幕間①

 準決勝までは少しだけ日が空くので、努力が嫌いと明言して止まない俺としても少しは惨めな足掻きを見せつけてやろうと言う気持ちになり、教導本を枕にし手に昔から読んでいる英雄の小説を持ち睡眠に勤しんでいた休日の朝。


 最近噂の睡眠学習とやらに期待したが、寝心地の悪さがかつての山暮らしを連想させて不快な気持ちになっただけだった。


 首がやたらと痛い。

 少しマッサージしようと思い手を伸ばしたが、室内であると言うのに何故か影が覆いかぶさってくる。


「や。おはよう」

「おはようございます」


 仰向けで寝転ぶ俺の顔の横に手をついて、それなりに近い距離で顔を見つめてくる師匠。


 これが巷で噂の床ドンって奴か。

 電撃で起こされなかったのは随分久しぶりな気もするが、それは師匠との共同生活の間だけの話。愛の鞭などと嘯いて俺に虐待を行ってきたのは忘れようもない事実である。


「どうしたんですか。ようやく俺の魅力に気がつきました?」

「君の魅力は散々思い知らされているさ。朝食をご馳走になろうと思って来たら気持ちよさそうに寝てるものだから、悪戯してやろうと思ってね」


 くすくすと楽しそうに笑う師匠に、怒る気も起きずにため息を吐く。

 銀色の髪が顔に当たってむず痒い。髪から香る嗅ぎ慣れた匂いが無性に心を浮つかせるが、右手で一房払う。


「悪いが、俺は他の誰かがいるときに飯を作ると死んでしまう病気なんだ。師匠が作ってくれよ」

「それは困った。こんな所に君が欲しいと願っていた秘蔵の文献が」

「よこせ。今すぐよこせ」


 ブオンブオンと手を唸らせるが師匠は軽やかに俺の追撃を躱す。

 くそっ! それは俺のだぞ! 正確には俺が所有している記憶の持ち主が遺した表に出回らない資料だ。俺が手に入れるのは当然だよな? 


「あ〜あ。ロアがご飯を作ってくれればなぁ〜」


 チラッチラッと見てくる。

 非常に鬱陶しい。なぜこの年齢で介護をしなければならないのか、俺はまだ若者だしそう言う年齢の親を持っているわけでもない。師匠がボケたのならば仕方ないが、まだボケているようには見えないしそもそも見た目だけで言えば若々しく美しい女性である。


 そう言う人に支えて欲しい。

 俺は寄りかかるだけのヒモでありたい。


「ちっ……食材は」

「勿論ない」

「何が食べたい」

「ロアの料理ならなんでもいいよ」


 一番めんどくせェな~~~~!? 


 悪態の一つでも吐きたくなるが、相変わらずニコニコ笑っている師匠を見るとそんな気も失せる。

 無駄に顔がいいもんだから見るのも楽しいのがムカつくぜ。


「じゃあそこら辺で見つけた野草と昨日部屋に侵入していた虫のリゾットで」

「別に構わないよ」


 は? 

 くそが、調子狂うな。

 何時もみたいに反発してくればいいだろうに、何が楽しいのか全肯定してくる。


「ほらほら、早く作ってくれたまえ」

「ぐ、ぎぎ…………」


 俺は歯軋りした。

 久しぶりだ、ここまで追い詰められたのは。

 相手を見誤った。ヤケクソになった師匠が捨て身の口撃に出てきたら俺になす術はない。


 考えろ、冷静になれ。

 まだここから逆転する一手がある筈だ。


 なぜ妖怪紫電気ババアがここまで強気に出たか、その理由を探らねばならん。脈絡が無さ過ぎるし、本当に俺の飯を食いたいのならばこんな言い方はしない筈だ。


 常識的に考えて人にものを頼むときは下手にでる。

 そういった一般常識から外れた女ではあるが、少なくとも体裁を保つために威厳を放とうとする癖があるのは理解している。外面用と呼べばいいか、俺やステルラの前だとフランクだが魔祖十二使徒として表舞台に立つときは基本無表情で物静かだ。


 つまり、この女は今わざと言っている。

 ハーン、読めて来たぞ。この手を使えば俺が本当に虫や草を出さないと踏んだな? 


 馬鹿が、出すわけないだろうがクソったれ。

 なんで恩も義理もある人間にそんな事するんだよ。全部冗談なのわかってていいやがったなこの女。

 マジで許せねぇ。山よりも高く海よりも深い俺の菩薩(神や古き存在の一種)の心を持つ俺としても怒りを禁じ得ない。


「このクソボケババア、調子にの」


 反撃の代償は痛みだった。

 復讐は何も生まないなんて綺麗事を耳にするが、少なくとも痛みを生み出すと俺は思う。現に稲妻が奔り筋肉が不自然に痙攣している俺の姿はとても滑稽に映るだろう。


「うん、やっぱりロアの身体は雷に対して耐性ついてるね」

「どこぞの野蛮な老婆の所為だな」


 最期の一撃は、切ない。

 二撃しっかり叩き込んでくれたおかげで俺は生死の境を彷徨う羽目になった。以前は呑気に手を振ってくれていた英雄も心なしか苦笑いするような雰囲気を醸し出している。おい、アンタの遺していった人達軒並み俺に牙向いてくるんだが? 


 俺の嘆きは届くことはなく、しっしと追いやられているような気がする。

 これが俺の生み出した幻想であることを願う。本当に生と死の狭間を行き来しているとしたら師匠にどう告げればいいのだろうか。いやまあ、普段から死ぬリスクを許容して修行や訓練を遺憾にも行って来たのだから今更か。


 柔らかく温かい感触と共に、意識が表層に戻る。


 時間は経過してない筈だがナチュラルに俺の頭を膝に乗っけて撫でてくる師匠。

 目が合うが、互いに何かを言う訳でもなく、少しの間見詰め合う。


「こういうの、なんて言うか知ってるか」

「美しく心優しい師が居てよかったね」

「マッチポンプだよバカが」


 好感度は上がらないし下がる一方だ。

 俺がやるとすればもっと迂遠な方法で弱らせてから全てをカバーするように参上する。ルーチェの時にやったように、俺が傷つけて俺が癒す完璧なコンボだな。

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