第1話(その5) ~春風 椎・シリコンバレー~
過去の思い出に浸っていると、現代のメアリーが語り掛けてきた。
『そういえば、このパーティーが終わったら日本に行くんだっけ?』
『そうだよ~。キミの生まれ故郷!私、日本国籍も持っているのに、日本へはまだ行ったことないから、とっても楽しみ!』
『んで、サムライジャパンに行ったら何するの?まさか、いきなり聖女様に会うの?』
『まさかぁ!いくら私が林檎の妹だからと言っても、世界中を飛び回ってるあの子とは、そう簡単には会えないよ。そりゃ、とっても会いたいけどさ……。
まあ、まずは向こうの学校に通いながら、そこで色々と考える。今後、何をしていくとかね。溜まっていた仕事は片付いたし、時間はたっぷりあるんだから』
こう言い終えると、私は右手で目の前のテーブルに乗ったマルゲリータピザを掴み、口へと放り込んだ。ゆっくりとピザを咀嚼しながら、聖女について思考を巡らせる。
――春風 林檎。
私がアフリカで生き別れた双子の姉は、若干20歳にして、今や世界の最重要人物となっている。
「殺人ウィルスを操るABG」を持つ彼女は、2033年から2年間続いた第3次世界大戦を、たった1人で終戦させるだけの脅威となっていた。
かの喜劇王、チャーリー・チャップリンの映画「殺人狂時代」でこんな一節がある。
「一人殺せば殺人者、100万人殺せば英雄。数が殺人を神聖化させられる」
今から3年前の2035年4月、世界戦争の舞台に現れた林檎は、たった1ヶ月で約5億人を、自身の殺人ウィルスで殺し尽くした。
これは戦争が始まってからの2年間における戦死者6000万人を、悠々と超える夥しい数の死だった。
そして、世界は戦争をやめた。正確に言えば、もう続けられなくなった。
もし殺人狂時代の演説が真実だとするならば、林檎はすでに英雄を超え、もはや神にも等しい存在なのだろう。
春風林檎がニューヨークの国際連合ビルで、終戦のスピーチをしている所を、私は今日あった出来事の様にありありと思い出すことが出来る。
世界にたった1人だけしか居ない、自分と血が繋がった家族が、地球そのものを動かしている所を。
肩甲骨まで伸びた真っ黒なロングヘア、それをより目立たせる真っ白なロングドレス。きちんと手入れされた眉、どこか精巧に作られた人形を連想させるの美しい二重の眼。
演説中の林檎の容姿は、聖女という言葉がこれ以上無いくらい相応しかった。本当に自分と同じ17歳なのだろうか?
同じ日、同じ母親から生まれてきたはずなのに、片や全人類から尊敬と畏怖を集める偉大な姉、片やアメリカでグルグルと堂々巡りばかりしている妹。
アフリカでは一緒に暮らしていたはずの姉は、今ではもう手の届かない、とても遠い世界へ行ってしまった。
姉のスピーチを観ながら、そう感じずには居られなかった。
林檎は世界大戦の終戦処理を片付けた後、両親の故郷である日本を活動の拠点にすることを発表した。3年前の9月のことだ。日本は今後、彼女が居る限り永世中立国となる宣言をした。
さて、今の彼女と会ったら、私はいったい何を話せばいいのだろうか?
姉に会いたいという気持ちが、とても強い事は認める。シナモンと同じくらい姉の事は愛している。
あの時、林檎が私を逃がしてくれなかったら、きっとあの最悪な研究所で一生を終えていただろう。
でも、お姉ちゃんは、まだ私の事を愛してくれているのだろうか?
その答えを知るのが、とても怖かった。
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