第五十二話②

「…………ロアくんは、凄いですね」

「俺は自分が優れてると思ったことはありませんよ」

「そういうトコロ・・・です。君と初めて会った時からずっと、私は貴方に憧れている」


 大して重くもない身体から力を抜いてもたれかかってくる。


「“英雄”に、じゃなくてですか?」

「……覚えててくれてるのは嬉しいですが、意地悪しないでください」

「俺に渦巻く因果は全て“英雄”の名の下にある。誰にも理解されなくてもいい、俺だけが知っていればいい事実です」


 英雄の記憶が無いロア・メグナカルトに価値はない。

 英雄の記憶があるからこそ俺と言う存在が生まれた。


「ロアくんって、意外と隠し事ありますよね」

「ミステリアスな男はモテるからな」

「カッコいいのは否定しませんが、相変わらず残念です」

「誰が残念なイケメンだ」


 弱みを曝け出すのは俺の基本ムーブ。


 俺が弱い奴だと理解してくれた上で甘やかしてくれると助かる。

 師匠は言わずもがな、ステルラも大分甘やかしてくれるようになってきた。ルーチェは最初から激甘、ルナさんは一緒にだらけてくれるタイプの人。


 アイリスさんは修羅。


「大分外堀埋まってきた感じがあるな」

「私は三番手でも構いませんよ?」

「全員平等に扱うに決まってるでしょう」


 順序は付けたくない。


 俺に何かしらの感情を向けてくれている人を無下にはしたくない。

 コンプレックスを抱いているが故の欲望であり、かつての英雄の二の舞にはなりたくないという精一杯の強がりでもある。


 想い人を誰にも知られることなくひっそりと逝く位なら誰一人として零れ落ちないようにする。


 そこだけはかつての英雄に勝っていたいのさ。


「ルナさんも大概ですね。自覚してますけど、俺はかなりカスみたいな事言ってますよ」

「客観的に見ればそうですね。堂々と浮気宣言してます」


 無表情が故に伝わりにくい感情だが、しっかりと言葉に乗せてくれるから助かる。


「何というか…………放っておいても大丈夫そうなんですけど、放っておいたらよくない気がするんですよ。何も話さずどこかに行きそうですし」

「俺を何だと思ってるんだ」

「勘です。言うなれば座する者ヴァーテクスとしての」


 それを言われちゃ仕方ないな。

 師匠も俺にそう思ってるのか? 


 ふと思い返してみたが、ずっと俺に構ってる癖に中途半端に距離を置こうとする対人距離下手くそ女の印象しか出てこなかった。


 全然参考にならん。


「なら仕方ありませんね。そういう風に見えている、というのも受け取っておきましょう」

「置いていったら許しませんよ」

「……それは、許してくれませんかね」


 …………馬鹿みたいな考えが脳裏を過ぎる。


 ルナさんが急いでた理由、もしかして俺も含んでるのか。

 俺がしっかりと生きてる間に積み重ねなくちゃいけないとか、思ってるのか。だってエミーリアさんは半分不死だし、これから少しずつ世代交代すればいいのだから焦る必要はない。


 自意識過剰ならそれでいいが……


「後悔したくないんです」

「仕方ないことだ。俺は寿命がある」

「逝かないでください、なんてお願いしたら頑張って長生きしてくれますか?」

「まあ限界迎えるまでは」


 ンン〜〜〜〜…………


 俺に会ったからか。

 エミーリアさんと二人ならば互いに寿命で死ぬことはない故に、大切な人を失うという悲しみから目を逸らせた。幼い頃のトラウマを記憶の片隅に追いやることが可能だった。


 だが、俺に会ってしまった。


 限られた時間の中で、俺は先に逝くことが確定している。

 最近意識させるように振る舞っていたから、少し悪いことをしたな。

 ルナさんはトラウマを乗り越えたわけじゃなく、見ないようにしていただけ。後悔しないために己の殻に閉じこもっていただけだ。


「歳を重ねれば割り切れるようになりますよ。きっとね」


 傷口を抉るようで申し訳ないが、俺には月並みなことしか言えない。


 悲しみというのは時間が解決してくれる。

 いや、時間しか解決してくれない。胸が痛むような悲しい出来事も十年二十年と時が過ぎるにつれて遠い記憶になっていく。現実を受け止める心構えができるのだ。


 だからこそ師匠やエミーリアさん、それに魔祖も少しずつ前を向くことができた。


「…………ロアくんは、怖くないんですか?」

「……まあ、寂しいモノではあります」


 自分が培ってきた価値観や教養が全て無に帰す瞬間。

 かつての英雄が死んだ記憶は鮮明に覚えている。身体が動かなくなり、視界すら動かせなくなる。耳が何も捉えなくなり、苦しみと共に暗闇に引き摺り込まれるような感覚。


 不愉快の極みだ。


「それでも避けられないんだから、それまでを目一杯楽しむ。それに……」


 本当に心苦しいものではある。

 師匠やステルラが泣く姿は見たくない。

 俺に何かしらの好意を向けてくれた人が涙するのは求めていないんだ。


 でも、俺は自分勝手で自堕落な男。


「いつまでも俺を覚えてくれている人達がいるなんて、幸せですよ」


 俺なんかを覚えてくれている。

 俺なんかで泣いてくれる。


 俺如きを、大切に想ってくれる。


「それだけで十分です」

「…………置いていかれる立場のことも、考えてください」

「すみませんね。運が悪かったと諦めてください」

「ずるいです」

「ズルくて結構。俺は才能・・が無いからな」


 ため息と共に、身体の力を抜いて完全にもたれかかる。


「後悔はさせない。そこだけは信じてください」

「…………なんだか、ダメ男に引っかかってる気分です」


 あながち間違いではない。

 将来ヒモ志望の男がまともなわけがない。

 倫理観がかなり欠如していると言われても何も否定できない。まあ俺の場合倫理観の更に上に欲望があるから逆らえないだけだが。


「さ、そろそろ行きましょう。アルの試合も準備できたでしょう」


 立ち上がろうとして──立てない。

 ていうか、ルナさんが動く気配を見せない。


「ルナさん?」

「………………もう少しだけ」


 かなり小さな声だったが聞き取れた。


 もう少しだけ、か。

 普段一緒にふざけてくれる女性だが、心の奥底にある感情を今日ばかりは見せてくれた。弱みを俺に見せてくれた訳だ。


 アルには申し訳ないが、少しばかり優先させてもらおう。


「そうだな。俺も少し、眠たくなってきたな」

「……ふふっ。ご友人の試合が始まりますよ?」

「ちょっと寝過ごしたくらいで怒る奴じゃないさ」


 意図を察したルナさんが茶化してくる。


「そういうトコロ・・・、好きですよ」

「ありがたく受け取っておきましょう。俺は紳士だからな」


 二人で話すのは久しぶりだな。

 それこそデート以来かもしれない。


 ステルラやルーチェとイチャイチャしてる時間を考慮すればこれくらいしてもバチは当たらないだろう。


 撫でろと言わんばかりに頭をぐいぐい寄せてくるので撫でながら。


 試合の準備が整うまで、二人で過ごした。


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