第20話 告白-2

 その後の夜営業はいつも通り閉店を迎えた。ただ、いつもより会話が少なく重い雰囲気であったと農は感じた。そう感じていたのは農だけかもしれない。


 閉店作業終了後、シェアハウスに戻った。農はリビングのソファに一人で座り、味来から突きつけられた事実を頭の中で整理しようとした。しかし、整理する前に怒りの感情が出てきてしまい整理どころではなかった。


「あんた、今日はどうしちゃったの?」


 突然、早生の大きな顔が農の目の前に現れた。驚きのあまり農は今まで出したことのないような変な声が出てしまった。心臓が止まるかもしれないと感じたのは初めてかもしれない。


「別になにもない。もしかして俺の心配をしてるのか?」


 農は気丈に振る舞い、早生にいつもの憎まれ口を叩いた。つもりだった。しかし、早生の返しはそっけなく冷ややかだった。


「あんたの心配じゃない。チームの雰囲気を乱してるのがあんたのような気がしたから」


「乱してるのは他の奴らだろうが」


 つい大声を上げてしまった。もしかしたら、早生も何か事件に関わっているのかもしれない。農の不信感の範囲は急速に広まっていた。


「お前も何か知っているのか?何か関わっているのか?」


「は?何のこと?」


「除草剤散布や『株式会社さとう』のシステム侵入の事件のことだよ」


「は?何言ってんの?バカなの?知らないし、関わっているわけないでしょ?」


「信じていいんだな?」


「しつこい」


 真意はわからないが農は少しホッとした。ただ、自分が納得するために話を続けた。


「これらの事件は味来さんが計画したらしい」


「そうなんだ」


「お前もかよ。近くにいる人が犯罪を犯していたんだぞ。なんでそんなに冷静なんだよ」


「あんたの様子がおかしかった原因はそれか。源助や洞爺さんに同じ話をして私と同じ反応でもされたか」


 だった。いつも通り鋭い早生が源助と同様に驚きもせず冷静に納得をしているようだった。農からすると『異常』としか思えない反応だった。源助と同様に何も知らなかったのは嘘だとは思えない。


「なぜ?」


 早生は突然おかしなことを言い放った。


「なぜ?って?」


「味来さんはなぜそんなことをしたの?」


「理由があったら犯罪を犯してもいいのか?」


「真実を知ろうとせずに事実だけで騒いでいるあんたは滑稽だって言ってるの」


 荒々しい言い方で興奮状態の農に対して、早生は呆れたようにため息交じりで落ち着いて話す。


「じゃあ、お前はその理由を知っているのか?」


「知らない」


「わからない。お前の言っていることはわからない。知らないのになぜそんなことが言える?」


「信じてるから」


 早生は『なぜそんなことを訊くのか』と言わんばかりにまた呆れたように言った。


「あんたの話がすべて事実だとして、肯定すべき行動ではないけど味来さんが何の考えもなくそんなことをするとは思えない」


 そもそも早生曰く、今回の事件はいくつか不可解な点があり、具体的な目的があるほうが納得する、と。


 話題をつくりたいだけにしては範囲が広いこと。


 同一犯ならなぜ二つの事件を同時または続けて起こさなかったのか。


 失業者や農業を辞めた人の報道を聞かなかったこと。


 農はそのような考え方をしたことがなかった。そのような見方をしたことがなかった。そして、早生がそのようなことを考えていたことに農は驚いた。恐らく、源助や洞爺も早生と同様の見方をしていたのだろう。


「お前、いろいろ考えているんだな?」


「はあ?あんたが何も考えてないだけでしょ。バカなの?まあ、あんたより味来さんとの付き合いも長いからね」


 農はいつもの調子に戻ったような気分になった。


「気になるなら本人に理由を訊いてみたら?」


 早生の言うとおりだった。騒ぐ前にきちんと話をするべきだった。そんな簡単なこともわからなくなっていた。おそらく、農はその『理由』を知っている。『目的』を知っている。『目的』をわかっているだった。


 早生は『おやすみ』と言い、自分の部屋へ向かった。


 次の日、農は味来に会いに行った。社長室に向かうと今度は味来が一人で待っていた。そして、農は目の前の味来に質問をした。


「なぜ、二つの事件を計画し実行したんですか」


「君はわかっているんじゃないのかい?」


 味来が未来で見たこと、体験したこと。過去のこの時代に来て、その味来を変えるという目的があること。農はそれらの話を再度思い返し、本当の意味で理解しようとしていた。


 農は事件の報道の内容と入手可能な情報を整理してみた。農作物の被害状況。被害に遭った農家の失業者数。農作物の物価の変動状況。


 被害にあった農家が激怒する発言は記録にあったが、収入がなくなったり農業を辞めるなどの生活に直接関わる記録はほとんどなかった。ただし、詳細の記録は確認することが出来なかった。


 むしろ不満や不安の発言が多かったのは一般消費者や飲食店、食品加工業者などの購入者からだった。物価の急上昇によるものだ。


 今ならわかる。理解しようとすることができる。味来が描いていたシナリオなのだろう。理解はしようとするが納得はできていなかった。


「未来を変えるため」


「そう、あの悲劇を避けるために今回のことを計画し実行した」


「でも、なぜその目的のためにこんな犯罪を犯したんですか?」


 味来は自身が過去にいると気づいた時、最初に思ったことは悲劇を回避する機会が与えられた。自分が回避しなければならないという使命感だった。恐怖や困惑よりも先に。そして、そのために何をすべきかを考えた。


 この時代が悲劇の十年前であることがわかってからは、その目的を果たすためにはいつまでに世の中をどういう状況にしなければならないか。そのためにはいつまでに何をすべきか。そのためにはどのような人材が必要か。


 悲劇があった時代で味来が培った情報を最大限に活用した。資金・人材・情報を集める計画を数時間で立て、即座に実行した。


 その計画の中に今回の二つの事件が含まれていた。この事件が計画の大きな分岐点となる予定であり、実際に分岐点となり、『農場工場普及の加速』『農場工場のシステムの見直し』『ドローンの法整備の加速』『農場の必要性の再認識』が始動している。


「まあ、いろいろ考えたんだけど、この手段が最も効果的かつ最速で目的に近づけると思ったんだよね。」


「それが犯罪だとしても?」


 農は『目的』を知っていたはずなのに、『犯罪』とその『目的』を結びつけることを拒んでいた。

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