第五十八話②


 苦しい。


 呼吸は荒く、魔力操作が乱雑になり、僅かな乱れを捕捉されて更に苦しくなる。

 身体強化と紫電による超加速に並行し繰り出す攻撃は易々と回避され、本当ならば優位を取らなくちゃいけない選択肢すらも押し負ける。


 苦しい。


 焔の剣が迫り来る。

 紫電の剣で受け止めて、音速を超える速さで奔る電撃を加えているのに、避けられる。私が鍛え上げてきた唯一が通じず、これまでの戦いなら冷静になれた思考が定まらない。


 私の絶対的な自信。

 唯一の、才能という土台。

 魔法の練度も、完成度も、総合力も。


 何もかもが格上の相手に完封されるなんて、初めてだ。


「驚いたか?」


 話しかけてくる余裕すらあるなんて、どういうことなの。

 こっちは捌くのに必死で、思考を纏めることすらままならないっていうのに……! 


「そう睨むな。俺はお前より多く研鑽を重ねているんだ、易々と超えられてはたまらんからな」


 電撃を身に纏い身体強化で上乗せした超加速と共に、完璧な制御を成した焔の剣を携えて──テオドールさんは語る。


「俺が万年二位なのは事実だ。友人に負け続けた情けない負け犬なのもまた、事実。否定する気はない」


 肩を竦めて皮肉げな表情で言う。

 納得しているようでしていない、文句はあるけどそれを口にすることはない。

 負けた人間として言い訳などするつもりもない、そんな意地とプライドがひしめき合っている。


「二番手なんてのは所詮敗者。頂点を目指したのに獲れなかったのは、運でもなんでもなく──そいつの実力だ」


 今は私に追撃するつもりはないらしい。

 それを都合よく利用させてもらい息を整えるが、それすらも手のひらで弄ばれている感覚がする。


 事実そうなのだろう。

 テオドールさんからしてみればこんなのは出来て当然、テリオスさん最強と切磋琢磨してきたのだからできない筈がない。


「お前は世代で一番になれるかもしれない。ヴォルフガングを越えることも、いつか・・・は出来るかもしれない」


 かもしれない。

 既に、他人から見れば私は格下なんだ。


 その通りだ。

 ヴォルフガングくんは至った。

 自身の殻を突き破り、人としての壁を乗り越えて────私を軽々と追い越していった。


 その事実を認識し、暗い感情が胸に灯るのを自覚する。


「だが、それは今日じゃない」


 卑下する言葉を噛み締めて、魔力を練り上げる。

 そんなのわかってる。今の私ではテオドールさんは愚か、同世代で一番を名乗ることすら出来ない。


 胸の奥が、痛む。


「お前は今日、負ける」


 それ以上、言わないで。

 怒りではない。怒りなんて大層な感情じゃない。逃げることのできない正論に打ちのめされて、ただただ自分が情けない。


 でもそれ以上に、その言葉に…………そうだ、と。


 納得してしまった、自分が居る。


「メグナカルトとの対戦も果たせず──お前は、負けるんだ」

「────紫電ヴァイオレット!!」


 言葉をかき消すように放った紫電。

 不意打ち同然の一撃だったのに、当然のように斬り払われた。


 それだけは言って欲しくなかった。

 怒りより焦り、これまでに培った私の経験と才能が告げているのだから。


 ────『テオドール・A・グランは自分より強い』と。


 それでも、諦める訳にはいかない。

 心折れても諦められない。 


 思考を戦闘に切り替えるように集中する。

 中途半端な点への攻撃が通じないのは理解した。ならば次は面──一点特化ではなく、全体攻撃と並行して放つ! 


 胸の前で両手を合わせ、練り上げた魔力を爆発させる。

 どうせ魔力探知で場所を把握されるだろうけどやらないよりマシだ。視界を遮り、少しでも攻撃の精度を高めるために煙幕を張る。


 五秒後に面で広がる電撃を設置し上空へと駆ける。

 魔力を足場にし、一秒にも満たない速さで定位置に到着した。

 テオドールさんの魔力が感じ取れる場所は今だに煙幕で覆われており目視はできないが、何かを警戒しているのか僅かに魔力が高まっている。


 威力を優先した形で最上級魔法での一点突破と、設置した面制圧の電撃による挟撃。


 ただの紫電では火力で押し負ける。

 最初のぶつかり合いで紫閃震霆ならば勝てることは把握しているので、どうにかこうにか最大火力に賭ける他なかった。


 私が探知できているということは、向こうも魔力の探知ができているということ。

 二方向からの攻撃が来ることはバレているのだから、その防御をどうにかこうにか突き破れる選択をするしかない。その隙は情けか慰めか、気まぐれで与えられた絶好の機会。


 今を逃しては勝ち目がなくなる────私の信じられるが、そう告げていた。


 歯を食い縛り、脳を最大限回転させて魔力を編む。 

 先程までと比べても雲泥の差がある速さで完成した最上級魔法は、間違いなく私の人生の中で一番の輝きを放っていた。余計な感情を一切含まない、本来の私が出し切れる一番の完成度。


 僅かに脳裏に浮かんだ全能感を受け入れて、その銘を叫ぶ。


「────紫閃!」


 かつて見た、ロアの腕を奪った化け物を葬り去った一撃。

 本来なら私達が見れるような速度ではなかった筈の魔法を意図的にゆっくりと放ち、魔導の極みを見せてくれた師匠の姿。


 負けたくない。

 負けられない。


 ロアに、胸を張って報告したい。


 そうだ。

 ロアに、褒めて欲しいんだ。


 だって私は、ロアのために・・・・・・────…………


 ……………………。

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