第12話 不幸体質オーバーキル
七瀬さん――つまり自殺したこの学校の生徒が、壁の中に埋められている。
明治先生が見せた骸骨の周辺には手作業で砕いたような形跡があった。
みんなが黙り込む中、その沈黙を破ったのは龍岡先輩だった。
「ど、どういうことですか。なぜ彼女の死体がこんな場所にあるんですッ!」
声を上ずらせながら、明らかに怯えた様子で彼は怒鳴る。
怯える理由は確かにあるのだが、今までの落ち着いた振る舞いと比べると、いささか感情的に見えた。
「そんなの私が聞きたいわよぉ」
「その壁を掘ったのは明治先生なの?」
私が尋ねると、彼女はうなずく。
「そうなるわねぇ。ホームセンターで道具を集めて、夜に忍び込んでこっそり作業を進めたわぁ」
「明治先生がなんでそんなことをしたのか、会衣にはわからない」
「さっきも話した通り、七瀬さんが自殺した翌日、その現場には一切の形跡が残ってなかったわぁ。そして数日後に、急に保健室を改装するって話が来たのよぉ。そりゃあ怪しむじゃない?」
「だからって、会衣は壁を掘る理由にはならないと思う」
「
巳剣さんが、膝を抱えたままぼそっとつぶやく。
「せいかぁい♪ わたしねぇ、あれたぶんただの噂話じゃないと思うのよねぇ」
「七不思議? そんなのがあるの?」
首を傾げる令愛。
七不思議なんて今どきあまり聞かない単語なので、興味の無い人は知らないだろう。
かくいう私も、存在するということを知っているぐらいで、詳しい中身までは知らなかった。
「この学校には地下室が存在してぇ、生徒を生贄に捧げてるとかぁ。学校の壁に生徒の死体が埋められてるとかぁ、そういうやつなの」
「で、掘ってみたら本当に埋まっていたと」
「いえーすっ」
場違いな陽気さで、私の言葉に反応する明治先生。
どうにもこの先生は、頭のネジが数本外れているような気がする。
だから壁を掘るなんて異様な行動取ったのだろう。
結果として、それが隠されていた闇を引きずり出すことになったのだが。
「七瀬さんはねぇ、それはもう壮絶ないじめを受けててぇ、よく保健室に逃げ込んできてたのよぉ。何度も相談だって受けたわぁ。結局、助けることはできなかったんだけどぉ……」
そう言って、明治先生は棚の前に移動する。
それは先ほどまで島川くんが見ていた場所だった。
そこから一冊のノートを取り出した彼女は、パラパラとページをめくった。
「そのノートは?」
「授業を受けられない分、ここで勉強してたのよぉ。将来の夢を叶えるために大学に入るんだ、って。自殺する直前もわたしと連絡取ってたのにねぇ。またあした、って言ってたのに、どうして急に死のうと思ったのかしらぁ」
おそらく明治先生は、七瀬さんの死すら疑っている。
死後、死体を奪われて壁に埋められるほどだ。
誰かに殺されたのではないか――そう考えても不自然ではない。
「葬儀にも出たわぁ。ご両親は頭がぐちゃぐちゃに潰れた娘の死体と対面したみたいで、かなり憔悴してたけどぉ、わたしが見たときはもう火葬された後だったわぁ。でもわたしが思うに、彼女の死体は
さすがの先生も、もう笑顔を作ることすらできず、寒気を感じるような感情の無い顔で、淡々と言葉を発し続けた。
そこにあるものは憎しみだ。
私と多少形は違えど、復讐を望む――でも誰にそれをぶつけていいかわからない、行き場のない怨嗟だ。
近づきがたい雰囲気を放つ明治先生だったが、島川くんが一歩前に出て声をかける。
「なあセンセ、聞いてもええか? さっきそこの棚で島川
「彼も七瀬さんと同じように、保健室で勉強してたわぁ」
「やっぱそうなんやな。つまり兄貴もいじめられとったちゅうことか。どうなっとるんやこの学校は」
「七瀬さんほど入り浸ってたわけじゃないけどぉ、大地くんの話も何度か聞いたことがあるわぁ」
そこに、龍岡先輩が口を挟む。
「兄貴ということは――兄弟なんですか。君と、優也くんは」
彼は片手で顔を覆いながら言った。
表情は見えないが、声はわずかに震えているような気がする。
島川くんはそれを手を振り否定した。
「ちゃうちゃう、
「じゃあ一緒に暮らしてたんだ」
私がそう聞くと、再び彼は手を振る。
「それもちゃう。最初はその予定やったんやけど、どうにも兄貴が頑固でなあ。結局、同じマンションの別の部屋で住んどる。ま、夕食なんかはよく一緒に食っとるけどな。兄貴も校内におるはずやから、無事だとええんやけど……」
「そういえば龍岡くんは、七瀬さんだけじゃなくて、優也くんとも同じクラスよねぇ」
「……」
「龍岡くぅん?」
「……ええ、そのとおりです」
明らかに龍岡先輩の顔色が悪い。
そうか……どうして最初からあんなにも明治先生が彼に辛辣だったのか、その理由が見えてきた。
そして、彼に巳剣さんと同じ空気を感じた理由も。
「まさか先生、僕が彼らのいじめに加担していたと言いたいのですか?」
「そうは言ってないわよぉ。けど、心当たりがありそうな顔をしてるじゃなぁい」
「クラスメイトの死体が目の前にあるんですよ!? 気分が悪くなるに決まっています!」
「何か知っとるなら今のうちに言っときや」
「本当に……何も知りませんよ。確かに七瀬さんはいじめを受けていましたし、島川くんが彼女をかばうようになってからは、彼もターゲットになりました。七瀬さんが死んでからは一人に集中するようになり、暴行はエスカレートしていって……本当に、ひどい有様でした。僕も胸を痛めていたんですよ」
「助けようとはせんかったんか」
「できるわけないでしょう!? 一人死んでるんですよ? 次に殺されるのは僕かもしれないじゃないですか!」
「七瀬さんは殺されたのぉ?」
「っ……違います! ものの例えですよ。彼女は追い詰められて自ら命を絶ったのですから、殺されたと言っても過言ではありません!」
はてさて、どちらが真実なのか私には判断しかねる。
ただ、明治先生と島川くんは彼の言葉をあまり信用していないようで、そんな二人の心中に気づいた龍岡先輩は悔しげに唇を噛んでいた。
一方、すっかり蚊帳の外になった令愛は、骸骨を怖がり私の横にぴたりとくっついている。
また、牛沢さんも体を拭き着替えてカーテンから出てくると、令愛の裾を掴んで後ろあたりに立っていた。
本当の本当に蚊帳の外である一年生三人に至っては、気まずそうに、できるだけこちらを見ないようにして部屋の隅に固まっていた。
とはいえ、いつまでも龍岡先輩たちのやり取りを傍観しているわけにはいかない。
「先生、そっちの話もいいんだけどさ、結局どうして七瀬さんの死体はここに埋められたの? まさか戒世教の儀式のためとか言わないよね?」
「わたしだって理由なんてわからないわぁ。手に入れられた情報は、せいぜいあなたの妹さんと同じ、集会のチラシを手に入れるぐらいだものぉ。でもこんな頭のおかしいことするんだもの、儀式とでも言っておかないと説明付かないじゃなぁい?」
「何かそのチラシに手がかりは無かったんです?」
「仰木さんが喜ぶようなものはさっぱりねぇ。世界を破壊する神様の名前が、
「ぎらいぐう……ですか」
確かに、それを聞いたってさっぱり何のことかわからない。
「文字の意味から察するに、光を操る神様ってところねぇ。この神様を降臨させるための儀式か何かなんじゃないかって、わたしは勝手に思ってるわぁ」
「会衣、すごいことに気づいたかもしれない」
そこで牛沢さんがぽんと手を叩く。
たぶん私も彼女と同じことに気づいたと思う。
「この街の名前、光乃宮市で、この学校の名前、光乃宮学園」
「そうねぇ、関係あるかもしれないわぁ」
「だとしたらっ、大昔から繋がりがあるってことじゃないですか!」
「先生が話してることが全部本当なら、医者とか、警察とか、そういうところも抑えてるんだろうね」
「そんな……そんなことって……」
今起きている状況とは別のベクトルで、ありえない現実を見せられている。
ただの妄想なのか。
それにしては、証拠が揃いすぎている気もするが。
どちらにせよ、私たちに真実を明かす術は無い。
この学校から脱出しない限り。
敵は戒世教――なんて単純な構図なら、それが突破口になる可能性はある。
でも、仮にそうだとしたら、学校に現れた“明らかにこの世界のものではない”物体や生物は、一体何なのだろうか。
◇◇◇
話が一区切りすると、どっと疲れがやってくる。
私たちはカーテンを閉じ、できるだけ部屋を暗くして睡眠をとることにした。
保健室のタオルケットを被り、眠りにつく。
数の問題で、何組かは二人で一枚のタオルケットを分け合う必要があった。
明治先生は牛沢さんと、巳剣さんは上原さんと、そして私は令愛とシェアする。
いつの間にか令愛の体温に慣れた自分がいた。
「まだ一日も経ってないんだね……」
静まり返った保健室の中、ぼそりと令愛が囁いた。
あまりに部屋が静かすぎるので、廊下の方からゾンビのうめき声が聞こえてくる。
話しかけてきたのは、その恐怖をごまかす意味合いもあったのかもしれない。
「一日でこんなに体力を使うと思わなかった」
「うん……頭も体もへとへとだよ。依里花はもっと疲れてるよね」
「比べるものじゃないと思うよ」
「比べようよ。それでもっと誇ってほしいな」
「えっへん、って?」
「ふふっ、そうそう」
令愛が至近距離で笑う。
少し眠いのか、目つきがぼんやりとしていることもあって、油断しきった表情をしていた。
思わずつられて口角があがる。
「依里花があたしのこと疑っちゃうのってさ、やっぱり……夢実ちゃんって人が関係してるの?」
「そうだね」
「行方不明って言ってたけど……」
「私は行方を知ってるよ」
「え?」
不思議そうにこちらを見る令愛。
私はスマホを取り出すと、画面を操作して画像フォルダを開いた。
変な機能を追加されてはいるけど、ちゃんと普通のスマホとしての機能も残っている。
なおかつ、たぶん電池が切れる心配はなさそうだから、自分の体だけじゃなくて、スマホも超強化されてるらしい。
「これが夢実ちゃん」
「え、えっと……なに、これ」
私が見せたのは、ベッドに座って男性と肩を組む、派手な化粧をした女性の写真だった。
「もっとエグいのも見る? いっぱい送られてきたの。ぜんぶ保存してあるから100枚以上あると思うよ」
「どういうこと……?」
「定期的に送ってくるの。嫌がらせみたいに、自分がいかに幸せで、私がクズかを綴ったメッセージと一緒に」
「なんでそんなことを……」
「私のこと恨んでたんじゃない? 夢実ちゃんは……令愛ほどじゃないけど結構明るい子でさ、本当はいじめられるような人間じゃないんだ。でも私と知り合って、友達になって、かばったりしたせいで、巻き込まれちゃった」
まさに島川優也と同じだ。
そういう意味では、龍岡先輩が七瀬さんや島川優也を助けなかった理由も理解はできる。
「だから私、二人で遠くに逃げようって言ったんだ」
「駆け落ち……みたいな?」
「ははっ、そんな感じかな。夢実ちゃんは『いいよ』って即答してくれた。大したお金も無くて、働く場所とか、面倒見てくれる人とか、そんなツテも無かったっていうのに。本当に私のこと好きでいてくれるんだなって、嬉しかった」
「そこまで仲がよかったのに、どうして」
「要するに、その時点で私を見捨てようって決めてたんじゃないかなぁ。待ち合わせ場所に向かったら、そこに待ってたのは夢実ちゃんじゃなくて、クラスメイトだった。夢実ちゃんは私を売ったんだよ」
集堂くんや浅沼くんをはじめとして、私の嫌いな人のオールスターだ。
彼らがニヤニヤと笑いながら私の前に立ってて、気づいたら背後にも別の生徒がいた。
「そ、それって……依里花、もしかして……」
「夢実ちゃんは、私の居場所を伝えて、自分だけ逃してくれって言ったんだって。私には何をしてもいいから、自分だけは、って。だからほら、集堂くんの悪い知り合いがさ、
私は画面を撫でて、次々と画像を表示していった。
「幸せそうに」
幾度となく見てきた。
全ての画像を、毎日一通りは見ている。
そうやって目に焼き付けている。
「笑って、笑って、嘲笑って」
大好きな貴女の顔を。
大好きな貴女の姿を。
大好きな、大好きな。
けれど私の手は二度と届かない、貴女の――
「お前だけそこに取り残してやったぞって、勝ち誇るみたいに」
これは愛なのでしょうか。
夢見ちゃん、私はあなたのせいで、他人から与える愛情も、自分で与える愛情も、何もかもわからなくなっている。
その画像を見てしまった令愛は、今にも泣きそうなほど悲しげだ。
「ねえ、どうして……」
「わかんない」
「違うよ……どうして依里花ばっかり、そんな目に合わなきゃならないの? おかしいよ。不幸とか、運が悪いとか、そんな話じゃない……依里花、これは異常だよ。こんなの、普通ありえないっ!」
感情的になってしまった令愛の声が、保健室に響いた。
彼女はすぐさま気づいて口を継ぐんだが、それでも瞳は潤み、激情を抑えきれていなかった。
「だって……ほら、警察は? その人にだって家族はいるよね?」
「警察はただの家出だって言って取り合ってくれなかった」
「依里花が、依里花がされたことはっ!?」
「証拠が無いから相手にされなかった」
「痣とか、傷とかあったよね?」
「ただ転んだだけだって言われた」
「じゃあご両親は――」
「ご両親は私と一緒に心配してくれたよ。警察に頼み込んで、どうにかして夢美ちゃんを探そうとして」
「うん、うんっ……」
「でも手紙と一緒に写真が届いたとかで。そのあとは、『お前のせいだ』って私を罵倒した」
「え……? なんで、そう、なるの……?」
私も同じ気分だった。
前日までは一緒に悲しんで、一緒に憤って、あんなにも心を通わせて夢実ちゃんと探そうって決意したのに。
なのに、次の日には人が変わったように私を罵った。
「さあ。でも言われてるとそういう気分になってくるよね。いや、実際悪かったんだと思うよ。私も悪くて、醜くて。そして夢実ちゃんも悪かったんだ。二人合わせて倍悪いから、夢実ちゃんが幸せな分、私は倍苦しんでたりしてね。ははっ」
ただ、私はそれが当たり前だと思った。
夢実ちゃんという存在に希望なんて持ってしまった私が悪かったのだ。
だって、私の人生、これまで一つだっていいことなんてあった?
無かったでしょう?
だから、夢実ちゃんの存在は、その前フリだったんだよ。
ただ貶めるだけじゃない。
一旦上げてから落とすっていうテクニックを、私にまとわりつく呪いめいた運命が覚えたんだ。
だったら。
結局、令愛もそういう存在で――ああ、ひょっとすると、私が手に入れたこの力もその前フリだったりしてね。
「ねえ、令愛」
だから諦めたいんだよ。
信じたくないんだよ。
なのに、なのにどうして令愛は、私のためなんかに泣いて、そしてこんな風に抱きしめてしまうの?
私を苦しめるため?
「令愛もどうせ、そのうちいなくなるんだよね」
「ならない。ならない絶対にっ」
「……そうだね、こんなこと令愛に言ったってしょうがない。ああ、なんか私、情緒不安定だ。調子に乗ったり、落ち込んだり」
「じゃあずっと調子に乗ってようよ。それぐらいで、ちょうどいいと思うから。誰も怒ったりしないよ、それだけのことを依里花はやってるんだから」
「駄目だよ、そんなことしたら。私たぶん、興奮したら生きてるクラスメイトまで殺しちゃう」
「っ……」
「それとも令愛は、人殺しの私も肯定してくれる?」
面倒くさいなあ、私。
こんなに私を心配してくれる人に、こんなに面倒くさい質問をするなんて。
どうせ望み通りの答えを得られても、信用なんてできないくせに。
「……するよ。それが、依里花の幸せになる方法なら」
しかも、令愛をこんなに悪い子にしてまで。
「ありがと……」
少し頭が冷えた。
もうやめにしよう。
このまま、令愛の心地よい暖かさに身を委ねて眠ってしまおう。
たぶん、静かなのがよくないんだ。
静寂は人の意識を思考の海に沈めてしまうから。
私なんかが考え込んだところで、感情も、記憶も、真っ黒に汚れたゴミみたいなものしか脳内に存在しないんだから。
「今日はもう寝よっか」
「うん……」
「おやすみ、令愛」
「おやすみ……依里花」
目を閉じると、あっという間に意識が薄れていく。
甘いまどろみの中で――
『いえにかえして』
『おとうさん、おかあさん、かえして』
『おうちに、かえりたい』
ゾンビの声に混ざって、脳に直に響くような少年の声が聞こえたような気がした。
だけど今は無視して、眠りに落ちた。
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