第3話(その3) ~春風 椎・名前の無い交差点&4401号室~
道なりに200mほど歩くと、西口五差路に突き当たった。
ここは5車線と6車線が交差する大きな交差点だ。五差路の内、1本だけ2車線となっており、北口の歓楽街の方へと延びていた。
交差点を囲むように、5つの地下街出口が設置されており、それぞれC5からC9と番号が振られている。
C9の出入り口、歓楽街に近い一角の広場には、立派なヒマラヤスギが植えられていた。
五差路の交差点で信号待ちをしていた時、若い男性2人組に声を掛けられた。
「お姉ちゃん!そこの帽子被ったツナギ姿のお姉ちゃん!何してんの?暇でしょ?」
1人は身長が180cmくらい。ガッチリとした体格で、茶髪が肩の辺りまで伸びていた。
もう1人は、中背の痩せた男で、不自然な日焼けの仕方をしていた。短い金髪はワックスで塗り固められ、重力に逆らう様に天へと伸びている。
背の高い男性が挨拶に続けて、早口でまくし立てる。
「俺さ池袋の王だから!一緒に遊んだら絶対楽しませてあげるよ!」
オネチャ?ツナギ?オゥ?ゼタノシ?
辛うじてわかった言葉は「イケブクロ」だけ。高速で並べられる彼の言葉は、私の耳には届いたものの、伝えたい意味を理解する事は不可能だった。まるで異国の音楽みたいだ。
「アノ……ワタシ、日本来たバカリなんです。ゆくり、喋テ貰えませんカ?」
私はお願いをした後、小さくお辞儀する。
「あ~外人さんか。なんか邪魔しちゃってゴメンね、ソーリー」
背の高い男はどこか気まずそうな、かつはっきりとわかる作り笑顔をして、手を振りながらその場を去って行った。その後ろから、慌てて金髪男が追いかける。
「おい、ユタカ。なんで途中で止めたんだよ?さっきの子、めっちゃ聖女に似ててタイプだったんだけど!」
「流石に外人は話題合わすのキツイからなぁ」
「バカじゃん、マジでもったいな!なぁ、あの娘さ、観光客なのかな?」
「移民じゃねぇの?若いから職業実習生とか?そういや、池袋北口もすっかり中華街になっちまったよなぁ」
ヌアオキ?イミン?ジシウセイ?
入国前に日本語を一通り勉強してきた椎ではあったが、ヒアリングにはあまり時間を裂けなかった。そのため、彼らが去り際に話していた言葉もまるで理解出来なかった。
――もしかしたら馬鹿にされてたのかな?でも、謝ってきたし……きっと違うはず?
――日本語も文字だったら読めるんだけれどなぁ。
思い詰めても仕方がない。こういった経験は初めてじゃ無いのだし、こぼれたミルクはもうコップに返ってはこない。
そうこう考えているうちに、西口五差路の歩行者信号が青に変わった。
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