第1話(その1) ~春風 椎・シリコンバレー~

 夢から目覚めると、私は泣いていた。どうして涙が溢れてしまうのかは、自分でもよくわかっていた。


 思い出してしまったからだ、あの枯れ果てた日々を。戦火が物資や金銭、そして人心をも焼き払った窮極無聊きゅうきょくむりょうの世界を。濡れた眼を閉じて、私は考える。


 白い廃墟、不浄な衣類、灼熱の太陽……そうだ、あの情景は、シナモンと初めて出会った時のことだ。夢だから多少の食い違いはあったけど間違いない。


 2026年5月5日、私が初めて西暦というものを知った日。


 当時8歳。今日20歳になったから、あれから10年以上も経ったのか……。


 ソムドに暮らしていた時は、自分が20歳まで生きられるなんて、全くもって想像がつかなかった。


 「きっと明日、私は死ぬのだろう」と思いながら、毎日毎日なんとか生き延びていた。シナモンには、本当、感謝してもし足りない。





 私には幼少期の記憶が、ほとんど無かった。個人差はあれど、人間は3歳ごろから物心が付くとされている。


 が、自分が思い出せる最初の出来事は、7歳の時、双子の姉である林檎と研究所で暮らしていた時の記憶だ。


 その次は、2人でその建物から脱走した時のもの。それ以前――つまり、6歳より昔の出来事は、一切思い出せない。


 まるで深夜2時に迷い込んでしまった洞窟の様に、そこをいくら覗いても暗黒沈静あんこくちんせいの世界が広がっているだけだった。


 木製のシングルベッドから降りると、私はテーブルの上に置いた充電中のスマートフォンを、音声認証で起動した。真っ黒なディスプレイ上に


「13:12 3/14/2038」


の文字が表示された。


 自分のバースデーパーティーまで、まだ時間がある事を確認した後、ベッドの下に置かれた靴を履いて、帽子掛けにぶら下げていた黒のベースボールキャップを手に取った。


 その帽子の額部分には、「41」の形をした白い刺繍が施されている。「41-Cap(しいキャップ)」と名付けたそれは、自分で手掛けた発明品の中でも、特にお気に入りのものだった。私はその帽子を被ると、仮眠時の恰好のまま、部屋を出た。

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