第四十九話①
上空へと身を燃やしながら駆け上がるルーナを追うために、テリオスは背中から光の粒子で形作った翼を展開。
炎の残滓が残る速度で飛翔する相手に対し衝撃を撒き散らしながら空へと飛び立つ。
「……速いですね」
その気配を察知したルーナは、呟きながら周囲に展開した火球を直下へと射出。
大きさだけならば巨大というほどではなく、手のひらで覆える程度のサイズだが──その中に込められた魔力量は尋常ではない。
ルーナ・ルッサは自らを客観的に評価している。
火力だけならば師と同等かそれ以上で、純粋な戦闘能力に関しては足元にも及ばないと判断した。それは戦闘経験の少なさからくる自信の無さでもあるし、わずかに心の内にある劣等感の現れでもある。
故に、相手の実力と地力の差を比べ作戦を選択した。
一方、避けた火球が地上で爆発を巻き起こしたのを視認したテリオスは思考を重ねる。
テリオス・マグナスは冷静に分析を行った。
ルーナ・ルッサの強みはその火力と圧倒的な範囲にある。十二使徒門下であるフレデリックが全力で防御態勢をとっても凌ぐことが出来ない暴力的な出力と広大な範囲、自らの射程の外から放たれた際の脅威は無視できるものではない。
故に、相手の実力と地力を比べ作戦を選択した。
放たれた火球を
距離が開いていたのにも関わらず、道を阻むものは一つもないと言わんばかりの速度で迫る。
妨害としていくつか置いていた炎のトラップをすべて破壊し、避け、剣を振りかぶった。
「────やるね」
「ありがとうございます」
剣は生み出した炎の壁が受け止めた。
魔力量は互角、魔法の質も互角。
紅と光が空で激突する。
一瞬の拮抗、すぐさま離れ孤を描きながら再度ぶつかりあう。
漏れ出す炎と溢れる光、現実離れした光景が描かれる坩堝の上空。既に戦いの領域は『学生同士』という枠組みを超え、『頂点に近しい者たち』の戦いへと変貌していた。
剣を炎で受け止めるルーナに対し、テリオスは呟いた。
「……近接戦闘も出来るとは考えてなかったよ」
「あまり得意ではないので、離れてくれると嬉しいですね」
「それはできない相談────だッ!」
剣から光が溢れ出し、ルーナの手を弾く。
懐を曝け出したままではあるが依然として変わらない無表情、落ち着いた様子で後ろへ下がりながら呟いた。
「────
振り払うように腕を横薙ぎ、その軌道をなぞるように現出した炎が空を焼き払う。
光を包み込む、いや、飲み込むように燃え上がりその勢いは衰えることはなく、魔力障壁がなければ広い範囲を焼き尽くしていただろう。
衰えず、いつまでも対象を燃やし滅ぼさんと蠢く炎だが────僅かに、光が漏れ出る。
一度、二度、三度四度五度。
切り刻むように振るわれた光の剣が炎を打ち砕く。
力を失ったように小さな燃え滓となって落ちていく炎を見送って、テリオスは服を手ではらった。
「……袖口すら燃えませんか」
「かなり焦ったよ。容赦ないね」
「以前の貴方であれば少しは通じた手でしょうが…………やはり、効果は薄いですね」
トーナメント以前のテリオスならば、多彩な種別の魔法を誰よりも高水準で扱うからこそ特有の隙があった。
自分の魔法への自信と言うのだろうか。決して慢心してるわけでもないし驕っているわけでもないが、『その魔法における特別な才を持つ人間』を甘く見ていた節がある。
炎ならばルーナ。
雷ならばステルラ。
風ならばヴォルフガング。
一番弟子、なおかつ二つ名を継ぐような才を持つ人間との戦闘経験の少なさ故の隙。
それが今、完全に消え失せている。
「…………そうだね。前に比べれば、今の僕は更に強くなったと胸を張れる」
「私も、以前に比べれば随分と強くなりました。肉体・魔法的な強さではなく精神的な話ですが」
「彼に出会ったからかな?」
揶揄うように、それでいて僻むような感情が少しだけ混ざった言葉。
言ってから僅かに自らを叱責するような表情を見せてから、テリオスは呟いた。
「…………すまない。忘れてくれ」
「事実ですから構いません。ロアくんに出会ったからこそ、私は今ここにいます」
謝罪に対して断固とした意思を見せながら、ルーナは続ける。
「自分がやられて嫌なことをするな──そんな簡単な事でさえ出来ていなかった私が恥ずかしくて仕方ありません」
「それを言われたら僕は何も言えなくなってしまう。器の大きさを見せられて嫉妬するなんて、子供のすることさ」
苦笑いを浮かべながら、剣を握り直す。
ロアの使う光芒一閃とはまた違う、光の剣。譲り受け、自分なりに使いやすい形に改造した姿。
それもまた自身の思い描く理想図とは違う未来を肯定されているようで、テリオスの心を少しだけ蝕んでいた。
「…………好きなように世界を否定できたなら、どれだけ気楽だったかな」
「少なくとも楽しくはないでしょう。貴方も、私も────誰にとっても」
呼応するように、炎が揺らぎを増していく。
火の粉が飛び、僅かに身を焦がすような熱がじわりじわりと放たれていく。その熱さに堪えた様子もなく、吐き捨てるように呟いた。
「なるようにしかならない現実を、望む世界にしたいから足掻いているんです……!」
かつて失った家族。
目の前で命が失われていくあの虚無感。
胸の内を埋め尽くした悍しい恐怖と、それを理解できていなかった愚かな自分。
そんな自分を育ててくれた、救ってくれた母親代わりの女性。
動かない表情とは裏腹に、激情が燃え盛る感情を魔法に込めてルーナは叫ぶ。
「────
瞬間、溢れ出す爆炎。
ルーナを中心に、僅かに白が混じった炎が爆発する。
全方向への無差別的な攻撃────これこそが、圧倒的な火力を活かす最大の手段だと言わんばかりの大胆さ。
僅かに目を顰めて攻撃を視認したテリオスは、焦ることなく下降する。
ここで接近することはできない。中心、すなわちルーナに近づけば近づくほど温度が上昇していると、その豊富な戦闘経験で判断した。
炎を軽々と振り切って地面へと着地するが、見上げれば上空から押し寄せる波は止まる気配を見せない。
何もかもを飲み込むという意思が溢れ出ていた。
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