第四十七話①

 ルナさんが会場へ向かったので、俺達も観客席に移動することにした。

 アルベルトだけはその場に放置である。申し訳ないがな、お前は次の試合に出る人間だから。気にしてないと言った仕草だったが、本当に気にしてないだろう。そういう奴だし。


「あれ、師匠どっか行くんすか」

「うん。ちょっとこの試合はね」


 ふーん。

 最前列の席にスタスタ歩いて行ってしまったが、空きが多くあるようには見えない。仕方ないから後ろ側に陣取るしかないな。


「あ、ロアくんだ」

「どうもアイリスさん。ご一緒しても?」

「どうぞどうぞ」


 周りが都合よく空いているのでその席に座る。

 元々避けられ気味なんだろうな。別に斬ったりなんだりを速攻するような人ではないが、確かに狂気はあるので事情を知らない人間からしてみれば恐怖でしかない。


「ねね!」

「なんですか」


 ぐいっと顔を寄せて耳元に囁いてくる。


「痛いのも斬るのも嫌いなのに、なんで私には付き合うって言ったの?」

「困ってる人が居たら手を差し伸べるのは普通じゃないですか」

「……それだけ?」


 なんか不服そうだな…………


「誰でもいい訳じゃない。俺が、離れて欲しくないと思った人にだけだ」


 これはある程度本音である。

 俺は自身の性根とそれを見る世間一般からの意見を客観的に理解しているからな。ヒモ男というレッテルはどうにも拭えないし、一度沼に嵌まったとしてもある日突然目を覚ましてしまう事も無いとは言い切れない。


 ゆえに、甘えるだけではなく『いなきゃ駄目だ』と思わせる事が大事なんだ。


「……ふ~ん。優しいね、ロアくんは」

「そいつ絶対ロクな事考えてないわよ」

「なんだルーチェ。お前は俺の事を信じてくれないのか」


 勿論演技だが、余計な事を言ってきたルーチェには少しだけ悲し気な声色を乗せて話す。

 目に見える位動揺してるな。普段の俺ならばもっと淡白に白々しく告げている事だし、その程度の声の差すら聞き分けられる程度には俺の事をよく見ているし聞いている。


「冗談だ。信じてるからな」

「…………最っ低、ホントに」

「やっぱり女の敵かも」

「何故だ。俺ほど女性を思い遣る紳士はいないぞ」


 ナチュラルに前の席に座ったステルラは会話に混ざろうとしない。お前さ、もう少し積極的になれよ。


「おい」

「うひゃあっ!?」


 無防備な首筋を両手で軽く触る。

 一瞬紫電奔ったんだけど、これってそういう事か? う~ん、でもなんかまだ・・な気がする。ステルラ・エールライトは人の域を脱してないような気がするんだ。


 ルナさんとか師匠とか、そういう枠から外れた人よりは、こう……

 なんとなくだよ、なんとなく。


「む~~~~~っ……」

「悪かった。そう睨むな」


 肩あたりに手を避けて、まあ、軽く揉むような仕草を見せる。

 マッサージくらいはしてやるよ、という意味でやったのだがどうやらステルラはそうは受け取らなかったらしい。


「すけべ」

「変態」

「男の名誉さ」


 ルーチェは極寒の視線、ステルラは「~」みたいな口で不満を表してくる、


「あ~あ、師匠はなんだかんだ言って(マッサージとして)触らせてくれるのにな」

「え゛ッ」


 ステルラは俺のマッサージを必要としないらしい。

 少しだけかつての英雄の好んだやり方を織り交ぜているが、殆ど俺の独学である。あんまり露骨すぎると流石に怪しまれそうだし。


「話はここで終わりだ。わかったか、アイリスさん」

「一応流れは渡すんだね」

「恩と義を忘れたことはない」


 椅子に少しだけ深く腰掛けて、観客席の様子を伺う。

 師匠がわざわざ前の席に行った理由を考えたのだが────防御要員か? 

 ぱっと思いつくのはその程度だった。常識的に考えて座する者ヴァーテクスとして相当な地点に足を踏み入れている二人が全力でぶつかればどうなるか、想像できない人達ではない。


 寧ろスペシャリストと言っても良いだろう。


 ヴォルフガングの一撃で容易に砕けていた魔力障壁が信用できるかと言われれば否と言わざるを得ない。


「凄まじい戦いになりそうだな」


 魔祖に育てられた人間として功績を残し続けたテリオスさんと、エミーリアさんに育てられ既に継いでいるルナさん。

 このカード以上の戦いは見られない。


「ステルラ、お前はどう見る?」

「うーん…………わかんないかも」


 にへらっと困ったように笑いながら、ステルラは答えをぼかした。


 …………微妙に引き攣った顔をしてるな。


「まあいい。俺はルナさんに勝ってほしいとは思うが、勝ってほしくないとも思う」

「応援してるんじゃなかったの?」

「応援はしている。だがその後戦うことになると言われれば話は別だ」


 ルナさんと戦ったら消し炭になるだろ、常識的に考えて。

 それだったらまだ光の剣とぶつかり合うテリオスさんの方がマシ。火は燃え続ければやがて窒息に導かれたり火傷で皮膚が爛れたり腕が炭化したり、地獄の責め苦が待ち受けている。


「ルナさんとは戦いたくないな」

「……まあ、私も遠慮したいわね」


 ルーチェは相性最悪だろうな。

 氷は溶かされるし水は蒸発するし物理は炎でゴリ押しされたらたまったもんじゃない。


 そんな風に予想と所感を語っていると、ルナさんが入場してくる。

 緊張は見られない、いつも通りのポーカーフェイス。ただ一つ違う点があるとすれば、俺ですら感知できる程度に魔力が高まっているという事。やる気満々じゃねぇか。

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