第2話
楽器庫から定位置に置いてある私のクラリネット(もちろん学校の備品です)を取り出し、私は小さくため息をついた。
こんなに朝も早くから練習に来たのには、もちろん理由がある。
昨日の部活のときのことだ。あ、私もなおちゃんも、吹奏楽部に所属しております、はい。
高校にはいってからクラリネットを始めた私は、まだまだ下手っぴである。それはもう、自分でもわかっているし、だからたとえ2年の先輩がが部活をサボろうとも、一人でも練習を頑張っている。
ところが、サボっていた先輩たちは、私に向かってこう言い放った。
「きちんと吹けるようになってなかったら、練習したとは言わない」
は?
はぁぁぁぁ?
じゃあ、吹けるようになるために繰り返している行為は、何て言うんですかね? 楽譜もらって一日で完璧に吹けるようになるわけないでしょ? こちとらクラリネット初心者なので、まずは基礎練習から始めるし、こんな音符が多い楽譜なんて中学校のときは見たことない。
中学生の時はユーホニウムっていう楽器やってたんだよね。あれは楽譜が適度に白くてよかった……。高校でも続けたかったけど、編成の都合でクラリネットな回されてしまったのが残念だった。
ほんっと、ざんねん。
何が残念かって、2年の先輩方がほんと残念。部活サボって、私にあんなこと言っておきながら、あれけっこうむずかしいじゃんとかって練習始めるの! あ、これは練習とは言わないんでしたねーじゃあなんて言えばいいんですかねー。
で、まぁ、そんな嫌味を言われてしまったので、朝練とかして見返してやろうと思ったわけですよ! なおちゃんは、私が朝練すると知って、オレもオレもとなぜか一緒にやることになってしまっていたわけです。
先輩たちが私を目の敵にする理由の一つが、なおちゃんと仲がいいことなのだから、一緒に朝練してたと知られると、また面倒なことになるんだけどね…。
クラリネットを組み立て、いくつかの音を出して、軽く指鳴らしをする。本当はもっとしっかり音出ししたほうがいいんだけど、基礎練やってたら時間がなくなってしまう。
「あやちゃんあやちゃん、基礎練からする?」
「んー、時間ないし、楽譜やろうかと思ってる」
「じゃあさ、ここんとこ教えてよ」
なおちゃんはアルトサックス吹きなので、クラリネットと似たようなフレーズがちょいちょいある。あるけど、あくまでもちょいちょいである。ここもここも、と全部譜面を読まされたのは、ついこの間のこと。
サックスを吹く姿が様になる男、吉田尚。ただし、その指使いはかなりたどたどしい。
このあたりが、音声抜きの由来かな。
まー、このあたりも、先輩方には『かわい〜』と好評なわけですがね。顔が良ければ大概のことは許されるらしいよ。
「ごめん、あやちゃん、ここんとこもっかいお願いします」
頑張り屋さんで、努力家さんだから、私もキライにはなれないんだけどね。
一通り譜面を読んであげて、私も練習を再開する。
ややこしいフレーズは、まずはゆっくり吹いてリズムを確認。少しずつテンポをあげて、運指の練習を繰り返す。うーん、難しいなぁ。
しばらくそうやって練習していると、音楽室のドアが開いた。
入ってきたのは、チューバ吹きのゆかりちゃん。こちらも正しくは村崎瞳子ちゃんと言う。村崎=紫=ゆかりという連想である。
「あや、おっはよー! 早いねー! あ、吉田くんもついでにおはよー!」
「オレはついでかよ。おはよ、村崎」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない!」
荷物を置いて、ゆかりちゃんは楽器庫へと向かった。ゆかりちゃんは別になおちゃんが嫌いなわけではなく、クラリネットの先輩方が私に風当たりが強い原因の一つがなおちゃんなので、ちょっぴりなおちゃんにイラついているだけである。なおちゃんに怒っても仕方がないんだけどね。
チューバをよっこいしょと持ち出して、ゆかりちゃんは私たちに声をかけてきた。
「ねね、ちょっと合わせてみない?」
「まだ全然できないんだけど」
「ゆっくりめならなんとか……?」
私となおちゃんの返答に、ゆかりちゃんはメトロノームを持ち出してきた。
「んじゃ、ゆっくりでやろ!」
「オレの返事聞いてた?」
「吹けなくても、流れ聞いてるだけでも違うと思うよ!」
「そだね、楽譜をしっかり見てるといいかも」
かくして、チューバとクラリネットの微妙なにじゅうそうが始まった。
なおちゃん? もちろんサックス咥えたまま固まってましたよ。さすが音声抜き!
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