第15話 愛と血液の色は似ている

 



 私の背後には、「グゥ!」「グゥ!」と怒ったように声をあげ、ぺたぺたと地面を叩きながら追いかけてくる化物の姿がある。


 ゾンビと違ってどれぐらいの強さなのかも判断しづらい。




「まずは力試しで……イリュージョンダガー!」




 振り返りざまに刃を投擲する。


 ダガーは先頭の個体に突き刺さり、その衝撃でぐにゅんと全身が震えた。


 見た限り、大したダメージが与えられているようには見えない。


 イーターと同じで、魔法が弱点なのかもしれない。




「グゥっ!?」


「グ!」


「グウゥゥ!」




 だがそんな印象とは裏腹に、他のスライムたちは驚いたように大げさな声をあげ、足を止めた。


 顔は見えなけど、困惑して、混乱しているように見える。


 そしてダガーが突き刺さった個体に心配そうに寄り添った。




「思ったよりも感情豊かな化物だなあ……しかもあんま強くなさそうだし」




 そもそもあれ、ゾンビとかと同じ化物なんだろうか。


 物は試しだ。


 私は彼らに一歩近づいた。


 すると『グゥゥゥッ!』と怯えたような鳴き声を出し、向こうも一歩後ずさる。


 さらに一歩、また一歩と近づくたびに群れは後退していき、そして私が前かがみになると――




『グウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!?』




 と大騒ぎしながら逃走し、元いた教室に戻っていってしまった。




「変な化物……」




 まるで私の方が化物みたいだ。


 あながち間違いでもないけど。


 そのまま彼らを追っかけ、私は教室にひょっこりと顔を出す。


 スライムたちは部屋の隅っこに身を寄せ合い、一つの塊みたいな姿になっていた。


 そして私を見て、体を震わせながらめちゃくちゃ怯えている。


 教室に入る。


 うん、罠は無い。


 そのままスライムの塊に近づく。


 油断させて襲いかかる、ということもなく、ここまで来ても彼らは怯えているだけだった。


 弱い者いじめみたいで、攻撃するのがかわいそうになってきた。




「もしかして人間を襲う化物じゃないの?」




 たぶん通じないだろうけど、話しかけてみる。


 すると塊からにゅるんっ、と一体だけ個体が頭を出し、




「ギィ」




 と答えた。


 ひょっとすると私と受け答えをする代表者ってことなんだろうか。


 ギィとグゥ、二種類の鳴き声があるみたいだけど、何か意味があるのかな。




「私の言葉が理解できてるってことでいい?」


「ギィ!」


「……あなたたちは人間?」


「グゥ」


「あなたたちは人間じゃない?」


「ギィ」


「あなたたちは私の敵?」


「グゥ」


「もう私を襲わない?」


「ギィ! ギィ!」




 これは――どうやらギィが肯定で、グゥが否定という意味らしい。


 驚いた、本当に人間の言葉が通じる化物がいるなんて。


 まあ、ネムシアもあの感じだと別の世界からやってきた感じだったし、人間以外の生き物がいてもおかしくはない、のか。


 そう考えると、“壊疽”であるゾンビと明らかに雰囲気が違うゴブリンやイーターは、他の世界から飛ばされてきた生物?


 私の暮らすこの世界にも、人間に危害を加える動物と、そうではない動物がいる。


 このスライムたちからは悪意や殺意らしきものは一切感じないし……嘘をついてるわけでもなさそうだ。


 人間以外に、私のこの感覚が通用するかはわかんないけど。




「ギイィ……ギィ!」




 代表者のスライムはっ、にゅるんっと塊から抜け出すと、机の横にぶら下げられたバッグから何かを取り出す。


 それを私に手渡した。


 袋に入ったチョコレートだった。




「これを、私に?」


「ギィ!」


「えっと、友好の証みたいなものってこと?」


「ギィ!」




 私がチョコを受け取ると、今度はスライムがにゅるんと私の方に手を差し出す。


 しっかり五本の指がある、人間と同じ形状をしていた。


 恐る恐る握り返すと、にゅるっと握手が交わされた。


 その直後、塊になっていたスライムたちがばらけ、ずらりと一列に並んでぺちぺちぺちぺち! と拍手をする。




「ギィィィ! ギィ!」


「ギィ! ギィ!」




 よくわからないけど、喜んでいるらしい。


 もしかして同盟を組んだとか、そんな感じ?


 まあ相手が襲ってこないならそれでいいんだけど……。


 これ以上ここにいても仕方がなさそうなので、私は教室から出た。


 室内からは、私がいなくなっても拍手の音が響き続けていた。




「下手すると、化物と戦うより疲れたかも……ネムシアにも逃げられちゃったし」




 精神的、肉体的な疲労感に軽く肩を落としながら、私はとぼとぼと校舎の探索を再開した。




 ◇◇◇




 保健室とは逆の突き当りに到達するまで、一時間以上かかった。


 化物を倒しながらとはいえ、今の私のスピードだと10km以上は移動したはず。


 だがその中に、外に繋がる出口は無し。


 幸い、突き当りには調理実習室があったので、そこから調味料を大量に拝借しておいた。


 実習室を出て左手にも長い廊下があり、化物たちがわらわらと蠢いている。


 おそらく現在の校舎は広大な正方形になっているのだろう。


 今のところ、道を把握できたのは保健室と調理実習室を繋ぐ一直線の廊下と、保健室から右手に進む購買までの廊下。


 外縁だけに限れば、およそ三分の一強を探索できた。


 といっても調べるべき場所は外縁だけでなく、複雑に入り組んだ“正方形の内側”もある。


 化物たちがさらに複雑な進化を遂げ、対処できなくなる前に探索を終えたいところ。




「この広さを調べるのは、一人じゃ厳しいか……」




 私は顎に手を当て、保健室に向かって歩きながら考え込む。


 そのとき、後頭部のあたりに刺さるような殺気を感じた。


 化物のものとは違う、明確な“憎しみ”を持った強烈な気配だ。


 私は気づかないふりをして前に進んだ。


 片手には常にドリーマーを握っているので、迎撃に不安は無い。


 相手が仕掛けてきたら、振り向きざまにスキルを放つ。


 そのまま歩いて――私が前に足を踏み出した瞬間。


 殺意は実体のある刃となって、私に襲いかかってきた。




「ッ――!」




 音もなく、声もなく、私の喉元めがけて放たれる日本刀による刺突。




「デュアルスラッシュ!」




 私は振り向くと同時に斬撃を放ち、一撃目でその狙いを逸らす。


 そして二撃目でさらに刃を弾き、相手の体勢を崩した。


 濡羽色の髪が憎たらしく、美しく揺れる。


 犯人・・の目が一瞬だけ驚愕に見開かれる。


 だがすぐに殺意は再充填され、倉金真恋まりんは私を憎しみのこもった眼差しで睨みつけた。


 すぐさま私はパワースタブで追撃。


 真恋の眉間めがけてナイフを突き出す。




「新月」




 だが見えない何かが鈍い音とともに刃を弾き、刺突の軌道を変える。


 真恋は刀を振るっていないはずなのに。


 新月――真恋もスキルを使った?




「三日月」




 体勢を持ち直した真恋は、私の懐まで踏み込み刀を振るう。


 何の変哲もない縦の振り下ろし。


 だがそこからは三日月型の刃が放たれ――私はそこにぶつけるように、イリュージョンダガーを投げた。


 威力は同等。


 互いに打ち消し合い、攻防は次のフェイズへ。


 真恋は視認不能な速さで私の懐に飛び込んでくる。




「破月!」




 そこから放つのは、さながら抜刀術のような姿勢からの鋭い斬り上げ。


 今の体勢からだと防ぐしかない。


 けどこういうパターンにはもう慣れた。


 あれば“三段階目”のスキルだとするのなら、ただ防いだだけではもろとも斬り殺されるだけだ。




「ソードダンサーで……ッ!」




 まず一撃目で、真恋の破月と打ち合う。


 だが容易く弾かれ、まるで歯がたたない。


 しかし、ソードダンサーの便利な点は私の体勢に関係なく、近距離の望んだ場所に移動して次の攻撃を放つことができる点にある。


 私は真恋の背後に周る。


 彼女の斬撃は空振る。


 そして首筋に向かって二撃目――




「小賢しいッ!」




 だが真恋は左腕の手首でそれを受け止めた。


 刃は肉を裂き、骨の半分ほどを断って止まる。


 これで斬り落とせないということは――やはり彼女の肉体の耐久力は強化されている。


 だがソードダンサーはまだ終わりではない。


 真恋が振り返って反撃しようとしたところで、再び彼女の背後に移動し、三撃目――




「やらせるものかあぁぁぁぁッ!」




 気迫のこもった声とともに、真恋の周囲に十三本の刀が浮かんだ。


 宣言もしてないのにスキルが発動してる。


 私が知ってる以外に発動方法があるの?


 浮かんだ刀は、全てが彼女自身が振るったように鋭い剣筋で私に切りかかってくる。


 まず一本目、ソードダンスによる攻撃を防がれる。


 続けて三本の刀が異なる方向から斬撃を放つ。


 私はソードダンスの四撃目を完全に回避のみに使用し、刀の包囲網から脱出。


 幸いにも、一度振られた剣はそれで消えるらしい。


 そして破月ほどの威力はない。


 それでも怒涛の十三連撃だ、私は回避するので精一杯だが。


 一旦距離を取った私をめがけて、残る九本の刀が飛来する。




「スプレッドダガーならッ!」




 こういうときに有効なのがこのスキルだ。


 拡散する刃が、五本の刀を撃ち落とす。


 残り四本!




「ウォータ! ファイア!」




 両手を前にかざし、水と火の弾を同時に飛ばして二本撃墜。




「ついでにイリュージョンダガーッ!」




 一本を投擲で墜としたなら――最後の一本は、直にドリーマーで受け止める!




「ぐうぅぅ……結構重いッ!」




 スキルの一撃だけあって強烈、これ一つだけなら弾き返せる。


 よし、どうにか無傷でくぐり抜けた!


 けど、気づけば――




「死ね、依里花」




 真恋本人が、目の前にまで迫っていた。


 頭上にかかげられた刀がきらりと光る。


 そのまま刃は、私の首筋から肩のあたりに振り下ろされ――私はあえて、前に出た。


 どうせ傷なんてヒーリングで直せばいい。


 それに剣道と違って、殺し合いでは相手の竹刀に触れちゃいけないなんて決まりは無いんだから。




「ふ、ぐっ……!」




 ずしりとした鈍い痛みが肩に走る。


 冷たい感覚がぞぶりと沈み、ゴリッと骨を抉った。


 でもそこまでだ。


 真恋は腕を掴まれ、それ以上刀に力を入れられない。




「貴様、気が狂ったかッ!」


「先に殺ってきたのはそっちだよ、真恋!」




 互いに両手を使えない状況。


 私は大きく口を開くと、真恋の首筋に噛みついた。


 ゾンビ直伝――とでも言えばいいのかな。


 力を強化されているから、相手の肉を噛みちぎるのは容易かった。


 ぐちゅりとした感触と共に歯を肉に埋没させると、首を振り乱してブチィッ! とちぎり取る。




「があぁっ! このっ、人間未満があぁぁぁッ!」




 動脈を切られ、大量の血を吹き出しながら真恋は後ずさる。


 一緒に刀も引き抜かれ、私は口いっぱいになったクソまずい妹の肉をぺっと吐き出した。




『ヒーリングッ!』




 そして同時に、治癒魔法で傷を治療する私たち。




「姉妹だねェ、私たち!」


「お前などと血が繋がっていると思うと反吐が出る!」


「同感、真恋が妹じゃなければ私の人生、もうちょっとぐらいマシだったかも」


「マシになどなるものか。人の命を弄ぶお前のようなクズには地獄がお似合いだ!」


「もう十分地獄に生きてるよ!」


「ならば死んでさらなる地獄に堕ちろぉぉぉッ!」




 すかさず第二ラウンドが始まろうとしていた。


 姉妹が殺し合うのに理由はいらない。


 特に真恋なんて私みたいなゴミが同じ家に暮らしててずっとフラストレーション溜まってただろうからね。


 人殺しが許される状況になれば、その無駄に回る頭を使ってあれやこれやと言い訳を重ねて私を殺そうとするはずだ。


 姉妹だから。


 離れたくても血がそれを許してくれないから。


 他の誰よりも強い憎悪を感じる――




「ストォーップッ!」




 そんな私たちのスキンシップを、大声で止める者がいた。


 呆れた様子で駆け寄ってくるのは、中性的な見た目をした、いかにも軽薄そうなショートヘアの女子だった。




「せっかく生存者と会えたというのにいきなり殺し合いとは、さすがに感心しないな」


「……誰?」




 女は恭しく頭を下げながら言った。




「お初にお目にかかる。私は一年生の日屋見ひやみ麗花るか。貴女の妹である真恋の親友であり赤い糸で繋がれた将来の妻だ」




 そんな日屋見さんを見て、真恋は呆れ顔だ。




「麗花、なぜ依里花が私の姉だと知っている?」


「真恋の家庭環境のことぐらい把握しているさ」


「相変わらずのストーカー気質だな」


「そうなってしまうのも仕方がないというもの。何せ私は、真恋のことを心から愛しているからね」




 そう言って、どこからともなく赤いバラを取り出し、真恋に渡す日屋見さん。




「受け取っておくれ、マイハニー」




 一目でわかる変人だった。


 真恋から発されていた殺気も萎え、彼女の頬は引きつった。



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