第11話 イベント-4

「こっちは落ち着いてきたから、やぎくんは味来さんのところに手伝いに行ってくれるかな?『株式会社さとう』も避難所になっていて、人手が足りなくて困っていると思うから」


 洞爺から味来に連絡をしてもらい、農は『株式会社さとう』に手伝いをしに行くことになった。味来はいろいろな対応に追われているということで、農は洞爺から直接社員食堂に向かうように言われた。


 徒歩数分で『株式会社さとう』に到着し、農はビルの入り口から入って驚いた。ここも停電しているとは思えないくらい明るかった。ここへ来るのは二回目だが、社員食堂の場所は覚えていた。


「『Sugar』から手伝いにきた保料ほしなです」


 農は食堂の責任者らしき人に自分の名乗るとその人は少し困った顔をした。農はもしかしてと思い、言い直した。


「『Sugar』から手伝いにきたです」


 その責任者らしき人は納得したように『待っていたよ、よろしくね』と仕事内容を説明してくれた。


 自分で言うのは恥ずかしかったが、農の名前が間違って伝わっていた理由をかなり要約して説明するとその人は笑っていた。そのとき農は思った。味来は農の本名を知らないのではないかと。その可能性はとても高い。


 このビルで一夜を過ごす人も数百人ほどいる見込みということで、翌日の朝食の準備が始まっていた。農はその準備の手伝いをした。その準備も終わる頃に味来が労いにきた。


「やぎくん、お疲れさま。今日はありがとう」


 農は名前について確認すると『知ってるよ、やぎくん』と返事が返ってきたので、この件について追求することは諦めた。


 このビルにも大容量の蓄電池が地下に数台設置されているという。農場工場では電力供給が停止すると当然、農作物に大きな影響を与えてしまう。


 このビルの壁一面がソーラーパネルになっていて、ほとんど電力は自社で賄えているようだ。ソーラーパネルが損傷した場合などは、ドローンにより損傷部分を交換するそうだ。よって、外部からの電力供給が停止しても、農場工場への影響はほぼ無い。


 さらに、その蓄電池は『株式会社さとう』と他メーカーの共同開発品であるというのだから驚きである。『株式会社さとう』はただの農業会社ではないようだ。


「必要なことはなるべく自分でやった方がいいでしょ?」


 相変わらず味来の話のスケールは大きいと農は感じた。


「蓄電池を共同開発しているメーカー『Onion』の社長の娘さんが洞爺くんのお店でアルバイトしているはずだけど、会ったことない?」


「『Onion』?いいえ、ないです。早生の他にもう一人アルバイトがいることは聞いてはいるんですが・・・・・・」


 そのもう一人のアルバイトに会えるのはいつだろう?いままで気にしたことはなかったが、農はその出会いが少し楽しみになった。


 農の仕事はここまでということで『Sugar』に帰ることにした。『株式会社さとう』のビルを出ると周りはまだ真っ暗だった。


 そして、太陽が灯りをもたらし始めた頃に電力供給が再開した。


 数日後、あっという間にイベント当日になってしまった。イベントの開催場所は『株式会社さとう』に隣接する広場だった。イベントを開催するには最適の場所だ。出店する人たちはイベントの開催時間よりも前から屋台の設置や仕込みなどの準備をしていた。


 屋台の前準備も含めて一人だけ助っ人を登録することが認められていた。二人で調理をして店を回さなくてはならないということだ。


 助っ人はエントリーした料理人が選んで良いことになっていた。知り合いがまだ少ない農にとってはあまり選択肢がなかった。助っ人が必要だけど見つからない場合は、人数に限りはあるが『さとう』の食堂の従業員にお願いしてもらえることになっていた。


 そこで、農は洞爺に助っ人を頼んでみたが、『その日は用事があるからごめんね』と考える間もなく断られてしまった。しかし、断られた後に洞爺から意外な提案があった。


「源助はどう?」


「源助?」


「彼もなかなかできるよ。もしまだ声をかけていなかったら訊いてみるといいよ」


 確かに知人に手伝ってもらう方がいいが、農と源助との距離間はまだまだ遠く感じた。早生との距離間と同じくらい遠い。


洞爺の提案にあまり気は進まなかったが、駄目元で源助に頼んでみた。すると意外にも二つ返事で承諾してもらえた。ということで、農の助っ人は源助に決定した。


 屋台で使用する食材の発表後、僅かな時間でいくつかのメニューを考えて源助に助言を求めた。源助からは的確な助言をもらうことができ、短時間でメニューを決定することが出来た。


 メニューを決定した後も源助の出番だった。おおよそのイベント参加人数や売上げ数を予測して仕入れ量を決めた。イベントの情報が皆無だった農にとって、最強の助っ人となった。


 農たちが割り当てられた場所で準備をしていると、隣の店には見慣れた人の姿があった。洞爺である。


「あれ、洞爺さんは別の人の助っ人だったんですか?」


「いやいや、助っ人じゃないよ。僕もエントリーしているんだよ。ちなみに助っ人は早生ちゃんだよ」


「えっ、えええーーー!?」


 驚いている農の顔を見た洞爺は笑顔だった。


「なんで教えてくれなかったんですか?」


「ごめん、言い忘れてた」


 いつものように笑顔の返答。


「洞爺、今年は負けねーからな」


 なぜか威勢良く宣戦布告したのは源助だった。


「源助は洞爺さんが参加すること知ってたの?」


「当たり前だ。は俺がわざわざ助っ人になってやったんだから、負けたら承知しねーからな」


 いつもは源助がエントリーしてイベントに参加していたらしいが、洞爺に勝てたことがないという。農が助っ人の依頼をした後、エントリーを取消したらしい。今年は戦法を変更したということなのだろう。


「やぎくん、期待されているね。お互いがんばろう」


「うるせー。今年はいつもと違う方法で参加するのもいいかなと思っただけだよ」


 素直に期待をされていると捉えていいのだろうか?なぜそこまでして勝ちたいのだろう?もちろん、参加する以上は相手が誰であれ負けるつもりはない。不安と疑念とやる気が農に追加された。


 確かに『洞爺の用事』が何かを訊かなかったが、言ってくれても良いのでは?と農は感じていた。源助の件もそうだ。『言い忘れてた?』洞爺は確信犯であることを確信した。


 この人たちは時折、何か大事なことを言ってくれていないのではないかと農は感じていた。

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