第12話 イベント-5
朝からそんな驚く情報を入手しながらも屋台の準備は着々と進んでいた。
農と源助チームのメニューは『ナスの春巻き』に決めていた。屋台のため調理時間や食べやすさ、そして食べ応えを考慮してこのメニューになった。このような経験がない農にとっては源助の助言はとても大きかった。
そして、嫌でも農たちの目に入る隣の屋台で作業をしている洞爺と早生チームのメニューは『コロッケ』だった。
「あー、揚げ物真似しやがったな」
「真似してないよ。お互い情報交換してないでしょ」
「いちいちうるさい。黙って仕事しろ」
源助、洞爺、早生のコントが繰り広げられている中、後ろから聞き覚えのある声がした。
「おはよー。春巻きとコロッケ。食べたーい」
「私も食べたーい」
「綾目さん、今日はよろしくお願いします」
「やぎくん、よろしくね。あと雪でいいよ」
「では、雪さんさっそく揚げたてをどうぞ。菜々さんもどうぞ」
「あら、ありがとう」
農と源助チームの『ナスの春巻き』を雪と菜々に試食をしてもらった。
「春巻きの中にナスのグラタンが入ってるの?」
「ホワイトソースになすとレンコンを混ぜて春巻きの皮で巻いて揚げたんです」
「この食感はレンコンだったのね、おいしいわ」
菜々と雪には好評だった。まずは安堵して良いのだろう。
「僕にも食べさせてよ」
隣の屋台にいる洞爺と早生にも食べてもらうことになった。
「うん、いいね」
「うん」
悪くないという評価だと判断して良いはずだ。この二人からの『おいしい』は今回もおあずけのようだ。
「不味いと言われない限りは勝負できると思っていいぜ」
二人と付き合いが長いであろう源助の発言は嘘ではないだろう。農にとっては安堵できる発言であったが、源助からフォローされるということについては不気味に感じてしまうのだった。
今度は洞爺たちのコロッケを農たちが試食することになった。普通のコロッケではないと思っていたが、流石洞爺だなと農は思った。
半分に切ったジャガイモをくり抜いて、容器に使っていた。そこに潰したジャガイモとタマネギ、レンコンを混ぜたものを戻して衣をつけて揚げていた。ここで栽培された大きいジャガイモだからできる調理法だと農は感じた。
「あー、レンコン真似しやがったな」
「真似してないよ。お互い情報交換してないでしょ」
「いちいちうるさい。黙って仕事しろ」
源助、洞爺、早生のコントが再び繰り広げられた。
「相変わらず、仲良しねー」
雪と菜々は笑いながらこのコントの様子を眺めていた。源助が勝負できるというなら間違いはないのだろう。あとは、きちんと回せるかにかかっているはずだ。やるしかない。農に気合いが注入された。
「おはよう」
そろそろ客が来ると張り切っていると、屋台の試食をして回っていた味来が農たちの屋台にも来た。
「やぎくんのところは春巻きか。雪ちゃん、ひとつちょーだい」
近所のおじさんか、とツッコミたくなるくらい軽い言い方だった。
「はい、どうぞ。お金はくれるのかしら?」
「これは管理者としての試食だから」
これは『職権乱用』という言葉が当てはまるのだろう。
「菜々ちゃん、ひとつちょーだい」
今度は隣の屋台の洞爺たちのところへ職権を乱用しに行った。
「うん、やぎくんの春巻きも洞爺くんのコロッケもおいしいね。ただ、朝食を食べなかったとはいえ、これだけ食べるとお腹いっぱいだよ」
すべての屋台の試食をしてきたそうだ。確かに今日、味来は『Sugar』に朝食を食べに来なかった。その時、味来が来なかった理由は気にならなかったが、このためなのだと農は納得した。
イベントの開催時間となり想像以上に多くの人が集まってきた。天候も程良い日差しのイベント日和で、雰囲気はまさにお祭りのようだった。
まだ生産量が確保できないため、ほとんどの場合飲食店でしか食べることができない『さとう』の野菜。取扱店には『さとう』の名前が表示してあるため、食通の人たちにとっては名が知れているブランド野菜である。
そんな一般消費者にはほとんど流通しない農作物が販売されるということで、大反響となっていた。
屋台では販売されている農作物を使用しているため、希望者にはレシピを提供していた。屋台も農作物も売れるという相乗効果を狙っているのだろう。
その相乗効果は遺憾なく発揮されていると感じるほど、どこの屋台も大繁盛していた。
それは農たちのところも例外ではなく、慌ただしい時間を送っていた。当然、列を作るほど繁盛しているということもあるが、慌ただしい時間になっている要因のもう一つは綾目だった。
「二つください」
三人組に注文されると、
「三人なのに二つでいいの?」
と返す。そうすると、
「じゃあ、三つください」
となる話術を持ち合わせていた。そして、とても手際が良く回転がものすごく速い。というわけで、とてもありがたいことなのだが農たちは慌ただしい時間を過ごしていた。
無駄な動きのないデキる源助がいなければ、『客の待ち時間』が発生していただろう。源助たちとの会話はほとんどなかった。決して雰囲気が悪かったわけではなく、会話がなくても必要なタイミングで必要なことをやっていたため、農は言葉で伝える必要がなかっただけだった。
隣の洞爺たちの様子を気にする余裕はほとんどなかった。とはいっても、農はやはり気になりチラッと見てしまう。繁盛しているのはもちろんだが、そこには無駄な動きのないデキる早生がいた。そして、雪と同様に巧みな話術により売上げを伸ばしている菜々の会話が聞こえてきた。
農がそんなことを思ったときに思い出したことがあった。洞爺たちと売上げの勝負をしているのだと。正確には『源助と洞爺が勝負をしている』のだが、農も負けるつもりはなかった。
最強の助っ人と売り子がいるので、勝負の鍵を握るのは洞爺と農だろうと勝手に解釈をして志気を上げた。
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