第五十二話①

 テリオスさんと別れ、ルナさんがいるであろう控え室を目指して歩き始め早五分。 

 坩堝の大型改築によって異常なほどに広くなった所為で移動が面倒くさくてしょうがない。テレポートを気軽に使えればベストだが、俺は使えない。


「こういう小細工が効かないのがムカつくトコだな」


 楽してぇ~~~~。


 師匠との共同生活でイヤという程見せつけられた利便性が喉から手が出る程欲しい。

 椅子作ったりお湯沸かして一人でお風呂に入ったりベッド作ったりその他いろんな罪状が(俺視点で)付いている。人が葉っぱを掻き集めてかろうじて形成した寝床の真横でぬくぬく生活されたら誰だって怒る。


『おい妖怪、おれは子供でアンタは大人。何が言いたいのかわかるだろ』

『ンン〜〜、よくわからないな。ロアの迂遠な言い回しは時として理解を拒むよ』

『くたばれ妖怪紫電気バ』


 ああやって何度電撃を喰らったのだろうか。

 思い出すと理不尽すぎて呆れすら湧いてくる。俺が告げているのは全て客観的な視点に基づいた正論であり否定されるはずのない根拠を持ち合わせているのに。


 世界は言論ではなく暴力で支配されている、そんなことを思い知った若く苦い思い出だ。


 それに葉っぱのベッドって最悪なんだよ。

 虫の這いずる感覚が肌に焼き付いてしょうがない。もう途中から慣れた。


「さて、ここか」


 憎き記憶に蓋をして、目的の場所までたどり着いたことを確認する。


 試合が始まる前にルナさんがいた場所で間違いない。

 相変わらず魔力探知なんて大層な技は扱えないので、扉を三度ノックする。


「……どなたでしょうか」

「顔が良くて性格も良い無敵の男です」

「顔も声もいいけど情けないヒモ男なら知ってます」


 誰が情けないヒモ男だ。

 ルナさんが中にいることは確認できたので、扉を少し開いて入っていいか尋ねる。

 ラッキースケベ的な奴は求めてないんだ。そんなことしなくても別に頼めば見せてくれそうだし、そもそも肉体的な接触はそこまで要求してない。どちらかといえばそのシチュエーションに意味があるとすら思っている。


 忘れられがちだが、俺は陰の者である。

 元陽キャのステルラは半分陰の者になったが、それでも本質的には外に出て遊び日の光を浴びることをよしとするタイプ。俺は外に出るのが面倒くさくて本に塗れた埃をはたき気にも止めないタイプ。


 何が言いたいかというと、根本的に理屈をこねこねして言い訳するのが好みな訳だ。


「入っても問題ありませんよ。残念ですね、私のグラマラスボディを見ることができなくて」

「まあ生涯見ることはないでしょうね(ルナさんの背丈を見ながら)」

「なにをー!」


 相変わらずの無表情でポコスカ殴ってくる。

 物理的な攻撃力は皆無に等しいルナさんではあるが、若くして座する者ヴァーテクスへと至った実績は計り知れないものがある。


 先のテリオスさんとの激戦を見ればわかる。

 世界で一番強いのが魔祖だと仮定するならば、その下に十二使徒達が横並びする真下。

 層で言うならば上から三番目だ。世界で三番目に強いと言っても過言ではない領域にいるのがこの二人である。


 あ〜〜〜〜ヤダヤダ。

 俺みたいな凡人がどうしてこんな怪物連中と切磋琢磨しなければいけないのか。

 しかもつけられた二つ名で因縁つけられるし因縁つくし最悪だよもう。一撃で首都を破壊できるような化物と一緒にしないでほしい、俺は人間だ。


 言い訳とないものねだりはここまでにして、改めてルナさんに視線を向ける。


 覇気のない表情ではある。

 いつもそうだからな、変化に乏しい──というより変化がほぼ無い事で有名だが、今もそれは変わらない。魔力はほぼ使い切ってる筈だが全回復出来る位には残してあったのだろうか。


 そもそも座する者ヴァーテクスの回復って何を指すのだろう。


「…………体調は問題なさそうですね」

「本当は限界、そう言えば何かしてくれますか?」

「聞くだけなら」


 そう言いながらとりあえず椅子に腰かける。

 そして何故か対面に椅子があるのにも関わらず、ルナさんは俺の上に座り込んで来た。

 別に拒否する理由も無いからそのままにするが…………ステルラやルーチェよりも幼い身体つきではあるが、女性らしさは兼ね揃えている。


 少しだけ『触りたい』という欲求が湧いて来た。

 さりげない雰囲気でお腹へと手を回す。


 まるで付き合いたてのカップルがイチャイチャするときみたいだ。

 生憎と俺は前世(便宜上の呼称)も今世も彼女がいたことはないゆえ、完全な想像なのだが。


「ふっふっふ、口では否定しながらロアくんも私のボディにメロメロのようですね」

「俺にも性欲はありますからね。ルナさんは魅力的な女性ですので」

「結婚しますか?」

「それは御免被る」


 むきー! と言いながら暴れようとするが、物理的な力があまりにも矮小すぎて何も変わらない。

 魔法・総合力で言えば惨敗するがパワーだけなら負けない。


 やがて落ち着いたタイミングを見計らって、本題に入る。


「良い戦いでしたね」

「はい。負けましたが」

「勝ち負けよりも大切な事があの試合にはあった。そうじゃないですか?」


 ルナさんは敗北したが、あの試合の裏側にあった本当の目的に関しては問題なく達成しただろう。

 数世代に渡り首位独占を果たした怪物────テリオス・マグナスをあと一歩まで追い詰めた事実。これを以てして、魔祖十二使徒第三席紅月スカーレットは歩みを始めたのだ。


「焦らなくても大丈夫ですよ。ルナさんはこの先長いですから」

「負けたら意味ない────そう言ったら?」


 …………ふーん。


 顔は見せてくれないが、僅かに腕が震えてる。

 ルナさんは無表情で感情が伝わりにくい人だが、言葉と仕草がとても豊富な女性だ。

 表情で何でもかんでもわかるルーチェとは違うタイプの人で、素直に口に出してくれる分共に過ごしていて気楽な人でもある。


 そんな人が不意に見せた重たい言葉。

 少し真面目に考えないとな。

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