第五十五話①
「いやぁ、負けた負けた! 完敗だよ」
ベッドの上で楽しそうに笑うアルベルト。
闘争心が欠けてる訳では無いが清々しい顔である。
「楽しめたか?」
「そりゃ勿論。勝ちの目が無くても目的を果たせたからね」
自覚はあったようだ。
「ならいい。マリアさんとの戦い程凄惨じゃなかったから俺としても安心した」
毎回毎回血みどろすぎるんだよ。
魔力障壁が何もかも遮断してくれているとはいえ、普通に致死量の血液が飛び散ったらビビるだろ。
「僕にも好みはあるからね。相手が苦痛に歪むのもスパイスだけど、兄上は動じないからねぇ」
残念そうに言うな。
コイツがステルラと戦うことにならなくて良かったと心底安心している。
ありがとうテオドールさん、このヤバイやつを受け止めた上で敗北に導いてくれて。
「アンタと戦り合う事にならなくてよかったわ」
「そもそも負けてるから戦う訳無いじゃないか、ルーチェは馬鹿だn」
ルーチェを煽ったアルは試合直後であったのに容態が急変した。
顔面陥没胸部陥没程度で済んだのだからまだマシではないだろうか。世の中には言っていい事と言ってはいけない事が存在しているが、コイツはものの見事に駄目な方向へと突き抜けた。
「ステルラ、回復してやれ」
「しなくていいわ。ここで死んだ方がマシよ」
「えっ!?」なんていいながらオロオロするステルラを横目にアルは自己蘇生を開始した。
グジュグジュ音を立てて肉と骨が巻き戻るのを眺めるのは普通に不快なのだが、俺もいつもこんな感じなのかと思うと涙が出てくる。俺は被虐体質なんてないのに。
「酷いなぁ、これでも怪我人だぜ?」
「怪我した所で治せるでしょ」
「いいや? 残念ながら今は無理だね」
……魔力切れか。
鼻が折れ曲がってると少し呼吸が苦しそうなのはそれが理由か。
ルーチェの方を見るとバツの悪そうな顔をしている。根底が善人なのに擦れた結果他人に暴力を振るうようになってしまった哀れな少女の姿がそこにあった。
「あ~あ、ルーチェの所為で鼻怪我のこっちゃったな~~」
「あ~あ、やっちまったな」
「うるさいわね! 治せばいいんでしょ、治せば!」
ヤケクソ染みた顔でアルの顔面を鷲掴み、そのまま回復魔法を当てながら二・三発殴ってベッドに叩きつけた。
「家庭内暴力は良くないぞ」
「どこが家庭内よ」
ついでと言わんばかりに俺の顔を小突いてくる。
アルにやり過ぎたから俺には優しくってか。そういうすぐ反省する所とか、その癖素直に成り切れない部分が可愛いんだがコイツは自覚してやってるのか?
「子供に影響は出て欲しくないよな」
「……………………わかったわよ」
別に俺の子供とは明言してないが、そこで少し恥じらう所だよ。
俺はあくまで『両親が暴力を振るい振るわれる家庭で育った子供に対する悪影響』を語っただけなのに、ルーチェは少し頬を赤に染めて俺のことをチラ見する。僅か一言与えただけでここまで想像できるルーチェの思考に脱帽せざるを得ない。
「なんて卑しい女なんでしょう……見なさいステルラさん!」
「い、卑しいのかな……」
「コミュ障にこれを理解しろというのは酷でした。すみません」
絶妙にニュアンスが伝わらないステルラに溜息を吐きながらルナさんが暴言を吐き散らした。
卑しいという単語を聞いたルーチェは顎に手を当てて何かを考えている。
自覚なし……!
これが……天賦の才……!
俺とルナさんは顔を見合わせて頷き合った。
「怪我人の前で乳繰り合わないでくれないかい?」
「気にすらしてない癖によく言う」
「君には効かなくても淑女達には効くからね」
ルーチェは煽り耐性が無さ過ぎるんだよな。
俺のように仏の御心と根深く座する大樹の如き耐性を身に付けて欲しい所だ。
「一番あったまりやすい人が何か言ってますね……」
「事実を並べる事で誹謗中傷される事もあるみたいだ。俺には無いが」
「魔力が無くて魔法が殆ど使えなくて子供の頃から幼馴染に負かされて泣かされている所とかですか?」
言っていい事と言ってはいけない事がある。
世界は思いやりと優しさで構成されているのに悪意と剥奪を目的とする異分子は俺が排除せねばならないのだ。これはかつての英雄の記憶を所有する俺の使命でもある。
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