第14話 廃材の城

 



 目の前に立ちはだかる、ぶくぶくに太った巨大なゾンビ。


 その身長は立っているだけで天井に触れるほどで、太さも廊下の半分ほどを埋め尽くし、通せんぼするほどだ。


 しかしその片腕は千切れ、もう片方も皮一枚でつながっているような状況。


 さらには右太もももえぐれているため、膝を付き、まともに歩けなくなっていた。




「スプレッドぉ……ダガーッ!」




 私は2メートルほど離れた場所で、ようやくクールタイムを終えたスキルを放つ。


 複製されたダガーが飛翔し、ゾンビリーダーの進化系である“グール”の頭部に突き刺さる。


 そして内部で刃が分裂すると同時に、その頭はパァンッ! と血しぶきを撒き散らしながら弾けた。


 だがその直後、倒れた肉塊の向こうから黒い影が飛んでくる。


 それは、長く伸びた脊椎で繋がれた人間の頭部――のようなものだった。


 “本体”はゾンビウルフの進化系である……なんかよくわからない生き物。


 要はスパイダーと異なる進化を遂げた個体で、生えていた頭がいくつにも増えて、それを飛ばして攻撃してくるとびきり気味の悪い化物だった。


 私は体をのけぞり、噛みついてくるその頭部を回避し、接続している脊椎をドリーマーで斬り砕く。


 しかし、切っても切っても少しすると、その先端から新しい顔が生えてきた。


 どっかの国民的ヒーローでもリスペクトしてんのかな。


 さっきまでは、グールの背後からこいつが首を飛ばしてきて面倒なことこの上なかった。


 でも単体なら避けられる、近づける、切り刻める!




「いい加減にっ! 死んでしまえぇぇぇえっ!」




 グールを倒すのにスキルを使い切っていたので、とにかく突き刺した。


 胴体の見た目はそんなに変わってないのに、ゾンビウルフより硬くなっているのが憎たらしい。


 でもその分、私も強くなってるから、突き立てた刃は無事に心臓まで到達し、相手を殺すことができた。




『モンスター『ケルベロス』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが22に上がりました!』




 そんなかっこいい名前なんだあいつ。


 首いっぱい伸びるマンとかいいよ、キモいんだし。


 何はともあれ、道を塞いでいた化物どもはこれで全て倒すことができた。


 夢実ちゃんを探したいところなんだけど――先にやるべきことがある。




「寒いし重いし最悪……ただ痛いだけのほうがマシじゃん……」




 さっきのケルベロスに数回噛まれてしまったのだ。


 あれもゾンビの仲間に違いは無いわけで、噛まれた腹部の制服をめくると、青い痣が広がっているのが見えた。


 ステータスの画面にもきっちり【状態異常:ゾンビ化】と付け加えられている。


 でもちょっと安心した。


 これが状態異常扱いということは、治す手段も用意されているということだから。


 まあ貴重なスキルポイントを使うわけだし、覚えるのが後回しになってしまったのは仕方がない。


 まずはヒーリングのレベルを上げて――




【残りスキルP:6】

【習得スキル】

 ヒーリングLv.3




 げ、消費MPが3から5に上がってる。


 魔法はレベルを上げると消費も増えてくんだ。


 それでもプラスになるぐらい威力も向上するんだろうけど。


 んで、これでヒーリングの上位スキルを覚えられる。




【残りスキルP:5】


【キュアLv.1 消費MP:5】


【状態異常を回復させる】




 回復役のキャラがよく覚えるやつだ。


 でも、Lv.1で思ったより消費が多かったな。


 さっきの戦闘でMP使っちゃったから、残りは5でギリギリだった。


 体に手をかざし、「キュア」と唱えると、放たれた光が体内でうごめく青い痣を消し去っていく。


 体温が戻り、体の重さも消えた。


 ほっと一安心。


 息を吐き出し――私はすぐに前を見据えた。


 確か、横にある教室に夢実ちゃんらしき人物は入っていったはず。


 正直言うと、開きたくない。


 ここは普通の教室ではなく、校舎の拡張によって生じた“存在しない”教室。


 上に設置されたプレートには読めない文字が綴られている。


 赤い廊下ではこういう扉からゾンビたちがわらわら出てきたし、まともな場所につながっているとは思えない。


 けど、あの子を逃がすわけにはいかない。


 私は閉じた扉に手をかけると、「ふうぅ」と一呼吸置いて、一気に開いた。




「なにこれ……」




 思わずそう呟いた。


 目の前には――広大な砂漠・・が広がっていた。


 本当にどこまでも続く砂漠で、乾いた風が私の頬を撫でる。


 だが空に太陽は無く、どんより緑色に濁っている。


 雲で覆われているわけではなく、空そのものが青なのだ。


 そして地面を埋め尽くす砂も、海岸などで見るものよりも薄暗い色をしているように見えた。


 私はしゃがみ、その砂を手に取る。


 やはり、明かりの点いた廊下のほうに持ってきても、砂はまるで死体のような色をしている。


 砂漠には生命の気配がなく、ただただどこまでも死の大地が広がっているばかり。




「死んで……いや、腐ってる・・・・




 私は直感的にそう思った。


 さらに、遠くに見える地平線に目を凝らしてみると、うぞうぞと黒い何が蠢いている。


 黒い物体の奥には何も無い。


 ただただ漆黒の無があるばかり。


 まるでその黒が世界を食らっているようにも見えた。




「世界が腐り落ちて……滅びていく……」




 カイギョの壊疽・・


 意味の分からないあの言葉と、私が見ている今の光景には共通点があるように思えた。


 だが、目的はこの空間の観察ではない。


 夢実ちゃんの探索だ。


 あたりを見回してみても、それらしき姿は見当たらない。


 砂漠に入って探してみるか――そう思い、足を踏み出すと、同じ教室のもうひとつの扉が開いた。


 そこから金髪の少女が姿を表す。




「夢実ちゃんっ!」




 私は慌てて彼女を追うも、またしても隣の教室に入ってしまった。




「逃げないでよ、夢実ちゃん!」




 開きっぱなしのドアに飛び込む。


 そこにあったのは、無数のビルが乱立する雑多な街並みだった。


 足元に床はなく、下手に踏み出せば、数十メートル下まで真っ逆さまに落ちてしまう。


 思わず咳き込むほど空気が悪く、そして地上には人間らしき生き物の姿も確認できたが――




「……あの人たちも腐ってる」




 肌がぐずぐずに崩れ落ち、救いを求めるように必死に手を伸ばし、地面を転げ回っている。


 そんな人が何人も、何人も――ゾンビとは違い、知性は残っており、まるで未知の病に冒されたように見えた。


 そして、またしても扉が開く音が聞こえる。


 すぐさまそちらに視線を向けると、なぜか3つ向こうの扉から夢実ちゃんが現れる。




「なんでそんな離れた場所に出てくるのっ!」




 私と夢実ちゃんの追いかけっこはしばらく続いた。


 そのたびに、私は扉の向こうにある様々な世界を目撃する。


 枯れ果てた灰色の森。


 死に絶えた赤黒い海。


 天地を忘れ落下し続ける大地。


 星すら存在しない虚空が延々と続く宇宙。


 象形文字に似た何かが刻まれたキューブの浮かぶ無機質空間。


 幾何学模様に分解された人間たちが、私を仲間に引き込もうと迫る終わった世界。


 どこもかしこも、ひと目見てわかるぐらいに滅びていた。


 私たちのいる“ここ”の未来の姿のようにも見えた。


 そんな世界となぜ扉越しに繋がっているのか、考えたところで私には理解が及ばない、壮大する疑問だ。


 だから私は考えないことにした。


 ひたすら夢実ちゃんを追い続けて、追い続けて、途中で相手が明確に逃げていることに気づいたので、さらにムキになって追って。




「やっと捕まえたっ!」




 ようやく、私の手は彼女の肩を掴んだ。


 同時に、触れられたことで幻覚の可能性が消えたことに安堵する。


 夢実ちゃんは不機嫌そうな顔でこちらを向くと、私が手にした歪曲した短刀――ドリーマーに視線を向けた。




「私が危害を加えると思ってるの? ははっ、それだけ恨まれてる自覚があるってことだ」


「何を言っているのか理解できぬな」




 ようやく聞けた夢実ちゃんの声。


 そう、やっぱり声だって彼女そのものだ。


 だけど――喋り方が妙に物々しい。




「先ほどからユメミチャン、ユメミチャンとわけのわからぬ名前で我を呼んでおったが、人違いであるぞ」


「変な口調で喋って。ふざけないでよ」


「ふざけてはおらぬ。平民であるお主が、我の高貴な喋り方に驚くのは仕方のないことだ」


「……本当に何を言ってるの?」




 観察すればするほど、胸に手を当てる仕草や、表情の動きは夢実ちゃんと別人だ。


 だけど顔は間違いなく、見間違えるわけないぐらい完全に夢実ちゃんそのもので、声だって一緒。




「夢実ちゃんだよね。双子だなんて聞いたこと無いし、ここまでそっくりの別人なんているわけがない!」


「名乗ってもよいが、まずは身分の低いそなたが先に名乗るべきではないか」


「身分って――はぁ、わかった。私は倉金依里花。光乃宮学園に通う二年生」


「学園……そうか、ここは学び舎であったか」


「ほら、名乗ったんだから教えてよ。あなたが夢実ちゃんじゃないなら、一体誰なのか」




 夢実ちゃん――ではない誰かは、不遜に笑うと『ありがたく思え』と言わんばかりの得意げな顔で自らの名を告げた。




「我が名はネムシア・アドラーク。偉大なるアドラシア王国の女王である!」




 やたら通りのいい声が、廊下に響き渡った。


 近くに化物がいなくてよかった、これだけ聞きやすいと反応して寄ってきちゃいそうだから。




「どうした、敬ってもよいのだぞ?」




 首を傾げ、私を挑発する自称ネムシア。


 演技という雰囲気でもない。


 これは本当に……夢実ちゃんとは、別人ってこと?




「黙るでない。我に名乗らせたのだから何か話せ」


「その……アドラシア王国ってのはどこにあるの? 北海道? 本州?」


「ホッカイドー……ホンシュウ? そのような地名は知らぬな。アドラシア王国は大陸の統一に成功した。つまり大陸そのものが王国である」




 ネムシアは誇らしげにそう語った。


 彼女の説明を信じるなら、海外……いや、ひょっとすると別の世界にあるアドラシア王国って場所から来たってこと?


 そういえば、明らかに日本人じゃないゾンビと何度も遭遇してる。




「ふむ、この場所はアドラシア王国の一部ではないのか?」


「日本にある光乃宮市って街だけど」


「ヒカリノミヤ……そのような場所は知らぬな」


「もしかして、この学校に最初に現れたゾンビたちは、アドラシア王国の民なの?」


「確かに我も、民と似た格好をした怪物に襲われた」


「あれを学校に持ち込んだのは、あなたたちの意思? それとも勝手に起きたこと?」


「はっ、誇り高き我が王国が、そのような下賤な真似をするとでも? 疑うことすら罪であるぞ」


「そう言われても、実際にゾンビになった人にこっちは襲われてるんだけど」


「その答えを知っておるのなら我とて困っておらん」


「困ってるんだ」


「独り言を勝手に聞いたな!?」


「いや聞こえてきたし……


「平民よ、言わせてもらうがな」


「依里花」


「ふん、よかろう名前で呼んでやる。言っておくぞ依里花、我はお主たちを信用しておらん」


「それはこっちのセリフなんだけど」


「ふはは、面白いことを言う。そのような物騒な刃物を手に、ユメミチャンと別人の名前を呼びながら追いかけられた身にもなってみよ!」


「それは……ごめん」




 確かに客観的に見ると、とても申し訳ないことをした気はする。


 でも話は今だって、ネムシアと夢実ちゃんが完全な別人だとは信じきれていない。


 だってあまりに似すぎているんだもん。




「ふん、ようやく自分が不審者だと自覚したか。加えてその衣服を纏っているということは、この学舎の関係者なのだろう? その時点で信用に値せぬな」


「学校に不信感を……もしかして、戒世教や曦儡宮のことも知ってるの!?」


「やはり仲間か」


「違う、私は敵対してるの!」


「信用できぬと言った。これ以上話すつもりはない」


「待ってよ、私にはまだ聞きたいことがッ!」




 食いかかる私の前に、突如として白い玉が現れた。


 次の瞬間、それは激しい光を放ち、私の視界を埋め尽くす。


 正常に周囲が見えるようになる頃には、もうネムシアの姿は無かった。




「スキルを発動した様子もなかった……はは、あれが本当の魔法ってやつ?」




 だとしたら、ネムシアは本物の異世界人だっていうの?


 あれだけ夢実ちゃんと似ておいて。


 匂いも、感触も、体温も、私が記憶している全てと一致しているというのに。




「まだそう遠くには行ってないはず」




 彼女は明らかにこの学校に関する何かを知っていた。


 捕まえて聞き出さなければ、何としてでも!


 近くに曲がり角はなく、逃げ込めるとしたらあの異空間に通じている扉。


 私は近くの教室の扉に手をかけた。


 現状、変な空間につながっていることはあっても、向こうから襲われることはあまり・・・無い。


 今までがそうだったのだから、今回だってよほど運が悪くなければ――




『ギィ?』




 扉を開いた瞬間、私と彼ら・・の目が合った。


 いや、彼らには目はなく、顔は真っ黒だったが、視線がこちらに向いていることはわかった。


 そこは左右反転・・・・していることを除けば、普通の教室だった。


 教壇があり、いくつも机が並んで、人間の形をした生徒がそこに座っている。


 だが人間なのは形だけ。


 そこにたのはスライムのように波打つ材質の、宇宙を思わせる黒色の化物たちだった。




『グゥ、グゥ、グゥ!』




 彼らは独特の鳴き声をあげながら、椅子を倒し勢いよく立ち上がる。


 そして私のいる教室の出口に全速力で殺到した。




「ついてないな今日の私っ!」




 基本的にいつもついていないので、“今日の”と言えるのは進歩した証かもしれない。


 なんてらしくない前向きなことを考えながら、私は全力疾走でその場から逃げた。



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