第3話(その8) ~春風 椎・名前の無い交差点&4401号室~



 "Ability borrowed from God"



 略して「ABG」。生物としての構造上、本来成し遂げられない所作を実現できる、特殊能力や超能力を指し示してこう呼ばれる。


 能力者達は「Borrower(ボロワー)」と呼ばれ、2038年現在、人類種全体の約6割が、何かしらの異能を身に宿していた。


 ボロワー達がこの不思議な力を使えるのは「God's cell」、通称「G細胞」と呼ばれる特殊な細胞が、体内で覚醒しているからだ。

 

 親子間で能力の傾向が遺伝する事もあるが、例えボロワー同士に産まれた子どもだからといって、必ずしも神貸能力が扱える様になるとは限らない。子孫の4割は非能力者、つまり「Laurentech(ローレンテック)」として一生を過ごす事になる。


 ローレンテックとは、神貸能力学の分野で有名なユウマ・R・セリザワ博士が造った造語で、「何でもないもの」という意味だ。両親がどちらもローレンテックだった場合、6割の子どもはボロワーとして、この世に生を受ける事となる。


 一個体が複数の能力を獲得する事もよく見られる。実例だと、私の姉は少なくとも4種類以上の神貸能力を持っていると、世界に公表されていた。


 G細胞が発現するシステムは、2038年の科学力を以ってしても、まるでわかっていなかった。まさに神のイタズラである。


「つまり、カート君は人間の言葉を話す神貸能力を持ているという事デスね?」

 私は覚えたての言葉を使って、奏に尋ねた。


「ピンポ~ン!能力を持っているとは言っても、カートは子どもだから、まだ言葉を覚えている段階だけどね」


「カート君、質問デス。あなた、能力の名前はなんですカ?」


「の、能力の名前?なぁに、それ?」

 カートは不思議そうに首を傾げながら言った。


「あ~ごめんごめん、ボク、この子にはまだ登録名教えてないんだよ」

 今度は奏がここでフォローに入る。


 アメリカをはじめとする先進国では、神貸能力が発現した後、ボロワーは役所に届け出を提出する義務が課せられている。


 これは神貸能力を悪用した犯罪行為を予防するための施策であった。能力名は書類を提出する際に必要となり、公的な手続きを終えた全てのボロワーは、その特殊能力に名前を付与していた。


「カートの能力名は『人語を操れる程度の能力』だよん、どや?」


 奏はこう言い終えると、狼の頭を撫でる事をやめて、腕組みをした。そして鼻息を荒げ、「フンッ」という音をわざとらしく立てた。私にはよくわからなかったが、きっと凄い名前なのだろう。


 ふと、キャラウェイの方に視線を移すと、ネームセンスがよっぽど衝撃的だったのか、だらしなく口を広げていた。ん?私は彼の態度に違和感を感じた。


「え?奏さん、彼の能力をそんな名前で登録したんですか?」


 とキャラウェイが、ひどく驚いた様に言った。まるでカートが可哀そうだと言わんばかりに。


「そんな名前って、ちょっとひどくない?教授、『東方Project』知らないの?」


「知りません、初めて聞きました。椎さんはご存じでしょうか?」


 私も東方Projectを知らなかったので、真顔で首を横に振った。プロジェクトというからには、仕事についての話なのだろうか?まるで見当がつかない。


「もう!教授も春風ちゃんも仕事ばっかりしてないで、もっとたくさんゲームをしなさい。お姉さんからの忠告だよ!」


 先程までのドヤ顔はどこへやら、奏は不満そうにしかめっ面をしていた。



✩☆✩



 ABG――すなわち神貸能力は、大きく分けて5つに分類できる。私が10歳の頃に、シナモンから教わった事だ。


 彼がテキストを自分に見せながら、わかりやすく説明してくれた場面を、私はホームビデオを再生する様に、鮮明に思い出す。


 下記はそのテキストの1部である。



~~~~~~~~~



①アニマル能力(Animal ability)

通称・A能力

他種の動物が持っている能力を獲得できる。

例→猫の跳躍力、犬の嗅覚



②ボディ能力(Body ability)

通称・B能力

生物が保持していない特性に因んだ肉体変化が起こる。

例→身体の鋼鉄化、ゴム人間になる



③コントロール能力(Control ability)

通称・C能力

物や生物を操作する能力。

能力によっては、操作対象に手に触れなくても発動する。

例→テレキネシス、パイロキネシス



④シェア能力(Share ability)

通称・S能力

概念を操作する能力。

効果範囲が全世界に及ぶものも存在する。

他人と能力の効果を共有しているので、シェアと名付けられた。

例→時間停止、強弱関係の逆転



⑤アンノーン能力(Unknown ability)

通称・U能力

上記4種類のどれにも分類できない能力。

もしくは、複数の種類の要素を兼ね備えた複合能力。



~~~~~~~~~



 私は床でおすわりをしているカートに視線を移した。


 彼が持つのは「人間の」言葉を操る程度の能力、他の動物の力を発言させているので、分類はA。つまり、アニマル能力ということになる。


 奏もボロワーなのだろうか?


 私は知りたいと思ったが、聞けなかった。なぜならば、アメリカでは相手の――特に初対面の相手にABGの内容を聞くのは、初対面の相手に年齢を聞くことと同じぐらい失礼とされていたからだ。これは昔、アメリカ国内で能力の有無による差別が社会問題になった事が理由らしい。


 カートは人語を喋ることが能力だったので、会話の流れで自然と聞けたが……奏はまだ己の能力に関わる事を自分から話していない。


 仕方がないので、もう1つ考えていた事――やってみたかった事をカートに聞いてみた。


「カート君、ワタシはあなたを撫でたいです。いいですカ?」

「もちろんいいよ!たくさんナデて!ナデて!」


 カートが返事をした時、彼と眼が合った。金色の眼球だ。琥珀の様に美しいその眼は、私が抱いていた「Wolf eyes(狼の眼)」のイメージにぴったり符号してた。瞳孔は黒く、大きく、そして柔らかい光を放っている。


「どこ触れテ欲しいデスか?」

「尻尾以外なら、どこでもいいよ~」


 そういうとカートは、私に自分の後頭部と左の横腹を見せる形で寝転んだ。


「ジャ、じゃあ、よろしくお願いしまス」

 私は両耳の後ろを、右手でゆっくりと撫でた。


 なでなで、なでなで――


 カートの顔を見ると、奏にされていた時と同じ様な恍惚の表情を浮かべていた。手を徐々に首の後ろへと動かしていった。言葉こそ発していないが、とても気持ちよさそうだ。


 首周りをたっぷりと愛撫した後、背中を撫でてあげた。もう一度、カートの顔を見ると目を瞑って満足そうにしている。


 ここで私は変な気分になった。この丸くて小さい生き物を、力いっぱいギュッと抱きしめたくなってしまった。もちろんそんな事をしたら、この子はきっとケガしてしまうし、私は彼に嫌われるだろう。わかっている。わかっているけど……


 私はこの衝動の名前を知っている。


 「キュートアグレッション」


 とても可愛いものに対する攻撃的な衝動だ。大きすぎる感情を調整する為、あえて反対の表現を行うことで、その大きな感情を調整しているのだ。人間は往々にして、こうしたエラーを抱えている。


 元々、私は大の動物好きだ。しかし、動物の言葉がわかる神貸能力を持っている姉と違って、自分には彼らの気持ちが正確に汲みとれなかった。その為、彼らに遠慮して激しいスキンシップをしたことがなかった。


 カートに触れながら、私は彼と全力でじゃれ合う自分の姿を妄想する。


 "I’m dying from cuteness!!! "

 (ヤバイヤバイヤバイ、この子が可愛すぎてマジでキュン死しそう!!!)


 本当はこんなありふれたスラングを叫びながら、カートを抱いて、大理石の床を縦横無尽にぐるぐる寝転びまわりたかった。そう出来たらどれだけ楽しいだろうか?それは限りなく天国へ近付いた行動の1つとして、後世へ語り継がれるに違いない。


 様々な空想を交差させ、色々と思考実験をした結果、今回は我慢する方へ軍配が上がった。


「アノ、カート君」

 私はカートを撫でるの止め、声を掛ける。


「んにゃ?どうしたの?」

 ウトウトしていたらしく、カートは少し寝起き声だった。


「キミ、大きくなたら、思いきり、抱き締めさせて欲しいデス……だめですカ?」

「いいよ~おれ、やくそくする~」


 今まで生きていて、本当に良かった。この子の成長が待ち遠しい。カートが大きくなった時、今日我慢した分、思いっきりハグしてあげよう。

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