第13話 紅い白昼夢
翌朝、保健室はお葬式のような空気が漂っていた。
再び隠されたとはいえ、すぐそこに七瀬さんの死体が埋まっているのだから、あながち間違っていないかもしれない。
それを抜きにしても、脱出口は見つからず、常に廊下からは化物の声が聞こえてくるのだから、まともに眠れないのも無理はないだろう。
また、用をたすのにもバケツを使うしか無かったりと、生活面での不便さも精神的にみんなを追い詰める原因になっているのだと思う。
そんな中、令愛のおかげかぐっすり眠れた私は、やはりこの世界を“楽しんでいる”人間なのだと思う。
「いってらっしゃい」
今日も令愛に見送られ、私は保健室を出る。
「ん、行ってきます」
向けられた笑顔は昨日よりもさらに優しく、慈しむような表情だった。
本当に女神なのかもしれない。
現在時刻は朝の九時。
本来なら爽やかな朝の日差しが差し込む、穏やかな時間なのだが――異変が起きてから一日経った今、廊下にはさらに強烈な腐敗臭が充満していた。
一方で、廊下に死体の姿は見えない。
おそらく“イーター”が掃除してしまったのだろう。
だとすると、この匂いの原因は死体ではなく、
「想像通り、昨日より明らかにゾンビリーダーやゾンビウルフの数が増えてる……」
保健室からまっすぐに伸びる廊下には、普通のゾンビも徘徊していたが、それより多い数の大型ゾンビの姿が見えた。
時間経過で進化する説が正しければ、一晩経過したことで化物は一回り強力になったということだろう。
まあ、ただのゾンビは雑魚になりつつあったので、経験値稼ぎにちょうどいい――と言えば少しは気も楽になるだろうか。
ひとまず数日分の食料は確保できているので、今日の目的は脱出路の確保だ。
昨日は保健室を出てすぐに右に曲がった。
今日は真っ直ぐ進み、玄関の方を目指しながら出口、あるいは二階への階段を探してみようと思う。
赤い廊下は突っ走ってきたけど、“正常な”廊下はまだ探索できてないからね。
少し歩を進めると、さっそくゾンビウルフが反応を見せた。
餌となる死体も少ないからか、こちらを見つけるのが早い。
接敵までまだ時間がある。
私はスマホを取り出し、ステータスを確認した。
【
【レベル:14】
【HP:12/12】
【MP:12/12】
【筋力:13】
【魔力:6】
【体力:6】
【素早さ:7】
【残りステータスP:16】
【残りスキルP:6】
【習得スキル】
ヒーリングLv.1
ウォーターLv.1
聖域展開Lv.1
デュアルスラッシュLv.1
パワースタブLv.1
イリュージョンダガーLv.1
武器強化Lv.1
ファイアLv.1
しっかりMPは全回復してる。
とりあえず、昨日よりゾンビリーダーの数が遥かに増えているのだから、奇襲を受けてもいいようにHPは確保しておきたい。
ガードして8ダメージを受けたことを考えると、その倍以上――つまり20程度あれば十分だろうか。
体力に4ポイント振って10に。
それに応じてHPが増加する。
【HP:30/30】
【体力:10】
【残りステータスP:12】
あれ……20になると思ってたけど、30に増えた。
体力を9まで振った時点ではHPは18だったはずだから――もしかして、区切りのいい数値まで振るとボーナスが貰える?
確かそんなゲームがあった気がする。
だとすると、魔力も10まで上げるとMPが30まで増えるわけだ。
【MP:30/30】
【魔力:10】
【残りステータスP:8】
うん、予想通り。
これでかなりMPに余裕が出てきた。
走ってきたゾンビウルフに向けて、ファイアを発射。顔に直撃。
燃える――というよりは炸裂の衝撃で脳を破壊され、頭が弾け飛んだゾンビウルフは絶命した。
しかも昨日より明らかに威力が上がっている。
よくあるゲームみたいに、魔力をあげると魔法の威力も上がるわけだ。
なおも後方から2体のゾンビウルフが接近中。
近い方にイリュージョンダガーを投擲。
ヒュボッ、と消し飛ぶ頭。
こちらの威力も相変わらず上々――でもファイアLv. 1と同じぐらいかな。
力が13まで振ってあるから、数値だけ見るとこっちのが威力高そうなんだけど、MPを消費する分だけ魔法は威力が高いということかな。
弾速はイリュージョンダガーの方が速いから狙いを定めやすいし、一長一短なのかもしれない。
そしてスキルのクールタイムが発生する。
けど、まだ三体のゾンビウルフがやってくるまで時間があった。
スキルPも6残っているし、敵も強くなっているのだから、攻撃スキルを強化したいところ。
上位スキルを習得するためには、イリュージョンダガーをLv. 3まで強化する必要があるため、試しにレベルを上げても無駄になることはない。
【残りスキルP:4】
【習得スキル】
イリュージョンダガーLv.3
スマホを操作し、思い切って2ポイント使って、イリュージョンダガーを3に上げてみる。
すると、気休め程度のおまけとしてクールタイムがリセットされた。
試し打ちするには都合がいい。
「行け、イリュージョンダガーッ!」
技名を言うのにも慣れてきた。
投擲された幻影の刃は、三体目のゾンビウルフの眉間に直撃し――そのまま、化物の“上半分”を削り取った。
残った腐乱犬の下半分が、べちゃりと崩れ落ちる。
「これはまた……わかりやすく強くなったなあ」
頭だけ吹き飛ばしていたのが、体を半分吹き飛ばすまでに強化されたのだ。
スキルの強化はやはり効果てきめんらしい。
貴重なポイント使ってるんだから、これぐらいやってくれないと困るよね。ふふん。
そして仲間が殺されたことで、さらに別の化物たちが私に向かって走ってくる。
これもまた、試し打ちには都合がいい。
【残りスキルP:3】
【スプレッドダガーLv.1 クールタイム:30秒】
【短刀の分身を投擲する。分身は途中で複数個に分裂し、扇形に拡散する】
イリュージョンダガーの上位スキルを習得した私は、さっそく発動させる。
「スプレッドダガー!」
最初は下位スキルと同様に、ドリーマーの分身を敵に向かって投げ放つ。
だがそれは命中する前に空中で分裂し、それぞれ異なる向きに急激に方向転換した。
「グオォォォオ……!」
「ウオォォンッ!」
特に敵を追尾するわけではなさそうだが、数の暴力で、私に向かっていたほとんどの敵を刺し貫く短刀の刃。
廊下という幅の狭い地形が有効に働いたらしい。
それぞれの威力はイリュージョンダガーLv.1相当。
しかし狙いを定められないので、弱点である頭部を撃ち抜けたのは一体程度。
他は手足、胴体の一部を吹き飛ばされ、体勢を崩していた。
これ、大量の敵相手に先制攻撃を仕掛けるにはうってつけのスキルかもしれない。
私は敵にとどめをさすべく一気に接近し、まず先頭のゾンビリーダーに飛びかかる。
体が大きくなったせいで、纏っていた服はほとんど残っていないけど、髪の色からしておそらくうちの生徒だ。
その眉間ど真ん中にドリーマーの歪曲した刃が突き刺さる。
そのまま軽く柄をひねって、念入りに脳を破壊。生命を奪う。
「グゥオォォオオオッ!」
続けて別個体が、片腕を失った怒りのまま私に掴みかかってくる。
でも腕が無く体のバランスが悪いからか、動きは緩慢。
私はその顔面に向かって手をかざし、火球を発射した。
ゾンビリーダーは顔をえぐられながらのけぞり、そのまま後ろに倒れる。
間髪をいれずに顔の右上がえぐれたゾンビウルフが食らいついてきた。
再びファイアを発射しようとした私。
だけど、その異変に気づき中断した。
胴体がボコボコと脈打っている。
口は他のゾンビウルフより大きく開き、鋭い牙はさらに長く伸び、そして体だけでなく眉間から額のあたりも脈打つと、内側から這いずるように複数の眼が生えてきた。
目の前で化物が進化した――しかも、
相手の攻撃手段がわからない以上、下手に踏み込まずに回避に徹し、様子を見るべきだと判断する。
私が横に飛んだ次の瞬間、化物は口から緑の粘液を吐き出した。
それは先程まで立っていた場所に着弾し、ジュウゥ――と音を立てながら床を溶かす。
さらに、ゾンビウルフの体からは左右それぞれ3本ずつの足が生えていた。
「蜘蛛――!」
さながらゾンビスパイダーとでも言ったところか。
「ファイアで焼き払う!」
すかさず頭めがけて魔法を放つ。
が、敵はその場で真上に飛び上がりそれを回避した。
明らかに他の化物よりも反応が速い。
さらにスパイダーはそのまま、手足で天井に張り付いた。
「本当に蜘蛛じゃん」
見上げて、思わずそうつぶやく。
化物の口が開き、天井から粘液が降り注いだ。
後ろに飛んで避けると、後方からさらに複数体の化物が接近してくる。
そちらに視線を向けた一瞬で、ゾンビスパイダーはわしゃわしゃと手足を素早く動かすと、俊敏に私の頭上に降りてきた。
無数の目がぎょろぎょろと動くその面を至近距離で見せられるのはかなり気持ち悪い。
「パワースタブでッ!」
渾身の突きが、スパイダーの腹部に突き刺さった。
「キシャアァァアアッ!」
まるで蜘蛛のような――と言っても蜘蛛が声を出すかは知らないけど、それっぽい音を出しながら化物は吹き飛ぶ。
しかし地面に衝突する直前、くるりと体を上下反転させて地面に着地。
そして飛び上がると天井に張り付き、また私に近づいてくる。
パワースタブ一発じゃ仕留められないか……さすがに二度も進化したとなると、肉体の耐久度もかなり上がっているみたいだ。
でもいくら素早くとも、その一連の動作の間に多少の時間は稼げた。
私は一旦スパイダーに背を向け、後方から迫りくる雑魚たちを蹴散らす。
ゾンビリーダーの相手ももう慣れた。
確かにパワーは高いが、全体的に攻撃が大ぶりで単調だ。
見極めれば攻撃を避けるのは簡単だし、何なら先んじて腕を斬りつけておけば攻撃を封じることもできる。
相手の攻撃を潰し、すかさずゼロ距離で顔面に火球を放つ。
この一連の動きで、ゾンビリーダーたちはテンポよく撃破されていく。
『モンスター『ゾンビリーダー』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが15に上がりました!』
ゾンビウルフに至っては、接近したならスキルを使う必要すらなく、頭部を破壊することができた。
とはいえ、これはまともに相手にできる状況での話。
ゾンビスパイダーのような動きが素早い化物を相手にしていれば、今ほど自由には動けないだろうし、さらに別の進化した化物が加わったら今の私だと苦戦は必至だ。
ひとまず雑魚の群れを一掃できるまでは、進化しないでいてほしいものだけど――こういうときの想像はあたってしまうもの。
少し離れた場所で、一体のゾンビリーダーが「グオォォオオオオッ!」と叫びをあげじめた。
すると途端に全身がどろどろに解けて、骨格が露出する。
肉だけでなく、脳や内臓も完全に溶解し骨だけになる一方で、なぜか眼球だけは無事だった。
ぎょろりとした黒目が、私をにらみつける。
彼は私から視線を外さずに腰を落とすと、地面に流れ落ちた自分の肉に手を当てた。
肉がねじれるように一箇所に集まっていき、やがて赤い片手剣へと形を変える。
骨の化物はその剣を手に、どこから出ているのかわからない「アァァァアア!」という声をあげながら、私に突進してきた。
ああいうのよく見るよね、スケルトンとかいう名前の化物。
まずは真正面からファイアを放ち、牽制。
すると相手はブォン! と剣で風を斬り、火球をかき消した。
「そういうのありなんだ……」
ゾンビリーダーとは格が違うというところを見せつけてくる。
けど感心してる場合じゃない。
背後から近づいてきたスパイダーが、またしても粘液を吐き出してくる。
避けるには前に行くしかない。
そして前方からはスケルトンが迫る。
気づけば剣の射程範囲内。
その威力がゾンビリーダーの拳を凌駕するというのなら、ただ防いでも意味は無いだろう。
振り上げられた剣に対し、私は防御のためにスキルを放つ。
「アアァァアアアッ!」
「デュアルスラッシュ!」
ガガンッ! と二度の金属音が鳴り、火花が散る。
方や切り札のスキル、方やただの斬撃で威力は相手の方が上
なんとかスケルトンの攻撃は止まったものの、私は刃を弾かれ、バランスを崩す。
しかも数の有利は相手にある。
スパイダーは私の頭上から飛びかかる。
私は倒れそうな両足に無理やり力を込め、前に向かって飛んだ。
そしてスパイダーの攻撃を回避し、スケルトンの懐に飛び込む。
スケルトンの目はこちらを追っているが、まだ剣を振るう準備はできていない。
そのまま横を通り抜けて距離を取る。
もっとも、そちらにもゾンビとゾンビウルフが数体いるわけだけど。
私は走りながらスマホを操作し、残っているステータスPを全て使い果たす。
【筋力:18】
【素早さ:12】
【残りステータスP:0】
体は急加速し、背後から追いかけてくるスケルトンから離れつつ、敵の群れに到達した。
「邪魔をするなぁッ!」
ここまで力が上がると、もう弱点など関係ない。
一振りでゾンビ二体が真っ二つになり、一突きでゾンビウルフの体がふっとばされる。
敵の群れの掃討が完了すると、私は再びスマホを手にスキルを習得した。
【残りスキルP:3】
【習得スキル】
デュアルスラッシュLv.2
これでクールタイムはリセット。
迫るスケルトンは刃を横に寝かせ、体をひねりながら薙ぎ払う。
「今度こそデュアルスラッシュでッ!」
私は再度、デュラルスラッシュで迎撃を試みる。
ステータスを増やし、スキルレベルを上げた、これで――ガガンッ! と先程より重たい音が二連続で鳴り、スケルトンの体勢が崩れる。
よし、弾けた!
すかさず、左手に持ったスマホを再度操作。
【残りスキルP:2】
【習得スキル】
デュアルスラッシュLv.3
レベルアップでクールタイムリセット。
無防備な相手に、もう一度スキルを放つ!
「もう一回おまけにデュアルスラッシュだあぁぁッ!」
ドリーマーの刃が、十字に相手の骨を砕いた。
「アアァァァアア……!」
頭蓋骨や肋骨に割れ目が入り、スケルトンが後退する。
これでどうだ――って言いたいとこだけど。
スパイダーはパワースタブの直撃を受けて一度じゃ死ななかった。
どう見てもあっちより体格の大きなスケルトンが、これで倒れないことはわかってる。
ほら、踏ん張った。
そして剣を握り直し、さっきより怒った様子で私を睨みつけてくる。
さらには頭上から接近するスパイダーの姿。
タイミングを合わせて仕掛けてくるつもりだ。
でも、私にだってまだ手札はある。
手にしたスマホを画面を見ずに操作。
【残りスキルP:1】
【習得スキル】
ソードダンスLv.1
意識の中でターゲットを指定。
あとはタイミングを待つだけだ。
動きの素早いスパイダーが私の頭の上までやってくる。
怒り心頭のスケルトンが、両手で掴んだ剣を頭上高く振り上げる。
スパイダーの手足に力が入り、天井を蹴って飛び上がる。
スケルトンの骨間接がギッと鳴り、赤い肉の剣が斬り下ろされる。
両者ともに、最も防御がおろそかになる瞬間――
「ソードダンスッ!」
私は手にしたドリーマーで、スパイダーに斬りかかる。
そして気づけば、私はスケルトンの後方に着地していた。
ほぼ同時に、スパイダーの頭部と首から血しぶきがあがり、スケルトンの骨が砕ける。
「キィィイイイイ!」
「アァァァ……」
断末魔の叫びをあげながら、倒れる化物二体。
『モンスター『ゾンビスパイダー』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが16に上がりました!』
『モンスター『スケルトン』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが17に上がりました!』
私は化物が絶命したのを確かめると、
「ふうぅ……」
思わず大きなため息を吐いた。
ソードダンスは、一瞬にして四連撃を放つスキル。
デュアルスラッシュと異なる点は、移動しながら、複数体を狙えるという部分だ。
私はスパイダーの頭部、頸動脈、そしてスケルトンの頭蓋骨と脊椎を狙った。
それぞれ前もって攻撃を当てていたこともあってか、うまく撃破できてよかった。
「苦労した甲斐あって、レベルは上がったけど……これ、毎日しっかりレベル上げとかないとすぐに追い越されそうだなぁ」
昨日だってそれなりにレベルを上げたつもりなのに、化物たちの進化スピードは想像よりも早い。
しかも、ゾンビからウルフ、リーダーと異なる姿に進化したことを考えると、スパイダーとスケルトン以外にも、別の進化を遂げる化物がまだ存在するかもしれない。
まるでそれぞれの弱点を補い、確実に私たちを追い詰めようとしているようだ。
私は改めてスマホの画面を眺める。
【
【レベル:17】
【HP:30/30】
【MP:18/30】
【筋力:18】
【魔力:10】
【体力:10】
【素早さ:12】
【残りステータスP:4】
【残りスキルP:3】
【習得スキル】
ヒーリングLv.1
ファイアLv.1
ウォーターLv.1
聖域展開Lv.1
デュアルスラッシュLv.3
ソードダンスLv.1
パワースタブLv.1
イリュージョンダガーLv.3
スプレッドダガーLv.1
武器強化Lv.1
スキルの数もだいぶ増えてきた。
遭遇する状況に応じて、その都度にステータスやスキルを割り振る形にすると、どうしても浅く広く習得する必要が出てくる。
けどスキル一発で倒せない敵が現れた以上、そのやり方もどこかで限界が来るだろう。
「いっそ戦う前にポイント使い果たした方がいいのかもなー……」
状況に応じて変えていくのではなく、現状の自分で対処できる方法を考える。
そっちの方が、中途半端なステータスにならずに済むかもしれない。
といっても、失敗すれば私は死ぬわけで、そう簡単にやり方を変えて試すってのも難しいんだけど。
「……にしても、
戦いが一段落したところで、思い出すのは昨日のことだ。
「明治先生は光を操る神様って言ってたけど――ゾンビにそんな要素無くない?」
七瀬さんの死体が埋められたのが、戒世教の儀式のためだとするのなら、こうして化物だらけの学校に私たちが放り出されたのは、その儀式に巻き込まれたからなのかもしれない。
けど、世界を滅ぼすとか言ってる割に、見かけるゾンビや生存者は光乃宮学園の人間ばかり。
それともこのフロアがそうなだけで、別の場所に行けば他の人々も巻き込まれてるんだろうか。
だったら、あんなに幸せそうにしてた夢実ちゃんも、この地獄に巻き込まれて逃げ惑ってるのかな。
「ははっ」
思わず想像して笑っちゃった。
だったらなんて愉快なんだろう。
私の不幸を笑っていた人間が不幸になっていく様を見るのは、楽しくて仕方がない。
「はは、あはは……」
ここには令愛もいないから、取り繕う必要もない。
私はへらへらと笑いながら、廊下を歩いた。
◇◇◇
一時間以上かけて玄関までたどり着いた。
その途中、元は階段があった場所も見つけたけど、やはりあの赤い廊下に迷い込んだとき同様に壁に塞がれていた。
一方で、通ってきた廊下の様子は赤い廊下とは異なる。
あの重厚な扉も見当たらなかったし、たぶんあそこは、何らかの条件で飛ばされる異空間のような場所、と考えて差し支えないだろう。
その鍵はこの玄関にあるのだろうか。
試しに靴箱をいくつか開いてみたけど、中はいたって普通だった。
玄関の外も、相変わらず見えない化物が塞いでいるようで、試しにイリュージョンダガーを投げてみると刃ごとバリボリと食われてしまった。
まだ力ずつで突破することはできないらしい。
となると、階段や出口はどこにあるのか。
そもそも存在するのだろうか。
少なくとも、私と令愛が出会ったときはまだ、2階から1階に降りる階段はあったはずなんだけど――
玄関から廊下に戻り、左右を見渡す。
先ほど通った道には、残された死体を貪るイーターの姿と、どこから湧いてきたのかわからない数体のゾンビの姿があった。
もう一方の道は手つかずなので、わらわらと化物どもが徘徊している。
中には、すでに進化を終えたスケルトンやスパイダー、その他未知の化物の姿まであった。
まだ時間はたっぷりある。
どこの探索を行うか、足を止めて考えていると――廊下の奥の方に、化物に紛れて金髪が揺れるのを見た。
どうせ出どころ不明のゾンビだろうと思っていたが、ふいにその
私は驚きのあまり全身の筋肉が硬直させ、ビクっと震えた。
「夢実ちゃん……?」
髪の色は違う。
肌もあんなに白くはなかった。
けど、顔立ちはそっくり――いや、
「なんで……なんでここいるの、夢実ちゃんっ!」
私は思わず声をあげる。
それに気づいたのか、少女は近くの扉に入り姿を消してしまった。
さらに化物たちも私の声に気づいて、こちらに走ってくる。
「ありえない……ありえない、だって夢実ちゃんは……こんな場所に、いるはずが。この町に戻ってくるはずが――」
否定する脳とは裏腹に、体は前へと進みたがっていた。
私は、私自身の執着を表すような名を与えられた“ドリーマー”を強く握りしめ、歯ぎしりを鳴らした。
「いや……わからないなら、直接確かめればいい!」
進化した化物の罠だという可能性もある。
だが、それだって力で踏み越えればいいだけだ。
少なくともこの感情を放ったまま、他のことなんて考えられるはずがない。
「邪魔するな、退けえぇぇッ!」
私は迫りくる化物の群れに向かって、自ら突っ込んでいった。
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