第19話 告白-1
味来の突然の告白に農の頭は真っ白になった。
「犯人?何の冗談ですか?」
「冗談じゃないよ」
味来と陸奥陽光は農に紹介した後、再び大きなソファに腰掛けた。
「やぎくんも座りなよ」
味来から発せられた言葉は、農には届いていなかった。
「そんなこと急に言われても悪い冗談としか思えないですよ」
そして、陸奥陽光は犯人しか知り得ないはずの情報を語り始めた。
『株式会社さとう』から除草剤を持ち出した手段・時刻。
ドローンを使用して除草剤を散布した手段・時刻・場所。
これらの詳細は報道されていない。詳細は不明とされていた。
もちろん、陸奥という男が味来のふざけた笑えない冗談に付き合わされているだけかもしれない。農を試しているだけなのかもしれない。
ただし、冗談にしては出来すぎている。すべて辻褄が合う。
「なんだよそれ?」
「なんで急にそんな話を俺にするんですか?」
「僕たちがやろうとしていることに、未来を変えることに君は協力してくれると言っただろう?それとも僕の話が嘘だと思っていたのかい?信じてなかったのかい?」
「そんなことない。信じてます。ただ、犯罪の手助けをするとは言ってない」
「君は犯罪に加担はしてないよ」
「そうじゃない。そういうことじゃない」
戸惑いと怒りの感情が入り交じっている。農の声量が徐々に大きくなっていった。陸奥の話は嘘じゃない。すべて事実だ。
ここまでの話を聞いて、農はふと疑問に思った。『株式会社さとう』のシステムは超一流エンジニアたちが創り上げたと聞いている。
いくら凄腕のハッキング技術を持っていたとしても作業が短時間過ぎるのではないだろうか。
侵入するためのパスワードや会社の状況などを把握していなければこれほど短時間でこれだけのことを実施するのは不可能ではないのだろうか。
共犯がいるのではないだろうか。ただ、共犯者が多くても逆に目立ってしまうのでは?様々な疑問と憶測が農の脳内を駆け巡った。
そして、その疑問と憶測が見当違いではないと思える言葉が味来から告げられる。
「今回の事件を実行したのは陸奥くんだけど、計画したのは僕だよ」
「は?本当に何を言っている?」
農の全身が怒りで震えているのが自分でもわかった。
また信じたくない予想が農の脳裏をよぎった。
「源助はこの件に関わっているのか?」
除草剤散布事件が実行された当日、『Sugar』のメンバー含めて農場で収穫作業が行われていた。しかし、そこに源助の姿はなかった。
予定が合わなくてその日は来れなかったと洞爺が言っていた。『普段から収穫に参加することはない』ではなく『その日は予定が合わなくて来れなかった』。その『予定』とは除草剤散布のためのなんらかの準備をしていた。ということではないだろうか。
「源助に直接に訊いてみたらどうだい?」
農は味来に対してこれほど憤怒の感情を抱いたことはない。今まで感じたことのない感情だ。怒りでどうにかなりそうだった。
「ああ、わかったよ。直接訊いてやる。今聞いたことすべて話してやる」
農の怒号が社長室に響いた後、農は足早に社長室の扉に向かった。そして勢いよく扉を開け、扉が閉じる大きな音と共に立ち去った。
「またずいぶんと煽ったね」
陸奥が少し呆れたように味来に言った。
「そんなつもりはないけど。事実を言っただけだよ。」
味来が笑顔で答えると、また扉が開く音がした。
「あれ、やぎくんは?」
菜々が三人分のコーヒーを持ってきた。陸奥は農が来てから立ち去るまでの事情を菜々に説明した。
「またずいぶんと煽ったわね」
「でしょう?」
「事実を言っただけなんだけど」
農がいた時とは違い、話の内容にはそぐわない笑い声が響いた。
「菜々ちゃん、久しぶりだね。元気してた?」
「元気してたよー。本当に久しぶりだね。数年ぶりだもんね。陸奥くんこそ私に会えなくて寂しくなかった?」
「寂しかったー」
「おいっ」
「味来くん、妬いているのかい?」
「まあね」
また笑い声が響いた。
「せっかく雪ちゃんの自信作のコーヒー豆で淹れてきたのに。やぎくんにはまた今度振る舞ってあげようかな」
「今度があるといいね」
味来は切に願った。
農が『Sugar』に戻ると仕入れから戻った源助がいた。農は足早に源助に向かっていき、急にひどい剣幕で問いかけた。
「お前は知っていたのか?」
「は?急になんだよ?」
「陸奥陽光が農場に除草剤を散布したこと。陸奥陽光が農場工場のシステムに侵入したこと」
「知らねえよ。
「信じていいんだな?」
「知らねえって言ってんだろ?しつこい」
農はホッとした。源助への疑いは晴らすことができた。
「味来さんがこれらを計画していたことも知らないんだな?」
「そういうことか」
源助の一言に戸惑いと怒りの感情が農に戻ってきた。
「どういうことだよ?味来さんが計画してたことは知ってたのかよ?」
「知らねえよ」
「じゃあ、なんでそんな言い方になるんだよ」
「知らなかっただけで、納得しただけだ」
「何を言っている?なんで犯罪に納得してんだよ?」
「はあ?お前、話にならねえな」
源助はそう言うとその場から立ち去った。源助のその言い方と眼からは『失望』と『哀れみ』を感じた。
他の仕事に向かったのだろう。農は源助が立ち去った後、洞爺が近くにいたことを認識した。
「聞いていたんですか?」
「全部ね」
今まで洞爺が近くにいたことに全く気づかなかった。
「洞爺さんはどこまで知っているんですか?」
農は洞爺が何かを知っている前提で問いかけた。
「源助と同レベルだよ」
「『何も知らない』とは言わないんですね?」
洞爺はその後、何も言わなかった。
農は今までなんとなく感じていた違和感。農の周辺の人々は何かを隠している。
そして、新たな疑念すら感じ始めていた。ただの犯罪集団なのではないか、と。またさらに事件を起こすのでないだろうか、と。
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