第五十四話③

 赤黒いオーラ──可視化された魔力ラインが僕と兄上を繋ぐ。

 このラインが命綱であり、また、互いの命を蝕む鎖でもある。


 どろりと、口から血が零れ落ちる。

 僅かに詰まった血塊を吐き捨てて呼吸を確保、ツギハギ状態だった身体を兄上の魔力を利用して治し足を前に進める。


「僕の残った魔力と、兄上の残った魔力──これを共有して、回復など出来ない状況に陥ってから自殺する。そうしてこの魔法は完成するのさ」

「それに怯むとでも? と、言いたいところだが…………」


 チラリと兄上が視線を観客席に移す。

 僕もつられてみると、魔祖が凄まじい形相で何かを叫んでた。多分十二使徒にとっては思い出したくもない大戦の悪夢なんだろうなぁ。


「まあまあ、流石の僕も心中する気はないよ。兄上を殺したいわけじゃないし」

「死ぬ感覚は実際気になるんだろう?」

「そりゃもちろん! 痛くて苦しいのがあれだけ気持ちいいんだから、死ぬ瞬間はどれほどの虚無感に襲われるのか……想像しただけで涎が止まらないよ」


 呆れ顔で指摘する兄上に嬉々として答えるが、肩を竦めて笑うだけだった。


「人は、死という概念に対してあまりにも無力だ」


 生命という概念に囚われている限り、死は必ずやってくる。

 人間だけではない。魔獣も、動物も、虫も、草花ですら死を迎える。


「俺は超越者になれない。座する者ヴァーテクスという異次元の存在に至ることは出来なかった」

「そうとは限らないんじゃない? 僕がいうのはアレだけど、兄上の才覚は尋常じゃない」


 本心で褒めるが、兄上は首を横に振る。


「いいや。座する者ヴァーテクスに到達することが出来るのは、己の命すらも捧げてしまおうと覚悟できる者のみ。ただ才能がある人間が魔力という要素に愛されるのではなく、狂気と呼べる感情を抱えた者だけが成るんだ」

「…………納得したかも」


 十二使徒はともかく、この学園で人を辞めた人たちを羅列する。


 テリオス・マグナス。

 ルーナ・ルッサ。

 ヴォルフガング・バルトロメウス。


 このラインナップだ。

 テリオスさんは英雄に狂い、ルーナさんも炎に狂い、ヴォルフガングは戦いに狂う。


「俺は何かが足りなかった。その何かがわからないまま、それでも自分が成すべき事を探り当てた」


 剣の炎が、燃え盛る。

 理性の怪物が感情を表すように、激情となって炎が拡大する。


「まだ死ねん。死ぬ気はない。こんな俺でも、大切な人間はいるからな」

「うらやましい話だ。僕にとっての叡智は現れるかな?」

「お前が望めば、見つかる。今はそれでいいのさ」


 互いに顔を合わせ、笑い合う。

 微笑ましい兄弟仲だと自負しているが、これほどまでに平和的な会話を行ったのはいつ以来だろうか。

 子供の頃、僕が僕を自覚する以前────あの頃以来、か。


「…………何だ」


 僕は案外、家族を大切に想っていたらしい。

 少なくとも、このままの関係でありたいと願う程度には。


「捨てたもんじゃないな……!」


 魔力を全身に漲らせて身体強化を複雑に施す。

 二重、三重四重──肉体が悲鳴をあげても躊躇う事なく限界を超えて、ひび割れた肉体に一切の考慮をせずに貫き通す。


 兄上も握った剣の炎を圧縮し、大技の準備が整った。


「久方ぶりの戦いだったが────楽しめた」

「僕もさ。ありがとう、兄上」


 一度瞳を閉じてから、一拍の後に見開く。


「────紅炎王剣イグニス・ラ・テオドール!!」


 逆巻く炎を纏い、剣と呼ぶにはあまりのも異質な一振り。

 単体を殺すには十分過ぎる火力を前にして、心の奥底から湧き上がる虚無感と興奮に当てられて、僕は足を進めた。

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