第五十三話④

「────で、だ。どっちが勝つと思う?」

「兄」

「お兄さんかな」

「テオドールさんでしょうね」


 上からルーチェ、ステルラ、ルナさんの順番である。


 アルには悪いが勝負は決まりみたいなもんだな。

 こんな舞台で兄弟勝負を実現させたのだから、アルにも箔は付いただろう。

 グラン家の出来が悪い方とかそういうイメージではなく、グラン家の実力のあるヤバい奴。


 良くなってるのか、これ。


「しかしどうなるか…………」


 テオドールさんが痛みに呻いて動けなくなる姿が想像できない。

 俺もそれなりに耐えれる方ではあるが、骨が一本折れるだけで様々な状態異常が身体に振りかかってくる。折れた箇所が痛みを発し続け熱は出るし動かしにくいし力を籠めるのにだって覚悟が必要になる。


 それを再現される、しかも相手はその状態異常が苦にならないと来た。


「戦場で出会うのは勘弁願いたいな」

「アルベルトくんの魔法は私もあんまり……」

「これは驚いた。アイリスさんは痛みなら何でもいいのだとばかり」

「そんな訳ないでしょ! 尻軽みたいに言わないでよね!」


 そういう問題か? 


「斬るも折れるも痛みに差異は無いが……」

「鋭い鉄が皮膚を裂いていくあの感覚がいいんじゃない」


 コワ……

 俺はルナさんを軽く持ち上げて席を交換した。


「酷くない!?」

「そこに死んでも死なないレアな存在がいるからご自由にどうぞ」

「ロアくん。いくら聖人の如き心を備えている私でも怒りの沸点というのは存在しています」


 頭を撫でて黙らせる。

 ルナさんは親の愛情に飢えているのか、それともエミーリアさんがよくこうやってしてくれていたのかわからないが、頭を撫でられると途端に静かになる。わかりやすい弱点を発見できたから俺としては大助かりだ。


「ン゛ンッ!! じ、実際問題アルベルトくんとテオドールさんではリーチの差が大きすぎます」


 俺の手を受け入れたまま咳払いで呼吸を整えたルナさんが語る。


「近接戦闘しか・・できないのと、近接戦闘出来る。何回か説明したような気もしますがこの違いは無視できません」


 かつての英雄が剣だけに拘らなかったのもそこに理由がある。

 最初の戦場にて雷魔法を応用した身体強化を行い、瞬く間に一軍を無力化した訳だが……当然軍隊なので魔法使いと近接戦闘の枠で別れている。近接戦闘は問題なく武装破壊したが、魔法使いの犠牲を問わない攻撃を防ぐのに悪戦苦闘していた。


 遠距離から攻撃可能なのは圧倒的すぎるアドバンテージなんだ。


「──まあ、これはあくまで普通の理論です」


 チラリと俺を一度見てから、改めて口にする。


「ロアくんを始めとして、この学園には近接狂いの人が多い」

「近接狂いとは不名誉だな」

「全くだよね」

「遺憾ね」


 ここのメンバー半分が近接物理型なの本当に魔学か? 

 魔法に頼りきりでは上位に辿り着く事は難しく、仮に魔法一本で生き抜くのならばソフィアさんと同等の強さが無ければならない。


 魔法戦ではなく魔導戦だからか。


「何が言いたいのかというと────一定のラインを越えた近接技術は、遠距離の魔法を上回ります」

「割と身体強化ありきですけどね」

「それでもです。ロアくんの場合全属性複合魔法カタストロフすら無効化してるので正直ズルいですね」


 俺からしたら魔法を十全に使える人達が羨ましいよ。

 アルはそういう悩みあるのだろうか、一瞬考えたけど無さそうだ。


「最終的な勝利はテオドールさんが掴むでしょう。でも……」


 アルベルトがただでやられるとは、思わない。


 いつも通りの飄々とした表情で入場してきたアルに注目が集まる中で、相対するテオドールさんが口元を歪めて笑う。


『ようやく来たか。まだかまだかと待ちわびていたぞ』

『どうも、親愛なる兄上。少しばかりデートと洒落こんでいたのさ』

『女性を無理矢理手籠めにするのは庇えんからやめておけ』

『僕のイメージがどうなってるのか知りたいね』


 カラカラ笑いながらアルは歩みを進める。

 対するテオドールさんは未だ仁王立ちのような形を保ったままであり、戦う準備が整っているとは思えない。


『いい機会だ。この際明確に決めてしまうのも悪くない』


 呟き、剣を引き抜く。

 その姿を見てもアルはゆっくりと歩みを進める。


 アルに関しては恐怖心とかそういう心が欠如している可能性が高い。

 普通ぶった斬られる可能性があるんなら引け腰になる。絶対に防げる方法を持ってるなら別だけどな。


────どちらが相応しいかを』

『そんなの兄上に決まってるじゃないか。僕はどっちかと言えばやられ役だよ』


 ミドルネーム。

 二人揃って付けてる訳じゃなく、名付けられた時にそのままにしているのか。


『テリオスさんには?』

『話していないさ。一族の恥ずかしい拘りだ』


 それ絶対この場で話していい話題じゃないと思うんだけど気にしないノンデリ兄弟は楽しそうにしている。

 観客席の反対側に視線を向けると、ソフィアさんが頭を抑えて俯いていた。

 あれは事情を知ってる側だな。


『俺に英雄願望は無い。お前にも英雄願望は無い』

『それに関しては母上に申し訳ないね。こんなのに育っちゃってさ』

『教育を押し付けるのは親の悪い所だ。成人もしていない子供に諭されているのだからな』


 剣に炎が宿る。

 開戦が近いのを悟ったアルが、ゆっくりと拳を構える。


『――――普段気ままに過ごしているのだ。偶の親孝行位いいだろう?』

『そうだね。期待してるよ、皇子レグルスさん?』


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