第六十話②

 そんな風に考えている俺に対し、師匠が若干声色を変えてつぶやいた。


「……ロア。君の言う通りだったね」


 ステルラのことだろうか。

 まあ、師匠はステルラのことを極一般的な少女と同じと称していた。俺もそこには同意する。


 悲しければ泣くし嬉しければ笑うし辛ければ辛い顔をする、そんな普通な少女。

 痛みを隠すのも下手くそで、誰かに気が付いて欲しいと思いながらそんな厚かましいことは自分から言えないと我慢しようとするのがコイツだ。


「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる」


 人を見る目だけはある。

 自分で信じているのはそこだけだ。

 なぜなら、経験則から推測できるから。俺自身の目に狂いがあっても英雄の記憶が全てを補完してくれる。きっと、ステルラならこうなるだろうという予想。


 …………いや、白状する。

 正直な所、ステルラ云々に関しては勘だ。

 俺が憎くて堪らない才能のないロア・メグナカルトとしての勘。


 英雄の記憶もクソもない。

 ステルラ・エールライトと生きたのは他でもないロア・メグナカルトだからな。そこに英雄が入り込む余地はない。


 ああそうだよ、まったく。


 俺は非合理で非論理的な勘と祈りからステルラならばと願っていただけだ。


 それを見抜かれたのか知らんが、きっと俺が本心からステルラの勝利を願っていたのが伝わってしまったのだろう。柔らかく微笑んだ後、クスクスと小さく師匠は笑った。


「素直じゃないねぇ」

「そういうトコロがいいんですよね」

「ええい黙れ黙れ、俺は次の試合に備えなければならん」


 相手はテリオスさんだ。

 簡単にはいかないどころか、負ける可能性の方が高い。

 それも圧倒的にな。座する者ヴァーテクスとしての真価を発揮してしまえば俺のことなど一捻りだろう。


 無理難題に打ち勝たなきゃいけないってのが、辛い所だ。


「あー…………あ、あのさっ、ロア」


 ガバッと顔を上げて話しかけてくるステルラ。

 師匠も空気を読んで避けたから立ち上がれるはずなのだが、なぜか四つん這いのままである。


「どうした?」

「えーっと…………その〜……」


 …………? 


 若干歯切り悪く、妙に言葉を選んで話そうとしている。

 口を開いたかと思えば、まごつかせて口篭もり再度何かを思案するように視線が右往左往。


「何もないなら行くぞ」

「あ〜〜、待って待って! えっとね、その……」


 テリオスさんが来る前に会場入りしておきたいからな。

 観客席から飛び込むつもりだが、流石に上級生の前でやるのは無礼だろう。


 チラチラ会場へと視線を送る俺を見て意を決したのか、息を大きく吸い込んで深呼吸を行なってから言葉を放つ。


「私、待ってるから!!」


 やけくそじみた声量で叫ばれた声。

 決勝で待ってる────そう言いたいのだろう。

 その意図はわかる。先ほどから何度も連呼していたから、俺にも十分伝わる。


 だが、今その言葉である必要はあっただろうか。


「頑張って、とかじゃダメだったのか?」

「え? ………………あっ」


 恥の上塗り……

 ルナさんすら煽ることを選択せず、静かに目を逸らした。

 師匠は帽子のつばを深く押さえて顔を隠した。ステルラは涙目になっている。


 ここで煽ることを選択してもいいのだが……


 せっかく俺のために言ってくれたんだ。

 少しは報いてやらないとな。


「待ってろ」


 握り拳を差し出す。


 あ〜あ、恥ずかしい恥ずかしい。

 こんな若者みたいな行動してよォ〜〜、後からどんだけネタにされるかわかったもんじゃないぞ。アルとか嬉々として弄ってくるだろうし、ルーチェにすら嫉妬されて変なこと言われるかもしれん。


「絶対に追い付いてやる」


 明言することの無かった、俺の目的。

 迂遠な言い回しをすることはあっても、絶対にそのまま口にすることはなかった俺の真実。


「お前が何処に行こうが、絶対に追い付いてやるよ」


 だから、安心して駆け抜けろ。

 お前が死ぬことのないように、お前が息絶えることがないように、お前が傷付くことがないように、お前が悲しまないように。


 十年越しの告白か。

 我ながらなんとも気持ち悪い事実だが、仕方ない。

 ここまでステルラのことを見続けている癖に一歩引いていた自分の所為だ。常々俺が吐いている言葉だが、『今の俺は常に未来に負債を託して生きている』。


 今でも変わることのない俺の生き方。


 そのツケが今、回ってきただけだ。 


「…………うんっ!」


 朗らかに、俺の見慣れた眩しい笑顔と共に握り拳をぶつけ合う。

 女性らしい線が細く若干丸みを帯びた拳だ。


 俺もお前も、互いの性差がよくわかるくらいに成長を重ねた。


 二度と負けないから。

 あの時お前が放った言葉の意味を、未だに俺は知らない。

 知らないまま知りたいと願いつつ、聞き出すことができてない。

 結局のところ、いつまでも引き摺っている重たい奴ってのは俺のことを指すのかもしれない。


 師匠の事も言えないな。


 観客席から飛び降りて、会場に着地する。

 ある意味この戦いが最も因縁深いモノになるだろう。

 英雄になりたいと願った男と、英雄になりたくないと言った男。英雄になれる才能を持つ男と、英雄の記憶だけを持つ男。英雄の領域へと至ったが英雄になれない男と、英雄の領域に至らないのに英雄となった男。


「…………皮肉なもんだ」


 英雄。


 偉大なる英雄は、没してなお百年近い時を経ても未だに干渉してくる。 

 きっと本人は、そんな影響力を望んでいないだろうに。そして、そんな英雄本人の気持ちを最も理解している俺も────英雄に染められている。


 そういう事にしておこう。


 そうじゃなきゃ、この闘争心が説明できない。

 英雄として呼ばれたくないと言いつつも、英雄として認めてくれる他人へ報いたいという願望を。


 身体の調子は万全だ。

 魔力の流れも悪くない・・・・

 師匠に授かった祝福もしっかりと効果を発揮してる。

 最強と戦うにはやや物足りないが、ロア・メグナカルトとしての全てを発揮するには十分。


 ステルラ・エールライトが負けなかった。


 ならば、俺に残された道は勝つことのみ。


 そうやって、誓ったのだから。

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