第8話 善意の笑顔

 



 私は現れる化物たちを、スキルを駆使して片っ端から屠っていった。


 もっとも遭遇頻度が高かったのは、やはりゾンビだ。


 一階にいた生徒はほぼ死んでしまったらしく、制服姿や体操服姿のゾンビを特によく見かけた。


 また、ゾンビになりたてである彼らの中からも、数は少ないもののゾンビリーダーに変異する者がいた。


 このことから、単純に一定の時間が経過しただけで“進化”するわけではないことがわかる。


 ランダムなのか、はたまた体質――いや、生前の素質・・の問題なのか。


 まあどちらにせよ、その頻度からして腐敗が進んだゾンビの方が進化する可能性は高いのは間違いないらしい。


 そしてもうひとつわかったことがある。


 それは、“ゾンビウルフ”と名付けられた犬型の化物も、元は人間だったということだ。


 進化先は分岐する。


 目の前でゾンビが四つん這いになり、体の骨格が変化してゾンビウルフになったときはさすがに驚いた。


 おそらくゾンビは“基本の形態”なのだろう。


 この空間で死んだ人間はゾンビへと変わり、段階を踏んで別の化物へと進化していく。


 ならばゾンビリーダーやゾンビウルフも、放っておけばさらに進化するのだろうか。


 一階でしばらく戦闘を繰り返したが、今のところそういった個体と遭遇することはない。




『モンスター『ゾンビウルフ』を殺害しました。おめでとうございます、レベルが13に上がりました!』




 廊下を振り返ると、大量の死体が強烈な腐臭を放ちながら倒れていた。


 死体は処理したほうがいいのかな、放っておくと病気になっちゃいそうだけど。


 そう考えていると、遠くで「もっ、もっ、もっ」と特徴的な咀嚼音がする。




「またあいつだ……」




 玄関で男子生徒を喰った、あのキモいゆるキャラをさらにキモくしたような、ぶよぶよのばけもの。


 あいつが死体を食らっている。


 こんな異様な空間の中にも、食物連鎖が存在するということだろうか。


 そういえば、ゾンビを倒している間はあの化物やゴブリンとは遭遇しなかった。


 ゾンビから進化した姿には見えないし、何か違いがあるんだろうか。


 見た目通りに動きは早くなさそうなので、この距離なら無理して倒しにいく必要も無いだろう。


 ……いや、待った。


 玄関で遭遇したとき、私はあの化物の気配を察知できなかった。


 足音も聞こえずに、いきなり背後に現れたはずだ。


 動きが遅いのなら、なぜあんな現象が?




「もっ、もっ、もっ」




 ほら、ちょうど今も、真後ろからあの声が聞こえてくる――




「パワースタブッ!」




 私は振り向きざまにスキルを放つ。


 ヒュゴッ、と鋭く放たれた突きが、背後に立つ化物の土手っ腹に穴を空けた。




「もああぁぁ……」




 敵は顔の半分ほどを占める大きな口を開き、気の抜けた声を発しながらゆっくりと後退する。


 ダメージは入った。


 しかし私が空けた穴は、すでに埋まろうとしていた。




「気配も無しに背後を取るなんて!」




 足音だってしなかった。


 こいつは、その短い足で移動しているのではない。


 化物の額のあたりがぐぱっと開くと、赤い宝石のような眼球が現れる。


 瞬間、その姿が消えた。




「もっ――」




 さすがに今度は、相手がどこに現れるのか読めた。


 私は相手が消えるのとほぼ同時に振り返ると、即座にスキルを放つ。




「ダブルスラッシュッ!」




 化物の体は四分割される。


 だがまだ足りない。




「ついでに、イリュージョンダガーッ!」




 続けざまに放つ三連撃で、分かたれた体をさらに細かく粉砕する。


 肉片はべちゃりと地面に落ちたが、なおもスライムのようにうごめいていた。




「まだ生きてる。どうやったら倒せるんだろ」




 物理攻撃では倒せない敵?


 だとしたら、そういう相手はお約束として、魔法が弱点であることが多い。




「ウォーターで倒せるかな……肉片も水っぽいけど」




 手のひらをかざし、元の形に戻ろうとする化物の断片に、水球を放つ。


 勢いよく放たれた水の塊は、さながら大砲の弾のように標的にぶつかって弾け――そして化物の体に吸収されてしまった。


 水を吸い込んだ肉片は膨張し、再生力を増大させる。




「せっかく魔法を使ったのに吸い込んでる。序盤の敵なのに耐性付け過ぎだよ、バランス調整失敗してない?」




 ひょっとすると、この化物を作った側・・・・は、ゲームのつもりなんて微塵もないのかもしれないけど。




「水が駄目となると、火属性かな」




 幸い、ここまで大量の化物を倒したおかげでスキルポイントは溜まっている。




倉金くらがね 依里花えりか

【レベル:13】

【HP:12/12】

【MP:5/12】

【筋力:13】

【魔力:6】

【体力:6】

【素早さ:7】

【残りステータスP:14】

【残りスキルP:6】




 MPも時間経過で回復するらしく、新たに覚えた魔法を使える量は確保されていた。


 私はすぐに火の魔法を習得。




【ファイアLv.1 消費MP:2】


【火球を射出し攻撃する】




 さっそく手のひらをかざし、互いに繋がり、今にも元の形に戻ってしまいそうな化物の破片に魔法を放った。




「燃えちゃえ、ファイア!」




 ゴオォッ! と燃え盛る炎の球体が、相手に向かって飛んでいく。


 不思議なことに私はその熱をあまり感じなかった。




「もっ、もおぉぉぉお……!」




 火に包まれた敵は、せっかく手に入れた水分を根こそぎ蒸発させられ、断末魔の叫びをあげる。


 その体は、さながら塩をかけられたなめくじのように小さくなり、最終的には消滅してしまった。




『モンスター『イーター』を撃破しました。おめでとうございます、レベルが14に上がりました!』




 そしてここで、ちょうどレベルアップ。


 消費したスキルポイントも戻ってくる。




「声だけ聞くとちょっとかわいいのが嫌なんだよねこいつ……」




 床の燃えカスを見ながらつい愚痴ってしまう。


 どうあがいても人食いの化物なのにね。


 それとももしかして、同じ人殺しとしてのシンパシー?


 同類って言われたら否定できないよね。


 こんな醜さと力を持ってたんじゃ尚更に。




「奥の方のイーターは……まだ死体を食べてるだけか」




 姿は見えるけど、私に近づいてくる様子は無い。


 腐乱死体を片付けてくれるなら、むしろ放っておくべきかもしれない。


 ワープが怖いけど、残りMP3であと1回しかファイアは使えないから、下手にちょっかいをかけるのは危険だ。


 レベルも14になったなら十分に上がったし、あとは目的の購買にたどり着いたらもう帰ろうかな。


 かれこれ一時間近く移動してるから、帰りもそれなりに時間かかるだろうし。


 戦いながらとはいえ、数kmは進んだはず。


 もちろん元々の校舎がそこまで広いわけがない。


 大量の“存在しないはずの教室”で水増しされた、似たような光景が続く空間がひたすらに広がっているせいだ。


 ここが迷いやすい理由って、複雑なだけじゃなくて、どこも似た見た目をしてるからだと思う。


 帰り道を忘れないよう、今日はひたすらにまっすぐ進んできたけど、本格的に探索するなら地図を作らないと保健室に戻ることすらできないだろう。


 けど幸い、“教室の位置関係”自体は変わっていないらしい。


 1年A組と1年B組は元々隣接した教室だけど、今はその間に数十個の教室が挿入された状態といったところ。


 だから、購買も保健室を出てすぐの廊下を真っ直ぐ進み続ければ、その途中で見つかるはずで――




「この廊下が何十キロも続いてる……なんてこと無いと思いたいけど」




 だが可能性で言えば、何百km、何千kmと続いている可能性すらあるのだ。


 一応、“正常な教室”が配置される場所からして、そこまでめちゃくちゃ長いわけではないと思ってる。


 でも法則性なんてあてにはならない。


 できるだけ期待を持たないよう歩いていると、応接室が見えてきた。


 ここを過ぎれば購買まではあと少しのはず。


 けど私は、そこで足を止めた。


 廊下に点々と血が落ちていたのだ。


 その血は応接室の閉じた扉の向こうに続いている。


 扉に耳を当てると、中から男のうめき声が聞こえてきた。


 ゾンビとは違う、生きた人間の声だ。


 私はこの状況を楽しんでいるけれど、それはそうと、罪のない人々が巻き込まれることにはそれなりに胸を痛めている。


 救える命があるなら救いたい。


 厄介事の匂いもしたけれど、私は迷わず部屋に入った。


 床に落ちた血はソファの外側を回って、向かいに置かれた別のソファの裏側に続いている。


 私が声の主に近づくと、床に座り込む彼は私を見上げて目を見開き驚いた。




「なんだ、人間――」




 いかにも軽薄そうな男はそう安堵したあと、相手が“私”だと気づくと悪意に顔を歪めた。




「倉金!? お前、生きて……いや、何でそんな血まみれで……」


「ああ、これ? 返り血。ところで、私が生きてると困ることでもある?」


「そんなの当たり前じゃ――ぐっ……」




 立ち上がろうとした同じクラスの浅沼くん・・・・は、痛そうに顔をしかめる。


 見れば、右足に噛まれたような痕があり、そこから出血していた。




「化物に襲われたの?」


「うるさい、近づくな!」


「助けてあげようか」


「ニヤニヤ笑って、何様のつもりだっての、倉金ェ……!」


「何って、怪我をしている人を助けようとしているだけだよ。ほら見て」




 私がドリーマーを浅沼くんの目の前に差し出す。


 刃に移る自分の顔を見て、彼は頬を引きつらせた。




「私には力があるから、あの化物とも戦えるんだ。魔法で傷も癒せるから、浅沼くんのことを助けられるよ」


「ついに頭がおかしくなったのか?」


「あははっ、面白いこと言うんだね。頭がおかしいのは私じゃなくてみんなの方だよ」


「やっぱイカれてんじゃねえか……」


「でもこれは現実だよ。学校が化物だらけになって大勢が死んだのも、このまま何もしなければ浅沼くんが死ぬのも、ぜんぶ」


「俺を殺すつもりなんだな」


「人聞きが悪いなあ、私はただ事実を言っているだけだよお」


「だったらッ……く、その気味の悪い顔をやめろよ! ニヤニヤと、人の不幸を喜んでさあ!」




 私、そんなに笑ってるかな?


 試しにぺたぺたと顔を触ってみる。


 あ、いけない。


 すっごい笑顔だ!


 でも仕方ないよね、誰よりも私の不幸を喜んでた浅沼くんがあんなこと言うんだもん。


 声を上げて笑わなかっただけ褒めてほしいぐらい。




「確かに、ごめんね浅沼くん。怪我してるのに笑っちゃって」


「ふざけるんじゃねえっ!」




 振り払われる浅沼くんの腕。


 私はそれを片手で受け止める。


 彼は抵抗したけれど、軽く力を入れただけでびくとも動かなかった。


 さっと彼の顔が青ざめる。




「倉金……お前……」


「言ったよね、私には力があるって」




 浅沼くん、どうしたんだろう。


 どうしてそんな怯えた目で私を見るんだろう。




「でも信じて、私は浅沼くんが生きててくれて嬉しいんだ」




 生きてないと苦しめないから。




「巳剣さんとは一緒にいたんだけど、さっき吉岡さんがゾンビになってるのを見かけてね、それ以外はみんな死んじゃったかもって心配してたの」




 生きてないと苦しめないから。




「でも浅沼くんが生きてるのをこうして見つけて、希望はまだあるなって思えた。私が思ったよりたくさんの人が生きてるんだろうなって。そうだよね、こういう状況だとずる賢い人間の方が長く生き延びるんだもん。だったらあのクラスの人たちはみんな生きてるに決まってる」




 生きていれば苦しめられる。


 だから嬉しい。


 心から。




「怖がることは何も無いよ、浅沼くん。私が、私のできる範囲で助けてあげる」


「……仕返しでもするのか?」


「助けるだけだよ」


「信用できるかっ!」


「でもこのままじゃ死ぬよ。傷口が痛くてしかたないんでしょ? 血が止まらなくて困ってるんでしょ?」


「そ、それは……」




 私は何も嘘を言っていない。


 浅沼くんは実際に、ふくらはぎに傷を負っていて、出てきた血でズボンがべとべとに汚れていたのだ。




「さあ、治療するから裾をめくって。私に触られるのが嫌なら、自分でやってくれていいから」




 彼は明らかに怯え、私を警戒しながらも、ズボンの裾を持ち上げた。


 傷口があらわになる。


 それはゾンビに噛まれてできた傷。


 でもそれ以上に気になるのは、傷口の周りが紫色に変色していることだった。


 じっと観察してみると、その“紫”はじわじわと範囲を広げている。




「あは、あはははは」




 私はつい笑い声を漏らしてしまい、とっさに手で口を抑えた。


 ああ、でもこんなわかりやすいことしてたら、また浅沼くんが――





「やっぱり……お前、俺に……」




 ほら、声を震わせてまで怯えてる。




「ごめんね、浅沼くん。ごめん、ふふっ、ごめん」




 怖がる気持ちはよくわかる。


 どうにか我慢しようって頑張ってるんだけど。


 このゾンビ化・・・・する脚を見ていると――本心笑顔が溢れ出すのを、止められないんだ。



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