第五十六話

 相変わらず愉快な一行だ。

 頭部に残る痛みと綺麗さっぱり無くなった怪我の感触を思い出しつつ、ゆっくりとベッドに寝転ぶ。


 どこから金が湧いているのか、無駄に質の良い布団の感触に身を委ねつつ考えをまとめる。


 僕はどうしようもない畜生である。  

 前提として存在する条件であり揺るがない根幹。

 ルーチェ・エンハンブレが口は悪いけど性根は良い典型的なツンデレであるように、アルベルト・A・グランは口調だけは丁寧だが他人の踏み込んで欲しくない領域にズケズケ入り込んで苛立たせて愉しむ陰湿さを持ち合わせている。


 友人達への友情はある。

 世間一般的な常識を理解した上でこう・・振舞っているのだから、正解はわかっているのだ。


 本来なら僕はアドバイスをするべきだった。

 本当に友人達の勝利を願うのならば、ステルラ・エールライトの表情に陰りが見えたのを指摘するべきだったのだ。


「…………ふふっ」


 でも僕はそうしなかった。


 ロア・メグナカルトは気配りが上手い。

 他人の心を言動から分析し自分なりに噛み砕き、相手を不快にさせず、寧ろ心地よくなるような態度を取ったりする。だから大丈夫だろうと言う驕りがあるのは否定できないが、そんな彼でも唯一と言っていい弱点がある。


「随分と愉しそうですね」

「そう見えるかい?」

「ええ、とても」


 姿を現したのは、マリア・ホール。

 全身が焼かれ生と死の狭間を彷徨っていた僕を治療し医務室へと連れて来た張本人であり、僕の良き理解者の一人でもある。


「あの四人の中で気が付いてるのはルーナさんだけ。きっとあの人は言わないよ」

「ステルラ・エールライトが座する者ヴァーテクス至れない・・・・事でしょうか」


 その通り、なんて言いながら指を鳴らす。


「彼は自分を低く他人を高く評価してる。そこが美徳、ようするに魅力でもあるんだけれど……」


 それが裏目に出るかもしれない。

 彼が気が付けるか、彼女が素直になれるか、どちらも果たされなかったときは────それはもう、愉快な出来事が起きるだろう。


「君はどう思う?」

「私には因縁という言葉にがありません。ですので一般的な感性を述べさせていただきます。決勝で出会えれば美しいと」


 そう、美しい。

 田舎の街から出て来た少年少女が長い年月をかけ、成長し再会する。

 そうして負けないと誓った二人が再び戦うのは学園で最強を決める舞台──美しい。出来過ぎなほどに、美しい。


「君に残された唯一が折れた時…………」


 ロア・メグナカルトにとっての努力する理由。

 ステルラ・エールライトによる努力する理由。


 僕等は友人だ。

 そうして僕はこういう奴だ。


「どんな顔をするんだろう」


 不撓不屈を体現する男が折れる瞬間。

 自分の事は幾らでも受け入れられるが、彼にとっての絶対の指針が折れればどうなるのか。


「愉しみだよ。どうしようもないくらいにね」

「…………存外、どうにでもなるかもしれませんよ」

「へぇ? その心は」


 口元を歪め、始めて楽しそうに笑ったマリアさんが言う。


「人には秘密が付き物です。見透かしたつもりでいる間は、案外思い通りにならない事が多い」

「経験談か。タメになるねぇ」

「先達の話はよく聞いておくことです」


 煽っても無駄か。

 ここでの勝ち目はないみたいだから素直に引いておくことを肩を竦めてアピールする。


「少年少女の愛が勝つのは物語の中だけさ。現に僕に奇跡は現れなかった」

「求めてもないのによく言いますね。嫉妬するような人でもないでしょう」


 よくわかっていらっしゃる。

 少しにこやかに微笑んだ後、マリアさんは言葉を続ける。


「彼が盲目的に見ているように、貴方も盲目的に見ている事がある。そしてそれは、私にとっても言えた・・・事」

「今は違うって?」

「以前に比べれば」


 強かな人だ。

 そこまで言うのならば期待せずに待っていよう。

 ステルラ・エールライトに起こる奇跡を、いや…………


 彼女が放てる輝きが、星の光ほど煌くことを。


「まあ別に負けを望んでる訳じゃないんだけどね」

「どちらかと言えばそちらの方が予想外だから考えていただけでしょう?」

「兄上が負けても勝ってもどうでもいいけど、彼女が負けた事を想像する方が愉しいからさ」


 ベッドから起き上がって身体をほぐし、立ち上がる。


「さて、僕はもう行くよ。治してくれてありがとう」

「構いません。命あってのものでしょう」


 あれだけ好き勝手言ってきた性格の悪い男に優しく出来るのはすごいよ。

 自覚はあるからね。その分マリアさんやロアの心の広さには常々驚かされてばかりだ。


 周りからそう・・思われているのだから、きっと彼ら彼女らも僕に近づいてくることはない──そういう思い込みがあったのも否定できず、結局のところ、僕も偏見を抱えて生きていたと言うことなのだろう。


「僕も、まだまだ子供だなぁ」

「……私よりも、アルベルト・・・・・さんは年下ですから」


 意味が違うのを理解した上で答えてくれたマリアさんに微笑みつつ、廊下へと出る。


「馬に蹴られたくもないし僕は帰るよ。それじゃあね」

「はい。また」

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