十四話 VS耐久のマガン! その2

マガンと名乗る巨大なライオン型の魔物に恐怖した新田の思考は重鈍なるものと化していた。


しかし、無情にも戦いの幕は切って落とされる……



ターン制バトルが始まり、新田は深呼吸を繰り返した。


恐怖を抑えられないのであれば、せめて冷静にならなければ……シャズ・レクド戦のように、自身のミスで負けるような事があってはならない。


「ふぅ」


漸く落ち着きを取り戻した新田は状況を見定めるべく、魔物を正面に見据えた。


そうだ。いくら相手が強く、大きいと言っても自分は転生者なのだ。パワー、スピード、全てにおいてこちらが勝っているのは言うまでもない。


だからこそ冷静に奴の戦法を分析さえすれば……こちらにも充分、勝機はある!


ほんの少しの自信が身の内に湧いてきた新田は、身体は動かせないので気持ちだけでも構え直し、活気でその身を満たした。


「……はぁ、恐れを拒むか、人の子よ。それは愚策だ、苦しむ事になる」


すると、それを見たマガンはため息を吐いた。


「ごちゃごちゃ言うのは俺の攻撃を耐えてからにしろ!いくぞ!」


平常心を取り戻し、勢付いた新田はマガンに斬りかかろうとする……しかし、身体は動かなかった。


「な!?なんでだよ!?」


新田は理由が分からず、狼狽した。推測ではあるがこちらがマガンよりも早く行動出来る可能性は高く、家具を薙ぎ払った時のように無駄な攻撃すらしていない。それでは何故、奴に攻撃出来ないのだろうか?


「人の子よ。上を見てみろ」


狼狽える新田に、マガンは呆れたような表情でそう言う。


敵の指図を受けるのは少々腹立たしいが、どうせこのままでは何も出来ない。新田は仕方なく、頭上にちらりと視線を向けた。


そして、新田の両目は見開かれる事となった。


中空に配置されたすっかりお馴染みとなったテロップ。そこに何と『マガンの攻撃!』と表示されていたのだ。


「なんで、なんでだよ!あのテロップスやシャズ・レクドだってズルしなけりゃ俺より早くは動けないはずなのに……!」


マガンは二匹のように先制攻撃をしたわけではなく、道具を使って新田の動きを封じたわけでもない。ただ目の前に立っているだけだ。


全く意味が分からない。混乱した新田は膝から崩れ落ち、頭を抱える……ような気分だった。


「人の子よ、お前は運が良い。お前の心には今、恐怖の代用となる感情が生じた。さあ、もっとそれを広げ、心を不必要な感情で満たすのだ。そうすればお前は暫くの間、救済を得る」


マガンは子供を諭すような口調で新田へと語りかけてくる。これも奴の作戦……ではないのかもしれないが、何と恐ろしい魔物だ。


その時、マガンを睨みつけていた新田はある事に気が付いた。


「もしかして、そのロケットみたいなやつの効果なのか!?」


そう、鬣に付いたロケットのような物体の事を思い出したのだ。あれだけが生物としては本来持ち得る事のない異質な物体のように見える。そんな物が付着しているのには必ず理由があるはずだ。


「気付いたか。ならば褒美に教えてやる。これは魔具『ロケットブースター』、どんなに転生者が早くとも、これを大量に装備した我には、誰も及ばない、届かない」


なるほど。どうやらコイツはその横文字ばかりの魔具なるものを装備する事で素早さの底上げをしていたようだ。しかもそれを大量に付けているのだから素早さに数値があるとすれば凄まじいものとなっている事だろう。これでは先手を取られて当然だ。


「はぁ、やれよ。先手を取られたら姑息な手段ばっかりのお前らになんか勝てないんだからな」


新田はため息を一つ吐き出し、言った。最早勝利は絶望的……そう言いたくもなってしまうだろう。


「我は攻撃しない、何もしない」


それを聞いたマガンからは、驚きの発言が飛び出した。


攻撃をしない?先手を取っているマガンが何もしなければ新田が死ぬ事はないが、戦いが終わるはずもない。


「お前……何を言って」


「我は何もしない。人の子よ、この戦いはお前が〝折れる〟まで終わらない」


「……うわぁああああぁああああ!」






10時間後、新田は協会へと帰還したが、既に夜が更けていたので今日もアルマに頼み込んで協会に泊めてもらった。


10時間……それはマガンが『攻撃をしなかった』時間と同義であり、『新田が降参しなかった』時間でもある……それにしてもよく耐えたものだ。


ちなみにその際、新田は暇過ぎてマガンに聞いてみたのだが、あれこそが彼の得意技(?)である〝緩慢なる地獄〟なのだそうだ。


そして彼が『恐怖を帯同しろ』と言ったのは〝緩慢なる地獄〟の中ではそれが勝利に繋がる道標になる……とかそう言ったボス攻略のヒントみたいなものではなく、単に『これから暇過ぎて苦痛だと思うからそれだったら俺に怖がってた方が暇潰しになるよ』と言う優しい(?)アドバイスだったらしい。


これは余談だが、何故彼がそう言った戦法を取るのかと言うと……


その昔、魔王軍は倒しても倒しても復活し、必ず復讐へとやって来る転生者達に手を焼いていたらしい。その時に魔王から指名され、転生者の心を折る役目に就いたのがマガンだったのだ。


それから彼はあの場所にて敵を待ち受け、先手を取った後に攻撃をせず転生者達が自ら降参を選択するまで待ち続けたと言う。そうしていつしか彼は『耐久のマガン』と呼ばれるようになったそうだ。


……その間、マガンも退屈なのではないか?とも聞いてみたが、幸いにして彼は寝るのが最大の幸福らしく、全く苦痛ではないようだ。


と言うか、正確には〝緩慢なる地獄〟は挑戦者のみに苦痛を与える仕様なのだ。


何故ならマガンは最初に攻撃すると言う意思表示だけは行なっているため、自由に動ける。つまり本当に攻撃さえしなければ、彼だけは永遠にノンストレスなのだ。


そして部屋内にはマガン専用のトイレ、餌、そればかりか遊び道具までが完備されており、彼に戦いを挑んだ者は普段通りの生活を続けるマガンに対して指すらくわえられずに見ている事しか出来ないわけで、いずれは空腹、尿意等によって自然と降参を選ぶと言う……


(……本当に恐ろしい魔物を相手にしてしまった。)


新田は10時間前の自分を憎みながら、目を閉じた。


しかし眠りに落ちる直前、『攻撃はされないのに何であの男は階段で倒れてたんだ?』との疑問が浮かび、夜が明けるまで眠れなかったと言う。

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