第4話(その5) ~春風 椎・椎名町サンロード~
私は師匠が写り込んでいる奏のスマートフォンから、広い野原を駆け回る小さな狼へ視線を移した。
「そう言えば、シンジウはなんで檻に入らなくてもいいんですカ?」
「それはね、日本に伝わる昔からの伝統だからだよ。元寇の時、壱岐で飼われていた人の言葉を喋る狼が、不思議な力で軍勢から民衆を守ったという伝説が残っていて、それから喋る狼は伝統的な特例でいろんな事が認められているんだ。そして、うちの神社はその喋る狼が神様ってこと。ボクはこう見えて、巫女さんなんだよ。見えないでしょ~?」
「私はまだ巫女さんを見た事無いので、わからないデス」
「そ~なんだ、いつか巫女衣装のボクを見せてあげるね!自分で言うのもアレだけど、結構似合ってるんだ」
「楽しみです。あと、もう1つ気になたコト、あります」
「どうぞ」
私は質問の前に数秒程、間を置いた。この質問が奏を怒らせないか、ちょっぴり不安だったからだ。でも、好奇心には勝てず、口を開いた。
「ワタシ、『ボク』とは男の人がよく使うものだと聞いてマす。カナデは女の人なのに使てまス。もしかして、巫女だから『ボク』を使ているんですカ?」
「えっ?なんでわかったの?すっご!」
奏はとても驚いた表情をしている。4401号室の時とは違い、演技などではない。私の予想は、本当に当たっていた様だ。
「なんとなく……デス」
本当に話の流れで、なんとなく言っただけだった。そこに理論や理屈なんてない。勘とでも言えば良いのだろうか?
「やっぱ、椎は頭良いんだねぇ。キミの言う通り、巫女であるボクは、神様の『僕(しもべ)』だから『ボク』って名乗ってるの。どう、素敵じゃない?」
「すみません、シモベの意味がわかりまセン。教えてください」
「え~っと、神様が社長だとしたら、ボクは社員ってこと。あと、『僕』と書いてシモベとも読めるんだよ」
「なるほど、わかりましタ!カナデ、神様の下で働いているんですね。その理由なら、『ボク』は素敵な言葉と思いマス」
小学校の教師をやっているだけあって、奏の説明はわかりやすかった。
✩☆✩
私達が窓際で談笑をしていると、庭を走り回っていたカートが声を掛けて来た。
「椎お姉ちゃん、おれと一緒に遊ぼ!」
「こらこら、まだ日本に来たばっかりで疲れているんだよ。椎、今日はゆっくり休んでいいからね?」
奏はカートを優しく諫めた。
が、自分に対しては「嫌じゃなければ、遊んできてもいいよ?」というニュアンスで語っているのが、なんとなくわかった。ちゃんと、私に選択肢を残してくれている。「奏は本当にいい人なんだな」と私は思う。
「カナデ。せかく、誘てくれましたし、少しだけカートと遊んできマス」
私は奏にこう言うと、玄関に戻った。土間に置いた靴を手に取り、再び窓際に戻る。そして、私達だけの秘密の裏庭に飛び出していった。カートの元へ走っている途中、私は後ろを振り返る。
そこにはソファに座って、にこやかに手を振る奏の姿があった。
――まるでお母さんみたいだ。
胸の底が仄かに暖かくなる。私は立ち止まって振り返った後、小さな子どもの様に両手を大きく振った。くしゃくしゃの笑顔を、大好きなあの人に見せながら。
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