第21話 告白-3

 言葉で訴えるだけでは人はなかなか行動することができない。災難や後悔が自身に降りかかって初めて事の重要さを理解し行動を始める。それでは遅い。その事態が深刻であればある程に痛感する。


 味来は災難が自身に降りかかった。何もしなければ後悔することも理解している。後悔をしないための行動だった。味来がしようとしていることは個人だけでは成し遂げることが不可能だ。国や大きな組織を動かさなくてはならない。


 よって、意図的に災難を引き起こすことを選択した。


「では、君ならどうする?」


「もう少し時間を掛けていろいろな人の意見を聞いて・・・・・・」


「時間とはどのくらい?いろいろな人とは誰のこと?それは何もしない、何も行動出来ずに答えを先延ばしにして、最悪の結果になって後悔する人のセリフだね。後悔することをわかっているのに、必要な行動をせずに結果に後悔する人のセリフだよ」


「それは・・・・・・」


 味来の問いに農は言葉を詰まらせた。


「未来はさらに悪い方向に変わるかもしれない。災難はさらに早く訪れるかもしれない。こんな話を多くの人に話す方がリスクが高いと判断した。世の中を動かすことが出来るほどの影響力のある人に信じてもらう行動の時間とリスクが高いと判断した。賭けをする余裕や時間がない。可能性が高いと思う手段を選択した。それが『違法行為』だったとしても」


『目的のために手段は選んでいられない』というのが味来の主張だった。そして味来は『でも・・・・・・』と続けた。


「でも、被害は最小限にすることを目的達成の次の優先事項としていたよ」


 今回の事件の結果は、概ね味来の思惑通りであったといえるだろう。『災難や後悔が自身に降りかかって初めて事の重要さを理解する』農自身、理解したつもりで留まっているに過ぎなかったことを認めざるを得ない。


「理解や納得ができないなら信じるしかない・・・・・・か」


「急にどうしたんだい?」


「早生に『真実を知ろうとせずに事実だけで騒いでいるあんたは滑稽」だって言われましたよ」


「早生ちゃんも立派になったね。というか、やぎくんは騒いでいたんだね」


 親戚のおじさんのような言い方だ。農はとても恥ずかしくなった。


「これから、俺は何をしたらいいですか?」


 覚悟を決めた眼差しが味来に向けられた。


「では、やぎくんには旅に出てもらおう」


「旅?どこにですか?」


「全国」


「詳細な説明をお願いします」


 先日の事件以降、農場工場の普及や拡大が進んでいる。安定供給などのメリットは理解されつつあるが、これだけでは農場工場の魅力を伝えきれていない。


 農場工場で収穫された農作物の魅力は舌で感じてもらうしかない。よって、農が全国各地の農場工場で収穫した農作物を全国各地で調理して振る舞い、魅力を伝えるということだった。


 加えて、農場工場で栽培できるものと現状では屋外でしか栽培できないものもあるということを周知するという役割も含まれていた。


 農がタイムスリップしてからの行動はすべてこのためだったことを理解した。今まで理解しようとしていなかった。味来の掌で踊らされていた、味来の計画通りに進んでいたという方が正しいのだろう。


 農場工場を学び、屋外農場を学び、洞爺から農場工場で栽培した食材を使用した料理を学んだ。最近では、農が考案したメニューを店で提供することもある。もちろん、早生から合格をもらえたものだけだが。ただし、早生から『おいしい』と言われたことはまだない。


 社長室の扉が開く音がした。菜々がコーヒーを持ってきた。


「話は終わった?雪ちゃんの自信作のコーヒーを入れてきたの。この間はコーヒーを持ってくる前にやぎくんは帰っちゃったから」


 農はその時のことを思い出し、少し恥ずかしく思った。


 久しぶりに雪のコーヒーを見た。今回のラテアートはジャイアントパンダとレッサーパンダだった。飲むことを躊躇してしまうくらいの出来だった。


 久しぶりに雪のコーヒーを飲んでホッとした。


「とても訊きづらいんですが、とても気になっていたことがあって・・・・・・」


「なんだい?この状況で今さら何が訊きづらいというんだい?」


「確かに。じゃあ、味来さんの奥さんの行方はわかっているんですか?」


 味来は思いがけない質問に眼を丸くしたように驚き、なぜか菜々と顔を見合わせた。


「ははは。僕はそんな話をしたんだね。では、紹介するよ。僕の妻だ」


 味来は掌を隣に座っている菜々の方向に向けた。


「えっ?」


「だから、僕の妻だよ」


「ええええええーーー」


「相変わらず、やぎくんはいいリアクションをするね」


「そりゃあ、驚きますよ。住居だって別々ですよね?」


「突っ込むのはそこなんだね。いわゆる、別居ってヤツだね」


「なんじゃそりゃ」


「目的を成し遂げるまでは誘惑は遠ざけておくことにしたんだよ」


 何の誘惑かは知らないが、味来と菜々は農のリアクションにとても満足しているようだった。農は味来と久しぶりに笑顔で会話が出来たように思えて嬉しくなった。


 少し冷静になりまた当然の質問を味来にぶつける。


「ということは菜々さんも未来からタイムスリップしたということですよね?」


「そうだよ」


「未来からのタイムスリップした人は味来さんだけじゃなかったんですか?」


「違うよ」


 いつものことだが、詳細は質問をしないと教えてもらえない。


「未来からタイムスリップした人はいったい何人いるんですか?皆俺が知っている人ですか?」


「僕が把握している限りでは、僕と陸奥くんと菜々ちゃん、そして洞爺の四人。もしも他にタイムスリップしている人がいたとしても僕らは知らない」


 農がタイムスリップしてから最も身近で接していた洞爺の名前が出てきたことには驚いた。洞爺は陸奥や味来のの計画のことも知らないと言っていた。嘘を言っているようにも思えなかった。


「ちなみに二つの事件の計画内容を知っていたのは僕と陸奥くんだけ。菜々ちゃんと洞爺含めて他の誰も知らないよ」


 他の人に伝えなかった理由は語らなかったが、罪の意識を与えないようにするため。そして、万が一犯人として逮捕された場合の保険だったのだろう。今の農はそう考えるようになっていた。


 味来と陸奥が被害を与えた人や企業はすべて『株式会社さとう』と何らかの協力関係にあった。国からの保証も多少はあったが、満足する内容ではなかった。


 事実上の保証や再建の協力は全面的に『株式会社さとう』が行っていた。それができるほどの資金と体制があった。これをするために資金力と体制を培ったのだろう。被害を受けた人の中には『株式会社さとう』の社員となり、農業を続ける人もいた。

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