第3話(その5) ~春風 椎・名前の無い交差点&4401号室~

 一段落着いたところでキャラウェイは一瞬、右手首に装着した腕時計へ視線を移した。その後、私に尋ねる。


「椎さん、少しネットニュースを観てもよろしいでしょうか?13時から、あなたのお姉さんの出来事が放映予定でして」

「どうゾ」


 了承を得た家主がスマートフォンを操作すると、床に置かれた円柱状の機械から真っ白な壁に向けて映像が映し出された。アメリカのニュース番組だ。キャスターは、英語で原稿を読み上げる


『今から3時間前、聖女「春風 林檎」が、北米最大級の犯罪組織「ロス・カルテル」のアジトを単身で壊滅させました。


 ロス・カルテルは、世界最大規模の軍事国家、アフリ統一連邦との強い繋がりを持っているとされ、今後の動向が注目されます。なお、アジトに居たメンバーは全て死亡したとの情報も入っています』


 3時間前とは言えば、ちょうど私が飛行機内で偏頭痛悩まされて、嘔吐しそうになっていた時だった。


 かたや世界最強の聖女様、かたや病弱で呪われた女。同じ日に同じ母親から生まれたはずの双子で、こうも違うものなのだから、世界は本当に不思議に満ち溢れている。私達についての論文でも書いみようかな?案外、面白い物が書けるかも。


 私は甘いコーヒーを啜りながら、そんな事をぼんやりと考えていた。


✩☆✩


 ニュースが終わった後、キャラウェイは私に外の景色を眺める事を勧めた。晴天ということもあって、窓の外には澄み渡った美しい青空が広がっていた。


 南西部を見ると眼下に赤煉瓦が目立つ立教大学、そこから住宅街を挟んで新宿の高層ビル群が目に入った。


 下からだと気が付かなかったが、東京は山が無くだたっ広い平野となっていた。そこに建物が隙間なく立ち並び、地の果てまで続いていた。


 私が関東平野に見蕩れていると、キャラウェイが後ろから話しかけてきた。


「今から400年以上も昔、この辺は水だらけの土地だったそうです。椎さん、池袋の由来はご存じでしょうか?」

「知らないデス」

「イケブクロとは、この様な漢字で表現されます」


 彼はスマートフォンを操作して、メモ帳に「池袋」と入力した後、私に画面を見せた。


「池は"pond"という意味ですね。この地には、かつて多くの池があり、それが名前の由来となったそうです。池には清らかな水が湧き、溢れて川となり、隣の雑司ヶ谷へ流れていたそうです」


「ワタシ、駅からここまで歩いてきましタ。でも、川や池は1度も見てないデス。先生、水はどこに消えてしまたんですカ?」


「池は埋め立てられました。都会での利便性を考えた結果そうなったのでしょう。あなたの言う通り、2038年現在、その面影は全く残っていません」


 先生の話を聞いて、私はなんだかセンチメンタルな気持ちになった。水が枯れた土地。もし悲しいことがあっても、池袋はもう泣くことも出来ないのだ。そのモヤモヤとした気持ちを、一体どうやって解消すればいいんだろう?

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