第1話(その4) ~春風 椎・シリコンバレー~
『ねぇ、メアリー』
横に立っている友人に対し、私は少し不機嫌そうな振りをして語り掛けた。時刻は19:00、誕生パーティが始まって、既に1時間が経過している。
空はすっかり暗くなり、太陽の代わりに人工のライトが広々とした庭を、優しく照らしていた。
私達はプール近くにあるテーブルで、横並びで立食をしている。
『なんだね、春風くん?』
メアリーはシャーロックホームズの真似をして、おどけている。
『キミさ、テーブルコーディネートの時、何個グラス割った?』
『あたしさ、3つ以上の事覚えていられないの。だから、3個かな?』
メアリーは両手を頭に乗せ、口笛を軽く吹きながら更におどけてみせた。
その反応を見て、私はメアリーの顔を見上げながら、キッと睨み付ける演技をした。
『キミさ、それでよく学校を卒業出来たね……。答えは20個。ご丁寧に私の年齢に合わせてくれちゃって……』
『ごめぇぇええん!ホント、マジで弁償するからさぁ~』
『あれさ、バカラの特注品のグラスで1つ300ドルするんだって』
『さ、さんびゃくどるぅ~!?』
メアリーは両目ガッと開き、両腕をバンザイの形に真上へ持ち上げて、これ以上無いくらいの大袈裟な驚き方をしてみせた。
私は思わず吹き出しそうになるのをぐっと堪えて、怒った演技を続けた。
『つまり、合計6000ドル。払えそう?』
『む、むりぃ~。超高いサンフランシスコの家賃よりも、更にバカ高いじゃん。ぐぬぬ……こうなったら、本当にストリップショーで、ちょっくらひと稼ぎしてくるかぁ……』
✩☆✩
悲壮感溢れる友人の横顔を見ながら、ふと学生時代の思い出が脳内を過ぎった。それはプライマル・スクリームの記憶だった。
プライマル・スクリームとは、私達が通っていた学校の伝統行事だ。内容は、期末試験の最終日前夜、学生らが校庭を全裸で2周走るというものだった。
イベント当日、校庭周辺は数多くの見物客で溢れかえっていた。季節は冬。夜の底は所々が真っ白だった。
極寒の中、生まれたままの姿で疾走する学生らを励ます為、どこからか音楽隊までやって来て、陽気で明るい曲を演奏していた。
参加不参加は各々の自由なので、私は見物客の1人として、厚着をしてプライマル・スクリームを眺めていた。
衆目環視の中、メアリーは満面の笑みを浮かべ、時には大声で意味の無い言葉をシャウトし、見物客らと陽気にハイタッチをしながら、氷点下の校庭を2周走り抜いた。
もちろん、全裸で。
✩☆✩
このままだと、焦ったメアリーは衣装をするすると脱ぎ捨てて、あのモデル顔負けの妖艶な肉体を観客に晒し、本当にチップ集めをしだすかも知れない。
それはそれで面白そうだったが、招待客らへの状況説明が面倒だと思ったので、ここらでおふざけを止めておく事にした。
私は不機嫌そうな表情から一転、満面の笑顔を作ってネタばらしをした。
『安心して、あれシナモンが不問にするって言ってくれたから!』
『つまり……?』
『キミは1セントも弁償しなくても良いよっ!』
『やったぁ~!後でシナモンにお礼言ってこなきゃ。教えてくれてありがとね、椎!』
メアリーは多額の負債を背負わなくて良かった事が余程嬉しかったのか、両手を私の肩に乗せて、何度も何度も強く揺すった。
私は頭をグラグラと前後させながら「あぁ~、まるでいたずらがバレなかった子どものはしゃぎ方だなぁ、可愛い」と思わずにはいられなかった。
✩☆✩
この時、メアリーはパーティー用の衣装に着替えていた。白いワンピースのグリッタードレス。それは彼女が持つ抜群のプロポーションと、美しく健康的な浅黒い肌を最大限に引き出していた。
その姿は、昔観た「One Kiss」のPVに出演している時のデュア・リパを連想させた。
「もし自分が男だったら、きっと口説いてるだろうなぁ」と、私は思う。それくらい今のメアリーは美しかった。
一方の自分はというと、黒色のタートルネックニット、その上に昔使っていた丈の長い白衣を着用していた。
下半身にはブラウンのロングスカート、黒のストッキングとエンジニアブーツを履いている。41-Capは被っていない。
顔には度が入っていない黒縁眼鏡を掛けている。右目側が正方形、左目側が円形と、左右不対象の図形で縁どられていた。
これらの衣服や装飾品は、ストロベリーフィールズを開発していた時、特に好んで着ていたものだった。
私はあまり物事に固執しない性格だが、服装については強いこだわりがあった。ルールは2つ。
・必要以上に肌を露出しない。
・ボディラインがモロに出る、ピッタリとした衣装を着用しない。
これらは自分と多少でも関りがある人間ならば、みな周知の事実だった。その為、今夜の誕生パーティーで主役がカクテルドレスを着用しない事に対して、誰も文句は言わなかった。
学生時代、このルールについて、メアリー・カワシマに訊ねられた事があった。
『あなた、なんでいつもツナギ姿なの?とても可愛いだから、ちょっとはおしゃれしたら?』
『ハリウッドスターやファッションモデルじゃないんだから、何着ようと私の勝手でしょ?』
私は図書館の机で本を読みながら、ぶっきらぼうに答えた。きっと、少なくない数のアメリカ人は、自分と同じ様に返答するだろう。
私は一度本を閉じ、メアリーの方をちらりと見た。彼女はちょっぴりしょげている様子だった。
「言い方がちょっときつ過ぎたかな」と反省した後、私は穏やかな口調で、自分がツナギを好む理由を説明した。
『その……私さ、肌を露出したり、身体の形がハッキリ出る服着るの、とっても苦手なんだよね』
『なんで?』
『だって、男の子達からの視線が気になるんだもん。時々居るじゃん、舐め回すように見てくる子。まるで飢えた野獣……みたいな?あーいうのが、めっちゃ恥ずかしい』
『初心なお嬢さん。それ、何って言うか知ってるぅ?』
『知らない、教えてよ』
『遅れてやってきた思春期』
メアリーは白い歯を見せて、けらけらと笑いながら、そう答えた。
なるほど、確かに彼女の言い分もある程度は当たっていると、この時の私は思った。「遅れてやってきた思春期」って言い回しも素敵だ。でも――
でも、私が肌を見せたがらない1番の理由はそこじゃないんだよ、メアリー。
本当の理由は「 」――
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