちの方が早いはずだもんね。
「私たちの教室は保健室と違い、完全な端にあるわけではないからな。教室前の敵の掃討に手間取ってしまった」
「負け惜しみー」
「正当な反論だ!」
「はは、こんな場所で喧嘩なんてやめてくれよ? ところで、これからどうするんだい」
「あのグールマザーという化物を一体でも減らすしかあるまい。せめて外周の廊下ぐらいは駆除しておきたいところだな」
「内側は迷路みたいになってるから無理だよね」
おそらくグールマザーの発生数自体は、内側の方が多い。
だがそれらを倒しているうちに、さらに強い化物が出現してしまうだろう。
「厄介だよねえ、この状況。私たちがグールマザーを倒したところで、他の個体が吐き出したゾンビが進化して、明後日ごろにはそいつら自身がグールマザーになってる」
「他の進化体も徐々に強力になっている。具体的なタイムリミットがあるわけではないが、実質的に連中の進化速度が制限時間ということだろうな」
「最低限の安全だけ確保して、あの階段を開く方法が見つかることを祈るわけだね」
「不満か?」
「いや、そこに関しては私も他に良いプランが思いつかないから。私より頭がいい二人が話し合っても見つからないんなら、私一人でどうにかなるわけないもん」
「はは、学業の成績と非常事態での判断に相関は無いよ。さて、どこから倒しにいこうか。1年E組側の廊下? それとも保健室の前から伸びる廊下かな」
「私としては――む」
リラックスしていた真恋だったが、彼女の視線が突如として険しくなる。
そして彼女は手にした日本刀を私の方に向けた。
「気をつけろ、後ろだ!」
振り返った私の視線の端に、黒い塊が見えた。
真恋はそれを刺し貫こうとしている。
瞬間、私は――
「ぐぅ」
という鳴き声を聞いた。
そしてとっさにナイフの刃で真恋の日本刀を押し上げる。
「何をしている依里花ッ!」
怒声が響く。
そうしている間に、私の肩に柔らかくて生ぬるい物体が乗っかった。
やっぱそうだ。
昨日、教室で見かけたあの黒いスライム――今は拳ぐらいの大きさになってるし、元気なさそうだけど。
「この子は敵じゃないから、大丈夫」
「馬鹿な、どこからどう見ても人間ではないぞ」
「黒くてぷにぷにしてるねえ。珍妙な生き物だ。ゾンビたちとも違う。真恋、あれじゃないかなあ。私たちが最初に見かけた毛色の違う生き物たちの仲間」
「麗花がオークと呼んでいたブタの化物か?」
「私はゴブリンとか、死体を食べるイーターとかいうやつ見かけたよ。てかあそこにいるし」
真恋たちの背後、遠くでゾンビの死体を貪るイーターの姿があった。
相変わらず掃除屋として働いてくれているらしい。
「私が思うに、この子らは私たちと同じように違う世界からこの校舎で起きた異変に巻き込まれたんじゃないかな」
「確かに扉の向こうには、滅びた世界がいくつもあったが……その住人ということか」
「ちなみにこの子、意思疎通できるみたいだから」
「日本語がわかるっていうのかい?」
「たぶんね。肯定はギィ、否定はグゥで答えるから質問してみる?」
「ならば聞こう。なぜここに来た、依里花を探していたのか?」
「ギィ」
弱々しい声でスライムは答えた。
「なるほど、助けを求めるためだな」
「ギィ、ギィ!」
最低限の質問で答えを引き出す真恋。
これを聞いて私も理解した。
「このゾンビの群れに襲われてるの?」
「ギイィ……」
震えた声で返事をするスライム。
泣いているようにも聞こえた。
別に助ける理由は無いけれど――
「ギィ、ギィ! グウゥ……ギィ!」
「随分と必死だねえ」
「それだけ危険な状況だということだろう。どうする、依里花。貴様が決めるといい」
どうせ廊下の掃除はしないといけないんだから。
その途中にある教室に立ち寄るぐらいはできる。
「保健室の前の廊下を優先したいな。お菓子を貰った義理もあるからさ」
私がそう言うと、スライムは「ギイィィぃぃ……」と満足げに鳴いたあと、手のひらの上でどろどろに溶けてしまった。
「死んでしまったようだね」
「文字通り命がけか」
「元の大きさを考えると、人間で言うと残った手だけで助けを求めにきたようなもんだからね」
ちょっと言葉が通じるだけで、他の化物と大差はない。
何なら最初は襲ってきたわけだし。
けど、そんな相手でも、ただの液体と化した亡骸を見ていると、ちょっと悲しいと感じてしまった。
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