転生特典は不死の呪いでした

いかすみ

死ねない呪い

楽しい楽しい、高校生活を締めくくる卒業旅行。クラスメイトと共に訪れた遊園地の「世界最凶」を謳うジェットコースター。

地上から百三十メートルの座席上で、俺__東山琉生はセーフティーバーから投げ出され、地面に叩きつけられ死んだ。死んだ瞬間は案外何も無かった。

一瞬、全身を焼かれるような痛みと熱さ、その後はもう何も無い。全てが他人事のように感じられ、ゆっくりと意識を失っていく。悪くは無いけど、特段良くもない人生だったな…と。そんな、ありきたりな感慨と共に、終わるはずだったんだ。

___次に目を覚ましたのは、謎の場所だった。暖かく冷たいような光の溢れた場所で、俺はゆっくりと身を起こす。


「ここは…?」

「ようやく起きましたね」


目の前に現れたのは、女神だった。なぜそう判断できたかもわからないが、そう形容するしかないのだ。


「予定外の事故で死んでしまって可哀想に。ここで終わるはずの魂でしたが、次に繋げてあげましょう」

「魂…?終わるはずって?そもそもあなたは一体?」

「その代わり、あなたには果たしてもらわなければならない役目があります。乱れ荒れてゆくを終わらせる役目です。そのために、これをどうぞ。外傷や病気で死ぬ事のない、女神の祝福です。」


彼女は、手の中に包まれた光を、ゆっくりとこちらの心臓に近づけた。陽だまりのような暖かさと共に、その光は俺の体へと入っていく。


「終わりました。では、頑張ってくださいね」

「待って、俺何もわからないんですけど!」

「なんとかなりますよ、さよなら~」

「ちょっ、ちょっと!」


彼女に抗議していると、足元から真っ白な光が溢れ出す。その光に包まれていると、段々意識が遠ざかって行った。


「これって…!」


伸ばした手は、どこかへと遠ざかっていく彼女へは届かない。そのまま俺は、静かに意識を失った。




「……待って!」


自分の声で目を覚ます。俺は気がつくと、美しい泉の畔に横たわっていた。その周りは深い森のようだった。木々の隙間から差し込む満月と星の光が、周囲を照らしている。


「…夢かな?夢であってくれよ…」


思いっきり、頬を抓る。アニメや漫画でよく見られる常套手段を、こうして自分が実行する日が来るとは。


「やっぱ、違うか」


これを実行して、本当に夢であったという試しはきっとないだろう。自分の場合もやっぱりそうだった。

ここがどこかも分からないし、手荷物も無くなっている。このままだと多分、飢え死にがオチだ。そんな絶望的な状況を脱するには…。


「とにかく、人を探さないと。」


宛もなく口に出し、背筋を伸ばし気合いを入れる。幸い、星の光のお陰で、周りはよく見える。


「おーい、誰かー!誰かいませんか?」


声を張り上げ、草木をかき分けながら進む。近くに家や町は見当たらない。数十分辺りを探し回ったが、人っ子一人出会いやしない。


「はあ、もうダメなのかな。」


歩きにくい山道は、思ったより体力を削られる。少し休もう、と倒木に腰を下ろした瞬間、木々の向こうから声が聞こえてきた。


「おい…今日の……は…」

「無……は……ろ」


途切れ途切れだけど、人の話し声のようだった。


「あっ…!すみません!そこの人、ここは…!」


声の聞こえた方に向かい、一心不乱に走る。たどり着いた先にいたのは、とても人とは思えない形相の怪物だった。


「なんだァ…?なんで人間がこんなとこに」

「ひっ…!」


羊のような角に、紫色の肌。真っ赤な瞳が夜の闇の中で爛々と輝いている。三メートル近い巨体が、こちらを悠々と見下ろしていた。

同じような見た目のやつが、五、六人。


(これは…誰にも会わないより遥かにやばい!)

「す、すみませんでした!」


奴らを見た途端、俺は思わず踵を返して逃げ出してしまった。急な傾斜の山道を、転がり落ちるように降りていく。


「おいおい、逃げられると思ってんのか?」

「へっ!野郎ども、ぶっ殺せ!」


巨体からは考えられない程の速さで奴らは追ってきた。さっきはよく見えなかったが、右手に紫色の三又槍を持っている。


(あんなので刺されたら、絶対死ぬ…!)

「ぐっ…!」


必死に逃げていたからか、足元から飛び出た木の根に気づかずに転んでしまう。


「いったた…」

「鈍いやつだなぁ!」


紫色集団の一番先頭を歩いていた化け物が、俺の目の前に回り込んだ。


「対して太ってねえし、女でもねえ…殺しちまうか!」

「やめろ…!」


抵抗しようと手を伸ばしたが、まったく届かない。もがいている間に、化け物が紫色の三又槍を俺の腹に刺した。


「ぐっ……あああ!」


血が、熱を持って溢れ出す。内蔵を掻き回すように、化け物が槍を振るう。


「ひゃっはははは!やっぱり、人間の悲鳴は気持ちいいなあ!」

「ぐう、ああああっ!」


何度も何度も、繰り返し刺され、夥しい量の血が流れ出す。ぐちゃぐちゃに内蔵をかき混ぜられ、楽しむためだけの暴力が繰り返される。終わらない痛みの中で、俺はある種達観し、悲鳴を上げながらも、また死ぬのか、なんていう他人事の感傷を持った。

このまま、ゆっくりと意識を失い、ただの肉塊になっていく、はずだったのだが。

___これは絶対におかしい。痛みが長すぎる。訪れるはずの死の安寧や、静けさは全く無い。それどころか、明らかに致命傷であるというのに、傷つけられた所がたちまち塞がっていく。


(…なんだ、これ…?)


口から溢れる悲鳴とは対照的に、頭の中は冷えきったように冷静だった。


(傷が塞がっている、これはもしかして…)


その時俺は、さっき謎の空間で出会った女性のことを思い返していた。

確か彼女は「外傷や病気で死ぬ事の無い」と言っていた。それが本当だとしたら、これは…


(何が祝福だ、とんだ呪いじゃないか…!)


とてつもない痛みと流血の中で、俺は静かに絶望した。流れ出した血液で、羽織っていたパーカーが真っ赤に染まっている。


「あぁ…?こいつ、随分としぶといな」

「あああああ!」


化け物は、脚、胸、腹、と刺す場所を度々変えながら、怪訝そうな顔をし始めた。


(頼む、このまま諦めてどこかに行ってくれ…!)

「何回刺しても死なねぇとか、最高の遊び道具じゃねぇか!お前ら、連れて帰るぞ!」

「おぉー!」


俺を刺していた隊長格の化け物が声を張り上げると、他の化け物たちも嬉しそうに応えた。


「やめろ、離せ……」


必死に隊長格の化け物の腹に爪を立てるが、相手は微動だもしない。


「人間ってのはやっぱり弱いなぁ!っオラァ!」

「……っ!」


三又槍が、俺の腹部を貫いた。槍の穂先が、背中側まで貫通している。

飛び散った血が、地面を鮮やかに濡らした。

腹を槍に貫かれたまま必死に抵抗するも、逃げ出せない。

もうだめだ。そう絶望し、目を閉じた瞬間。

___轟音とともに、目の前の化け物を雷が貫いた。


「…今のは?」

「……無事ですか?」


眼前に現れたのは、嵐というべき人間だった。

長い黄金の髪が、風で揺らめいている。シスターのような服装をしたその少女は、あまりにも冷たい蒼い目をしていた。

彼女を中心として、先程までは吹いていなかった風が吹き荒れる。両手で持った杖を振るう度、雷や風が化け物を襲う。

人が自然災害を目にした時に感じる畏怖。

人が美しい物を目にした時に感じる敬い。

その両方を、彼女は俺に刻み込んだ。

俺を守るようにして立つその少女は、杖を掲げこう唱える。


「『天を墜せトニ・トゥルム』」


そう唱えた瞬間、再び雷が落ちた。雷は逃げ出そうとする化け物に直撃し、化け物は二、三度震えて絶命した。


「…すごい」

「隠れていなさい。まだ生きている者がいます。」


彼女は先程と同じように杖を振るい、雷や風を起こし悠々と化け物達を蹴散らしていく。数十秒後には、化け物達は皆雷に体を貫かれ地に伏していた。


「…終わりました。出血が激しいですね、今すぐ教会に」


彼女がそう言いかけた瞬間、後ろで倒れていたはずの化け物が、いきなり身を起こして、凶悪な爪を振りかざして襲いかかってくる。


「後ろ!」

「なっ…?」


俺は思わず、彼女を背中側に庇いその爪を受けてしまった。


「痛っ…」


なぜだか分からないけど、勝手に体が動いてしまったという形容が一番正しいだろう。自分はすぐ治るから大丈夫、という気持ち故か、それとも彼女の傷つく様を見たくなかったのか。どちらかはわからないが、とにかく考えるより先に体が動いた。


「なぜ私を庇ったのです?!」

「今はそれより、こいつを…」

「…ええ、分かりました。」


彼女は真っ直ぐに化け物を見据ると、杖を再び振るった。


「容赦はできません。…『星々は眠らないステラ・ヴィリジエ』」


彼女がそう唱えた途端、夜空の星々が一際明るく輝いた。スポットライトのようなその光は、彼女の体を包み込む。彼女の周りで巻き起こる嵐が、一層強くなったかのようにも感じられた。


「…愚かしい魔王の走狗よ。永劫に、冥府の底で苦しみ抜くがいい。『天を墜せトニ・トゥルム』」


さっきと同じ言葉を唱えたはずだと言うのに、威力が段違いだ。電撃で出来た柱が複数本現れ、いとも容易く化け物の体を貫く。

喉から空気が閉め出されるような悲鳴と共に、化け物は今度こそ絶命したようだった。


「これで全員ですね。…貴方、傷が酷いでしょう。先程の愚行についての申し開きは、治療の後に受けましょう」

「いや、それなんだけど…治療、多分必要ないんだ」

「そんな血まみれで言われても、なんの説得力もありませんよ」

「いや、本当なんだって、見てくれよこれ」


シャツの腹を捲って示すと、少女は驚いたような顔をしつつ言った。


「本当に傷が消えていますね。…これはこれで、別件で教会に来てもらう必要がありそうです。」

「教会でもなんでもいいさ、俺には、帰る家もわからないんだし…」

「孤児か何かですか?」

「いや、自分にもさっぱり。」

「その力の出自については?」

「ついさっき、突然現れた女性に与えられた力…だと思う。」

「…なるほど、訳が分かりません。」


彼女は数秒唸るように悩んだ後、ひとつ咳払いをして、勿体ぶったように話し始めた。


「とりあえず、貴方は我々『聖戦教会ベラトリクス』の本部に来てもらいましょう。」

「ベラトリクス?…何それ。」

「先程現れたような、悪魔を倒すための集団です。私はそこで働いています。」

「さっきのあれ、悪魔なのか」

「…それすら知らないのですか?」

「うん。俺本当に何も分からないんだ、ここのこと。」

「ならば尚更ですね。一緒に来た同僚たちが、森の外で待機しています。そちらへ向かいましょう。」

「は、はい。」


森の中を歩き出したはいいものの、全くもって会話がない。聞こえるのは風の音と鳥の声ぐらいなもので、物凄く静かだ。


「…名前は?」

「私の、ですか?」

「うん。ちなみに俺は、琉生って言うんだ」

「ルイ、ですか。その名には、どのような意味が?」

「あー…えっと確か、暖かく優しい人になれ、って両親が」

「…それは、良い名前ですね」


…会話が持たない。この際だし、色々なことを聞いてみよう。

「結局、あなたの名前は?」

「私はスピカ。誇らしき星の名前です。」

「スピカ…って確か、おとめ座だっけ。」

「よく知っていますね。育ての親に付けてもらった、自慢の名前なのですよ。」


スピカはそういうと、誇らしげに微笑んだ。これまで見た表情の中で、最も明るいものだった。


「育ての親って、実の両親じゃないの?」

「私は、修道院に預けられた子供でしたから。」

「ベラ…トリクス?の仕事は、その関係でやってるの?」


彼女の眉が、ピクリと震えた。悪かった、と撤回しようとしたが、それより早く彼女が呟いた。


「…暮らしていた修道院の人々を、悪魔に皆殺しにされたんです。私は、その復讐のために、聖戦教会ベラトリクスに居ます。」


そう言うスピカの瞳は、何よりも真っ直ぐで、何よりも暗かった。

これは完全に聞いてはいけないことを聞いてしまった、と急いで撤回する。


「ご、ごめん、聞かない方が良かったね」

「…いえ、良いんです。殺された彼らも、思い出せば、少しは浮かばれますし」


そうやって話しながら歩いていると、いつの間にか森を抜けていた。

街の灯りもぽつぽつと見えるようになり、少しだけ心が安らいだ。


「あちらです。同僚達が待機しています。」


彼女が指さす先には、馬車とその周りに座る、三人の男女が居た。


「遅れて申し訳ありません、アルヘナ、ディフダ、レグルス。」

「あっ!スピカー!やっーと戻ってきた!悪魔が出たからって、命令外の事し過ぎよ。」


紫色の髪を二つ結びにした、クマの人形を抱えた少女が、大きく手を振りながらこちらに近づいてきた。


「まったく、スピカは猪突猛進だなあ。いつも冷静そうなのに、悪魔が絡むと人が変わりすぎだよ」


水色の髪を後ろで緩く縛り、神父のような服装をした痩身の男が、その少女を追いかけやってくる。


「ふん、そのくらいの方がいいさ!…おい、そいつは怪我人か?服が真っ赤だが」


側面を刈り上げた茶の短髪が特徴的な、神父服を派手に着崩して斧を背負った巨躯の男は、怪訝な顔でこちらを眺めていた。


「彼はルイ、悪魔に襲われていたのを救出しました。」

「ふうん…帰る家が無いの?」


アルヘナと呼ばれた少女は、物珍しそうに俺を見つめている。


「僕はディフダ。スピカの同僚の魔術士さ。」


ディフダは、へらりと笑いながらこちらに手を差し出してくる。


「俺様はレグルス。ここの兄貴分とでも思ってくれりゃあいい。」


レグルスは、俺の肩を叩きながら豪快に笑った。


「とりあえず、彼に色々と事情を聞かねばなりません。教会本部へと急ぎましょう」


スピカはそういうと、俺の手を引き馬車へ乗せた。


「じゃあ、スピカも戻ってきたことだし…ルイくんに話を聞きながら、協会本部へレッツゴー!」


アルヘナが朗らかに笑い、腕を高らかに突き上げた。俺達五人を乗せた馬車は、街の灯りのある方へ進んで行った。

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