馬車にて

「不死の祝福…?」


不思議な力でお湯を沸かし、ティーカップで優雅に紅茶を嗜んでいたアルヘナが、目を丸くして驚いた。


「…ああ。信じて貰えないだろうけど、女神みたいな風貌の女の人に」

「…正直信憑性は低いけど…面白いわね」


アルヘナはニヤニヤと、どこか怖い笑みを浮かべた。


「不死が本当だっていうなら、の研究も活かせそうね」

「アルヘナ、まだ何も決まっていないのに、思わせぶりなことを言うのではありませんよ。それに、ルイの出自も、人間がどうかすらもわからないでしょう?」

「もう。スピカは堅いわね~それに関しては、きっと問題ないわよ。だって、が大丈夫って言ってるもの」

「確かに、あなたの使い魔の直感は外れませんが…」

「使い魔じゃないわよ。妹のミリーよ」

「ああ、すみません」


スピカとアルヘナは、とても楽しそうだった。アルヘナはまだ子供なんだろうか、背がとても小さい。それを嗜めつつ楽しそうに会話するスピカと並ぶと、まるで姉妹のようだった。

ほのぼのとしていると、ディフダが俺に話しかけてきた。


「ルイくん、うるさくてごめんね?うち、いつもこんな調子で…」

「ああ、いえ、全然大丈夫。」

「騒がしいのはいいこった!な、坊主!」


ディフダとレグルスは、まさに職場の後輩と先輩という様子に見えた。


「あの、それより…色々と、聞きたい事があって。」

「何何?僕に答えられるなら、なんでも聞いて」


笑顔を浮かべ、ディフダは快諾してくれた。


「ええっと、まず一つ目。さっきスピカさんが、杖を振って雷を落としてたんだけど、もしかして魔法…とか?」

「惜しい、正確には魔術だよ。まあ、対して差はないけどね。呼び方に地域差があるぐらいでさ。」

「魔術って、本当にあるんですね…」

「もちろん、あなたにだって使えるわ!」


スピカと話していたはずのアルヘナが、嬉しそうにこちらに近寄ってきた。


「魔力はみんなにあるし、感覚を掴めば使える物よ」

「そういうものなんだ。」

「魔術のことなら、なんだって説明するわ!何から聞きたい?固有魔術?使い魔?それとも…」

「え、えーっと…」

「じゃあ固有魔術から…えーっと………ディフダ!見せて」

「アルヘナは人遣い荒いなあ。まあ、別にいいけど」


ディフダはそう言うと、手のひらを器のように構え

た。


『影中の鯨』バレーナ・グレージス


彼がそう唱えた途端、紺色の小さな鯨がスっと現れた。


「僕の固有魔術はこれ。連絡とか、戦闘に使える鯨の使い魔を最大十体まで出せるんだよ。スピカの、星の光を纏う魔術は見た?」

「はい。」

「スピカはああいう風にして、自分の魔力とか身体能力とかを強化できるんだ。僕とは全然方向性違うでしょ。魔術の修練の中で、自分に合った魔術を見つけるっていうのが基本さ。」

「なんかそれ、ワクワクするな…」

「でしょでしょ?貴方も修行してみる?」


アルヘナは瞳をキラキラと輝かせながら、またこちらに身を乗り出してくる。


「できるなら、俺もやってみたいなあ」

「じゃあ、こっちに手を出して。水を零さないようにするみたいなイメージで…」


そう話していると、右前の椅子から、スピカも身を乗り出してきた。


「待ちなさい。まだ彼の扱いは未定でしょう?無闇に教えるというのも…」

「えー。別にいいのに…」

「そもそも、ディフダも喋り過ぎです。魔術の概念すら無かった彼に、ここまで教えるなど…」

「ルイくんの処遇がどうなるか分からないけどさ。教会預かりになるなら、これぐらいの事嫌でも知ることになると思うよ」

「…ごめん、俺も聞きすぎちゃって…」


二人の会話を聞いていると、なんだか申し訳なくなってきて思わず謝った。


「い、いえ。あなたにそのように頭を下げさせるつもりは…。あなたは巻き込まれた側だと言うのに…」

「僕も、ちょっと喋りすぎたね。ごめんごめん。」


二人に揃って謝られ、なんだか恐縮してしまった。


「ああ、俺は全然大丈夫。」

「おーい、四人とも。そろそろ本部に着くぜ!」


黙って事態を見守っていたレグルスが、唐突に口を開いた。


「あそこに見えるデカい大聖堂が、聖戦教会ベラトリクスの本部だよ。」


見れば、巨大な建物が丘の上にそびえ立っている。シックなグレーの配色や、全体的に尖ったシルエットは、荘厳さを感じさせた。


「じゃあ、お前はとりあえず第五医務室…フェリスの預かりだな。ま、頑張れよ。」


レグルスは、同情するように俺の肩をポンと叩いた。


「医務室で頑張れって一体…?」

「行ってみればわかるさ」


話し込んでいる間に、馬車は建物の目の前に到着していた。近くで見ると、よりその建物の大きさや美しさが分かる。


「じゃあ、スピカと僕で、第五医務室までは付き添うよ」

「ええ。では行きましょう、ルイ。」


俺はそのまま、スピカとディフダに付き添われ、中へと入っていった。


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