第1話(その2) ~春風 椎・シリコンバレー~

 私とシナモンが住む屋敷は、カルフォルニア州のシリコンバレーの中心都市、サンノゼの郊外に建てられていた。


 サンノゼは、カルフォルニア州で3番目の大都市であり、IT企業の本社が多数存在している。全米の大都市の中でも、特に治安が良い事でも有名だ。


 38年間もの間絶えず建設が続けられたという、ガイド無しでは生きて出られない伝説の幽霊屋敷「ウィンチェスター・ミステリーハウス」があるのも、この街である。


 サンノゼは地中海性気候の為、日本の様な四季が無い。5月から10月までの雨が全く降らず、毎日晴天が続く乾季。11月から4月の雨と晴れを繰り返す雨季。この2つの季節だけだ。


 年間の平均晴天日数は約300日で、年間を通して晴れ模様であることが多い。


 3月も中旬となると朝晩でも冷え込むことは少なく、住民らは厚手のジャケットを脱いで、長袖のシャツでのびのびと町中を闊歩していた。





 その様な時期だったので、今日のバースデーパーティーは、我が家の庭で開かれる事となった。


 広大な庭園はよく手入れされた芝生で埋め尽くされており、その周りを大きな木々が囲っている。


 庭内には白い大理石で囲まれた長さ50mのプールがあり、暑くなるとシナモンはそこでよく泳いでいた。


 屋敷は高台にある為、夜はシリコンバレーの美しい夜景を一望する事が出来る。来客の中には、これを目的に訪れる者も少なくは無い。


 私が屋敷から庭へ出ると、30体のロボット達が、黙々とパーティーの準備作業に取り掛かっていた。全て兄が外部から発注したものだ。





 会場準備の進行度合いを見ようと、ブラブラ歩いていると、頭上からで声を掛けられた。


『おはよう椎。その海軍ツナギと41-Cap、よっぽど気に入っているんだね』


 声の主は、シナモンだった。彼は高い三脚に跨り、ネクタイを外したワイシャツ姿で、会場の飾り付けをしている。


 一方、私の恰好は、白い薄手の長袖パーカーの上に、半袖のUS NAVYの黒ツナギ、黒色の革製エンジニアブーツといった出で立ちだった。


 ウェーブがかかった明るい茶色のミディアムヘアーの上に、先ほどの黒いベースボールキャップを深々と被っている。


 私はこのアメリカ海軍のツナギが、大のお気に入りだった。とても動きやすいし、日本の忍者みたいに見えるし、何よりも自分の体形が目立たない。


 頭上に居るシナモンを見上げながら、私は声を掛ける。


『おはようって、ちょっと昼寝してただけじゃん……ねぇシナモン、私も会場準備、手伝うよ』

『主役なのに?』


『主役だから自分で準備もやりたいんだよ。そういうシナモンだって、ロボットさん達に設営の段取りを全部任せれば良かったじゃん』

『妹のパーティだぞ?自分で準備をやりたいんだよ』


 嬉しさ半分、くだらなさ半分で、私は口を押えてクスクスと笑った。これが今や世界で5本の指に入る資産家の姿だと思うと、世界はまだまだ捨てたもんじゃないな、と安心する。



✩☆✩



 シナモン・ビル・ギャツビー、30歳。私の義兄。彼は数多のDAOに参加し、幾多の成功を収めたアメリカ人男性だった。


 DAO――「分散型自立組織」とは、かなり乱暴な表現をするならば、ボスが存在しないギルド的組織のことだ。


 社長が居ない会社、あるいはリーダーが居ないサークルと言った方が、もっと近いのかも知れない。


 ブロックチェーン技術が発展した2038年、1つの会社に所属するのではなく、複数のDAOに参加するといった、云わばフリーランスでいくつも仕事を掛け持ちする人間が増加している。


 シナモンが関わった未来型ギルドの中でも、特に大きな仕事がメタバース――つまり、仮想世界の製作と運営だ。


 彼が発端となって製作されたメタバース「ストロベリーフィールズ」は、体験者の五感を完全再現し、現実世界とほとんど変わらない没入感を人々に提供した。


 2038年現在、ストロベリーフィールズの利用者は全世界で10億人。その仮初の世界では、独自の通貨が流通しており、仮想現実内で商売をする事も可能だった。


 まだ少数派ではあるものの、リアル世界よりもストロベリーフィールズに滞在している時間の方が長い人間も存在している。


 そんな時代の最先端を行く若者の趣味はDIYだった。先程、私が昼寝をしていたベッドも兄の手作りである。


 3Dプリンターで多くの物質を量産出来る現代で、なぜ彼が旧時代的な作業を好んでいるのか、世の中の人々はその正確な理由を知らなかった。私とキャラウェイ、クローブの3人を除いては。



✩☆✩



『私のところは特に問題ないから、メアリーのところへ行っておいで。あの子は……その……色々と不安だし』

 シナモンは、遠くで作業をしていた色黒の女性に視線を移しながら、こう言った。


『おっけー、わかった!じゃあ、行ってくるね~』

 私はこくんと頷き、メアリーの元へゆっくり歩き出した。

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