第18話 壊滅的ホームシック
「なぜ笑う? 生贄にされるために育てられたと言ってるんだぞ!?」
私が笑うと、案の定、真恋は戸惑いながら声を荒らげた。
私が彼女に抱く悪いイメージが壊れていく。
真恋は私の人間的な一面を見て驚いていたけど、私も同じ気分。
弱みを見れば、その人の人間性は理解できる。
「だってそこまで悪どいことやってるなら、殺されたって文句言えないじゃん」
真恋はありがたいことに、私の行為に意味をくれた。
何の罪もない人間にあえて不幸な境遇を与え、憎しみを溜め込んだところで殺し、生贄にする。
そんな悪行、裁かれて当然だ。
「両親もそう。学校の連中もそう。意図的にやってたっていうんなら、もう言い逃れはできない。そんな外道ども、死んで然るべきだッ! 真恋だってそう思うよねぇ? ねえ!?」
思わず声が裏返るぐらい、私は舞い上がっていた。
それとは裏腹に、真恋の声は弱々しくなっていく。
「それでも人を殺すのは――」
「間違ってるっていうんなら他の方法を教えてよ。説得する? 助けを求める? 通報でもしてみる? 全部無駄なこと、私はもう知ってるけど!」
だって全て試したから。
誰も助けてくれないことを私は知っているから。
「殺すなって言うのはさ、私に死ねって言ってるのと一緒なんだよ。これはもう可能性の問題じゃない。だって他でもない真恋が言ってくれたんだもん、お前の命は生贄として捧げられるんだぞ、って」
私が一歩前に踏み出し真恋に近づくと、彼女は一歩後ろに下がった。
どうして? 心の距離はこんなにも近づいているのに。
「そう怯えないでよ真恋。大丈夫、私は真恋に
集堂くんのときに痛感した。
私、同じ過ちは二度も繰り返さない。
「もしゾンビになってたら殺さないといけないでしょ? そのときに、ちょっと苦しめてやりたいだけ。これなら悪くないよね? 生贄にするようなやつらなんだもん、そうなったって何の問題もないよね?」
しかも人殺しは罪だという“常識”への配慮だってできてる!
これはもはや罪じゃない、優しさだよ!
介錯のついでに、ちょっとだけ恨みを晴らさせてもらってるだけ!
「真恋の中にある正義は何て言ってる? まだ、私は完全に間違ってるって言ってる? ねえ、ねえ真恋! 逃げてないで答えてよ、真恋ッ!」
迫れば迫るほどに真恋のこめかみに浮かぶ汗は増えていって、ついに彼女は目を背けてしまった。
負けだ。
君の正義は認めたのさ、私の正しさを!
「そこまでだ、依里花先輩」
ここで日屋見さんが割り込んだ。
今度は真恋を守るようにして。
「あれ、私を止めるんだ」
「協力すると決めたんだろう。味方を追い詰める必要はないはずさ」
「ごめんねぇ、久しぶりに姉妹で話せて浮かれてるのかも。普通の姉妹がどうやってコミュニケーションを取るのか知らないからさ」
ちょっと興奮しすぎたかな。
鼻血出ちゃいそうかも、反省反省。
「平気か、真恋」
「急に優しくするんだな」
「君が曇る姿は見たいが、曇りすぎると胸が痛む」
「……前言撤回だ、まったく優しくない」
相変わらず真恋には完全な味方はいないようで。
日屋見さんの存在はお互いにとって厄介だなあ、まったく。
真恋はしばし胸に手を当て、呼吸を整えた。
そして改めて私に向き合うと、少し悔しそうに口を開く。
「情けないものだ。私の正義は依里花を間違っていると言っているのに、否定する言葉が思い浮かばない」
意外にも、彼女はあっさりと負けを認めた。
その潔さはさすがというか、私としては気持ちよくないけど。
「正義くんってへたれなんだね」
「かもしれん。彼は親に逆らうことすらできない子供だからな」
肩をすくめ、皮肉っぽく茶化す真恋。
だがその顔色はまだ少し青白く、本調子には程遠いらしい。
「はぁ……麗花、すまないが一人で教室に戻ってもいいか」
真恋は甘えたような目で日屋見さんに頼み込む。
それに対し、日屋見さんは優しく微笑みを返した。
二人の信頼関係のようなものが垣間見えた気がする。
「構わないけど、どうせすぐに追いつくんじゃないかな」
「依里花を例の場所に案内してくれ、少し一人になる時間がほしい」
そう言って、一人で進んでしまう真恋。
どうやらこのまま1年E組に帰ってしまうつもりらしい。
「嫌われちゃったかな。いや、最初から嫌われてるか」
「依里花先輩は自分を落ちこぼれだと思っているようだけど――才能を真恋とは別の場所に割り振っただけかもしれないね」
「そうかな? 日常で役に立たない才能なんてゴミみたいなもんだよ」
真恋を追い詰めたことを言ってるんだろうけど、それだって色んな前提条件があるから成り立つことだ。
この世界。
この力。
本来はあり得ないものが、私の背中を押している。
「ところで例の場所ってどこ?」
「少し待っててくれ、“中”に入る必要があるからね、迷わないように場所を確認する」
スマホを取り出す日屋見さん。
画面を覗き込むと、黒の画面に白で描かれた、地図のような画像が表示されている。
中心には点滅する丸があり、地図の形を合わせて、現在位置を指し示しているように見えた。
「なにそれ?」
「持っていないのかい? 生産系スキルの『地図作成』だよ」
確かにそんなスキルもあった、名前だけは知ってる。
「あれって勝手にスマホに記録してくれるんだ。紙とかに書くのかと思ってた」
「パーティメンバーの位置の確認もこれがあってはじめて真価を発揮する。スキルポイントに余裕があるなら早いうちに取っておくといい」
素直に便利そうだと思った。
私はすぐにその場でスマホを取り出し、スキルを習得する。
【残りスキルP:4】
【地図作成Lv.1】
【自身が訪れたことのある場所の地図を作成する】
また新しい画面が増えてごちゃっとしちゃうけどね。
いいかげんにマニュアルとかチュートリアルがほしくなる。
「日屋見さんが持ってるってことは、真恋は地図作成を取得してないの?」
「いや、私たちは別行動することも多いからな、それぞれ取っているよ」
「ふうん。片方取ったからって共有はされないんだ」
「マスターとスレイブの関係なんだから、それぐらいしてくれても良さそうなものなにね」
マスターとスレイブ――日屋見さんはパーティの構成員のことをそう呼んでいる。
リーダーとメンバーという呼称に比べると刺激が強いというか、主従関係が強調されているように聞こえた。
「マスターがどうとかって真恋は嫌がってたけど、正式名称はどっちなの?」
「リーダーとメンバーの方だよ」
やっぱりそっちが正しいんだ。
真恋も嫌がるわけだよ。
「けれど私はマスターとスレイブのほうが相応しいと思っている。依里花先輩は回復系の上位スキルをチェックしたかい?」
「見たけど……あ、もしかしてリザレクションのこと?」
私もそのスキルの存在には引っかかっていた。
何せその効果が――
「対象のメンバー1人を蘇生させる、だよね」
というとんでもないものなのだから。
「よくわかんないんだよね、“メンバー”ってこれパーティメンバーのことでいいのかな」
「私はそう思っているよ。つまりスレイブは死んでも、マスターが生存している限り生き続けられるわけだ」
そんなものを使ったら、現状でも十分に人間離れしているけれど、ますます人から遠ざかってしまいそうだ。
「では、マスターが死んだらスレイブはどうなってしまうのか。例えば私が一度死んで、マスターである真恋に蘇生されたとする。そのあと真恋が死んだら、私はどういう状態になるんだろうか」
まるでゾンビのような状態。
意識はあって、意思はあっても、それは生前と同じものなんだろうか。
そう疑いたくなる気持ちはわかる。
「そう簡単に試せるものではないから、答えはわからない。私は正直、このパーティという機能自体を胡散臭いと思っているよ」
「じゃあ何でスレイブになったの? 自分の意思だよね?」
「真恋に命を握られていると思うと興奮するから」
ぶれいないなあ。
そういう答えが帰ってくるとは思ってたけど。
「ふざけているわけじゃないよ? 割と真面目な話さ。今のところ真恋は私を友人だと言ってくれるけど、完璧な人間というのは本心で何を考えているかわからないものだからね。繋ぎ止める手段としてはおあつらえむきじゃないか」
「真恋のこと本気で好きなの?」
「愚問だね」
日屋見さんは即答した。
この際女同士ということは置いとくとしても、趣味が悪いと思う。
「すでに両親には伝えているよ。心に決めた女性がいるとね」
「真恋には?」
「何も言っていない」
「そもそも付き合ってるの?」
「四桁は告白してすべて断られている」
趣味だけじゃなくタチも悪い。
しかもなぜか誇らしげだった。
「だが突破口は見えた。貴女のおかげだよ依里花先輩。いや義姉さんと呼んだほうがいいかな」
「いつか真恋に斬られると思うよ」
「ははは、彼女の刃が私の体に埋没するというのも悪くはない!」
行くところまで行ってるなあ。
とか言いながら、私も夢実ちゃんになら殺されてもいいとか思ったことはあるけどね。
いっそお互いに殺しあった方が楽なんじゃないか、って。
令愛はどうだろう。
一緒にいると夢実ちゃんと同じような感覚になるけど、彼女は殺してほしいとは思わない。
何が違うのかな。
「貴女も恋をしているんだね」
気づけば日屋見さんの顔が目の前にあった。
無駄に整った顔が、私の瞳を凝視する。
「は?」
「そういう目をしていたよ。自分の顔を鏡でよく見るからね、恋する乙女の目には詳しいんだ」
「いや、恋とかそういうんじゃないって……頭ん中がぐちゃぐちゃになってるだけ」
「恋という自覚すら無いと」
「そういや、日屋見さんたちと会う前に遭遇した生存者の話、まだしてなかったよね」
私は強引に話を変えた。
これに関しては話を聞かない日屋見さんが悪い。
「その言い方、保健室に連れ帰ったわけではないようだね」
「逃げられたから」
「依里花先輩を撒くということは、その人物も何らかの力を?」
「魔法みたいなのは使ってた。自称アドラシア王国の女王様を名乗ってる変なやつだったよ」
改めて思い出してもため息しか出て来ない。
あいつは一体何なんだろう。
「名前はネムシア・アドラーク。けどその顔は、夢実ちゃんにそっくりだった」
「夢実ちゃん?」
「この街から出ていった私の元親友」
「元、か……」
あまり深掘りしないほうがいいと思ったのか、夢実ちゃんに関しては、日屋見さんはそれ以上追求してこなかった。
「アドラシア王国などという国はこの世界に存在しない。やはり数多の世界が混ざり合っている説が濃厚か」
「日屋見さんぐらい頭が良くてもその結論なんだ」
「荒唐無稽と言われようとも、それ以外に考えようがない。呑み込まれた世界は、大地が腐り、生命も腐り、やがて無へ還ってゆく。これがカイギョの壊疽と呼ばれる現象なのだろう」
「カイギョと
「その二つに共通点は見いだせないな。名称は違えど同一視される存在、というのは神話でありがちではあるけどね」
だけどそれは、共通点が多くあるからこそ同一視される。
まったくの別物が一緒になるわけがないのだ。
「ひとまず、ネムシアという人物に遭遇したら貴女に連絡するよ。後でスマホの連絡先を教えてくれるかな」
「そっか、普通にスマホとしては使えるんだ」
「今のところ、校内にいる人間同士なら問題なく連絡できるみたいだ。まあ、戦う力を持っているのなら、できるだけ保護して協力を仰ぎたいところだね」
「なぜかうちの学校の人間を信用してないみたいだったから、話が通じるかはわからないけど」
今になって思えば、ネムシアが学校関係者を疑ってたのって、もしかして戒世教のこと知ってたからなのかな。
生き残ってる教師に追われたとか、襲われたとか、そういう事情があったのかもしれない。
「さて、目的地に到着だ」
色々と話しているうちに、私たちは奇妙な壁の前に到着していた。
白い学校の壁とは明らかに違う。
そこにあるのは、生きているようにうごめく、赤い肉の壁だった。
「これ、人間……? ところどころに制服みたいな布が混ざってるってことは、光乃宮の生徒なのかな。それが、引き伸ばされて壁にされてるってこと?」
「おそらくはね。しかも複数名ではなく一名の可能性が高い」
「口はいくつもあるように見えるけど」
しかもその口は、声は出てなけど、何かを訴えるようにぱくぱくと動き続けている。
「パーツの形や歯並びなんかがどれも一致してるのさ。壊疽とやらは複製ぐらいお手の物だからね。依里花先輩も見ただろう、あのケルベロスという化物を」
「気持ち悪いし噛まれるしで最悪だった」
「はは、私たちも苦戦したよ。ちなみにこれはただの壁じゃない。ほら、ここの隙間から奥が見えるんだけどね」
日屋見さんが指を指した隙間を覗き込む。
「階段だ!」
「ここを突破できれば、ひとまずこのフロアからは脱出できる」
逆に言えば、この生徒の肉で作られた壁は、二階への脱出を妨げているわけだ。
「しかも踊り場の壁には自然光が当たってる。ひょっとすると、そのまま外に繋がっている可能性もあるよ」
「あんまり希望は持たない方がいいと思うけど」
「モチベーションは大事さ」
「裏切られるのが怖くないのは、自分に自信がある人間の特権だね」
「そういう考え方もあるか。参考になるよ、覚えておこう」
「ところでこれ、壊せないの?」
「私と真恋で全力で攻撃してみたが、びくともしなかったよ。試してみるといい」
私はパワースタブとスプレッドダガーを続けざまに放ち、肉壁の破壊を試みる。
しかしまるでゴムにぶつかっているように、斬撃は弾かれてしまった。
「ぜんっぜん刃が通らない」
「だろう?」
「単純に力不足なのかな」
「それとも別に突破する方法があるのか……」
ただ強くなるだけで突破できるなら、わかりやすくていい。
しかしどうにも私には、そんな単純な話には思えなかった。
私はしばらく壁を観察する。
するとある部分に、白い破片が突き刺さっていることに気づいた。
「このプラスチック片、割れた名札かな」
試しに引っ張り出そうとしたけど、肉がへばりついて取れない。
見える部分だけで読み取るしかないらしい。
「数字の3……3年? こっちは漢字の島……」
「余白の大きさからして、島は名字の1文字目だね」
そのとき、私の頭にある名前が浮かんだ。
その漢字を頼りに、他の破片に記された線と線を繋げていくと――完全ではないものの、四文字の漢字になる。
「島川優也……」
自殺した七瀬さんを庇い、自らもいじめられてしまった、島川大地の従兄弟。
ふいに、私は昨晩聞いた不気味な少年の声を思い出す。
『いえにかえして』
『おとうさん、おかあさん、かえして』
『おうちに、かえりたい』
壁の一部となった口の動きは、それらの言葉と完全に一致していた。
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