第五執行室

朝まで実験台にされたあと、気絶するように医務室のベッドで眠ってしまった。フェリスに叩き起こされて目を覚ましたのは、昼の十二時だった。


「はい、そろそろ起きて~早速、君の働く先に挨拶に行くよ」

「スピカ達のところですか?」

「うんうん。制服もそこに用意しておいたから、カーテン閉めて着替えてね」

「分かりました」


真新しい神父のような服カソックに袖を通し、ロザリオを首からかける。コスプレみたいになっていないか不安で、姿見を何度も確認してしまう。


「大丈夫、似合ってるよ」

「そうですかね…」

「うんうん、じゃ、行こう!」


フェリスに腕を引かれ、医務室を飛び出した。


「第五執行室…スピカ達の部隊の部屋は、ここの七階にあるんだよ!」


ほらこっちこっち、と腕を引かれ、階段を駆け上がっていく。階段の壁にある窓の一枚一枚には、美しいステンドグラスが嵌め込まれていた。ステンドグラスを通して差し込む光が、廊下をカラフルに染め上げていた。


「…一個聞きたいんですけど」

「んー?何何?」

「俺、なんで悪魔狩りの仕事をする事になったんですか?教会に置いておきたいってだけなら、他にも色々な仕事があると思うんですけど」

「うーんと、それはね…あまり気持ちのいい話じゃないけど、大丈夫?」

「…はい、大丈夫です。」

「スピカ達が働いているところ…執行室はね、悪魔狩りの精鋭部隊なんだ。ただ、もう一つの側面があって…」


彼女はまた指を立てながら説明する。さっきもやっていたけど、癖なんだろうか。


「研究室で扱いきれないけれど殺すには惜しい、薬にも毒にも成る人材……それを、腕利きの魔術士に監視させながら、悪魔狩りに活用出来る。執行室は、ができる唯一の場所さ」

「…なるほど。だとしたら、俺はこれから、監視されていると考えるべきでしょうか」

「まあね。教会は元々保守的思考だし、今代の大司教トップは疑り深い性格だ。どうやっても殺せない人間なんて、首輪を付けて飼い殺したいはずさ。」

「やっぱり、そうなんですね。監視というのは、スピカ達のことになりますか?」

「うーん、普通はそうなんだけどね。君、確か彼女を庇ったんだろう?それを周知しないほど、彼女は恩知らずでもないはずだ。あと、執行室には、スピカ達実働部隊以外に、上から来た伝達役兼監視役の司祭が居る。今でこそボクの頑張りで君は自由の身だ。けれど、司祭の前で粗相でもしようものなら、協会の地下にくくられる事になってしまうよ」


彼女は俺に念を押すように言った。意志の強そうな瞳が、覚悟を問うようにこちらを見つめている。


「もちろん。一度救われた命、無駄にはしません」

「よろしい!じゃ、そろそろ到着だね」


やっと、七階分の階段を登りきった。あの祝福とやらの影響かは知らないが、案外息切れはしていなかった。

右折してすぐ、銀色の意匠が施されたドアの前にたどり着く。ドアの上には「第五執行室」と書かれたプレートが飾られていた。


「フェリスだよ、失礼するねー!」


フェリスは豪快にドアを開け、ズカズカと部屋に踏み入った。


「…おやフェリス。それにルイではないですか」

「ルイくんじゃないか。フェリスのおもちゃにされなかった?」

「その顔はダメそうね。かわいそうに」

「だーから言ったろ?頑張れってな」

「スピカ達!実は俺、ここの…」

「ストップストップ、そういうのは、全員揃ってから」

「全員…?これで全員じゃないんですか」

「さっき言ったでしょ?司祭が居るって」

「そうだった!」


司祭…確か、伝達役兼監視役だとか言っていた。四人からはまったく話も聞かなかったけど、どんな人物なんだろうか。


「そろそろ司祭あいつが来る頃だな。ま、心配すんな。頭は硬いが悪いヤツじゃないぜ」

「そうなんだ…。」


レグルスの言葉を信じよう、と納得した途端、廊下から足音が聞こえてくる。ヒールが廊下を叩く、冷たい音が響き渡っていた。

部屋の前で止まったかと思うと、ガチャン!という大きな音とともに、ドアが開いた。


「…あなたが例の新入りね。まったく、どうして私の部下達はこうも厄介事を持ち込むのかしら。」


開いたドアの前に立っていたのは、いかにも気の立った様子の、銀髪の女性だった。歳は俺とそう変わらないように見える。


「はい、俺がルイです。不死の祝福を持っていて、スピカに助けられ、その縁でここに…」

「そんなこと当然知ってるわ。それより、私達の自己紹介を彼にしましょう。」


彼女は俺の発言に対して、疲れきったような様子で食い気味に返した。


「私はポラリス。聖議会…要するに教会の上層部から来た、ここの統括よ。任務の伝達や指示、上への報告は私が行うわ。次、レグルス。」

「おう、任せろ!俺はレグルス。ここの頼れる兄貴分さ!片付けたい喧嘩があったら、いつでも呼んでくれ!」

「…見て分かると思うけど、彼は常軌を逸した喧嘩好きね。上にも下にもお構い無しで喧嘩を吹っかけるから、こっちは困ってるのよ」


ポラリスは、レグルスの方を指さし、かなり不名誉な要約をした。

レグルスも不満そうだが、バツの悪そうな顔をしている。あの様子を見るに、喧嘩を吹っかけているのは事実なのだろう。


「じゃ次、私ね!私はアルヘナ。さっきも言ったけど、魔術の事ならなんでも聞いて!あ、あとこの子は、妹のミリー。チョコレートとイチゴが好物の良い子なの!優しくしてあげてね!」


アルヘナはクマの人形を抱きしめながら、年相応と言った様子の笑顔を浮かべた。彼女がそう言い終わると、ポラリスはこちらにそっと近づき耳打ちをする。


「…彼女は基本的には頼れる先輩よ。でも…あの人形については、なるべく追求しない方がいいわ」


…正直、ポラリスの事は威張った上司だと思っていたが、想像よりかなり面倒見の良い人物のようだ。

もしかしたら、俺の元いた世界で言う「中間管理職」的な立場なのかもしれない。そう考えると、途端に親しみが湧いてくる。


「次は僕で。僕はディフダ。さっきも見せたけど、鯨の使い魔を使った後方支援や連絡係が主な役割さ。お互い気張らず、気楽に行こう。」


彼は初めてあった時と同じように、こちらに手を差し出す。俺も同じように手を差し出し、しっかりと握手し直した。


「彼はこの中で一番良識のある人物だと思うわ。度々、掴み所の無さは感じるけれどね。…最後、スピカ」

「わかりました。私はスピカ。固有魔術については、先程話していた通り、魔力などの大幅な強化を行う物です。…私個人として話すことはあまりありませんが…強いて言うならば、悪魔を一体でも多く殺したいと思っています。」


あまりにも直接的な発言に、場が静まり返る。再びポラリスが俺に近寄り、こう耳打ちした。


「…レグルスが一番わかりやすい問題児だとしたら、彼女は最もわかりにくい問題児ね。基本は冷静で良い魔術士なのだけれど…悪魔が関わると目の色が変わるわ。向こう見ずで、猪突猛進で…実力は確かなのだけれどね。」

「な、なるほど…」


最初にスピカに助けられた時にも薄々感じていたが、彼女の悪魔に対する憎悪は尋常ではない。暮らしていた修道院の人々を悪魔に殺されたと言っていたが、その憎悪がどれほどのものなのか…想像するだけで、身を焼かれるような思いがする。


「…本題に入るわよ」


曇った空気を打ち消すように、ポラリスが咳払いをした。


「何も私は、あなた達の自己紹介の幹事に来たわけじゃないわ。…任務よ。」


その言葉を聞いた途端、皆の顔つきが真剣なものに変わった。


「三日後、悪魔の出没報告が多くあるここから西に約十五キロメートル先の村に向かい、悪魔の掃討作戦を実行するわ。当日は私も同行し、観察と後方支援も行います。その日があなたの初陣になるはずよ、ルイ。」


彼女は、真っ直ぐと俺を見据えて言った。


「はい。まだ魔術にも、悪魔狩りにも慣れませんが…ベストを尽くします」

「その心意気で頑張りなさい。では各々、万全の状態で出撃できるよう、休息はしっかり取るように。以上。」


そう簡潔に言い残すと、早足で部屋から出ていった。


「三日後、か…」

「遠いですね。今すぐにでも奴らを根絶やしにしたいのですが…」

「いやいや、色々準備はいるでしょ」

「そんなことよりルイ、魔術は使えそうなの?」

「うん。まだ自信はないけど…フェリスの器具さえ扱えるようになれば、なんとか」

「それは良かった。困ったことがあったら、なんでも聞くのよ」


アルヘナは満足気に笑う。さっきも俺に魔術を教えようとしてくれたし、世話好きなんだろう。


「じゃ、三日後の出立に向けて、全員獲物の手入れを怠るなよ!今日は解散!」

「なんであなたが仕切ってるのかしら…」


アルヘナ達は、あれこれと言い争いながら部屋から出ていく。全員が出ていったあと、フェリスが俺の方を見つめていった。


「じゃ、ボク達もこれから部屋でじっけ…特訓だね!」

「分かりましたよ…昨日みたいなムチャクチャな道具を付けるのはやめてくださいね」


三日後。この世界に来たばかりで、まだなんの戦闘力も無い俺にとっては、あまりにも近すぎる。ここで何かしらの有用性を示さなければ、きっと俺は教会の地下で実験台にされてしまうんだろう。

それだけは避けたい、と改めて覚悟を決め、医務室へと向かっていった。

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転生特典は不死の呪いでした いかすみ @utoutosuyasuya

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