第五十三話②


「遅かったわね」

「ああ。うたた寝してた」


 律儀に二人分の席を確保してくれていたルーチェに感謝を告げつつ座る。

 何故か席が空いてるのに俺の膝に座ろうとしてくるバカ炎使いを隣に放り投げて、相変わらず前列に一人でいるステルラに声をかける。


「アルはまだ来てないのか」

「あ、おかえり。まだどっちも来てないよ」


 いいタイミングで戻ってこれたみたいだな。

 そろそろ戻るか~って俺が思い始めた瞬間にルナさんがガチ睡眠始めたから焦った。寝顔は可愛かったからじろじろ見ておいたが、それは察知されてない事を祈る。


「後はステルラを見るだけだな……」

「何の話?」

「気にするな。俺の事情だ」


 無垢な顔をしている。

 子供の頃のステルラはこういう顔をよくしていた。


 惚けている様な呆けている様な、何も考えてない表情だ。


「アンタ、こういうのが好みなのね」

「大好物だ」

「え、え? なになに何の話?」


 ルーチェが眉を顰めながら軽い口調で言ってくる。


 笑い話にしたいがなんとなく不快に思ってる感じだな。

 かわいい奴め、ステルラに対抗心がある上に俺への謎の好意があるから余計捻くれた事になってるぞ。


「お前は嫌いか?」

「気に入らないだけよ」

「それは嫌いとも言うな」

「嫌いじゃないわ。好きでもないだけ」


 普通ね~~~~。


 お前らが二人で出掛けている回数を数えたらとても普通の友人って感じじゃ無いと思うが。かなり仲が良い友人とも呼べるだろ。


「残念だったなステルラ。お前の事はどうでもいいらしい」

「そんな事は言ってないでしょうが」

「え、えーと……ルーチェちゃん、私の事嫌い?」

「…………嫌いじゃないって言ってるでしょ」


 にへらっと笑うステルラと口角が上がって照れてるルーチェ。


 実に微笑ましいな。

 整った顔つきの女性が朗らかな笑みを浮かべているのは目の保養になる。


「ねね、ロアくん」

「なんですか」


 コソッと話しかけて来たアイリスさん。


「ルーナちゃんと何してたの?」

「昼の陽気にあてられて二人仲良く惰眠を貪っていた」

「それだけかな~?」


 揶揄うような目をしている。

 この俺を揶揄うだと? 随分と思い上がったな、アイリス・アクラシア。


 温厚質実謹厳実直を地で往く俺が女性関係でふしだらな事をするわけが無いだろう。

 師匠と共に暮らした数年間でどれほどの禁欲生活をさせられたと思っている。(便宜上の表記ではあるが)前世ですら数える程度の性的接触しかない程の紳士だぞ。


 悪く言えば奥手です。


「それだけだ。なあルナさん」

「いっぱい可愛がって貰いました。嫁入り前なのに」


 おい!! 


「大概にしろよバカレッド」

「ふぁれがふぁかふぇっふぉふぇふか」


 頬をびよんびよん伸縮させて黙らせる。

 可愛がったのは否定しない。頭撫でたし一般的に言う『可愛い』という対象に行う動作としては何も間違えていないだろう。愛玩動物を柔らかく触るとかそういう類だ。


「よ、嫁入り前を重要視するような事を……?」

「そんな訳があるか。ルナさんが俺に抱き着いて来たから受け入れて撫でていただけだ」


 よし、何一つ嘘は言ってないな。

 さりげなくルナさんと付け足しておくことで『先に始めたのは俺じゃ無い』とアピールすることが出来る。言葉一つに意味を込めるのは俺からすれば当たり前で、何も考えずに語るのは愚か者のすることなのさ。


「……ま、そんな事だろうとは思っていたけれど」

「これが信頼の差って奴ですよ、ルナさん」


 ルーチェが勝手に納得したから余裕で俺の勝ち。


「一緒に寝た事実は揺るぎません。この時点で他の人達にアドバンテージがあります」


 表情が一切変わってない癖にとんでもないくらいドヤってる。

 残念ながら師匠とずっと生活してたから初めてではないんだが、あの人の枠組みは母親とかそういうジャンルになるからノーカウントだな。いくら顔が美人で髪も綺麗で肌も麗かで俺好みに仕上がっている人だとしても駄目だ。


 本当に駄目か? 

 駄目じゃないか。

 駄目じゃないかもしれない。


「なんか悔しいから駄目にしとくか」

「…………ロアくん。全然動揺してないんですが、どういうことですか?」

「俺への信頼が厚いんでしょうね」

「ロア、師匠と二人で暫く暮らしてたし」


 ステルラさぁ。

 俺が何のために心の中で結論を出したか分かってないよな。わかるはずもない。わからなくていいよ、お前の魅力はそういう所だ。


「ロアくん。詳細を」

「以前言ったが、数年間師匠と共に山暮らしをしていた。その時の話だ」


 別に他意はない。


 俺は嫌がったのに無理矢理連れ出されて半ば監禁のような生活を強いられていたのだから、寧ろ俺は慰められるべきではないだろうか。


 確かに苦しい記憶ではあるが、魔法でとことん女として完璧な姿を見せ続けて来た師匠の所為で若干性癖が捻じ曲がった節があるのは否めない。感謝より先に恨みが出て来て然るべきじゃないか、俺。

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