二択

「その服の汚れ、本当に全部血なの?」


スピカとディフダに連れられて来た医務室では、ボサボサのボブヘアの間から、猫の耳を生やした少女が待ち受けていた。汚れた白衣に、腿のベルトに挟まった無数の注射器。いかにも怪しい雰囲気を醸し出している。


「はい。悪魔?に槍で刺されちゃって…」

「ふんふん…」


少女は忙しなく部屋中を動き回り、度々俺の腕や足をペタペタ触り、様子を確かめているようだった。その好奇心旺盛そうな様子は、アルヘナとそう変わらないぐらいの幼さを感じさせた。


「…あなたはここの医者ですか?」

「自己紹介が遅れたね。ボクはフェリス!聖戦教会ベラトリクスイチの若くてデキる、イケてるお医者さん兼研究者だよ!」

「…な、なるほど」


効果音がしそうな程眩いウインクをし、ピースサインをして微笑む。…さっきの四人に比べ、圧倒的にテンションが高い。


「それで、不死の祝福、って言ったね。…君の処遇については、少々協議が必要な所だけど…」


また一方的にこちらに話しかけてきた。俺が何か言いかけても、矢継ぎ早に問いを投げかけてくる。


「本当に不死なのかどうかは疑問の残るところなんだ。悪魔の槍程度、使う魔法次第で耐えきれる魔術士は無数にいる。でも、君が本当に不死なのだとしたら…んにゃー…」


俺が何か言おうとも気にすることなく、独り言を続けている。


「…あの、俺はこれからどうなるんですか?」

「まだ確定してはいないけれど、君の言う不死が事実なのだとしたら。君はここの地下に閉じ込められて、一生魔術や薬の実験台になるだろうね。」

「そ、そんな…」


一生実験台になるんじゃ、さっきの悪魔達に捕まるのと大差ないじゃないか。そう落胆していると、フェリスは、俺の頬を両手で掴み、ぐっと伸ばした。


「ほら、笑顔笑顔!」

「む、むりでふよ…」

「それに、そう落ち込むことはないよ。君にはまだ、二択も選択肢が残されているのさ!」


彼女は、甘い!と言わんばかりの表情で、俺の前に二本指を突き出した。


「その一。協会の地下で、一生メスや魔術、薬に蹂躙され続ける。」

「それだけは、絶対に嫌です。」


…そんな尊厳もクソもない人生、絶対嫌だ。もしそうなったら手足がちぎれようとも逃げてやる、と密かに決意を固めた。


「でしょでしょ!だから、その二。スピカ達と一緒に、悪魔狩りをする。…ついでにボクの実験台になる。」


最後だけいやに声が小さかったが、俺は聞き逃さなかった。


「あんまり変わらないような…」

「いやいや、協会の地下に連れていかれたら、死んでも実験台にされるよ?僕の場合、に実験台にするんだ!」

「…なんにせよ、俺は実験台ですか…」

「実験台になってもらうのは、悪魔狩りの仕事の合間でいいんだ。」

「その悪魔狩りの仕事だって、俺にできるんでしょうか。俺は死なないだけの一般人です。アルヘナは、俺にも魔術は使えるって言ってたけど…」

「そこをカバーするのが、ボクの実験なんだよ!実はボク、君みたいな魔術の素養が無い人間でも、魔術を使えるようにする研究をしてて…まあとにかく、詳しいことは後で説明するから!どっちにする?」


…答えは実質一択だ。ここで前者を選ぶほど、俺は馬鹿じゃない。同じ地獄ならば、自由のある地獄の方が百倍マシだ。


「分かりました!スピカ達と一緒に、悪魔狩りの仕事に就きますよ。」

「やったー!じゃ、ボクの実験台もしてくれるってことだよね?」

「まあ、一応…」

「じゃ、この手袋付けて!これはね、吸い出した血液を魔力に変換して、指先部分で術式を編んで…あ、後これも!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


彼女は後ろの棚から、夥しい量の道具を取り出してきた。試験管がぐるりと一周取り付けられた手袋や、アンテナのような物が頭から無数に生えているヘルメットなどなど、どうみても怪しい物ばかりだ。


「ふふふ…こんなに良い新人じっけんだいが入ってくるなんて…!それじゃ、実験開始だにゃー!」

「や、やめろー!」


…結局その日は、夜明けまで実験に付き合わされた。

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