第3話(その7) ~春風 椎・名前の無い交差点&4401号室~
リビングに移動した後、北側のソファに私とキャラウェイが並んで着席した。奏は向かいの席に座った。彼女が連れてきた子犬は、大理石の上で真っ白な腹を天井に向けて、左右にゴロゴロ転がっている。
家主が新しく作ったコーヒーを3杯、テーブルの上に置いた。奏がエントランスのインターフォンを鳴らした時、コーヒーマシンにセットしていたものだ。私とキャラウェイは先程と同様、奏はミルクだけ入れて、それぞれ口にした。
一段落するとキャラウェイは、右手で私の方を示した。
「では、奏さん。改めて紹介します。こちらは春風椎さん。アメリカのカルフォルニア州サンノゼという街から、今日、日本にやって来ました」
「よ、よろしくおながいしまス!」
私は挨拶の後、その場に起立して、メアリーから教わった30度の敬礼を披露した。
「めっちゃ綺麗じゃん!これまでボクが担当していた子ども達に見せてあげたいレベル」
特訓の甲斐もあったのか、奏は私の所作にとても感心している様子だった。
「アメリカに日本人の友達が居タので、教わりまシタ」
「いいお友達だね、ぜひ一度会ってみたい」
奏は瞳を閉じた状態で腕を組み、うんうんと頷きながらゆっくり返答した。
私の説明が終わると、キャラウェイは掌で奏の方を示した。
「奏さん、日本語に慣れていない椎さんの為、少しだけ英語で喋りますね」
「えっ、別に構わないけど、変な事言わないでよね」
了承を取ったキャラウェイは、古場奏の説明を始めた。
『椎、こちらは古場奏。私の遠い子孫で、大学で教鞭を取っていた時の生徒でもあります。言うなれば、あなたの妹弟子です。
今、彼女は私が経営する小学校に勤務しています。奏があなたの担任の先生となりますが、メアリーみたいな、その――少しお調子者でして、どうか面倒を見てやってくれませんか?』
『えっ!?私、"小学生"なのに、おっきな先生のお世話をしないといけないんですか?それ、とってもウケますね!』
私はブッと吹き出した後、ジェスチャーを交えながら、彼に軽口を返した。
私の様子を見た奏は、不貞腐れた態度で、キャラウェイに文句を言った。
「あっ!今、絶対変な事言ったよね?英語はわかんないけど、雰囲気でわかるんだぞぉ」
「気にしすぎですよ。全然変なことは言ってません。ねぇ、椎さん?」
「ハ、ハイ!きゃらうぇい先生、悪い事言てナイです!」
慣れない日本語へ急に切り替えた事と、初対面の人間に嘘をついた事で、私はしもろどもろな口調になった。
「ホント?それならいいけどさぁ」
自分の新しい先生の表情をこっそり覗き見たが、どうやら私達の言葉をあまり信じていなそうだった。
✩☆✩
私と奏の自己紹介がそれぞれ終わった所で、キャラウェイは切り出した。
「さて、椎さん。最後に紹介する方がいます」
「この犬さんですよネ?」
私は灰色の犬に視線を落とした。この時、子犬は床を転がるのをやめて、退屈そうに腹這いで伏せている。
奏が子犬に話掛ける。
「お~い、カート。もういいよ~」
私は、彼女が言った「もういいよ」の言葉が妙に引っ掛かった。何か芸をしてくれるのだろうか?
子犬は4足で立ち上がった。
そして、人語を喋り出した。
「こ、こ、こんにちは!椎お姉ちゃん!よ、よろしくね!」
私とさほど変わらないレベルの日本語で挨拶した後、彼は小さくお辞儀をした。
――えっ?今、喋らなかった?このわんちゃん?あれぇ?え?え?
きっとこの時の私は、もの凄く間抜けな表情をしていたに違いない。口はあんぐりと開き、目は大きく見開いていた。
対面に座る奏を見ると、口に手を当てて、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている。まるでドッキリ企画が成功した仕掛人の様に。
「そうそう、その顔が見たかったんだよぉ~。いやぁ、春風ちゃんは反応が可愛いなぁ。
ゴホン!この子はボクから紹介するね!古場カート、生後3ヵ月の男の子。実は犬じゃなくて、アラスカオオカミなの!」
奏はカートと呼んだ狼の頭を撫でながら、自分の家族を紹介した。
カートは頭を撫でられながら、気持ちよさそうに目を細めている。
「古場センセ。質問、いいですカ?」
私は少しおどおどした口調で訊ねた。まだ冷静さは帰ってこない。
「いいよ~いいよ~なんでも聞いて!」
質問された奏は、自分とは逆に嬉々とした表情を見せている。
「カートくん、なんで話せルんですカ?」
「よくぞ聞いてくれたぁ!それはねぇ、この子の『
「シ、シンタイ……ノウ……リョク?」
それは私の知らない日本語だった。意味については大まかな予想が付くが、確証は全くと言っていいほど無かった。
「椎さん、『ABG』の事ですよ。神から
キャラウェイが助け舟を出してくれたので、自分の予想が当たっている事を確認できた。
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